カバレロドラドの邯鄲の夢
「ドラドさん。今日の種付けの相手は、あのロードシャンヤンさんの孫娘さんですよ」
「ああ、あの短距離の驀進王の孫か」
よし、未来のダービー馬が授かるための儀式。願掛けとして、後ろ足で立ち、万歳三唱。
「わーっしょい、わーっしょい、わーっしょい!」
「相変わらず元気だねぇ」
「行くぞ!」
俺は今日も仕事に励む。
朝チュンならぬ昼チュン。俺は今、放牧地にいる。その合間に、この牧場のスタッフたちが俺たちの馬房の掃除をしている。隣の放牧地では、俺と同じ芦毛の先輩馬が青草を食べている。今日は特に来客はなく、俺は芝生の上に横たわり、青空を眺めている。
ふと思った。昔のスポ根漫画みたいな「ダービー馬養成ギプス」なんて代物があったら、どうするか?
さすがにそれは動物虐待だ。俺は自分の子供にも、他の子馬にもそんなもんは着けさせたくないし、何よりも、俺自身が着けたくない。そんな非人道的・非馬道的なもんを身に着けてまで勝ちたいとは、思わん。
まあ、レース引退後の今なら、そんなもん身に着ける必要はないがな。それに、今の俺には「大種牡馬養成ギプス」を身に着ける必要がないくらいの「力」がある。あとは、子供たち自身の運と努力の問題だ。
それにしても、春眠暁を覚えず、夏眠暁を覚えず、秋眠暁を覚えず、冬眠暁を覚えず…要するに、一年中眠くなるが、こんな天気の良い日に放牧されていると、芝の上に寝っ転がるのが気持ち良い。はぁ〜、極楽、極楽。
そうだな。放牧中に寝ると、たまに幽体離脱をする夢を見るんだな。ほら、俺はだんだんと眠くなる…はぁ、離脱するぜ。
(すぅ~、すぅ~)
あれ? 何だここは?
「ほほう、人類代表を呼ぶはずが、馬代表を呼んでしまったとは、嬉しい誤算だな」
ん? 何だこいつ?
「カバレロドラド、G1レース6勝の名馬。日本競馬界屈指の生ける伝説だね」
「な、何なんだよ、あんたら? 神様か? それとも宇宙人か? 俺に一体何の用だ? まさか、この俺に短距離レースを走れっつうんじゃねぇだろうな!?」
俺を呼び寄せた宇宙人(?)は微笑む。
「スタートの不得手をスタミナと筋力のゴリ押しで補って勝つのが、
「うっ、俺の弱点まで知ってやがんのか? そんな俺に何の用だ?」
「ズバリ、この子に種付けしてもらいたい」
そこには、毛艶が良くて、顔立ちや体型が整った白毛の牝馬がいた。優しく澄んだ瞳が潤んで、こちらを見つめている。
「おいおい、
とはいえ、この
「…俺にはプロの種馬としての矜持がある。見ず知らずの人間からの突撃依頼には応じる訳にはいかない」
「ドラド君、未来のダービー馬がほしいのだろう?」
ダービー馬。俺が果たせなかった夢を子供に託す。俺は息を呑む。
「では、頼むよ」
謎の宇宙人は消え、真っ白い空間には、俺とかわいい白毛の牝馬が残された。
「私の事…お嫌いですか?」
牝馬が言う。この娘は俺と同じく、人語を解する馬だ。
色々と不安がっている。俺に嫌われるのを恐れているようだ。俺は彼女の緊張感を和らげようと話しかける。
「君のような魅力的な
俺は彼女に寄り添った。
朝チュンならぬ昼チュンならぬ、夜チュン。俺は夜中に自分の馬房の中で目を覚ましていた。俺は昼間に種付けを終えて、放牧地で寝ていたはずだ。なぜここにいる? まさか俺、夢遊病じゃねぇよな?
それにしても、あの夢の中の
もう真夜中だし、ラジオを流していない。他の馬たちはすでに寝ている。朝までやる事がないから、何とか再び寝よう。
牝馬が一匹、牝馬が二匹、牝馬が三匹…ダメだ、それじゃあ眠れない。
というか、そもそも俺が往年の名短距離馬ロードシャンヤン号の孫娘に種付けしたのは現実だったのか?
ええい、余計な事を考えないで、目を閉じて横になるのだ。何も考えずに、時が過ぎるのを待つだけ。
そう、俺はだんだんと眠くなる。春眠暁を覚えず、夏眠暁を覚えず、秋眠暁を覚えず、冬眠暁を覚えず…。
…。
…。
…。
ん〜、清々しい朝だ。メシだ。種付けだ。俺の心が踊る。よっしゃー、必殺仕事馬カバレロドラド、参上!
仕事の時間だ。若手厩務員が俺を呼ぶ。
「ドラドさん。今日の種付けの相手は、あのロードシャンヤンさんの孫娘さんですよ」
「ああ、あの短距離の驀進王の孫か」
よし、未来のダービー馬が授かるための儀式。願掛けとして、後ろ足で立ち、万歳三唱。
「わーっしょい、わーっしょい、わーっしょい!」
「相変わらず元気だねぇ」
「行くぞ!」
俺は今日も仕事に励む。
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