シンプレックス→(“こめ”じるし)?!

日本人の主食といえば“米”である。我が国における稲作の歴史は縄文期まで遡る、という説もあるが、機能的で合理的な組織農業は弥生時代に確立したものといわれる。社会が上下関係で構築されるようになった理由であり、使う人間と使われる人間の区別が明確化したのもこの頃である。

米食文化は日本人の生活体系に様々な関わりを持つようになった。その代表例として“格差”がある。持つ者と持たざる者という両端を生み落とし、結果、社会が縄張り争いの場となった。持つ者は虐げ、持たざる者はそれに反発する。日本に限った話ではないが、こういった世間の構造は三千年を経た現代でも変わっておらず、ニュースでは頻繁に「格差格差」と騒ぐ。昔から世知辛い世の中だったのである。



自身が大切にしていた人間関係領域内(つまり精神的縄張り)への影響……本作の登場人物のひとり沢渡透子が美里響花の出現に危惧を抱いた理由のひとつではないだろうか? 何も変わらぬはずの平和な日常に波紋を呼ぶ存在が響花という女だが、透子が勝てる要素が若さ以外にない。自己収入を持つ社会人に対し未熟な高校生が抱くコンプレックス、ともとれるが、容姿の面でも差があるようだ。これが前述の持つ者と持たざる者の関係に似る。

響花という女性は周囲に対する影響力を強く持つ。スタイル抜群で極上の“米”のようにつややかな肌を持つ美貌の人だが、性格が極めて良く人を感化できる。本人に悪気はないと思うが天真爛漫な一方、爽やかなお色気を放ちながら少年を傷つける(これは男ならわかる!)タイプだ。かと言って恨まれることもない。若くして達観の度合い強く、道理もわきまえている。いちJKの透子が不安を感じるのも当然、といえよう。なにより恋敵だ。

本作は『シンプレックス』と名付けられているが、実は表層の主題として“コンプレックス”があったと思う。これは透子だけが抱いているものではない。主人公、越前光稀と親友、中城侑はホカホカ“ご飯”とふりかけのごとく良い組み合わせであるが、互いが自己のウイークポイントを補完しあう存在、という意味ではライバルでもある。バスケ部のエースたる侑のほうが物理的な取り柄(運動神経、伸びやかな“稲穂”のごとき長身、学業成績)に秀でる。だが、人柄が良く自然と周囲からリーダー視される光稀に対する侑の心情は八割の尊敬と二割の劣等感で満たされているようだ。これは作中、かなりわかりやすく書かれていることから、年ごろの男同士のナイーヴな関係を主軸のひとつに据えようという作者、太陽てら氏の思惑が透けて見える。ティーンエイジの葛藤を描く上で読者が理解しやすい持つ者持たざる者の関係は弥生時代から続く……(以下略)

ちなみに今日の私が何でもかんでもむりやり“米”に結びつけようとする理由は知人から、かの名稲“あきほなみ”をいただいたからに過ぎない。美味いんだな、これ。てらさん、私事全開でゴメンねm(_ _)m

えー、ゴホン……本作はコンプレックス以外にもいくつかのテーマを内包する。氏いわく“たくさんの心理描写を取り入れた作品”とのことだが、読んだ私は“いくつかのテーマを消化していく作品”という感想を持った。本作のテーマとは友情、家族、努力、進路ということであり、最果てに愛(言ってて恥ずかしい)がある。重いテーマを扱いながらも、水加減をあやまって炊いてしまった“ご飯”のような粘着質なドロドロ感がない。これは物語を牽引する光稀が基本的に炊きたて“ご飯”のように熱い陽性の人柄で、さらに良い友人に囲まれているからだ。

私は読み始めた当初、タイトルにある“やじるし”とはキャラクターの相関関係を示すものだと思っていた。泉は侑が好き、侑は透子が好き、透子は光稀が好き、光稀は響花が好き。つまり泉→侑→透子→光稀→響花の構図を指している、と。間違いではないと思うのだが、どちらかというと小説構成上の視点の意味合いが強いらしい。これは私の応援に対する、てら氏の“コメ”ント(しつこい?)を見てわかったことだ。でも、私の考えも外れちゃいないよね? ね?

本作は本編が終了しているが、正ヒロインであるはずの響花のやじるし(視点)が存在していない。もちろん彼女の心理(光稀に対する感情)を隠すことで、話の終点(恋のゆくえ)を読者に予測させないようにする、という作者の意図があったのだと思う。もうひとつの理由として、本編に関しては心身ともに未完成の青少年たちが懸命にバトンを繋ぐ物語にしたかったのではないか、と推測している。ストーリー上の本道に位置する響花よりも、傍観者の泉や未来の視点が優先されたのもそれが理由ではないか。ある意味泥臭い調子で進んできた展開に洗練された大人目線の介入は不要、というより邪魔だったのだろう、と私は考えた。どうだろうか?

視点が多元化し、ときに時系が進退する中、いくつか散りばめられたテーマが順々に解決していく様は小気味よい。そういう意味では痛快な作品だ。本編の読後感は“読んで良かった”と、あなたに思わせることだろう。この小説がもたらす爽やかな後味は、まるで上質に炊き上げた“米”のごとく……(以下略)

さて……本編が決着した今、これからの展開がどうなるか? 気になるところだが、どうも“響花のやじるし”ということになるそうだ。そして、ついに“私のお気に入りキャラ”の過去が暴かれるときが来るらしい。

朝比奈蒼真……ファッションモデルか映画俳優と見間違うかのような端正な美貌を持つ彼の立場は本作における影の主役、と称しても過言ではない。“そのイケメンぶりからテレビや雑誌に引っ張りだこの有名ドッグトレーナー”という公式チート設定は、この男こそが人生の目標となる存在である、という軟弱なパンピー男子に対する太陽てら氏の熱血メッセージに違いない。主人公サイドに位置する光稀や侑を凌駕するハイスペックぶりで、サンラ○ズのロボットアニメにいそうなカッコいい美形悪役を担当している。

本編ではなんの手違いか「坊やだからさ……」のひとことを残し(嘘)、あっさりとフェード・アウトしてしまった朝比奈。彼を失い“朝比奈ロス”に苦しむことになってしまった私だが、華麗なる過去を引っさげての復活となりそうで、どうやら本編終了後の楽しみ、となることは確実だ。

ああ……ひょっとしたら今後、彼のやじるしまで登場するかもしれない。期待してるぜ、てらさん(無茶振り)!

「毎日おんなじ“ご飯”食べてたら、飽きるんだよね」というシャ○・アズナ○ル級の名ゼリフは、男なら一度は言ってみたいもの。私もあきほなみを食い終わったら、別のブランド米に手を出してみることにしよう(違)。朝比奈サン、あんた相模原の赤い彗星(“コメ”ット)だよ! ヒール好きな私の声援届け(笑)!

本作の巻末に登場人物紹介欄がある。そこには当然、朝比奈の項があるのだが、なんと彼だけ(※物語が進むにつれ更新)とあるではないか! わざわざ“こめ”じるし(実は、これが言いたかっただけか、俺?)付きで書かれているあたりに、これからの優遇度が窺える。すでに役目を終えた光稀から主役のバトンを受け取り、さらなる飛躍をとげる朝比奈サンの活躍に期待大、である(笑)。

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