カクヨムに登録して最初に見つけて読み始めた作品。このような珠玉の作品を無料で読めるとは! 驚愕、そして感謝!
文章力に並々ならぬものがあり、くだくだしい説明は一切ないのに、まるで映画を見ているかのようにありありと情景が目に浮かぶ。まさしく、16世紀のフィレンツェにタイムトリップしたかのような没入感。読者は本作を読むことにより、ジャンニ親方たちと共に、肩を並べて…時にはこれほどの臨場感を悔やむほどの現場に立ち入りながらも…事件を追うことができる。
ジャンニ親方の工房を描いた部分を引用してみよう。
<引用開始>
売り場には作業台が2個、奥にもっと大きいのがひとつあるが、どれも略奪の後のように散らかっている。床は描きかけの素描だらけ、机の上には紐でくくった手紙や帳簿の束、色褪せた猥褻本や性交体位素描集が鼻をかんだ布と一緒に積みあがり、頂上では陶製のすり鉢がゆらゆら揺れている。羽根ペン、チョーク、折れた工具、硬くなったチーズを突っ込んだ丸い鉢は手垢まみれ。窓際に並んだ葡萄酒の瓶にこびりついている黒っぽい染みはいつのものだろう。
<引用終了>
工房の様子が見てとれるだけでなく、ジャンニ親方の生活ぶりや性格の一端まで伝えてくるこの文章、もうこの辺りで、ギレルモ・デル・トロ監督かロン・ハワード監督、もしくはリドリー・スコット監督にメガホンを取っていただきたい気持ちが高まる。
人物の描写も秀逸である。
<引用開始>
ミケランジェロはアレッサンドラの顔から目が離せなかった。
目もとの小さなほくろが、ともすると冷ややかな感じを与える目に官能的な趣を与えている。
<引用終了>
短い文章のなかにも、どこか幸薄そうな、業の深そうな気配を匂わせてくるこの美人、往年のモニカ・ベルッチの印象で想起される。
極めつけは第4章「迷宮廻廊」のシーン。
<引用開始>
目のくらむ高さだった。幾何学模様で埋め尽くされた床にいる人間は、蚤のような大きさだ。真下に並んでいる茶色い粒は貴賓席だろう。あまりにも高い場所にいるせいで、遊技盤に描かれた升目を見おろしているような気がしてきた。膝ががくがくしはじめたので視線を水平に戻した。
<引用終了>
大聖堂の上から下を見下ろす構図である。アクション映画なら、ここから死体をクッションにしながら飛び降りて銃を乱射するところである。しかし、16世紀のフィレンツェであるから、そうはならない。もっと生々しい展開が待ち受けている。
推理小説としても非の打ち所のない構成で、畳み掛けるように謎解きが始まる終盤では、
「そういうことかー!」
とか、
「おまえかー!」
などといって膝を打ち、大興奮であった。
どうも私には記憶力もなければ観察力もないらしい。とことん推理小説に向いていない体質であることを諭してくれる作品でもあった。
全てがわかった後でも、何度でも読み返したい。そのような名作である。推理小説好きか、16世紀~19世紀の欧州が舞台となる小説がお好みの方は、ぜひとも読むべきである。あなたの脳の中で、想像力を司る細胞が活性化して働き始めること請け合いである。
こちらの作品は本編と番外編で、二つの世界観を体験することができます。
場所はイタリアのフィレンツェ、主人公はジャンニと言う名のおじさん。
同じ場所、同じ名前を持つ登場人物たちが、十六世紀と現代、二つの時代でそれぞれの事件を追う姿が見られると言う、なんとも贅沢な作品です。
まず本編では、十六世紀のフィレンツェで、宝石職人のジャンニ親方が、今で言うところの陪審員&裁判官のような役目に任命されたことで、数々の殺人事件の謎を追っていくことになります。
ジャンニ親方は、イケメンでも無いし、だらしなくてエッチな妄想全開な普通のおじさん、どうやって仕事をさぼろうかと画策しているうちに、深く深く事件に関わっていくことになるのですが、不思議なことにいつの間にかとってもカッコいいイケオジに見えてくるのです。
正にマジックのように!
それだけこの主人公が魅力的であり、作者様の人物描写が見事なのだと感動しました。
また、貧しい十六世紀の人々の生活や、特権階級の人々の様子、市居のほんのチョイ役の人々に至るまで丁寧に描かれているので、目の前で繰り広げられる映像のように鮮明に想像することができます。正に読む歴史体験でした。
脇を固める弟子のミケランジェロ、若き警官のレンツォ、バスティアーノ、上司のラプッチを始め、綺羅星のように輝く個性派揃いなのも楽しいです。
番外編では現代のフィレンツェで起った教授殺人事件が二転三転しながら意外な犯人へと導かれていきます。
先の読めない展開、次から次へと起こる事件に、犯人を予想する楽しみなど、推理小説ならではの醍醐味を満喫することができます。
また、十六世紀で活躍した人々と同じ名前の登場人物が出てくるので、重ね合わせたり、違いを楽しんだりと言うことができるのも二倍の満足度。
本格ミステリを読みたい方、おじさんが活躍する姿を見たい方、歴史小説を体感したい方等々、みんなが満足できる上質のエンターテイメント作品です。
是非この感激を味わってみてください!
16世紀のフィレンツェ。物語は何やら男が拷問にかけられているという物騒なシーンから始まります。
主人公の彫金師ジャンニ親方は、口八丁手八丁な面倒くさがり。弟子からもダメ親方扱いされていますが、どっこい鋭い観察眼をもっていて、また意外と人情家でもあります。
八人委員会の裁判官に選ばれた彼が、次々と起こる謎の殺人事件を追う、というのがメインストーリー。
あちこちに散りばめられた伏線と怪しい人々、純粋なミステリとしても楽しめますが、この物語のもう一つの大きな魅力は描きこまれたディテールにあります。
工房のごちゃごちゃしている様子から、証人の家や酒場を訪れた時の椅子の上の汚れや猥雑な雰囲気、さらにはジャンニ親方はいちいち下ネタを挟んでくるし、最後の方では隙あらば『性交体位素描集』を開こうとしています(資料ですよね!)
フィクションでありながら、一筋縄ではいかない人々のその生活がとてもリアルに感じられます。そして、終盤の犯人とその意図が明らかになるまでの畳み掛け方も見事で、最後は一気に読んでしまいました。
海外ミステリのような雰囲気と、詳細な歴史ものとしても楽しめる一作で二度美味しい作品。番外編は時代ががらりと変わるとのことなので、続きも楽しみに読ませていただきたいと思います。
おすすめです!
舞台は16世紀のイタリア・フィレンツェ。市民裁判官に任命された彫金師のジャンニ親方は、連続殺人事件の起こるこの街で捜査に当たりますが、前途は多難つづきで……。
無精でだらしない中年男が、持ち前の鋭さで謎を解明していくところがかっこいい。その口から発せられるセリフも小気味よくウイットに富んでいます。力の抜け方とキラリと光る推理力のギャップがなんとも魅力的。
周りをかためる脇役陣も個性豊かです。気持ちが先走りしてしまう若い警吏や、親方に振り回される弟子、そして妖しい人妻……。複雑に絡み合った人間関係が殺人事件と結びつき、先が読めません。
巧妙に散りばめられた伏線から、糸がほどけるように謎が解けていく最後の展開は思わず唸ってしまう面白さです。
時代ものとはいいながら現代にも通じる社会のありかたも興味深い。権力を笠に着る者、悪用する者、そこへ向かっていくことの難しさ、歯がゆさ。16世紀イタリアを舞台にしながら普遍的な人間模様も見せてくれます。
がっつりと歯ごたえのある大作ミステリ。これを読んで中世イタリアに関心を持った方は、おなじ著者による『枝葉末節にこだわる〈西洋中世の日常生活〉』も併せてどうぞ。
ジャンニとレンツォ2人を軸に、中世のフィレンツェを舞台とした殺人事件の謎が解き明かされる。次から次へと現れる登場人物は複雑に交錯し各事情が重なり合い、そして最初の事件の発端へと絡まりあった糸がほぐれていくかのように繋がっていく。
作者様の上手い描写の数々と、巧みに紡がれていく展開の小説に、読者である私たちも中世イタリアの裏通りを主人公と一緒に駆け巡り、どんどんその世界に引き込まれていく。その空気感がたまらない。時に路地裏の匂いすら、ここまで漂ってくるほどだ。
クライマックスに近付くと応援コメントの中で犯人当てが炸裂!作者様と読者側との緊迫かつ爆笑の(笑)やり取りで盛り上がれるのも、この小説の醍醐味と言える。さあ、あなたには犯人が分かるだろうか!?
16世紀フィレンツェ。ルネサンス三大巨匠の活躍の記憶も生々しい、花の都を舞台に繰り広げられる本格ミステリー。
現地事情に詳しい作者様ならではの説得力ある舞台描写に、人物設定。
魅力たっぷりの台詞まわし。人間臭さあふれる登場人物たち。
なかでも、清濁併せ吞む(濁の成分多めな)親方の、飄々とした人物像が出色の魅力。彼はもう、息をするように自然と下ネタを繰り出しますが、それがまた粋なのです。紳士淑女の皆様方にも安心して笑って頂きたいと思います。
親方以外の人々も多様な罵り言葉、厭味や誘惑の言葉では負けていません。台詞のひとつひとつに血が通っています。こんな台詞で市井の人々を生き生きと描き出すことにかけては、右に出る人がいないんじゃないかと思います。
もちろんミステリーも読みごたえたっぷりです。
現在は、舞台を二十一世紀に移した番外編を連載中。主要登場人物の魅力はそのまま、ときどき五百年前の小道具や人間関係や性癖が出てくるのも楽しい、ファン垂涎の豪華番外編です。