第五話 確執




 マークが去った後しばし訪れた静寂の中、これでは始まらないと予感したヴォーニッドが口火を切る。


「あー、それじゃあとりあえず俺が話を進めさせて貰う。それでいいか?」


「いいえ、良くありませんわ」


「……なんだって?」


 だが、ゆめゆめ忘れる無かれ。この場に明確な彼の味方は存在しないのだ。


「ですから、貴方が話を纏めることに反対だと言ったのです。頭だけで無く耳も悪いのですか? 悲惨な事ですわね」


「随分言ってくれるじゃ無いか。だが残念、上官の指示は絶対だ。否が応でも俺に従って貰うぞ」


 いくらやる気の無い男だとは言え、初対面の人物にここまでボロクソに言われてしまえば黙っては居られない。ヴォーニッドの彼女を見る目線も自然と鋭くなっていく。


 だが、リディアもその程度で態度を変えるつもりは無い。むしろヴォーニッドを見る眼光を一層鋭くし、これ以上無いほどの不平の意思を彼に伝える。


「それは誠に残念ですわね。胸に付けた少尉の徽章も泣いておられる事でしょう」


「うるせぇな……ごちゃごちゃ言わずに静かに待つって事が出来ねぇのか? 俺を苛つかせたいってんなら話は別だがな」


「あら、少しは相手を察するということが出来るようですわね?」


「チッ……」


 まさに一触即発。開戦前といった雰囲気が辺りに漂う。そんな状況を止めに入ったのは、それまで沈黙を守っていたシャーレイであった。


「二人とも落ち着け。ここで争っても任務は達成できない」


「……フン」


 鼻を鳴らしながらそっぽを向くリディア。その仕草に再び苛立ちを感じつつも、ヴォーニッドは深呼吸をすることで自らの感情を落ち着かせる。


(落ち着け、俺は前世と合わせれば七十近く生きてるんだ……俺基準なら相手はまだ子供だぞ。そんな相手に切れてどうする)


「……ああ、悪いなシャーレイさん。貴方の言うとおりだ」


「シャーレイでいい。敬語も必要ない」


「え、でも貴方の方が年上じゃあ……」


「たかだか数年生きた程度で威張る気もない。それに、君はリーダーなのだろう? ならば相応の威厳を備えておくべきだろう」


「あー……」


 確かにシャーレイの言うとおり、先ほど自身がリーダーを務める意の発言をしてしまったばかりである。それ故、彼の発言を「自分はリーダーでは無い」と否定することは出来ない。


「分かった、お言葉に甘えさせて貰うよシャーレイ。ただ、あんたから俺に敬語も必要ないからな」


「元よりそのつもりだ……ところで、リーダーというなら彼女らを管理せずして良いのか? 何やら個別に行動を始めているようだが」


「え?」


シャーレイの言葉に振り向くと、気付けばリディアとメイの二人が扉に手を掛けている所であった。慌てて呼び止めるヴォーニッド。


「お、おい! 何してるんだ!」


「何って……魔獣討伐ですけれども」


「なら別れて行動する事の危険さが分かるだろう! 相手は繭の状態とはいえ魔獣だぞ!?」


「ええ存じておりますとも。その危険さと協力して行動する事、その二つを天秤に掛けた結果、このような行動を取っているのですわ」


「お前ーー!」


隠しきれぬ怒りを露わにしつつ、リディアの元へ詰め寄るヴォーニッド。


だが、彼の歩みは目の前に閃いた銀閃によって食い止められる。鼻先を掠めそうになったそれを、直前で首を引いて回避する。


「……っ。お前、正気か」


「ええ、正気も正気。自らの意志でこのレイピアを抜いておりますわ。それと、私には両親から頂いたしっかりとした名前があります。『お前』などという品の無い名前で呼ばないで下さいまし」


「自分に敵意を向けてくる奴の要望に答える必要がどこにある?」


「……全く、癪に触るお方ですわね」


ヴォーニッドの喉元へ突きつけられていたレイピアを腰元へと戻すと、改めて遺跡の扉を開くリディア。最後に彼女は、こちらを振り向きもせず言い放った。


「こちらも腕に覚えはあります。貴方如きに慮られるには及びません。私達は別行動を取りますので、逃げるなり追うなりどうぞご自由に」


彼女は遺跡の中へと歩を進める。それに同調するようにメイは彼女の後ろを付いて行った。


後に残されたのは、やりきれない怒りを抱えるヴォーニッドと変わらぬ無表情で佇むシャーレイの二人だ。


「……くそっ! 何だよあいつ、俺が何したって言うんだ?」


「ふむ、随分と嫌われていたな。以前に何か粗相でも働いたのでは無いか?」


「粗相どころか、顔を合わせた事すらねぇよ。あー、リーダーなんて引き受けるんじゃ無かった」


ガリガリと頭を掻きながら愚痴を漏らすヴォーニッド。シャーレイはそんな彼の様子を一瞥すると、遺跡の扉へ向けて促すように顎をしゃくった。


「それよりも、追わなくていいのか? いくら腕に覚えがあるとは言え、魔獣とは侮っていい相手では無いと思うが」


「ああ……幾ら気に食わない奴でも、死なれたら寝覚めが悪い。追いかけようか」


そう言って、二人は遺跡の中へと飛び込んで行った。

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