第十一話 救援

完全に追い詰められたヴォーニッド達。少年少女らを背後に隠し、ジリジリと近寄ってくる魔獣達からなんとか距離を取ろうと後方に少しずつ下がる。


「さて、どうするリーダー? 私の奥の手は既に先ほどで打ち止めだぞ」


「私の呪文も、この距離だと巻添えが懸念されます。小規模の魔法ならまだしも、先ほどのような多重展開は難しいでしょう」


 つまり、この状況をなんとか出来るのはヴォーニッドとリディアのみという事だ。だがヴォーニッドはこの魔獣達を殲滅できるほど、卓越した剣技を習得出来ていない。


「一応聞こう。この数なんとか出来るか? リディア」


「私ならば当然……と言いたいところですが、残念ながらそれだけの腕はありませんわ。お父様なら何とか出来たのでしょうけど」


「……なあ、今から俺がするのは他愛もない質問なんだが……」


ある種期待通りの回答だ。額に流れた冷や汗を拭い、ヴォーニッドはリディアを改めて見据える。


今まで見たことのない彼の真剣な表情。これが吊り橋効果なのかはわからないが、その視線を正面から受け止めたリディアは図らずとも胸が僅かに高鳴るのを感じた。


「一つ。余力はまだ残っているか?」


「え、ええ。まだ余裕はありますわ」


「二つ。その余力で奴らの半分は消せるか?」


「親玉は難しいかもしれませんが、取り巻きならば」


「そうか。なら三つ」


そこで一度言葉を切ると、ヴォーニッドは僅かばかりの逡巡を置き、鞘ごと刀をリディアに差し出す。


「……一緒に死地へ飛び込んでくれるか?」


「……!」


意を決したヴォーニッドの発言。リディアは彼の発言に驚愕し、淑女らしからぬ呆気にとられた表情を晒してしまう。


リディアとは面識も無い状態で、一方的に嫌われていたというのに、ヴォーニッドはそれを踏み越えて彼女に協力を申し出てきた。それも、『自身の刀を捧げる』というオマケ付きで。


彼は知らないだろうが、貴族の間において武器を捧げるというのは忠誠・信頼の証である。彼はそれを不恰好ながらもリディアに捧げて見せたのだ。緊急事態にしろ、彼が一時的にでも彼女の事を信頼するという証なのは間違いない。


何だか込み上げてきた可笑しさを堪え切れなくなり、リディアは小さく笑ってみせる。場違いな表情を浮かべた彼女にヴォーニッドは呆気にとられているが、そんな事には構わずリディアは彼の問いかけへと答える。


差し出された剣を受け取って良いのは主だけだ。リディアは彼への返答として、代わりにレイピアの鍔を刀に打ち付ける。


「了解しました、リーダー。この剣、一時的に貴方へ預けましょう」


ヴォーニッドを信用した訳では無い。怠惰な人間は未だ嫌いだ。


けれど、何故か今の彼なら信頼出来る気がしたから。だから彼女は、剣を彼に捧げたのだ。


まさか彼女が応じると思っていなかったヴォーニッドは、リディアの行為に驚きつつも笑みを浮かべる。


「流石リディアだ! 愛してるぜ!」


「あ、あああアイシテル!? こ、こんな緊急事態にふざけるんじゃありません! あくまで私の力を貸すのは一時的にですので、その辺りを間違えないように!」


ヴォーニッドの変則的な発言に、赤面しつつレイピアを取り落としそうになるリディア。意外な弱点を見つけた、とヴォーニッドは心の中でほくそ笑んだ。


場面にそぐわない寸劇を繰り広げた所で、痺れを切らしたように魔獣達が唸りを上げる。状況を思い出した彼等は、シャーレイとメイから生暖かい目で見られつつ慌てて構えを取る。


「さて、十分にふざけた所でいっちょやってやりますか! 生憎死亡フラグはコメディで圧し折ってやったから、こっからは逆転フラグの時間だ!」


「言っている意味はさっぱりわかりませんが、まあ同意しておいてさしあげましょう。さあ、行きますわよ!」


ヴォーニッドとリディアが一気に敵のど真ん中へ突っ込む。一気に取り囲まれる二人だが、その表情に絶望の色は無い。背中合わせに立った二人は、それぞれの得物を油断なく構えながら背中越しに会話する。


「それで、作戦は?」


「俺が半分殲滅。リディアが半分殲滅」


「シンプルですわね。でも、悪く無いですわ」


僅かに言葉を交わした後、お互いがお互いの役目を果たす為に動き出す。


「はぁぁぁぁぁ!」


風の力を太刀に纏わせ、雄叫びを上げながら魔獣の群れの中心へ突撃するヴォーニッド。そのど真ん中で刀を一閃、二閃、三閃。それだけでは飽き足らず、風の勢いに任せて四方八方へ乱舞し、周囲の魔獣を切り刻んでいく。


やがて乱舞を終えると、くるりと後ろを振り向き刀を鞘に収める。そんな隙を見逃すほど甘い敵ではない。好機と見た魔獣達が背後から一斉にヴォーニッドへ襲いかかった。


だが、それは彼の思う壺であった。ヴォーニッドは一気に鞘から刀を抜くと、振り向きざまの強烈な居合を放つ。


「ーー柳凪流一の太刀奥義、『烈風之刀』!!」


纏った風が無数の鎌鼬となって狼達を切り刻む。攻撃を受けた魔獣達は悉く粒子となって虚空に消えて行った。


一方、リディアも負けてはいない。レイピア片手に魔獣達の前に立ちはだかると、刺突の体勢で迎え撃つ。


「消し飛びなさい! 『エレメンタル・シャード』!」


炎、風、水、土の四属性を宿したレイピアが、高速で魔獣達を貫いていく。次々と四色の異なる力で攻め立てられてしまえば、流石の魔獣も一溜まりも無い。


見る見るうちに魔獣は数を減らし、遂には数えられる程にまで低下した。


ヴォーニッドで半分、リディアで半分。ここまで大雑把な作戦とも言えない作戦を、彼らは本当に実現してしまったのだ。


「よし、これで!」


「次はあのデカブツだ! シャーレイ達も援護頼むぞ!」


「了解した、リーダー」


「ん、術式展開……」


勢い付いた彼等は、後方でゆっくりと構えている巨大な魔獣へと武器を構える。この戦力ならば、問題なく倒せるとの判断だ。


だが、彼等の勢い付いた流れはここで止められることとなる。


『グォァァァァァァァァァ!!!』


魔獣が威嚇として放った咆哮が、彼等の体をビリビリと震わせる。威嚇程度で萎縮する彼らでは無いが、それでも僅かな体の硬直は避けられない。生理的、本能的な恐怖という物を掻き立てられる叫びだ。


そして、強靭な身体を持ったヴォーニッド達ですらそうなったのだ。未だ子供である少年少女達がどうなるかなど想像に難くない。


「う、あ……」


「ひぃっ……!」


「〜〜〜っ!!」


シャーレイの背後に隠れていた彼らは、恐怖に体を震わせつつも、シャーレイの裾を握り締めつつ泣き叫ぶのを堪えている。その様子に気付いた彼は、安心させるようにその大きな手で彼らの頭を撫でた。


完全に警戒態勢に入った魔獣は、こちらの様子を油断なく伺っている。僅かでも隙を見せれば、飛びついてその牙で噛み付いてきそうな勢いだ。下手に動くことも出来ず、再び膠着状態に陥る状況。唯一の救いは、魔獣の生産が止まったことだろうか。


だが、こちらの集中も長くは続かない。子供達を護衛しなければならない以上、一切の油断も許されないのだ。


このままではジリ貧。そう感じ取ったヴォーニッドは心の中で打開策を考える。


(なんとか、なんとかこの状況を打破出来る物はーー!)


 奥の手も使い切り、こちらの戦力は疲弊しきっている。強引な突破も難しく、これ以上の消耗戦はヴォーニッド達も行えない。


 ヴォーニッドは静かに目を閉じる。


(こうなったら……)


 いざというときには、自身が囮となって彼らを逃がす。ヴォーニッドはそんな悲壮な決意を固め、刀の柄を強く握りしめる。


だが、救いは彼の想定していなかった所から現れた。


「ーーやれやれ、早速教え子が窮地に陥っているとはな。幾ら何でも早過ぎやしないか?」


唐突に響いた女性の声。


次の瞬間、目の前に立ちはだかっていた魔獣は、土煙を上げて隧道の横壁へと激突した。


「……は?」


急に起こった目の前の出来事が信じられず、惚けた声を上げるヴォーニッド。


一方、土煙の向こうからは先程の女性の声が再び聞こえてくる。足音からして、どうやらヴォーニッド達へと近づいている様だ。


「入隊初日に命の危機。喜べ、割と長く教師をやっているが、教え子の中でも最短記録だ。誇っていいぞ」


やがて土煙を抜けてきたその女性の姿を見て、余りの衝撃にヴォーニッドは口をパクパクと開閉させる。


「なんだ、そんなに恩師に会えたのが嬉しいか? 何、再開のベアハッグ位なら後でしてやろう」


「ーーなんでこんなとこにいるんすかフェリクス教官!」


士官学校時代の鬼教官が、何故かこの隧道に立っていた。

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やる気なし主人公の超過労働〜俺にこの仕事は向いてません〜 初柴シュリ @Syuri1484

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