第七話 迷い子




リディア達が通路を進んで暫くすると、やがて開けた場所に出る。古の装飾が施された柱が幾本も立ち並び、少しの話し声がかなり大きく反響する程の広大な空間だ。


「広いですわね……太古の神殿でしょうか? 柱の装飾も非常に精巧になされていますわ」


「……この辺りだった」


リディアの見識にも反応せず、メイはそう呟く。肩を竦めたリディアは、諦めて周囲の探索を始めた。


「人がいるのだとすれば、この広い空間ならすぐに見つかりそうな物ですが……」


彼女らの見渡す限り、人影や助けを求める声は聞こえない。恐らく、もう既に移動しているかあるいは……、といった可能性が考えられるだろう。


「考えたくありませんが、最悪の可能性念頭に置くべきですわね……。メイちゃん、もう一回索敵をお願い出来るかしら?」


「ん」


コクリと一つ頷き、杖を掲げて探索を開始しようとするメイ。


だが、直後の出来事によりその必要性は無くなった。




『キャーー!!!?』




静寂を切り裂いたのは年若い少女の悲鳴。リディア達は直ぐさま音の方向を振り向くと、自身の武器を構える。


「……音源確認。発生、さらに奥の空間から」


「ええ、行きますわよ!」


広い空間を脅威の速度で走り抜ける二人。奥の通路を抜けた先には、祭壇のような空間が広がっていた。


中心には、腰を抜かしてへたり込んでいる少女が。そんな彼女を取り囲むように、狼型の魔獣が周囲に存在している。


涎と唸りを上げながら、狼達は徐々に囲みを縮める。このまま放っておけば、少女が魔獣達の餌へと変貌してしまうのは時間の問題だろう。リディアは大声を上げ、少女へと注意を促す。


「頭を下げておきなさい! 巻き込まれたく無ければね!」


絶望の状況に、唐突に聞こえてきた女性の声。少女は驚いたように顔を上げると、慌ててその場で身を守るように頭を抱える。


一方、別の方角から聞こえた人間の声に振り向くのは魔獣達も同様だ。一斉にリディアへと視線を向けると、ターゲットを彼女へと変える。


勿論、それこそが彼女の狙いなのだが。


「ふ、幾ら敵が来ようと物の数ではありませんわ。かかってらっしゃい!」


「……ん、一応手伝う」


閃くレイピアに、怪しい光を放つ《ウロボロス》。今まで体験したことのなかった気迫に、感情が無いはずの魔獣達が一歩後ずさる。


だが、彼等に逃げるという選択肢は無い。いや、無くなったというのが正しいか。彼女らを前にして、尻尾を巻いて逃げるというのは不可能である。


「魔獣の分際で怖気付きましたか? ならば私自ら引導を渡すといたしましょう!」


「《ライトニング・レイ》」


メイの唱えた呪文により、魔獣達に降り注ぐ雷光。致命の一撃では無いものの、その衝撃は彼等の動きを止めるのに十分であった。


そして、その隙があれば首を刈り取るに十二分。リディアはレイピアに風の魔力を纏わせ、攻撃の準備を整える。


「穿て、《クロッシング・ピアース》!!」


そして放たれるのは、リディアの一家が代々受け継いできた剣技の一つ。風の力を利用し、広域の敵を刺し貫く『風』の奥義。


魔獣達には彼女の猛攻に耐えるだけの耐久力は無い。虚しく胸の中央、核となる部分を正確に打ち抜かれ、その体を元の魔力へと変えていく。


約十秒。それが魔獣殲滅までの時間であった。






◆◇◆





「ーーよし、こんなところか」


粒子となって溶けていく魔獣。最後の一体であったそれが消えていくのを見送ると、ヴォーニッド達は一息入れて構えを解く。


「それにしても、今回はやけに魔獣が襲ってきたな。大体十匹くらいか? ちょいと多すぎるだろ」


「大方、狼が元になっているからだろう。奴らは賢い。年を重ねれば、より狡猾になる生き物だからな。むしろ、魔獣となって理性が飛んでいた事を喜ぶべきだろう」


 魔獣は魔の力によって基本性能こそ上がっているが、それでも基礎の部分は素体となった生物と変わりない。今回のような狼型の魔獣であれば鼻が良い・集団行動を取るといった狼の特徴が色濃く現れる。その為、最初の遠吠えに反応した別の個体まで彼らを襲いにやってきたのだ。


 面倒だった戦闘をなんとか片付けたヴォーニッドは、次いで別に発生した面倒事を処理するため、ため息を付いて物陰を見やる。


「んで、お前さん達はそこで何をやってるんだ?」


 ビクリ、と体を震わせる雰囲気。自らが潜んでいるということに気付かれていないと思っていたのだろう反応だが、そこはヴォーニッドも剣の道をそれなりに修めている男だ。素人の隠行ならば容易く見破ることが出来る。


 観念したのか、物陰の人物らは大人しく姿を現す。ゆっくりと出てきたのは、まだ幼い少年二人であった。


「……少年が二人、か。まさかその年にして魔獣退治というわけではあるまい。貴様ら、何故ここまでやってきた?」


 シャーレイの問い掛けに、怯えた表情をしながら固まる少年達。彼らの様子を一瞬にして察したヴォーニッドは、シャーレイの肩を叩いて後方を指さす。


「あー、尋問は俺がやるから。シャーレイは周りの警戒に当たってくれ。な?」


「む、君が言うのならば吝かでは無いが……」


 訝しげな顔をしながら引き下がるシャーレイ。理由を聞かれなかった事にホッとしながら、ヴォーニッドはしゃがんで少年達を目線を合わせる。


 ちなみにシャーレイを下がらせた理由は、少年達が彼の迫力に怯えているのだと悟ったからだ。かなりガッシリとした体格に、誰に対しても変わることの無い憮然とした物言い。オマケにニコリともしない表情を追加してしまえば、もう役満である。


 そこに合わさるのが魔獣という明確な脅威と、隧道という場所の暗い雰囲気。最早彼らが泣き出さないのが不思議なレベルだ。


「あー。とりあえず、お兄さん達は怪しい者じゃ無い。こう見えても軍属でね。ほら、これを見て」


 胸元に縫い付けられた徽章を示すと、少年達は目を見開いて驚きを露わにする。


「……兄ちゃんは軍人さんなのか? ってことは、やっぱり強いんだよな?」


「ま、そりゃあな。少なくとも、さっき出てきた魔獣なら敵にもならないぜ」


「なら、お願いがあるんだ! 俺たちと一緒にここに来た奴が居るんだけど、魔獣に襲われてる途中ではぐれちまって……お願いだ! そいつを助けに行ってくれ!」


「ぼ、僕からもお願いします。僕たちもできる限り探したんだけど、見つからなくって……」


 少年達の真摯な願い。頭を下げる彼らを見て、ヴォーニッドはため息を付く。


「……ったく、ガキが頭を下げんなよ」


 二人の頭をガシガシと撫でるヴォーニッド。少年達はキョトンとした顔で彼を見上げる。


「わぁーった。俺らが責任持って探してやるよ。事情とか説教とかはその後だ。シャーレイ、準備は出来てるか?」


「愚問だな。既に万端だ」


 薄く笑みを浮かべるシャーレイ。二人は頷き合うと、そのまま隧道の奥へと歩を進めた。

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