第八話 それぞれの悩み
少年達をどうするかとヴォーニッドらは話し合ったが、彼等だけで入口まで返すのは道中で魔獣に襲われる危険性がある。かといって、分断してヴォーニッドらの内片方を彼等と共に向かわせるのもリスクが高い。二人同時に着いて行くというのも、未だに残っている探し人が危険に陥る可能性が高まる。
以上の理由から、仕方なく少年らを護衛しながら探索する事になったヴォーニッド達。こちらも十分に危険ではあるが、これが一番最善の方法であるのだから仕方がない。魔獣達を倒すシーンがグロテスクでは無い、という事だけが唯一の救いである。
だがーー
「ねぇねぇ! 兄ちゃんってどんくらい偉いの? 給料幾らぐらい? やっぱりモテたりする?」
「ちょ、ちょっとミカ! あんまり煩いと迷惑だって!」
今までのしおらしい態度はどこへ行ってしまったのか、先程から魔獣と戦う時以外はやたらと少年から質問責めにされるヴォーニッド。もう片方の少年はなんとか止めようとしてくれているのだが、軍人の戦いを目の当たりにした彼は興奮してしまっているのか止まる気配を見せない。
質問責めにしてくる、この活発な少年の名はミカ・アラーシュ。少年にしてはやや長めの髪と、派手なキャップが特徴である。
一方、そのミカを止めている少年の名はカレル・シュトーレン。映えるような金髪と、優雅な言動が特徴の良い意味で貴族然とした少年だ。シュトーレン家、というのはヴォーニッドも寡聞として聞いたことが無いが、きっと両親から良い教育を受けて育ったのだろうという事は想像出来た。
さて、そんな彼等を従えて進む旅路。当然の事ながら平穏一筋とは行かない物で、時折起こる魔獣との戦闘以外にも、先程に上げたような質問をヴォーニッドはひたすらに受けていた。
面倒ならば対応しなければ良いだけの話だが、そこはヴォーニッドも人の子。彼等のような少年を手酷く無視出来るほど冷酷にはなれなかった。彼等に聞こえない様にため息をつきながら、質問に答えて行く。
「あー、まあ士官学校を出たばかりだからな。まだ少尉しか貰ってないよ」
「しょうい……? どれくらい偉いんだそれ?」
「えーっと、それはだな……どれくらいか。どれくらい偉いんだろうな、シャーレイ?」
「答えに窮したからといって私に話を振るな……」
分かりやすい指標を思いつかなかったヴォーニッドは、戸惑いながらシャーレイへと問う。溜息をつきながらもそれに応えようとする彼は、もしかしたら聖人なのかもしれない。
「そうだな……大体階級には二十種ほどあるのだが、少尉は上から数えて十一番目だ。どうだ? 微妙だろう?」
「うーん……確かに」
「ちょ、失礼だよミカ!……確かになんとも言えないけど」
「シャーレイ、お前は俺の敵みたいだな。ちょっとこっち来い」
「ふ、私に無茶を振った罰とでも思うが良い」
答えられたのだから無茶では無いだろうと考えるヴォーニッドだが、実際に無茶を振った側である為彼の言葉を否定できない。仕方なく話題を変更する。
「どうせ出世するから地位の話はいいんだよ。そんで……給料だったか? ま、流石に士官学校上がりだからな。学校にいた頃の手当ても含めると結構貰えるぞ」
実際、ヴォーニッドは結構な金を貰っていると言えるだろう。
この国の通貨は「ザリオン」であるが、基本的な平民の生活を送るには年間三百万ザリオンが必要と言われている。そんな中、ヴォーニッドは学校から貰える手当で年間に百万ザリオンを貰っていたのだ。実家暮らしで生活費や学費諸々の消費が無い彼からしてみれば、丸々それが手元に来ているのだ。
つい先日まで学生だったと考えれば、この貯蓄は上等な量だろう。そして、少尉の年間給料は五百万ザリオン。勤務上の手当てが付けばさらに上がると予測すると、結構裕福な生活が送れるだろう。
そう考えると、彼が安定した職業として公務員を目指した理由が分かるだろう。ましてや、あまり戦乱の無いこの世の中において軍が戦争に駆り出されることはそうそう無いと言える。唯一鍛えなくてはいけないという点に目をつぶれば、この上ない最上の職といえるのだ。
そして、格好良く戦い給料も多いと聞けば、それだけでその職業に憧れてしまうのが年頃の男子と言うものである。当然ながら、彼もその例に漏れない。
「すっげー、やっぱそうなんだ! くーっ、俺も早く軍に入りたいぜ!」
ヴォーニッドの感覚からしてみれば、子供が「軍に入りたい」などと言うのはどうにも違和感を感じる。ただ、それはあくまで元日本人としての感覚であり、この世界では未だに軍は花形職業だ。そこから考えてみればそうおかしな事ではない。
「あーやめとけやめとけ。仕事はキツいし、上司は理不尽。オマケに同僚は変人揃いと来た。碌な仕事じゃ無いぜ?」
「……その同僚とやらに私も含まれているのか、一度しっかり聞いておきたいな」
シャーレイの発言はどこ吹く風で聞き流すヴォーニッド。
「うげ、夢が無いなぁ兄ちゃんは……もっとこう、励ましの言葉とかは無いわけ?」
「現実を教えてやるのも大人の仕事って奴だ。ま、それを知った上で目指すかどうかってのも大事な事だぜ」
少しばかりドヤ顔となって偉そうに現実を語るヴォーニッド。だが、残念ながらあまり様にはなっていない。むしろ次の瞬間に隧道内に響いた魔獣の声が、彼の虚しさを掻き立てていた。
「……さあ、行くとしようか」
「……ああ」
がっくりと肩を落とすヴォーニッド。彼の受難は始まったばかりである。
◆◇◆
「ーーそれで、貴女は何故こんな場所まで? ここはかなりの深層部。大人でも一人で潜るのは難しい筈ですが」
「うっ……ぐすっ……友達が『行ってみようぜ』って言って、仲間外れにされたくなくて……」
泣きじゃくる少女をあやしながら、リディアは彼女が何故こんな場所に居たのかを聞き出す。
「友達が? という事は、そのお友達もここに?」
「……うん。ごめんなさい……ひぐっ」
「ほーら、泣かないで。大丈夫、私は責めたりしませんわ」
再び号泣しそうになる少女を慌てて抱きとめるリディア。何故入ってしまったのかという追求は、今はしない方が得策であろう。
周囲を警戒していたメイは、泣き声の主へ向かって面倒臭げな表情を向ける。いや、正確にはその表情にはどの様な感情も乗っていない。ただ、彼女の向ける視線の質がそれという話だ。
「……メイちゃん、そんな表情はしないこと。あまり見ていて気持ちの良いものでは無いですわ」
「すいません。ですが嘘とも言いません。索敵の邪魔になりますので」
投げられる冷たい言葉に肩を震わせる少女。リディアはそんな彼女の肩を抱き、感情を落ち着かせる。
「邪魔、というのはいけませんわ。私達は市民を守る軍の一員。ということは、彼女も立派な守る対象ですわ。それを見捨てるのは本末転倒では無くて?」
「……おっしゃる通りですね。ですが、これだけは覚えておいてください」
メイは淡々と話す。抑揚もつかない、ボソボソとした小さい声で。
「強すぎる感情は邪魔になります。判断を鈍らせます。人を堕落させます。……いつか自身の身を、滅ぼします」
だがその小さい声には、何故か大きい重みがあって。
「ゆめゆめ忘れない様に。それだけです」
何故だか非常に、悲しく響いた。
「……メイちゃん」
「……少し話し過ぎましたね。私は向こうで索敵を行なっていますので、何かあれば呼んでください」
では、と一人部屋の外へ出て行くメイ。その背中を見送り、リディアは一つ溜息をつく。
「その……お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。きっと彼女にもいろいろとあるのですよ」
気掛かりな視線を向けてくる少女に、リディアは笑い返す。だが、その心中は穏やかでいられなかった。
彼女自身も複雑な事情を抱えて飛び出て来た身。そんな所をあの上司に拾われ、様々な同僚と引き合わされたのだ。その同僚が何一つ悩みを抱えていないキレイな人間である筈がない。
ああも感情を否定するということは、それだけの過去があったということなのだろう。そして、それを今も乗り越えられないでいる。
そう、自身と全く同じだ。リディアは内心で自嘲する。
(……いや、外面が綺麗な分私の方が……)
彼女の受難も、また始まったばかりである。
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