第六話 探索開始
松明の薄暗い照明しか存在しない中を、二人は慎重に進んで行く。視界が確保できていない状況は、不意打ちの危険が高まる為特に警戒する必要があるのだ。
最も、その道の達人ともなれば耳だけでその場にいる者達の体重まで言い当ててみせるらしいが、それはまた別次元の話である。
とはいえ、ただひたすらに無言で歩むのも気まずいもの。特に初対面の人物が同行するとなれば、その気まずさも
メンタル弱者のヴォーニッドは、ふと思いついた疑問を唐突に口にする。
「それにしても、こんな長いトンネルをわざわざ敷設する必要はあったのか? 連絡路にするにしたって、作る手間を考えたら別ルート使った方が良いような気もするが」
警戒を続けていたシャーレイは彼の方を一瞥すると、視線を戻しながらその疑問に答えた。
「……詳しくはわからないが、なんでも当時の権力者がこの国の優位性を示す為に行った、大規模な公共事業の一環だそうだ。最も、その他の計画は大抵頓挫か中断され、まともに出来たのはここだけだそうだが」
「へえ、よく知ってるんだな」
「昔、どこかの文献で読んだだけだ。偶々覚えていただけに過ぎん」
「昔って、冒険者稼業の頃か?」
「……まあ、そんなものか」
言葉を濁し、それっきり口を噤むシャーレイ。こんな反応をされてしまえば、いかなヴォーニッドとは言え地雷を踏んでしまったことに気付く。
ただでさえ若干一名とは険悪な状態なのだ。ここで敵を作ってしまえば、今度こそヴォーニッドは孤立してしまう。慌てて彼は話題を転換し、印象を回復しようと試みる。
「そ、そういえばシャーレイは珍しい得物を使ってるんだな。クロスボウ、であってるよな?」
シャーレイの手に握られているのは黒く塗装されたクロスボウである。ヴォーニッドの前世でも見かける事は多く、大抵は素人用の弓として使われる事が多い。
ただ、その汎用性や殺傷能力は侮れず、連射速度以外は弓と遜色が無い。巷ではその取り回し易さや消音性から、何処かの国の特殊部隊が使用しているなんて噂も存在する程であり、ただの『初心者用の弓』などとは馬鹿に出来ない武器である。
「ああ……よく知っているな。弓の方が一般的だから、驚かれるとは予想していたが」
「まさか! ボウガンだって十分に強い事は把握してる。ましてや、その佇まいを見ればな」
シャーレイは既にクロスボウへ矢を装填しており、油断なく辺りを探索している。事前に用意しておく事で、咄嗟の危機にも対応する事が容易になるというのもクロスボウの利点だ。「引く」、「打つ」という二回の動作が必要な弓に対し、クロスボウなら「引く」の一動作で終える事が出来る。
「……ふ、珍しいな君は。初見の奴は大抵、これを見て鼻で笑ったりするものだが。取り分け、冒険者をやっている時にはそういう奴が多かった」
「へえ、俺が馬鹿にしたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は奴らと同じ様に、身を以て強さを知ってもらう所だったよ」
冗談めかして笑うシャーレイだが、ヴォーニッドからしてみれば冗談には見えない。当の彼らがどんな目にあったのか、想像するだに恐ろしい。
ヴォーニッドにとっては非常に言い辛い事に、彼の雰囲気はなんでもやりそうな予感を感じさせるのだ。物腰は柔らかだが、いざとなればどんな手でも使う、そんな雰囲気を。
僅かに冷や汗を流すヴォーニッドを気にかけたのか、シャーレイは苦笑して緊張をほぐす様に話し掛ける。
「冗談さ。別に彼らには何もしていない……君に何かするつもりもないさ」
「……ふう、その言葉信じるぞ。全く、心臓に悪い冗談だ」
ため息を付いて、こわばった肩肘をほぐすヴォーニッド。
だが、そんな彼に安息の時間はやってこない。何かが蠢く物音が、通路の奥から響いて来たからだ。
「っ、漸くのお出ましみたいだな……シャーレイ、準備は良いか?」
「愚問だな」
ザリ、ザリと地面に散らばった砂を踏みしめる様な軽い足音。そして警戒を示す唸り声。
やがて暗闇の奥から姿を現したのは、狼のようなフォルムを持った四足歩行の生物。それが三匹徒党を組んで迫って来ていた。
突き刺すような敵意と、躰全体に立ち込めている紫の瘴気が、彼らが既に『魔』に侵されているということを如実に証明している。ヴォーニッド達は事前の情報が当たってしまっていた事に舌打ちをする。
「チッ、魔繭は既に孵っちまったって事か! 全くツイてねぇ!」
「文句は後だ……来るぞ!」
三匹の獣は、戦闘の始まりを告げるように雄叫びを上げた。
◆◇◆
「……周囲二百
「あら、ありがとうメイちゃん。助かるわ」
一方、こちらはリディア・メイのチーム。運が良いのか悪いのか、一度も魔獣と遭遇する事なく隧道を進んでいる所である。
いかに先程からピリピリとした雰囲気を纏っているリディアにも、流石にメイ程の子供然とした相手にそれをぶつけるのは憚られるらしく、今の所は柔らかな対応となっている。
最も、彼女の事務的な対応やリディアへ対してのリアクションを見るに、敵意を向けられようと気にも留めないだろうが。
「それにしても不思議な武器ですわね。確か『ウロボロス』でしたっけ? 随分と大層な名前が付いておりますが」
リディアはメイの持っている杖を見やる。持ち手の部分はなんの変哲も無い杖だが、先端には薄い黒の宝玉のようなものが付いており、神秘的な雰囲気を放っている。又、それと対照的に宝玉の周囲は機械的な装飾で覆われており、その杖の特異性をより一層引き立てていた。
メイは彼女の問いにコクリと頷くと、言葉少なに彼女へ返答する。
「……『メビウス』の、上位互換。あるいは、強化パーツ」
「ええ、聞いたことはありますわ。王立魔導開発局がそういったパーツを開発していると……まさか、もう実用にまで至っているとは思いませんでしたけど」
『メビウス』自体は既に完成された作品であり、これ以上のグレードアップを望むのならば根本から作り直す必要がある。だが、その作業には遥かな年月が掛かる事が予想されているのだ。その為、より機能を手っ取り早く上昇させる為の案として開発されていたものが「強化パーツ」の制作である。
より早く、より強く、より正確に。この三つをコンセプトとしており、国の一大企画と銘打って開発に注力している。という内容を聞いた事があるリディアだったが、それが実用化されているという話は聞いていない。
「……試作品」
「なるほど、そういう事でしたか。とはいえ、貴女の様な子供がテストに駆り出されるというのは余り気持ちのいいものではありませんわね」
リディアは、まだ年端も行かない幼い少女を実験台に選ぶ魔導開発局の不甲斐なさを詰る。だが、メイは「子供」というワードに反応したらしく、やや頰を膨らませてリディアへ非難の視線を送る。
「……子供じゃ無い。もう十四」
「あら、これは失礼しました。もう立派なレディですものね」
思春期特有の大人への渇望と判断したリディアは、軽く笑いながらもそう反応する。その対応にからかわれたと感じたのか、メイはついにそっぽを向いてしまった。
なんとか彼女の機嫌を直そうとメイの顔を追うリディア。だが、不機嫌だった筈の顔は何故か疑念の色に染まっていた。
「どうしましたの?」
「……右の通路。奥から人の声が聞こえた」
「声、ですか?」
いくつかの分かれ道の内、右の通路を指差しながら何者かの声が聞こえたと主張するメイ。リディアには聞こえなかったが、先程から謎の力で周囲を把握している彼女の言うことならば真実なのだろうと納得する。
「わかりました。ならば右へと進みましょう。この隧道に人がいる、となれば問題ですので」
魔獣が発生するこの場に一般人が迷い込んでいるとなれば、人命に関わる重大な案件である。なれば、すぐさま確認するべきだと判断したリディアは、右の通路へと歩を進めた。
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