第三話 仲間達




煙草の煙を吹かしながら一歩前を行く目の前の背中を、ヴォーニッドは無言で見つめながら着いて行く。


マークと呼ばれたこの男、上司なのは間違い無いのだろうが、どうにもやる気が感じられない。威厳もへったくれもない背中だ、などとそんなことを考えているヴォーニッドだが、やる気がないという言葉はそっくりそのままブーメランとなって彼に帰ってきているのを分かっているのだろうか。


やや華美に過ぎるのでは無いかと思える廊下を暫く歩き続けると、やがて一つのドアの前でマークが立ち止まる。


「ここだ。ほれ、入るといい。お仲間が待ってるぞ」


「仲間?」


訝しげなヴォーニッドの台詞に、マークは煙を吐く事で答える。久々に嗅いだ煙草の香りだ。


(そういえば、もう随分と吸ってないな)


日本に居た頃は禁煙など出来そうにない、と思っていたが、この世界に来てからは存外そうでもないと思える様になっている。これも成長と言えるのだろうか。


「ああ、これからの仕事仲間って奴だ。全員個性的な奴らだが……ま、なんとかなるだろ」


「個性的……ですか」


往々にして、個性的という言葉は『変人』というワードをオブラートに包んだ発言であることが多い。マークのニヒルな笑みからして、どうやら今回もその御多分に漏れない様だ。


「あー、配属の辞退って出来ますかね?」


「ほう? してもいいが、その場合はキッチリとノーマン教官に報告しなければならんな」


「辞令、謹んでお受けいたしますよ……」


フェリクスという魔法のワードを出されては従わざるを得ないヴォーニッド。残念ながら、士官学校の三年間で上下関係はしっかりと叩き込まれてしまったようだ。


「ククッ、理解したなら早く入れ。あまり時間も無いからな」


マークに促されるまま、ドアに手を掛ける。意外と重いその扉に徐々に力を込め、ヴォーニッドは新たな一歩を踏み出した。


ドアを開けた瞬間、一斉に集まる三対の眼光。ヴォーニッドはその視線にやや体を強張らせつつも、極力気にしないようにしながら部屋の中へ歩みを進める。


「ほれ、こっちだ」


後ろから悠々と部屋に進入するマーク。人を矢面に立たせやがってと思いつつも、仮にも上司に暴言を吐くわけにはいかない。言葉にならない溜息をつきつつ、大人しく彼の後に続いた。


部屋はどうやら小型の会議室の様で、縦長の円卓が部屋の中央に、その前方にホワイトボードが鎮座している。廊下の内装に比べて、随分と質素な内容だ。


最も、外の装飾の多さの方が問題なのだろうが。


マークは躊躇せずにホワイトボードの前に立ち、既に部屋に入室していた三人の視線を一身に受ける。男が一人に、女性が二人。何処か非難の意味を含んでいるその視線を受けながら、しかし彼は優雅に紫煙を燻らす。


「ーーさて、随分と待たせちまった様だな。本来ならもう少し早く始められる予定だったんだが、少しばかりそこの新人がやらかしてな」


「え、俺の所為?」


なんの前触れも無く責任を転嫁されるヴォーニッド。緊張も忘れて、思わず間抜けな声を上げてしまう。


「ああ。何処かの誰かさんが駅前で騒ぎを起こさず、尚且つ軍に事情を説明していればここまで遅くはならなかったな」


「グッ……」


「クク、別に責めてる訳じゃ無い。そう固くなるなよ」


どうにもこの男、掴み所がない。この空間全体が、完全に彼のペースに呑み込まれてしまっている。


「ーーそろそろ要件に入っていただいても宜しいですか? 私、下手な漫才を見に来たわけではありませんの」


ピリピリとした声が彼等に掛けられる。本来ならば流麗な筈のその声も、含まれた怒気のお陰で台無しだ。


発言の主は、眦を吊り上げて苛立ちを隠そうともしていない金髪の女性である。整った顔立ちに、丁寧な言葉遣い。貴族の令嬢然として雰囲気を纏っているが、その吊り目は本来嫁に貰われるべき貴族の令嬢としてはあまり相応しくないと言えるだろう。


スタイルも悪く無く、外見で言えば非の打ち所は無いように見える。ただ、貴族というのは実に面倒臭い物で、見栄を気にする彼等にしてみれば妻が夫より賢いというのはそれだけで重大なマイナスポイントに当たる。


そこに来て、彼女のキツそうな眼光に明朗な性格。まあ、貴族には好まれそうも無い女性である。


「おっと、それもそうだな。じゃ、早速本題に入ってやろう」


一方、上司に向かって厳しい言葉を向けたというのに、マークは気にした様子もない。それどころか、笑って彼女の言葉を肯定している。この男は案外大物なのだろうか、とヴォーニッドは考えた。


「お前らは今日から『アルティミトラ軍・警邏課』の配属となる。仕事内容は住民の不満解消、治安維持……要するに『便利屋』ってことだ」


「……『便利屋』」


席に座っていたもう一人の少女がそう呟く。ヴォーニッドは彼女の方をチラリと見やるが、それ以上何かを言う気配は無い。諦めてマークへと視線を戻す。


「ま、あれもこれも請け負うって訳じゃ無いがな……少なくとも、この街の依頼に限った話になる」


「……質問いいか」


と、それまで口を開かなかった男がついに沈黙を破る。案外渋めの声だな、とヴォーニッドは場違いな印象を受けた。


「何だ? まだ大した事は言ってないが」


「先程『街の治安維持』と仰られたが、それならば今でも軍が見回りを行なっている筈。職務が被るのではないか?」


確かに、警察という組織が存在しないこの国では、その役割を軍が一身に請け負っている。その為、これまでは『防諜課』や『巡視課』が警察としての役目を果たしていた。


「ま、確かにその疑問も最もだ。だが、それを今言うつもりは無い。ただ一つ言えるのは、この課が必要だから作った。それだけだ」


男の疑問を最もとしながらも、それに答えないマーク。先程の金髪の女性も眉を顰めているが、これ以上何かを言っても無駄と感じているのか文句を口に出す事はない。


「さて、簡単な説明をしたところで自己紹介だ」


灰だけとなった煙草の吸殻を、テーブルに置いてあった灰皿に押し付けるマーク。新たな煙草をポケットから取り出しつつ、それを咥える。



「ーーマーク・コーリング。階級は少佐だ。御覧の通り、重度のヘビースモーカーでもある。こちらからお前らには余り積極的に関わらないが、まあ尻拭い位はしてやろう」



マークは取り出したジッポーで火をつけ、再び煙を吐き出す。そんな姿が様になって見えるのは、やはり年の功だろうか。ヴォーニッドはそう考えるも、年齢を重ねた筈の自分の姿はそうでも無かったと思い返す。やはり心の余裕というものが違うのだろう。


「質問タイム、なんて上等な物は設けん。手短に済ませろよ」


「……俺からですか」


「一番前にいるからな」


一番前に来させた奴が何を言うか、と心の中で悪態を吐くヴォーニッドだったが、指名を受けた以上は仕方ない。やる気のない敬礼をしながら、手短に自己紹介を済ませる。



「ヴォーニッド・エルフマン。階級は少尉……特筆すべき事はそれくらいだ。まあ、そこそこに仲良くしてくれるとありがたい」



相変わらずやる気のない自己紹介に不満なのか、金髪の女性はこちらを睨み付けてくる。怖い怖い、とヴォーニッドは心の中で嘯いてみせた。


「さあ、次は……まあ流れで頼んだ」


「……ふう、仕方ありませんわね」


と、金髪の女性が立ち上がる。性格は厳しいが、所作の一つ一つは実に丁寧だ。



「ーーリディア・ウォーレル。軍人では無いけれど、新たな部署が立ち上げられると聞いて参加致しましたわ。この世で一番嫌いなものは、やる気のないお方です」



自己紹介にもどこか棘が含まれており、それ程にまで彼女が怠惰な人間を嫌っているのが読み取れる。恐らく、ヴォーニッドとはかなり相性の悪い相手だと言えるだろう。これよりの前途を思い、ヴォーニッドは暗澹とした気分になった。


「クク、嫌われたなぁ。んじゃ次」


まるで他人事のように笑うマーク。あんたもだぞ、とヴォーニッドが睨むが、当の本人はどこ吹く風と受け流し、次の自己紹介をするように促す。



「ーーシャーレイ・メリダ。年齢は今年で二十一になる。冒険者を生業にして来たが、勧誘されてこの部署にやって来た。宜しく頼む」



次に紹介をしたのは先程の男性。寡黙な印象を受けていたが、話す時にはしっかりと話すタイプの人物であるようだ。ヴォーニッドはまともな奴が居たと一人静かに安堵する。


戦鎚メイスのような重武装を主武装としていたのだろうか。立ち姿は中々に大きく、体格の良さが伺える。燃えるような赤髪や声の低さも相まって、見るものに迫力を与える外見である事は間違い無いだろう。



「ーーメイ・フラウロス」



最後に紹介をしたのは、身長の低い銀髪の女の子である。名前を言ったかと思えば、なぜかそれきり口を噤んでしまう。


「……あー、最低限とは言ったが、もう少し情報を付け加えてくれ。流石にそれだけじゃ伝わらん」


ガリガリと頭を掻くマーク。彼女はチラリと彼を一瞥すると、言葉少なにもう一語付け足す。


「……魔法使い」


たったそれだけを言うと、これ以上話す事はないと伝えるかのように椅子に座る。その様子を見て、マークは紫煙と共に溜息をつく。


「……まあいい。そんじゃ、早速だがお前らに初仕事だ」


「え、まだ勤務初日ですよ?」


「ウチは零細の窓際課だからな。貧乏暇なしって奴だよ」


「世知辛い……」


世の中の厳しさに肩を落とすヴォーニッド。彼の望んだ怠惰な人生は、どうやらまだまだ先になるようだ。

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