第四話 任務開始
ヴォーニッド達が初任務と言われ、マークに引っ張られた先は、市内に存在する史跡の一つであった。
「ヴェルム隧道跡。この街に住んでいる奴なら言わずもがなだろうが、比較的有名な観光地だ」
マリスベル市、引いてはアルティミトラ王国の歴史は古く、遥か三千年ほど前まで遡る事が出来る。侵略や分裂を繰り返し、今や三千年前との共通点は国名だけとなってしまったが、それでも太古に存在していた建築物の数々は辛うじて残っている。
このヴェルム隧道跡もそんな中の一つである。およそ二千五百年前に作られたと言われ、かつては鉱山や様々な重要拠点に繋がる連絡路として活用されていた。
因みに、そういったものには欠片も興味の湧かないヴォーニッドは、この史跡の存在を知らなかった。だが、周りの同僚達がマークの言葉に異議を唱えなかった為、その事はおくびにも出さない。まさに流される現代人の鑑である。
「それにしては閑散としていますわね……普段ならばもう少し人が居た気がしますが」
辺りを見回し、疑問を呈するリディア。彼女の言う通り、ここは観光地という理由から年中問わず人が集まる場所の筈である。だと言うのに、現在周りに存在する人は彼等だけだ。ご丁寧に隧道の扉はしっかりと締めており、人を受け入れる気が無いということが伺える。
「ああ、その通りだ。そしてそれが、今回の任務の理由でもある」
「それが理由? まさか俺たちに客引きでもさせようって話ですか?」
マークの発言に茶々を入れるヴォーニッド。リディアは彼を睨み付けるが、肝心のマークはカラカラと笑い声を上げた。
「ククッ、それも面白いかも知れねぇな。だが、今回ばかりはそれじゃ解決する問題じゃない」
煙草の煙をふかし、一呼吸入れるマーク。その姿には、先程までの軽薄さは最早存在しない。『アルティミトラ軍少佐』としてのしっかりとした威厳が備わっていた。
「ーー三日前、隧道内を歩いていた観光客から『魔繭まけんが存在していた』との報告があった。幸いにして怪我人や余計な事を仕出かす馬鹿は居なかったが、結果はご覧の有り様だ」
『魔繭』。
それはヴォーニッドがこの世界に生まれ落ちてから最も異世界らしいと思ったものであり、個体の差によって違いはあれど、危険物の一つとして世界共通の認識を受けている物だ。
魔獣とはその名の通り『魔』を被った『獣』の事であり、獣の死体や残骸が濃密な魔力を浴び続ける事で生まれる存在である。魔に犯された獣は本能を失い、非常に獰猛となる為、発生した場合は速やかな対応を求められるのだ。
そして、魔獣が産まれる際に踏むプロセスとして、魔力で編まれた繭が発生する。これこそが『魔繭』であり、被害を未然に防ぐにはこの段階で排除するのが得策である。
「ククッ。まあ実害は無かったが、この遺跡の所有者は大層ご立腹らしくてな。観光客が金を落とさなくなったのが随分と頭に来たらしい。上としても魔獣の繭が市内にあるのは好ましくない……そういうわけで、下に流れて来た案件を丁度よく見繕ってきたって訳だ。理解したか?」
煙草を咥えながらも、一気に長文を言い切ったマーク。それでも声が小さくならずはっきりと内容が聞き取れるのは、ある意味才能だろう。
一同が了承の意思を示した事を確認すると、マークはニヤリと笑う。
「よし。なら早速任務に挑むお前達に、俺からいいプレゼントをやろう。ほら、手を出せ」
「? なんですか?」
ヴォーニッドが言われたまま手を出すと、マークはその上に何かを置く。かなり軽い、金属製の何かだ。
「……って、これ『メビウス』じゃないですか!良いんですか? こんな高級な物を」
「ああ、知り合いにちょっとした伝手があってな。人数分位は回して貰えるんだよ」
そう言ってメビウスを全員の手に配り終えるマーク。何でもないように言っているものの、メビウスは普通一兵卒如きには配られることのない、本来なら将官の地位に就いて漸く支給される代物である。
それをこうして四つも用意するのは並大抵の事ではない。外面こそ不真面目だが、彼も一枚岩では行かない存在であるようだ。
「さて、と。俺はここの入口を開けたら戻ることにしよう。後は任せた」
「え、作戦とかは……」
「俺の方針は『自主自立』だ。頼んだぞリーダー」
扉へ向かったマークを見送り、ややあってからヴォーニッドは先程の会話に違和感を覚える。
「……って誰がリーダーだ誰が!」
「誰がって……お前だよ」
「不思議そうな顔をして言わないで下さい! 誰も俺がやるなんて言ってないでしょ!」
「とは言っても、この中で一番地位高いのお前だし……何だったら他の三人は軍属ですら無いぞ」
「ウソだろ!?」
今明かされる衝撃の真実に、目を剥きながら三人の方を振り向くヴォーニッド。
「まあ、確かに私はそうですわね」
「籍は未だ冒険者ギルドに置いているな」
「……」
次々と答える三人……いや、約一名答えていないが、見た目の年齢的に軍には入れないであろう。軍には入隊制限があり、十八歳未満は入ることが出来ないのだ。
「何で軍属じゃ無いのに軍隊に入ってるんですか! 明らかに可笑しいでしょ!」
「良いんだよ、俺だから」
「答えになってませんが!?」
「あーやかましい。鍵開けるんだから少し待って……ん?」
と、そこでマークが疑問の声を上げる。
「どうしたんですか?」
「……嫌、何でも無い。多分気の所為だろう」
マークは鍵を手で弄びながらくるりと振り向く。
「ま、精々頑張ってくれ。後から心強い『助っ人』も呼んである。余り気負うなよ」
「『助っ人』……ですか。まあ、期待して待ってますよ」
「クク、良い心がけだ。そんじゃ、俺はここで戻るとしよう。任務を終えたらまたあの会議室に戻ってこい」
そう言って今度こそ立ち去るマーク。その後ろ姿を見送り、ヴォーニッドは溜息をついた。
(……この三人、纏められる気がしないんだけど)
多難な前途にがっくりと肩を落とす。真の困難は、恐らくここからである。
◆◇◆
一人去って行くマークの胸中は、一つの疑問で占められていた。
(……可笑しい。鍵が開いていただと? 管理人が気を遣って開けて置いた可能性もあるが……妙だな)
本来なら彼が鍵を管理する予定だったのだが、 閉鎖されているはずの扉は開放されていた。勿論偶然やただの気遣いという可能性もあるが、それで片付けるには少々大きすぎる問題である。
弄んでいた鍵を握り込み、一人呟いた。
「……少し調べておくか」
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