やる気なし主人公の超過労働〜俺にこの仕事は向いてません〜
初柴シュリ
プロローグ 士官学校からの卒業
春。それは旅立ちの季節であり、新たな始まりの季節でもある。清々しく晴れた青空に、風でひらひらと舞い散る桜の花。新たな門出には相応しい、美しい光景である。
だが、そんなめでたい日であるとしても、それをめでたく感じない人も少なからず居るというのが事実だ。
まあ、まともな思考回路をしている人ならば特に意気消沈したりはしないだろう。居るとすればよっぽどの捻くれ者か、あるいは物臭か……。
そういう意味で、当小説の主人公はまさにその二つの要素を兼ね備えていた。
黒の制服に身を包んだ男女が、皆一様に卒業を祝い合い、又別れに泣きあったりしている。調子よく記念撮影なんかをしている者達もおり、正にお祝いムード真っ只中だ。
そんな外界の様子など露知らず、一人の男が校舎の屋根に寝転んでいた。
春の暖かな日差しを受けて、すっかりだらしない表情を浮かべている彼の名はヴォーニッド・エルフマン。この校舎で勉学を修めていた学徒の一人であり、今年の卒業生でもある。
金髪碧眼に、それなりに整った顔立ち。だがそれも珍しい風貌ではなく、寧ろ腰から提げられた刀の方が彼の印象として残るだろう。それくらいには特徴の薄い男である。
本来卒業生ならば下の群衆に加わるべきなのだろう。しかし、彼はそんな事に露ほども興味を見せず、未だ屋根の上に寝転がっている。一体何をしているのだろうか。
答えは簡単、ただひたすらに惰眠を貪ろうと必死なだけである。
「あ〜? 屋根の上に登っちゃって、いけないんだ〜! 先生に言っちゃうよ?」
そんな彼の眼前に顔を出す一人の少女。光が遮られ、視界が陰った事が目を瞑っていても分かった為、ヴォーニッドは目を開けて目の前の少女を睨め付ける。
「……光が陰るだろうが。日向ぼっこの邪魔すんな」
「そうはいかないよ! めでたい卒業式、今日こそは貴方を逃す訳にいかないんだから!」
ずずい、と更に距離を詰めてくる少女。顔と顔の距離がほぼゼロになり、鼻と鼻の先が僅かに触れ合う。
だが、それなりの美人に詰め寄られていると言うのにヴォーニッドは毛ほども動揺しない。鬱陶しそうな目線を向けると、顔を背け身じろぎさせる。
「近ぇ。暑苦しいからちったぁ離れろ」
「え? あ、ごめんごめん」
大人しく下がる少女。流石に彼女はこの体勢に思う所があったのか、僅かに頬を赤くしている。
「よし、それでいい。そのままそこにいろよネム。俺は寝るから、昼の鐘が鳴ったら起こせ」
「う、うん……うん?」
ネムと呼ばれた少女は素直に頷くが、直後に疑問を覚えて首を傾げる。少しの思考の後、覚醒。
「って、なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ! 今起きなさい、すぐ起きなさい!」
「ぐっ、ゆ、揺するなバカ! 後頭部が屋根に激突する!」
「バカって言うなこのバカヴォル! 豆腐に頭ぶつけて死ね!」
激しく揺さぶられたヴォーニッドは、なんとか彼女の手を引き剥がす。揺すられたことで打ちつけられた頭を撫でながら、目の前の少女に恨みの篭った視線をぶつけた。
彼女の名前はネム・ゴールドウィン。黒髪の短髪が何故か猫耳のような形で纏められており、服装も露出がやや多めと非常に衆目を集めやすい格好をしている。
社交性は非常に高く、初対面の相手でも躊躇なく友達になれる(というかそれ位でなければヴォーニッドと会話は出来ない)。その代償かの如く残念な頭の持ち主であり、その為ヴォーニッドなどにからかわれる事が最早日常茶飯事と化している。
「死ねとか殺すとか軽々しく言って良い言葉じゃねぇぞ。言われた側の気持ち考えたことあんのか? これだからリア充は……ぶっ殺すぞ」
「ご、ごめん……って自分も言ってるじゃん! 説得力の欠片も無いよ!」
「あんま騒ぐなバカ。ここにいる事がバレたらあの鬼教官に引き摺り下ろされるだろうが。もちっと考えて行動しろよバカ」
「二回もバカって言った! バカって言う方がバカなんだぞ!」
「ならお前もバカって言ってるからバカな。そうなると俺の発言は事実を突いてるだけだから何の問題もない。つまりお前一人がバカってことだ」
「……? えーっと、ヴォルがバカって言って、私もバカって言って、でもヴォルはバカじゃなくて……???」
ヴォーニッド迫真の捲したてに、ついに彼女の頭がオーバーヒートを起こす。彼の理論、実はガバガバな点満載なのだが、わざと遠回しに言う事で問題を有耶無耶にしているだけなのだ。それを態々真正面から理解しようとするネムは、ただ純粋なだけなのかもしれない。
ネムはうがー、と頭を掻き毟るとこれでは話が進まないと悟ったのか話題を変更する。
「そんなことはどうでも良くて!」
「どうでも良くないぞ。これは俺とお前の沽券に関わる大問題で……」
「だまらっしゃい! こんな変な会話する為に貴方を探してた訳じゃ無いの!」
無理矢理ヴォーニッドの話を遮り、手短に要件を伝える。
「ヴォル、その鬼教官のフェリクス先生に呼ばれてたよ?」
「……ウッソだろ」
そんなバカな、と彼は頭を抱える。
フェリクス・ノーマン。この士官学校において『鬼教官』と囁かれている存在であり、その二つ名に違わず生徒に対して厳しい指導を行うことで知られている。
これで無能であったり、見当違いな罰を与えてくるのであれば難癖をつけて嫌がらせや上へ訴えたりも出来るのだが、(ヴォーニッドにとっては)厄介な事に往々にして彼女は正しい。その為、ヴォーニッドからしても苦手な存在であった。
「冗談じゃねぇぞ……俺は逃げる。もう帰ってたって事にしといてくれ」
「ちょ、すっぽかしたなんてバレたら後でどうなるか知らないよ!?」
「何、お前が黙ってりゃ誰にもバレねぇよ。あんな堅物に捕まったら、後がどうなるかわかったもんじゃねぇからな」
「ほう、ならばどうなるか教えてやろうか?」
「地獄の様子なんて聞きたくも無いね……って」
今一人、別の声が混じっていなかったか?
勢いよくヴォーニッドが振り向くとーー
「御機嫌ようヴォーニッド君? 早速だが、少しお話をしようじゃないか」
ーーそこには悪鬼が立っていた。
「な、何故ここに……」
「職員室で作業をしていたら、何やら不審な声が聞こえてな。駆けつけてみればこれだ」
「しょ、職員室から……?」
ネムが驚きの声を上げるが、それも無理からぬ事である。
職員室はこの屋上から見て、丁度校舎の反対側に位置しているのだ。いくら大声を上げていようと、未だ喧騒も多いこの昼の時間帯に聞き取れる物ではない。
ましてや、彼等はそれ程の大声をあげてはいない。それを聞き取れるフェリクスがやはり特異なのである。
「冗談じゃねぇぞ……こんなところで捕まって溜まるか!」
腰の刀に手をかけつつ、居合の型を取るヴォーニッド。一方のフェリクスは、何故か持ってきている出席簿のみ。
傍目には不公平な状況と思われるかもしれないが、実際はこのくらいで五分にになるかならないかである。それだけ、フェリクスの実力が圧倒的なのだ。
「ほう……ならば卒業課題と行こうか」
ポンと出席簿で型を叩くフェリクスは、その表情を笑みに歪める。
その時、ヴォーニッドとネムはこう思った。
「ーーこの私から全力で逃げ切って見せろ!!」
地獄から、鬼がやって来たと。
◆◇◆
「ち、畜生……」
ボロボロになったヴォーニッドが呻き声を上げる。一方のフェリクスは余裕の表情で、息も乱さず彼の上に座っている。
「筋は悪くない。今の貴様なら『
「それでもボロボロにされましたけどね……」
「何、以前手合わせした上段の奴は五分でボロボロにしたぞ。貴様は十分だ。誇っていい」
「そりゃ光栄な事で……命がある事に感謝ですよ」
ボロボロになろうとも皮肉を言うその精神力だけは見上げた物である。フェリクスは笑って立ち上がり、そのままヴォーニッドを肩に担ぐ。
「さて、罰則の時間だ。貴様はこの格好のまま、職員室まで送られる事になる。どうだ? 恥ずかしいだろう?」
「恥ずかしいですけど、それ以上に、体力が……」
「少しくらい我慢しろ。男だろ?」
ヴォーニッドとの会話を切り上げると、フェリクスはネムへと振り返る。
「通達、ご苦労だった。貴様はもう帰っていいぞ」
「あ、その……はい……」
目の前で行われた激戦の印象が残っているのか、どうにもはっきりとしないネム。未だ夢の中にいるかのような、惚けた表情をしている。
フェリクスは溜息をつくと、彼女を気付ける為に大声を上げた。
「ネム・ゴールドウィン!!」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
『教官から指名された場合は直立』という癖が抜けていないのか、条件反射的に両手両足をピンと伸ばすネム。だが、その声とは裏腹に、フェリクスは優しい表情で微笑む。
「貴様は今日、この士官学校を卒業した。今後より一層、世界に雄飛出来るよう祈っている」
『鬼教官』の見せた、最初で最後の表情。ネムは目を大きく見開き、次いで笑顔を浮かべてみせる。
余計な言葉は要らない。ただ、彼女へ礼を尽くせばいい。出来うる限りの心を込めつつ、踵を揃えて『最敬礼』を行なった。
「ーーはいっ!!」
「……何か俺、忘れられてない?」
気の所為だ。
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