太陽の姫 月の石

沙倉由衣

序 夏の暦

 漆黒の大津波が海を引き裂いて迫りくる――。

 天を地をも飲み込もうとするその絶大な虚無の波に、正面から向き合ったのは何のためだったのか。荒れ狂う大気に喉を潰し、声を奪われながら叫んだ言葉はなんだったのか。

 鳴動する地、崩れ落ちる天。

 思い出すのは、滅び行く世界の発する膨大なエネルギー。渦巻き叩きつけるその力に抗い、馴染んだ杖を高く掲げた。身体の核に据えた苛烈な力が、禁忌と呼ばれたそれが自分を引き裂く音が聞こえていた。

 足下の岩が崩れ落ちる。

 紡いだのは遠い、古代の呪文スペル

 身体の核が溶岩にも似た灼熱の塊と化し、それをも凍らせる冷気が全身を満たす。意識がはじけ飛び、ただ自身が力そのものへ変容するのを感じる。

 すべてが消え去る刹那、視界の片隅に真っ白な神殿が見えたことを、漠然と覚えている。

 そして。

「生き延びろ! ―――!!」 

 あのとき、自分は。

 いったい誰の名を呼んだのか。


 世界暦七千百二十五年、萌銘の夏の暦。

 世界の三分の一が失われたあの日のことを、オートル・リーガレーシスはもう、曖昧にしか思い出すことができない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る