結
終 そして変わらず日々は続く
蓋を開けてみれば、事態の発覚から解決まではかなり短い時間で済んだ。
仁島は被害に遭った親族の菩提を弔った後、変わらず神秘対策室の一員として働いている。
変わったことと言えば、椚を椚先生と呼ぶようになったことと、ミタチを擁護する側に回るようになったことか。
最早ミタチに仕事を依頼することはないよと前置きしたうえで、ある日仁島は椚に聞いてきた。
「ねえ、椚先生。どうしてもの時って。椚先生を通せばミタチ殿に仕事を依頼できるのかな」
「基本的に、代価は変わらないよ。妖魔絡みの恨みなら、俺が預かることはあるかもな」
じろりと子供の姿の椚が睨むと、仁島は首を竦めるのだった。
***
瑛協大学では、碧川の講義は相変わらず人気だ。
弓削の屋敷に踏み込んだ翌日こそ休講になったものの、あの一日で碧川はまたひとつ何かを掴んだようで、最近の講義は少し丸くなったと評判だ。
「では椚君。仏僧の法力は、いったい何を基準に発生すると思いますか」
「仏僧に限らず、精神統一による集中。これ一択です」
「なるほど。では椚君も?」
「あ、俺は法力でどうこうするより、杖でブン殴る方が楽なんで」
「そ、そうですか」
受講生の多くは、紫熊童子の事件の目撃者でもあるので、おぉ、と感嘆の声を上げる。
逆にその場に居なかった者たちはざわめきに首を傾げたり、冗談と思ってか吹き出したりとそれぞれだ。
「ええと。椚君は神秘対策室の一員でもある一線級の祓い師ですから、間違っても同じことができるなどとは思わないように。では百三十二頁を開いてください」
椚との掛け合いも説得力を持ち始めたようで、周囲から不満の声も上がらなくなった。
また、神秘対策室でも碧川の法力の強さと効力を評価したようで、近く表彰とスカウトが行われると聞いた。
仏僧としての権威からは相変わらず遠い碧川助教だが、しかしそれ以外の場所では世界的な人物になり始めているのだった。
***
「頼みマス、椚師父! どうか、どうかワタシどもの国デ、教えて欲しイ!」
「それに関しては、悪いけれども俺の一存じゃなあ」
大陸からの来客は、ふた月に一度のペースで現れている。
大陸の仙人たちはすでにその姿を消して久しいといい――おそらく癸亥山のように異界に仙山ごと移住したものと思われる――
「しかも、蓬莱山も崑崙山も今はねえんだろ? もしそっちに行ったとしても、どうするのさ」
「そこハ、椚師父のお力デ」
「ヤダよめんどくせえ」
椚はばっさりと切り捨てた。
ただでさえ東京府は世界中でも稀に見る魔都になってしまっているというのに、それ以外にまで関わっている余裕はない。
「ま、それにだ。俺は癸亥山の不死椚と繋がっているからな。あまり離れていると体調が悪くなるんだよ」
「そ、そうなのですカ?」
「ああ。それにな、もし大陸の方に新たに仙境を作りてえというなら、お前さんたちがしっかりと修行をして、人々に敬われる仙人になってから考えるべきだ。よそから仙人を連れてきても、根本的な解決にはならねえよ」
「く、椚師父」
「もしも仙人の下で修行したいってやつがいるなら、癸亥山の師匠たちには口を利いてやる。こちらで仙人になったやつが、国に戻って仙山を拓くのがいいんじゃねえかなと俺は思うよ」
「そ、それがデス」
「ん?」
「来てもらウのが無理なラ、癸亥山に入山しタイ者、多すぎテ」
「ううむ」
解決に向けた知恵を絞る椚たちの後ろで、こそこそと木乃香と大葉が小声で話すのが聞こえる。
「ねえ木乃香さん。椚様がこの国から離れると体調が悪くなるって本当ですか?」
「そんなわけないじゃない。大変なのは椚様じゃなくて不死椚様の方なの。不死椚様は椚様に惚れ抜いてるからね、椚様が一度ハワイに仕事で行かれた時に、ついていこうとして大騒ぎになったのよ」
「え、それって」
「癸亥山から抜けて、こっちの世界に転移してきそうになったんですって」
「大丈夫だったんですか!?」
「ええ。慌てた椚様が癸亥山を訪れてね。枝を一本預かって、これでいつでも一緒だからって説得したらしいわ」
「ああ、それがあの」
仙樹棍の来歴が妙に脚色されている気がするが、大まかな話の流れは間違っていないのが困りものだ。
悩み苦しむ大陸の道士たちを前に、椚は結論を出すのを諦めた。
スマートフォンを取り出し、本山に電話をかける。
「ああ、もしもし。椚だが、師匠はいるかい?」
***
めくるめく時間を過ごしたミタチは、ここ数日すこぶるご機嫌でした。
あまりの上機嫌ぶりに心配したアザカでしたが、仕事は不定期に舞い込みます。あまりに浮ついていて、仕事をしくじるのではないかとアザカの不安は尽きません。
今夜、ミタチが足を運んだのは、なんと依頼人でも標的でもない人物の元でした。
「な、何者だ貴様!?」
上等な寝具の上で、若い愛人を侍らせて悦に浸っていた老政治家は、ミタチの出現に狼狽えます。
「私はミタチと名乗っている。君の秘書から依頼された妖魔だよ」
「ほ、ほう!? そうかそうか、お前が。中々に美しい顔立ちをしているな。それで、一体何の用だね」
「私は依頼者が心の底から憎悪している相手を殺す代価に、依頼者の命を食らうことを生業にしている妖魔だ。このルールは何よりも崇高で、それを汚す者を私は許さない」
「ふむ? 儂の秘書が何か粗相でもしたかね」
言葉の意味を理解していない様子の政治家に、ミタチは根気強く説明をします。
普段だったら有無を言わさず行動に移っていたのでしょうが、機嫌の良さが忍耐につながっているのでしょうか。
「彼は本心から憎悪しているわけではなかった。そして死を強制されることへの恐怖と、理不尽な命令を下した君への怒りがあったのさ」
「何を――」
「ライバルを殺したいのは君で、死にたくないからそれを秘書に代行させたね? 君は私の仕事のルールを軽視した。報いを受けてもらおうか」
「ま、まさか」
「死んでもらうよ。ああ、そこのお嬢さん。君は目を閉じていたまえ。目を開けたらすぐに私のことを忘れるだろう」
「ふざけるな! 妖魔ふぜいが、儂を殺すだと!? くっ、護衛はどうした!」
「全員眠っているよ。心配いらない、生きているから。殺すべきではない人物を殺すのは私の流儀じゃなくてね」
「何を馬鹿な! か、金ならあるぞ! そうだ、食糧は人間か⁉ ならばそちらでも構わん! 儂を後ろ盾にすれば、何だって――」
ぶつりと声が止まります。
体と首がその接続を終えて、首がころころと転がります。
「醜いね」
ミタチは抜き取った魂を口に含み、ごくりと飲み込みました。
「やっぱりあまり良い味じゃない。駄目だな、やっぱりタイジュの魂に触れた後だと味わいが薄くて」
ほう、と溜息をつき、少し前の甘い記憶を思い返します。
この日、ひとりの政治家が亡くなったというニュースが流れ、ほどなく人々の記憶から忘れられたのでした。
***
「椚様!」
詠竜軒の新メニューである担々つけ麺を食べ終えて悦に浸っていた椚は、大葉の声に振り返った。
「おう、どうした大葉」
「はい。旧宿に最近移住してきた、空狐と野狐の一団についてはご存知ですか?」
「あ? 聞いたような覚えがあるな。それがどうした?」
「はい。その頭目を名乗る女性が、椚様にお会いしたいと」
「ふうん。どんな女だ?」
「ええと、その」
椚の問いに顔を赤らめる大葉。
椚は口元をにやりと緩めると、立ち上がった。
「何の用事かは知らねえが、中々にいい女みてえだな。いいぜ、会おう」
大葉は顔を青くしたり赤くしたりと忙しくしながら、代金を置いて店を出た椚に着いてくる。
「椚様、あのですね」
「惚れたんだったら自力で口説くんだな。あんまり時間かけてると、あっちが俺に惚れちまうぜ?」
「っ!」
かか、と笑いながら、椚は事務所に足を向けた。
後を追う大葉の顔にも、何となしに笑みが浮かんで――
闘仙クヌギは鬼よりこわい
了
闘仙クヌギは鬼よりこわい 榮織タスク @Task-S
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