第7話 やさしい会社のはじめかた
さんざん商業区ギルドを荒らしまわって来た彼女である。
一斉摘発で標的にされるのは当然とは思っていたが、まさかそれとは別枠で、懸賞金をかけられることになるなんて、そんなのは全然考えもしてみなかった。
いや、けれど、話に筋は通っている。
かつての一斉摘発で生き延びた『狂騒する
これをまた、今回の一斉摘発で逃してしまったら、商業区ギルドは面子が立たない。どころか、今度は騎士団まで出動しての大捕り物となるのだ。
これで逃したら国家の威信にも関わって来る。
何においても、彼女を捕り逃がすということはあってはならない。
「結構性質の悪い追剥なんだってねぇ。まぁ、子供の追剥なんだから、放っておけばいいのに。ムキになってバカみたいって――ちょっと、なに、その顔」
「どう、したら、いいんだ」
「……ちょっと、あんた? 大丈夫? 顔、真っ青だけれど?」
ソラウさんが僕の方を見る。
先ほどまで、僕をからかって遊んでいた女性とは思えない、心の底から人を心配している、そんな顔がそこにはあった。
この人に話してみるか。
いや、けど、彼女は商業区ギルドに通じている人間だ。
そんな彼女に、この手配書の人物は、僕の大切な人なのですと言ったところで、はたして聞く耳を持ってくれるのだろうか。
――無理だ。
僕は天才ではない。
秀才でもない。
女神さまから与えられたチート能力も、くだらないことに使ってしまった凡人だ。
そんな僕に、この状況を打破する方法なんて、思いつく訳がない。
手詰まりだ。
『そんなことはありません。確かに私は貴方に啓示しましたよ、良人』
「アネモネさま!?」
『貴方は選び取りました。ラッキースケベで手に入れたのです。彼女と貴方が生き伸びるための、たった一つの細い細い運命を』
「どういうことなんです!! そんな抽象的な言葉じゃ、僕には分からない!!」
『気がつかないのですか。貴方がこうして、この事務所にやって来たのも、目の前のダークエルフと出会ったのも、全て、その運命に導かれてのことなのです』
ちょっと、何をぶつぶつと言っているのよ、と、ソラウさんが僕の顔を覗き込む。
その瞳の中に、僕は運命、いや――あの白い世界で出会った、紅い髪の女神さまの姿を見た。
『女神を信じなさい、良人。この女に相談するのです。それで上手くいきます』
「……信じていいんですね」
にっこり、と、笑った女神さまの笑顔は相変わらず胡散臭い。
けれどもきっと僕のよく知っている彼女が、本気でからかっているのならば――僕たちを酷い目に合わせて楽しむのなら――もっとえげつない顔をしているはずだ。
南無三。
僕は仏さまに祈ってから、改めて、ダークエルフの瞳の中の女神の笑顔を信じることにしたのだった。
「……ソラウさん。折り入ってご相談があります」
「なに、改まっちゃって」
「僕はこの掲示物に名前を記されている人物のことをよく知っています」
「……え?」
「そして、同時に、僕は彼女が――こんな非道な扱いを受けるいわれのない、心根の優しい少女であるということを確信しています!!」
固い羊皮紙を引きちぎって、その場にバラバラにして散らす。
あっけにとられるソラウさんの前で、僕は、僕が知りうる最大の誠意の見せ方――極限まで頭を地面に擦り付けるという行動に出た。
それで、彼女がどういう言葉と反応を返すかは、もう、異世界転生の担当女神さまの言葉を信じるしかない。
「お願いします、ソラウさん!! 無知なこの僕に!! ろくに世間を知らない馬鹿野郎に!! この社会で生きる方法を!! 彼女を救う方法を教えてください!!」
知らぬ間に、涙が口元まで流れ落ちて来ていた。
不快で。
惨めで。
情けなくて。
格好悪くて。
もういっそ、このまま、世界から消え去ってしまいたい気分だ。
けれどもそれはできない。
救ってみせるんだ。
そう思えば、頬を伝う屈辱の涙など、なんてことはなかった。
「……顔を上げて涙を拭きなさい」
「ソラウさん!! お願いです!! 貴方だけが頼りなんです!!」
「馬鹿者!! 男が人前でメソメソと、みっともなく泣くなと言っているのだ!! 貴様、それでもこの帝国――いや、共和国男児か!!」
ソラウさんの口調が変わった。
同時に、女性とは思えない力強い手が、僕の肩に載った。
「詳しく、話を聞かせて貰おうじゃないの。私も嫌なのよ。こういう、問答無用で汚いものは蓋をしましょうって、糞みたいな大人の事情ってのは」
◇ ◇ ◇ ◇
僕はソラウさんに、これまでの経緯をできるだけ事細かに話した。
僕が異世界から来た転生者であり、女神からのアドバイスが聞こえるということ。
また、転生に際しての特典で、モンスターの特性を即座に知ることができる、【モンスターアナライズ】というチートスキルを持っていること。
狂騒する
そして、【モンスターアナライズ】をした結果、彼女がゴールデンドラゴンというこの世界最強クラスのモンスターであったということ。
彼女と僕が義姉弟の誓いを立てた仲であるということ。
今度の一斉摘発を前に、ブランシュはこの場所に留まろうとしていること。
それをなんとか思いとどまらせようと僕は思っていること。
最後に、このブランシュにかけられた懸賞金を前にして、女神から、ソラウさんを頼りなさいとアドバイスされたこと。
それらを一切、包み隠すことなく、僕はソラウさんに話した。
ソファーに深く腰掛けて、僕の話に耳を傾けていたダークエルフのお姉さん。
その間、彼女は一度も僕から視線を逸らさなかった。
「これで全てです」
そう言って、僕が話終える。
彼女はそのままの態勢で目を閉じると、なにやら思案を巡らせはじめた。
何を考えているかはまったく分からない。
僕なんかよりもよっぽど、この人は頭がいいのだ。分かるはずもないだろう。
やがてその目がゆっくりと開かれる。
その瞳の中に、既に僕の担当女神さまの姿は見当たらなかった。
「……にわかに、信じ難い話ね」
「そんな!!」
「けれども、貴方の言葉には確かに切実さが滲み出ていたわ。職業柄、いろんな人を見て来ているけれどね、貴方のように喋る人は嘘を吐いていない。そう、少なくとも私は、これまでの人生経験から、確信しているわ」
心強い言葉だった。
今にも目頭から熱いものが零れ落ちてきそうな台詞だった。
ろくに僕のことを知らないというのに、限りなく怪しい人間だというのに、もっと言ってしまえば、取りつく島のない犯罪者でしかない僕の言葉を、このダークエルフの女性は、直感で信じると言ってくれたのだ。
しかし。
目の前のダークエルフは、それでも、と、話を続けた。
「貴方に力を貸すには、この窮地を脱するための方法を授けるには、確かめなければならないことがある」
「なんです?」
「その貴方の言うチートスキル――【モンスターアナライズ】の能力が本物かどうか。それが担保されない限りには、策を立ててもしかたないわ」
僕の能力が本物かどうか証明してみせろ、だって。
どうやってするんだそんなこと。
まったくその方法に心当たりがない僕は、ただただソラウさんの言葉に困惑した。
そんな僕に、彼女は諭すように優しく語り掛ける。
「答えは簡単よ。そのスキルは、『そのモンスターが持っている種族的な能力、そしてスキル』をつまびらかに把握することができるのよね」
「えぇ、はい」
「だったら、私をその能力で見てみなさいな」
「けれど、種族とは関係のない、パーソナルな部分は――」
『大丈夫です!! スキル、という形で保有しているのであれば、それはパーソナルな情報には該当しません!! レアスキルをもったコモンモンスターと出会った時のための救済処置!! こんなこともあろうかと、汎用性を考えてチートスキルを設計しておいた、アネモネちゃんを讃えよ!!』
シリアス展開なのに、そういう茶々を入れないでください。
けど、その言葉で、ちょっと安心しました。
ありがとうございます女神さま。
「分かりました」
僕は改めて目の前に座っている、ダークエルフの女に目を向けた。
展開――チートスキル【モンスターアナライズ】!!
別に特別な演出がある訳でもない。
心で念じ、目の前の対象について知りたい、と、思えば、その情報が勝手に頭の中に流れ込んでくる。
ダークエルフ。
長い耳に褐色の肌を持つ特に魔導に精通した種族である。
こちらの世界では、白エルフこそが、エルフ種の祖であると考えられている。
だが実際は逆であり、ダークエルフから色素異常を起こした白エルフが、種族的に栄えた結果逆転現象を起こした。
本来はダークエルフこそが、ただしいエルフの祖にあたる。
そうだったのか、というような、フレーバーテキストが頭の中を駆け巡る。
しかし、知りたいのはそこではない。
大切なのは彼女が保有しているスキルだ。
より、目の前のダークエルフの女について知りたいと、僕は強く念じた。
すると――。
「コモンスキル【高速筆記】【交渉術】!!」
個人会計士である彼女が持っていておかしくない、商売道具なスキルの名前が頭の中に浮かんできた。
なるほど、こんな風に、人間の持っているスキルも知れるのか。
これは意外とチートというのに相応しい能力のような気がする。
しかし、僕が読み上げたそのスキル名に、ソラウさんはまだ眉をひそめていた。
どうしてそんな顔をしているのか。
と、その答えは――すぐに、僕の頭の中に流れ込んできて分かった。
「……さらにそこに加えて、コモンスキル【上級統率】【上級戦術】【上級戦略】【上級戦略魔法】!!」
言葉の意味は分からない。
けれども、ただこの個人会計士が持っているにしては、随分と過ぎたる上に物騒なスキル名のように僕には思えた。
もしかして、彼女の狙いはこれか。
ふぅ、と、憑き物がとれたような顔をして、その場にため息を吐きかけるソラウさん。組んでいた腕を話すと、その二つの巨峰が重力に任せて揺れた。
「最初に言った二つだけなら、私の今の職業から推測できる」
「……はい」
「けど、後で言った四つのスキルは、貴方が本当にその能力――チートスキル【モンスターアナライズ】を持っていなければ、分かるはずのないものだわ」
「じゃあ!!」
商談成立、と、ばかりに僕の前に手を差し出すソラウさん。
「合格よ。その能力、そして貴方の言葉を信じてあげるわ」
信じて貰えたのが嬉しくて、また、男なのに泣いてしまいそうになった。
というか、泣いていた。情けないことに、涙を制御することができない。
もうっ、と、また、ソラウさんが肩を怒らせる。
けれどもさっきと違って、厳しい言葉が僕に飛んでくることはなかった。
「アルノーくん、で、よかったのよね?」
「はい」
「早速で悪いけれど、本題から入らせてもらうわ。回りくどいのは嫌いなの」
さんざんと、人をからかっておいて、そんなことを言うのかこの人は。
けれど力強くつりあがったその細眉と、縁なし眼鏡の中に揺れる瞳からは、
あるのだ。
女神さまが言った通り、たった一本だけあったのだ。
「貴方の能力。そして、貴方が見つけたというその『ゴールデンドラゴン』のブランシュ。その能力から導き出せる、もっとも最適な生存戦略はただ一つよ」
「……なんで、しょうか?」
「それはね、私のこの手を握り続けるということ」
意味が分からない。
どうして大人の人って、ときどきこうして、難しい言い回しをするんだろう。
そんなだから、始業式も終業式も、入学式も卒業式も、いつも眠たくなるんだ。
卒業おめでとう。以上。くらいで、済む話じゃないか。
なのに――。
彼女の意図が分からない僕の手を、空いていたソラウさんの左手がさらに覆った。
右手と左手、両方でがっちりとホールドされた僕の手。
それを上下に振って、彼女は驚くべきことを、僕に提案した。
「アルノーくん、そして、ブランシュちゃん。貴方たち、会社を興しなさい」
「――会社を、興す!?」
「商業区ギルドの側に潜り込むのよ。懐に自ら入り込んで来た相手を、簡単にどうこうすることはできないわ」
「けど会社なんて、なんの技術もない僕たちにできるわけないじゃないですか!?」
スキルならあるでしょう。
そう、鋭い目つきでソラウさんは言った。
……そうだ僕たちは持っている。
僕が持ち、今、ソラウさんに対して行使した、スキル。
すべてのモンスターの特性を見抜く――チートスキル【モンスターアナライズ】。
そして、ブランシュが持っている、三つのチートスキル。
特級のダンジョン・トラップを設置する――チートスキル【魔王のねぐら】。
魔物に対して命令を強要する――チートスキル【魔王の勅令】。
多くのモンスターが自らその王威に服従する――チートスキル【王道の竜】。
これらのスキルを合わせることができれば。
できれば――。
どう、なるんだ?
「貴方のスキルと、ゴールデンドラゴンのスキルがあれば、造ることができるはずよ。難攻不落のダンジョンを」
「ダンジョンを? けど、それが、どう、仕事になるって言うんです?」
「あら知らないの? 勉強不足ねぇ? まぁ、けど、異世界から来たならそれも仕方ないか」
そう言って相貌を崩したソラウさん。
彼女はそれからソファーを立ち上がると、僕を置いて自分のデスクへと向かった。
そして一冊の本を持ってまたソファに戻って来た。
箔押しされているその本のタイトルは思いのほかキャッチー。
「なれる、ダンジョン管理士二級――って、なんですか、これ?」
「今、この世界で最も必要とされている、節税のためのお仕事。そして、それを行うための公的資格の受験参考書よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます