異世界転生しましたが税金対策でダンジョン経営することにします

kattern

第1話 ほんのできごころだったんです

 ばちがあたったんだと思う。

 

 年金暮らしのおばあちゃんから貰ったお年玉の一万円。

 それで、エッチなゲームなんて買おうとしたから。

 だから、こんなことになってしまったんだ。


 硬くて冷たいアスファルトの道路の上。

 紅い血だまりの中に倒れながら、僕は後悔の涙を流していた。


 徐々におぼろげになっていく周囲の音。

 その代わりに、どくどくと波打つ心臓の鼓動が耳に響く。


 そしてその無慈悲な鼓動にあわせて、僕の中から赤い液体が漏れていく――そんな感覚だけがありありと感じられる。


 あぁ、これ、僕、死ぬんだな。


「嫌だ、なぁ。まだ、10000、くっころ、チャレンジ、やってる、途中、なのに」


 某動画配信サイトで僕がやっている、ゲーム実況配信のことが頭をよぎる。

 いやいや、それ、今、死にながら考えることじゃないよね。

 なんて、妙に冷静に頭の中で自分にツッコミを入れた。


 もっとこうあるだろう、走馬灯としてふさわしい思い出すべき光景が。

 けれどもしかたない。たったの十七年しか生きていない僕には、こんな時に思い起こす濃密な経験というのが、これと言ってなかったのだ。


 そう、思い出すことなんて――親の顔とゲームのことくらいだ。


 ダンジョン構築ゲーム。


 それがこの世界の片隅。

 日本の片隅。

 三重県の片隅。


 明和町なんていう、いまひとつぱっとしたところのない冴えない町で暮らしている、冴えない僕の青春だったのだから、しかたないじゃないか。


 小学生の頃、『女騎士のくせに生意気な』でダンジョン構築ゲームに目覚めた。


 続編を追いかけているうちに、いつのまにやらほかの構築ゲームやタワーディフェンスなどに手を出した。伊勢高校に進学するころには、気がつけば古今東西の名作についてはやりつくしていた。


 手の出せる構築ゲーはすべてやったように思う。


 過去の名作ゲーを求めて、名古屋は大須まで遠征したこともある。

 それくらい僕にとって構築ゲーは人生の全てだった。


 ただ、悲しいかな。大須にあるゲームショップ、そのエロゲーコーナーの暖簾だけは、真面目な高校生の僕には越えられなかった。


 そういうエッチなゲームの中にも、ダンジョン構築ゲーというのは一定のシェアがある。というか一種の人気ジャンルであり、年間に何作かゲーム性の高い作品が世に出ているのが現状だ。

 もちろん、エロの方には興味はない――が、そのゲーム性のほうには興味がある。


 大人になったら、きっとこれもやってやるんだ。

 そう思いながら匿名掲示板とくめいけいじばんの構築ゲーのスレッドを眺める。

 それで満足できるつもりだった。


 今年の冬――この胸の中で、僕の血に染まっていく傑作ダンジョン構築ゲーム『巣作りゴブリン(R-18)』が発表されるまでは。


 エロスを抜きにしても、完成されたそのシステム。


 僕が常駐じょうちゅうしていたスレッドは『女騎士のくせに生意気な』が発表されて以来の大盛り上がり。その発売から一ヶ月で、10スレが消費されるという異常なにぎわいに加えて、最後には隔離かくりスレを経て専用スレッドが出来上がるという事態になった。


 まさに時代に名を残す傑作けっさく

 やらないのは構築ゲー愛好家として考えられない。


 そんな書き込みを見るに連れて、僕の興味はすっかりと『巣作りゴブリン』へと向けられていった。


 そして、迎えた、お正月。

 今年から高校生だから、と、おばあちゃんが奮発ふんぱつして熨斗袋のしぶくろに入れてくれたのは、ちょっとお高い目のエロゲーを買うのにおあつらえ向きな一万円札だった。

 それを見た瞬間、僕の中の悪魔がささやいたのだ。


 魔が差した。


 できごころだった。


 ついに僕は正月セールの賑わいに混じって、R-18の暖簾を越えてしまった。


 年齢確認されるんじゃないか、声をかけられるんじゃないか。

 そんなどぎまぎとした緊張も虚しく、ゲームショップのおじさん店員は、流れるような動作でそれをレジに通すと、明るい調子で値段を僕に告げた。


 そして今。

 近鉄電車を乗り継いで、家の最寄り駅である斎宮駅に降りた僕は、通学に使っている自転車を遮二無二に漕いで、暗い夜道を家に向かって急いでていた。


 エロゲーを買う。

 そんなはじめての体験のせいで気持ちが浮ついていた。


 前後不覚ぜんごふかく


 胸に抱く『巣作りゴブリン』への期待で頭がいっぱいだった僕は、前から迫ってくる無灯火のトラックに気がつけなかった。

 そして、そのまま正面衝突しょうめんしょうとつ――今に至るとそういう訳なのだ。


「まさかエロゲーを抱いて死ぬことになるなんて。くっ、殺せって、感じだよね」


「そうよねそうよね」


 かつてゲームで散々に倒してきた女騎士たちも、こんな気持ちだったのだろうか。


 生き恥をさらすくらいなら、と、ダンジョンの奥で散っていく女騎士たち。

 かれこれ八千二十九体の女騎士を、自慢のダンジョン内で葬ってきた僕がこの台詞を言うのもなんだけれど。

 こんな最後ではしかたない。


 まぁもう、放っておいてもたぶん死ぬんだけれど。


「あぁ、駄目だ、もう限界だ。世界が真っ白になってきた」


「気を確かに持って。安心しなさい、流石にエロゲー抱えたままトラックにひかれて死ぬなんて、親御おやごさんの悲しみがノンストップ止まらないだろうから、エロゲーは私の方で処分しておいたわ」


「本当ですか。どこの誰だか知りませんが、これで安心して死ねる――」


 かすむ視界に映ったのは女性の姿。

 紅色の髪を腰まで流した白いドレスを着ている。

 優し気な垂れ目に、丸みを帯びながらもけっしてぽっちゃりという訳ではない頬。

 肌には染みの一つもなく、高い鼻と肉厚なピンクの唇がなんとも眼を惹いた。


 にこにこと人懐ひとなつっこいその笑顔が、僕のひとみに映りこむ。


 あぁ、この人が僕の胸のエロゲーを処分してくれた女神さまか。


 ありがたい、ありがたい。


「ほら。男の子がエッチなゲームを見られたくらいでくよくよしない。そんなんじゃ転生しても上手くやっていけないぞ」


「へぇ、すごいや、まさか流行の異世界転生の女神がお迎えにきてくれるなんて」


 もし転生するなら、ダンジョンの堀り甲斐がいがある世界がいいな。


 あれ、なんだろう。

 走馬灯そうまとうにしては随分ずいぶんと長いな。


 というか、気がつけば僕、立っているし。

 そもそもここはいったい――どこ?


 地平線もなければ境界線も見えない、だだ白い空間の中にいつの間にか僕はいた。

 目の前に立っているのは、先ほどの紅い髪の女性だ。


 にこにこと、人懐っこい笑顔で僕を見つめてくるその美人さんは、いきなりパンパカパーンと声をあげた。そして、両手を振り上げてその場に飛び跳ねる。


「おめでとうございます!! 貴方は見事、このスーパーエリート女神アネモネに見初められ、異世界転生する権利を手に入れました!!」


「……はい?」


「およ、のみこみが悪い感じだね。最近の子にしては珍しいなぁ」


「いや、いきなりそんなこと言われましても」


「じゃぁわかりやすく、もう一度だけ言ってあげるね? おめでとう、君に異世界転生をする権利をあげよう!!」


 とんとん、と、握りこんだ右手で水平にした左手を叩き、アネモネさんは言った。


 元ネタは分かる。

 けど、それを異世界転生とかける意味がよく分からない。


 あれ、これも分からないかな、と、なんだか憮然ぶぜんとした顔をするアネモネさん。いや、分かるんですよ、分かるんですけど。

 状況とリアクションが追いつかないっていうか――。


「って、えぇっ!? うそ、これ、異世界転生!? よくある冒頭ぼうとうの、女神とやりとりするアノくだりですか!?」


「そうそう、そのくだりだよ!! やぁー、ようやくノッてきてくれたね。お姉さん嬉しいよ!!」


「本当なんですか?」


「ほっぺたつねってみる?」


 ぐにゅり、と、僕は思いっきりほっぺたをつねった。


 痛くない。

 つまり、これは夢。

 たちの悪い、最悪な走馬灯そうまとう


「あ、ごめんごめん。今、魂だけの状態だから、ほっぺつねっても痛くなくて当たり前だったわ」


「うえぇ、なんですか、それ。つねり損じゃないですか」


「ごめんねごめんねぇ。いや、うっかりだわ」


 夢にしても、本当にしても、この女神さん大丈夫なんだろうか。

 てへりてへりと舌を出し、僕を拝み倒してくる紅色の髪をした女神。


 僕は出会って早々なんだけれども、ちょっと不安を覚えた。


 駄女神系の作品も最近は増えたけど、こんなお調子者はそういないよなぁ。


「まぁ、こうなったら私を信じてもらうしかないわね。このアネモネが太鼓判たいこばんを押して保障ほしょうするけど、ここはいわゆる転生の間よ」


「――はぁ。そんな名前なんですね、この空間」


「あ、略称ね。正式名称は『神々の座 第六層 若年死亡者救済センター』よ」


「うわぁい、妙にお役所的なお名前の間だな」


「そうよねぇ、このネーミングセンス、上の人たちも、もうちょっと昨今のトレンドを取り入れて欲しいわ。で、まぁ、細かい話は省略しょうりゃくするんだけども」


省略しょうりゃくしないでくださいよ!!」


 だって説明めんどくさいし、と、ぶぅたれる女神。

 いまどきのなろう系小説読んでる現代っ子なら分かるでしょう、と、あくまで説明をはぶく気満々である。


 食い下がってもどうにもならなさそうだな、これ。


 というか、実際なろう系の小説は読んでるから、なんとなく話は分かるし。今更長々とそんな説明を受けても、疲れるだけというのも一理あるかもしれない。


 釈然としない感はあるけれど。


 分かったそれでいいですから、と、僕は女神の提案を受け入れた。

 するとまた、いい笑顔で紅髪の女神が微笑む。


「いやぁ、物分ものわかりがいい子でたすかるわぁ。君選んで正解だったなぁ。うむ、私の目に狂いはなかった」


「親と転生させてくれる女神は選べないのが世の常かなぁ」


「なんか言った?」


「いえなんでも」


 ぽややんとしているようで、意外と地獄耳だなこの女神さん。

 これはあれだ、あんまりめた感じにこき使えるタイプの女神ではないぞ。


「まぁぶっちゃけると、『若年死亡者救済センター』ってのは、神界がやってる慈善事業じぜんじぎょうでね、君みたいに、若くて非業ひごうの死をとげちゃった若者に、第二のライフを与えるのが、私たち女神のステータスなのよ。なんていうの、ほら、若いつばめを囲うみたいな?」


「はぁ、そうなんですか」


 微妙に喩が違うような気がしますが。

 まぁ、いいでしょう。


 転生して、第二の人生を謳歌できるなら、そんなの些細なことじゃないか。


 そう、今から始まるのだ。

 世界を救うために異世界からやってきた転生者――こと、僕のチートでハーレムな冒険ファンタジーが。

 だとしたら、担当女神がちょっとアレでも、眼を瞑ろう。


「ごめんね。別に異世界の危機でもないし、やんごとない事情を抱えた女の子が選り取り見取りいる訳でもないし、大陸の覇権はけんけた戦いがある訳でもないんだ」


「うぇえぇ!? なんですかそれ!?」


「けれどこっちにもノルマがあるのよね。という訳で、とりあえず転生してほしいのよね。私のために」


「ほんとぶっちゃけましたね!!」


 今から壮大な俺物語オレサーガがはじまるぜ、みたいなワクワク感を抱いていた。

 それのが、初っ端からへし折られてしまった。

 というか、もう少し夢をみさせてくれてもいいんじゃないだろうか。


 これは駄目だ。

 多少アレどころではない。


 美味しくない感じに駄目な女神を担当に引いてしまった。


 というか、知りたくなかったな、そんな、なまめかしい異世界転生事情。


「まぁ、そこはさ、私も転生させたからには、しっかりと第二のライフをサポートしたげるつもりだし。あんまり身構えないでさ気楽に決めちゃってよ」


「いや、転生するのに、気軽にってのはちょっと」


「悩んでも今更なにも変わんないよ。それと、転生を断っちゃうと、君、直行地獄行きだからね?」


「え!? なんでですか!?」


「エロゲー買ってうかれてよそ見運転して事故死とか、親不孝の数え役万かぞえやくまんだけど、気づいてなかった? 閻魔大王えんまだいおうなげいてたよ、ここまで酷い死にざまは初めてだって」


 女神と閻魔大王えんまだいおうが知り合いって、どういう世界観なんだよ。

 いいかげんだなぁ。


 しかし、それを笑うこともできない僕がいる。

 地獄は流石に嫌だ。


「その場合、ごにょごにょしてあげたエロゲーも、貴方の遺影いえいの隣にそっと置いといてあげるから」


拒否権きょひけんないじゃないですか!!」


「こっそりとおきょうの内容をゲームのエッチシーンのテキストにすり替えた方がいいかな? あの読経って、意外とみんな聞いてないから、きっと気づかないと思うの」


「やめて!! やります、やりますから!! 転生しますから!! それだけは頼むから勘弁かんべんしてください!!」


 やったぁ、と、また諸手もろてをあげて飛びねるアネモネさん。


 違った。

 アレな女神でもない。

 駄女神でもない。


 この女神はやばい。

 敵に回したら駄目なタイプだ。


 異世界転生とか、ちょっとラッキーとか思ってたのに、なんだろう。

 この少しも心が躍らない感じは。


 これから向かう世界に、問題も何もないというのもさることながら、この女神が何かとついて回るというのが、もはや恐怖でしかない。


 よそ見運転からこっち、どうやら僕の運は底をついてるみたいだ。

 とほほ。


「じゃぁ、承諾しょうだくしてくれたところで、異世界転生にさいして女神さまからのプレゼントをあげようじゃないのよ」


「プレゼント? もしかして、チートスキルですか!?」


「YES!! 無人島に持っていくならこれ!! みたいなノリで、なんでも欲しいもん言ってみそ?」


「言ってみそって。うぅん、そうですね――」


「あ、ちなみにエッチな能力は駄目よ。エッチなのは駄目。あぁ、駄目だなぁ、エッチなのは。ほんとそういうのは許せないわ。エッチなのとか」


「なんでそんな連呼するんですか。しませんよそんなの」


「だって、遺影の横にエッチなゲームを飾りたいんでしょう、君?」


「飾りたくないです!! マジで勘弁してください、それだけは!!」


 ちぇっ、と、残念そうにつぶやくアネモネさん。

 そっぽを向いてくちびるを尖らせると、つまらなさそうに何もない白い空間にキックをかました。


 ほんと、ろくでもないぞ、こいつ。

 こんな女神で大丈夫か。


「大丈夫だ問題ない」


「思考を読まないでください!!」


「これからちょいちょい精神で語り掛ける間柄だってのに、なに言ってるのよもう」


 によによと、僕を期待した目で見つめるアネモネさん。

 そんな彼女から疲れた感じに顔を背けると、僕はしばらくその『プレゼント』について考えた。


 いわゆる、チート能力だ。

 ここで何を選ぶかで、僕の今後の異世界転生は変わって来る。


 変わって来るのだけれども、僕が行く世界には、魔王も、過酷な運命を背負った少女も、どじっ娘駄女神も存在しない。


 だとしたら何を僕は異世界でするべきか。


「そうだなぁ」


 意外と、それは悩むことなく決まった。

 僕はその能力――もし、異世界転生するのであれば、取得してみたいと思っていたスキルをアネモネさんにげたのだった。


「うえ? そんなのでいいの?」


「はい。だって、世界の危機とかそういうの、別にないんですよね」


「そうだけれど。えぇ、けど、これ、つまらなくない?」


「物語的にはそうかもしれませんけど、僕的にはつまらなくないんです」


「ふぅん、そう――流石は私が選んだだけあって、奇人変人という訳ね」


「奇人変人って」


「まぁいいや。それじゃ、女神の権能で、貴方にチートスキルを授けてあげる」


 そう言って、アネモネさんは、僕の頭にそっと手をかざした。

 そして、ぽつぽつと聞き取れない言葉を紡ぎ始めたのだった。


 やれやれ。

 思ってた異世界転生とはちょっと違うけど、念願の能力が手に入れられるなら、それもいいかも知れない。


 そりゃね、僕だって高校生だもの。

 異世界転生できたらな、なんて、寝る前なんかに考えたりもするさ。

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