第2話 ゴールデン・ポニー
『はい、という訳でね。転生先は第六世界。世界で最大の大陸、その東端にある小国家メリジュヌ共和国は首都ユーリアです。いぇーい、パチパチパチ』
「うわぁい、説明的で転生者と読者が舞台設定に困らない台詞。どうもありがとうございます、アネモネさん」
『ふっ、できる女神は違うのよね、こう、あれがその、あれなのよ』
何が何なのだろうか。
まぁいい、何にしても、異世界転生後の混乱はおかげで避けられた。
チートスキルを付与されて、僕が送り出されたのは、石造りの家が立ち並ぶ西洋風の街だった。
僕の担当女神の言葉が本当ならば、メリジュヌ共和国の首都なのだろう。
窓にはガラスがはめ込まれており、道路は石が敷き詰められて綺麗に舗装されている。ところどころに、丸い錆びついた蓋があるところを見ると、どうやら下水道なんかも整備されているらしい。
意外と近代的な転生先だ。
もっと野蛮な世界を想像してたんだけれど、まぁ、これはこれで。
「ところで、アネモネさんはこっちの世界には来ないんですか?」
『そうね。基本的に、神様は下界に不干渉っていうか、不必要に介入しないのがルールだからね』
「転生させといてそう言うのもなんだかシュールな話ですね」
『まぁ、勇者ヨシアキシリーズの、
またそういう小ネタをぶっこんで来る。
ヨシアキシリーズ。
確かに僕もよく見てたけど、そのたとえはどうなんだ。
先ほどからアネモネさんの姿はなく、声だけが僕の頭に直接響いてくる。
てっきり、女神と一緒に異世界攻略系かと思っていただけに、がっかりというか、逆に安心したというか。
『ちなみに、君が今居る通りは、第八商業区黄金通りよ』
「第八商業区? 黄金通り?」
『ここの首都は全部で四つの区に分かれていてね、中央の城がある行政区、それを中心にして囲むように分厚く展開されている居住区。そして、さらにその居住区を半分ずつ囲うように、西側に商業区、東側に工業区が展開されているわ』
「へぇ」
分かったような、分からないような。
確かに言われてみると、視線の先には白亜の大きな城が見えた。
いかにもファンタジーという感じの城だが、王様は居るのだろうか。
とりあえず、言われた内容で頭の中で簡単な地図を思い描いてみた。
だが、とんとさっぱり分からない。
後でどこかで地図でも買って、簡単に街の形状は把握しよう。
まぁ、区の説明はそれとして。
「
僕は思わずそのなんとも品のない通りの名前を女神に尋ねた。
通りにどんな名前を付けようがそんなのは勝手だけれども、それでも限度や節度というものがある。
品がないにも程がないんじゃないだろうか。
何故だろう。にたり、と、何やら女神が意地悪な微笑みを浮かべる光景が、突然頭の中を過った。おかしいな、今僕は、彼女の声しか聞こえないはずなのに。
『やだなぁ、
「……すみません、まだ学生なもので。まったくさっぱり分からないんですか」
『うっそ本当に? 本当の本当に分からないの?』
「分からないです」
なぜだろう。
よっしゃ、とばかりにガッツポーズをとる、アネモネさんの姿が脳裏に浮かんだ。
これ、言葉だけじゃなくイメージも一緒に送られてきてたりするのかな。
だとしたら無駄な――よくできたシステムだな。
まぁ、それはさておき。
『そっかぁ、田舎育ちだものね。そういう都会の事情とは縁遠いから、知らないのも無理ないことよねぇ』
「ごめんなさい田舎育ちで」
『いいのよ。お姉さん、そういう田舎育ちの純粋な子が、どす黒く染まっていく姿を見るの、大好物だから』
「いまさらっと怖いこと言いませんでした?」
まぁ、説明するより見た方が早いわ、と、女神さま。
彼女は僕に、今居るなんでもない感じの大通り――その店と店の合間にある、路地裏を覗き込むように指示してきた。
なんとなく嫌な予感はした。
というか、異世界転生してすぐに覗く先が路地裏って、そんなのあるだろうか。
なんだろうな、どういうことだろうな、と、思いながら、おそるおそる一番近い路地裏へと近づく。
そこにひょいと顔を突っ込んで、薄暗い中を覗いてみれば――。
「オウ!! イエス、イエス!! カマーン、イエス!!」
「オウ!! オウオウ!! カモンベイビー!! アーハーン!!」
半裸の顎髭がよく似合う屈強な戦士風の男。
そして、紅色の胸がざっくりとはだけたドレスを着たトウのたったお姉さん。
そんな二人が、密着して荒い息を上げていた。
これはあれですねぇ。
洋モノという奴ですね。
僕が通っていた中学校でも、何人か愛好家が居て、一度借りたことがありますよ。
って、何を冷静に僕は分析しているんだろう。
すかさず、僕は顔を引っ込めた。
そして天上にいるだろう女神さまに向かって叫んだ。
「なんてもの見せるんですか、アネモネさん!!」
『いいもん見れただろう、少年!! 眼福、眼福!!』
「ちっともよくないです!!」
『あれー、高校生なのにエロゲー買っちゃうくらいに、エロに興味津々な
違います。
確かにそれは買いましたけど。
そういうのも一応、歳相応には持ってますけれど。
けどこういうエッチなのはいけないと思うんです。
『うわ、懐かしい。今時の子はわからないよ、まほろマチックなんて』
「なんの話ですか!!」
『あ、元ネタ知らずに言ってたのね。まぁいいや。という訳で、ここはつまり、そういう街というわけよ』
「そんな――見た感じ、表通りは普通なのに」
『いやいやいやいや』
女神が天上で手を振っている姿が脳裏に浮かんだ。
やっぱりこれ、女神の声だけじゃなくイメージも送られてくる、そういう感じのシステムなんだな。
『普通じゃないよ、よく見てみなはれ』
「……普通じゃないですか。お茶屋さんが隣り合って、何軒も何軒も続いている」
『うん、そうだね。どうしてそんなにお茶屋さんが、何軒も続いているのかなぁ?』
「……この国の人は、無類のお茶好きとか?」
『いやーん、この子、純粋すぎるぅ。お姉さん、きゅんきゅんしちゃうぅうぅ』
女神のよく分からない悶絶の声が頭の中に響いて来た。
ろくでもない女神だなとは思っていたけれど、これほどまでとは思ってなかった。
何がどうキュンキュンするのか。
ダメだ、この調子じゃ、いつまで経っても話は平行線だ。
「女神さま!! もったいつけてないで、ちゃんと僕に説明してください!!」
『えぇ? 清楚で可憐な美少女お女神さまである、このアネモネさんの口から、世界の残酷な現実をいたいけな少年に告げろっていうのぉ? やだぁ、それってセクハラ案件よ。事案よ、事案だわぁ』
「知っててこんな所に転生させたんでしょ!! からかうのはよしてください!!」
『あははは、ごめんごめん。そうよねぇ、転生場所に選んでおいて、はぐらかすのはよくないわよね』
じゃぁ、説明するわね、と、アネモネさんが言った時だ。
「そっちだ!! 大通りの方に逃げたぞ!!」
「てめえこの野郎!! 今日こそ捕まえてやる!!」
僕が先ほど覗き込んだ裏路地とは一本違い。
ひとつ先の店のそこから、大勢の男たちが大通りへと突如として駆けだして来た。
全員が全員、転生前の世界で見た黒いスーツのような格好をしている。
そして、それと同時に。
「ぐぉおおぉおぉぉおおおおおっ!!」
この街の風景にそぐわない重たい咆哮が、突如として青空の下に木霊した。
なんだ、どうした、どこからこの声はする。
声が響いて来た方向に視線を向ければどうだろう。
赤い瓦が敷き詰められた家の上。風見鶏の前に四本足で立ち、大通りの黒服集団を睨み付けている生き物の姿が見えた。
いや、生き物――ではない。
黄金色に輝く髪。くせの強いのだろう、荒々しく毛羽立っているそれを、ショートポニーのように縛り上げたそれは、明らかに人間――しかも女の子だ。
ほんのりと肌色を帯びた肌は健康的。
そして、眉目秀麗というべきか。
切れ長の眉と緑色の瞳がたまらなく美しい。
赤染の上着に、茶けた半ズボン。
擦り切れた靴に装飾品は一切としてない。
そんなみすぼらしい格好だというのに、その雄々しく美しい彼女の姿に、僕の胸はとくり、と、高鳴った。
しかし同時に、人間離れしたそのポーズに、並並ならない違和感を受ける。
彼女はいったい何者なのか。
『今よ、良人くん!! 私が授けたチートスキルを使う時が来たわ!!』
「へっ!? あっ、えっ!?」
『使うのよ、貴方のその無駄で使いようのないダメチート能力を!! せっかく貴方のために世にも珍しい、モンスターの居る場所に転生させてあげたんだから!!』
どういう意味だ。
確かに僕の能力は、モンスターに対して効果を発揮するものだ。
しかし、この場のどこを見渡してもモンスターの姿はない。
そんな困惑をしている間に、屋根の上に陣取っていた少女が、宙へと舞った。
体を丸めて、回転しながら落下してきた彼女は、黒服たちの上に踊り落ちる。
はっと開いた二つの足。
その踵が、黒い服の男たちの肩にみしりと食い込んだ。
あぁ、と、絶叫と共に二人の黒服が倒れる。
この野郎と叫んで、少女を取り囲むように黒服たちは展開するのだが――。
「ぐるぁああぁあぁっ!!」
少女の拳が黒服の丹田を貫く。顎を打ち上げる。
脚が延髄へとめり込んで、頭が額を割る。
悪鬼羅刹。
モンスターはいないが、ここに鬼は存在する。
自分の体格の倍はあろうかという黒服を前に、黄金の髪をした少女はまったく怯むことはなかった、また、まったく遅れをとることもなく、その拳を振るい続けた。
「――ダメだ!! やっぱりかなわん!!」
「――ちくしょうっ!! 撤退だ、撤退!! 戦略的撤退ぃいっ!!」
黒服の一人が声をあげると、倒れた仲間を担いで逃げ出す。
いつの間にか通りを歩いていた人間たちは、彼らを遠巻きにするようにして、その場に立ち止まっていた。
一人、取り残された黄金色の髪をした少女が、肩で息をしながら、じろり、と、周りを見渡した。
「……ぐるぁあああああっ!! うがぁっ!! ぐろぉおおぉおっ!!」
その獣のような咆哮。
それを受けて、遠巻きに見ていた人たちまでもが、慌ててその場から逃げ出した。
ある者は路地裏へ。
ある者はお茶屋の中へ。
そしてある者は、遠く通りの果てに向かって駆けていく。
しんと静まりかえった黄金通り。
その中心に立ち尽くして、黄金髪の少女はぐしぐしとその鼻先を手の甲で拭った。
ふと、どうして、僕はその場から逃げ出すことができなかった。
あまりのことに心がついていかなかったのだ。
それと同時に、僕はすっかりと目の前の少女――黄金の髪をしたポニーテールの彼女に、心を奪われてしまっていたのだ。
『彼女のことをよく知りたい。そう思っているのね、良人くん』
「――アネモネさん」
『だったら使いなさい。貴方のスキルを』
「どうして? だって、彼女は人間じゃないか?」
『目に見えるモノが全て、形通りのモノであるなんてことはないのよ。良人くん、異世界に来たのなら、もう少し、広い視野で世界を見た方がいいとお姉さんは思うわ』
いらない世話かもしれないけれど、と、女神は言う。
その言葉は、今までにないほど真剣なものだった。
なので、疑いつつも、僕はようやく、彼女の言葉に素直に従うつもりになった。
目に見えるモノが全て、形通りのモノであることはない。
その言葉の意味するところがなんなのか。
目の前に居る少女が、もし、その形通りのモノでないのだとしたら。
「――スキル発動!! 【モンスターアナライズ】!!」
僕が女神に頼んで授けて貰ったチートスキル。
それは【
この目で見たモンスターについて。
そのステータス。
その生態。
保有しているスキル。
そして、その意思疎通の方法――つまりモンスターの言語。
それらを即座に把握する能力だ。
それを僕は、通りに立つ黄金の髪の少女に向かって、半信半疑で行使した。
結果は――。
「……ゴールデンドラゴン?」
目の前に立っている少女は紛れもなく、間違いなく、モンスターであった。
人の姿をして。
美しい黄金の髪を揺らして。
力強い緑の眼を光らせて。
ただ孤高にその場に立ち尽くす彼女こそは、絶大なる力を持つドラゴン。
信じられなかった。
いや、けれど、確かにそれならば、自分の倍もある大男を相手に、立ち回ったことについても説明がつく。
けれども、しかし――。
「おい、お前!!」
悩んでいる僕に向かって、黄金の髪をした少女がその視線を向けていた。
逃げ遅れた僕に気が付いた彼女が、こちらを向いている。
激しい憎悪、苛立ち、そしてやり場のない怒り。
その全てを込めて放たれた視線に、僕の体は一瞬にしてすくみ上った。
けれども同時に。
彼女のその瞳の奥に潜んでいる何かが、僕のすくむ足をここに留めたのだった。
「見世物じゃねえ!! とっとと失せろ!! でねぇとてめえもぶちのめすぞ!!」
「ぶちのめす?」
「そうだ!! ここの自治会の奴らみたいに、痛めつけて、半殺しにして、二度と俺に余計なちょっかいをかけられないようにしてやる!!」
「……ダメだよ、そんな乱暴なことじゃ。彼らにも彼らの言い分があるんだ、そこは話合わないと」
僕は彼女に歩み寄った。
そんな僕を、黄金の髪の少女――ゴールデンドラゴンは鼻で笑う。
「話し合う? 馬鹿なこと言うんじゃねえ!! 人間の言葉が喋れない俺に、いったいどうやってそんなことができるっていうんだ!!」
「喋れてるじゃないか、現にこうして」
「あん?」
「えっ?」
きょとん、と、少女の顔から険しさが消えた。
同時にそのエメラルドをした瞳が、ぱちくりと瞼の中に何度か消える。
どうしたのか。
何が不思議なのか。
なぜ、人間と喋れないなんて、彼女は言うのか。
現に僕とこうして、普通に意思疎通ができているではないか。
と、その時。
『良人くん!! チート、チート!!』
担当女神さまのありがたいアドバイスが僕の脳裏に響いた。
そうだ、これは、【モンスターアナライズ】の能力の一端だ。
その目で見たモンスターとの意思疎通の方法を即座に獲得する、その能力によるものだ。
つまり、想像するに彼女は。
きっと、先ほどと変わらない調子で話している。
がぁおうう。
だとか。
ぐるぁあ。
だとか。
そんな獣のような叫び声を発しているだけなのだ。
けれどもチート能力を持つ僕には、彼女の発している叫び声の意図が、いや、ドラゴンの言葉の意味が分かる。
「おまえ――!!」
黄金の髪の少女がこちらに向かって駆けよって来た。
そして、彼女は僕に拳を突き出すでもなく、威嚇の咆哮を上げるでもなく――肩に手を回して、ぐいと瞳を覗き込むように顔を近づける。
整ったその顔立ち。
言い訳できないくらいの健康的超絶美少女。
そんな彼女にいきなり迫られて、僕の心臓がまた、早鐘を打つ。
「俺の言っていることが分かるのか!?」
少女のエメラルドの瞳に心を奪われて、肝心なその問いかけに、はい、とも、いいえ、とも、答えることもできなかった。
僕は、こくりと一度、首を縦に振った。
『立った!! フラグが立った!! 第三部完!!』
女神さまが天上で何か言っていたけど、そんなこと、どうでもよかった。
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