第13話 どっちのベッドショー
「よくぞ来てくださった、異種族の職人よ」
「我々は、あなた方を歓迎する」
そう言ったのは通された集会場に集っていた数十人の老人たち。
その中でも、取り分けて年配と分かる、白い髪をした狗族のお爺さんとお婆さんであった。
一礼して、その中に入る。
囲炉裏を中心にしてぐるりと円状に座る彼ら。
あらかじめ人数についてはエマさんが知らせておいてくれたのだろう。
代表者と思われるお爺さんとお婆さんの前には、僕とブランシュ、そして――心配だからとわざわざ仕事を休業してまでついてきてくれた――ソラウさんの分の座布団が敷かれていた。
郷に入ればなんとやら。僕はそのままそこに座り込む。
ここまで案内をしてくれたエマさんは、老人たちの後ろにたたずむようにして立つと、背筋を伸ばして直立した。
じろり、と、その場に集まった狗族の方たちの視線が一斉に僕に浴びせかかる。
「……若い」
「……そして、少ない」
「……このような者たちで、本当にダンジョンは造れるのか?」
率直な意見が、集まっている長老衆から漏れてくる。
まぁ、そういう意見を持たれてしまうことは、ある意味では仕方のないことのようにも僕には思えた。おまけに、実績が無いことを告げれば、彼らは槍を持ちだして、僕たちを追い返すかもしれない。
ここはひとつ、度胸が試される所だ。
僕は老人たちのまとめ役と思われる、お爺さんとお婆さんに向き直ると、すっと静かに息を吸って、吐き出すついでにまくしたてるように言葉を告げた。
「貴方たちが望む、最高のダンジョンを造りに来ました」
堂々と、そして臆することなく、少しの気後れも見せずにだ。
この辺りはブランシュと長く生活していたおかげで――そして、いろいろと度胸の居る生活をしていたおかげで、身に付いたものだと思う。
おぉ、と、正面のお爺さんとお婆さん以外の長老衆が声を上げた。
先ほどまでの僕たちの力量を訝しむ視線はどこへやら、彼らは期待の視線を遠慮なくこちらに投げかけてきたのだった。
「異種族の職人よ、頼もしい言葉をありがとう」
「エマを使いに出したのは正解だったようです。貴方のように誠実な言葉を我らにかけてくれる
長老衆のまとめ役である二人が、僕を認めたことで、とりあえずダンジョン建設についての話について、僕らに任せるという方針はまとまった。
◇ ◇ ◇ ◇
ここは、南フス州の更に南。
鬱蒼と生い茂る広葉樹林の森。その奥の奥に、エマさんたち狗族の集落はあった。
長老衆との会談はあっけないほどあっけなく終わった。
彼らは、ダンジョン建設に関する一切を、僕たちに任せると言ってのけたからだ。
狗族の彼らには、
税については、エマさんのように、若い者たちが頭を巡らせて対応しているが、基本はフス州政府から言われるがままである。
ダンジョンを造るという件についても、それで税が軽減される。
不作の分の支出を抑えられる、そう聞いたからやっているだけに過ぎない。
「すべてそちらにお任せする。こちらは一切口を挟まない」
「また、エマを案内人として付ける。分からないことや、村での生活については、彼女によく相談して欲しい」
語ったことといえばそれだけだ。
とまぁ、そんな訳で、長老たちへのあいさつを早々に済ませると、僕たちは再びエマさんに案内されて、彼女の家の隣にある、客人用の家へ入った。
今僕たちは、その中に旅の荷物を降ろして、一息ついたという塩梅である。
原住民というから、どういう生活をしているのか、ちょっと気になる部分がありはしたが、いざ、来てみればなんということはない。木造りのちゃんとした家に住んでいる、普通の人達という感じだ。
もちろん頭には全員、色とりどりの犬耳を生やしてこそいたが。
「こんな土地もあるんだな。見世物小屋に居た時に、大陸はほとんど見て回ったように思っていたけれど、世の中にはまだ俺の知らないことがあるみたいだ」
「あら、見世物小屋なんかに居たのブランシュ?」
「……昔ちょっとな。今となっちゃどうでもいい話だ」
迂闊なことを言ったとばかりに、
そんな彼女に、にんまりと母性的な笑顔を向けるソラウさん。
彼女は、バツの悪そうなドラゴン娘を後ろから抱き留めた。
うりうり、と、ブランシュの頭を自分の胸に押し付けて、ソラウさんは笑う。
黄金のポニーテールがぐしゃぐしゃになる前に脱出したブランシュは、何すんだよと食ってかかった。
「いや、なんか辛そうな顔をしてたからね。お姉さんとして放っておけないなーと」
「うっせえ!! 要らねえ心配だよ!!」
「あらあら、そんなにムキにならなくってもいいじゃない。けどそうね、ちょっとおせっかいだったかもしれないわね。いつもの元気は戻ったみたいだけれど」
「……ふん!!」
そう言うや、ブランシュは部屋の奥に二つ並んでいた、ベッドの上にぽすりと音を立ててダイブした。どうやら、見た目通りに上等なものらしく、ブランシュはそのふかふかとした感触に、驚いた顔をしていた。
すぐに、ベッドの上であおむけになると、ほぁあぁ、と、気の抜けた声が上がる。
狗族の村にしては過ぎたるものである。
なんでも、租税徴収と村の状況調査のために、フス州の州都であるフッセンハイムから、税務官が時々やって来るのだという。
彼らをもてなすのに、狗族の堅い床は申し訳ないということで、こうして彼らが寝泊まりするための設備を、一応整えているのだそうな。
ただし、多くて来るのは二人なので、ベッドの数は二つしかない。
そして早速にその一つを、
「すごいぞ
「楽しそうでなによりだよブランシュ」
この仕事が上手く行ったら、やっぱり二段ベッドを買おうか。ベッドの心地よさを知った今のブランシュなら、きっと反対することはないだろう。
『女神的には、二段ベッドよりもキングサイズのベッドをお勧めします。そしてはいといいえの二つの枕。新婚生活の必需品ですね』
「絶対に二段ベッドにします!!」
『二段ベッドだとふかふかのベッドマットを敷くのは難しいんじゃないですかね。せっかくふかふかのベッドの感触を楽しみにしていたブランシュちゃんの気持を、裏切るような選択していいのでしょうか。女神はとても心配です』
「……だ、だったら、シングルを二つで。とにかく、一緒に寝るのはNGです」
『もう、つまらない意地なんて張っちゃって。異世界ですよ、誰も見ている人はいないんですよ。だったら、自分の中の獣を開放しちゃっても、いいじゃないですか』
できるか。
いや、まぁ、普通にブランシュのことは好きだけれども。
彼女の気持ちが分からないのに、そんなことするのは間違っているように思う。
というか、たぶん絶対に間違っている。
彼女は純粋に、姉弟として信頼しているから、僕に無防備な姿を晒しているんだ。
それを勘違いして、そういう役得にあずかろうなんてのは、浅ましい発想だろう。
僕だって男の子だもの、そんな卑怯な行いをしようなんて思わない。
なんてことを思っているうちに。
「ふーん、うちのスライム性のウォーターベッドと比べると、まだまだな感じだけれど、そこそこ寝心地のいいベッドじゃない」
いつの間にか、ソラウさんが、もう一つのベッドに陣取っていた。
しまった。
担当女神と妙なやりとりをしているうちに、ベッドを取られてしまった。
いや、別に、僕は最初から床で眠るつもりだったけれど。
けどちょっと、ほんのちょっぴりとだけ残念である。
そんな気持ちが表情に出ていたのだろうか、にやり、と、ソラウさんが、いじわるそうな顔をこちらに向けた。
「で、どうするの、アルノーくん?」
「はい? どうするって? 仕事の話ですか? それなら、明日、エマさんが案内してくれるのを待って」
「違うわよぉ、もう、鈍い子なんだから」
そう言ってベッドの上にうつぶせに寝転がって、彼女は手を組んで流し目をこちらに向けてきた。二つの褐色をしたメロンが、彼女の体を支えるようにベッドの上に沈んでいる。その姿は、正直に行って青少年には目に毒だ。
おまけにスリットの入った彼女のダークスーツから、ちらりと見える生足は、とてつもない破壊力がある。
コンビニに置いてある天然色雑誌よりも、幾分刺激強めな大人の色香。
それに僕がくらくらとしていると、くすくすとからかうような笑い声のあと、甘ったるいソラウさんの声が部屋に響いた。
「ベッドは二つ、人は三人……まいったわね、これはまいったわね」
「エマさんが、床で寝るのに使える毛布を持ってきてくれると言っていたので、僕はそれにくるまって今日は寝ようかと……」
「ここまでの旅の疲れがあるじゃない。野宿の連続で疲弊した体で、これからダンジョン構築の仕事をするの? ちょっと無理があるんじゃないかしら?」
「……なにが言いたいんですか?」
んふふふ、と、くぐもった笑い声。
そして、ソラウさんは足をベッドの上で組み替える。
絶妙に見えそうで見えない動きをしてみせた彼女は、妖艶に笑って、僕に向かってウィンクをしてきた。
「私と、ブランシュちゃん、どっちのベッドでアルノーくんは寝るの?」
「ぱぁっ!?」
あまりに直球な質問過ぎて変な声が出てしまった。
ここでいつものソラウさんなら、冗談よと、済ましてくれる。
だが、今日はどうやらまだもうちょっと、彼女の僕弄りは続くらしい。
「そんな驚かなくってもいいじゃない。仕方ないでしょ、二つしかないんだから」
「いや、けど、駄目ですよ、そんなの!!」
「何がダメなの? ここまでの道のりで、肩寄せ合って寝てきた仲じゃないの私たち。今さら、かしこまって一緒のベッドで寝られないなんて、そっちのほうが論理的には破たんしているんじゃない?」
それはその。
野宿の時は確かに、そうだった。
エマさんに見張りを頼み、僕たちは毛布にくるまり、肩寄せ合って寝ていた。
けれどもそれは仕方がなかったからで。
いや、仕方がないという点では、今の状況も十分仕方がないような。
『ふふふ、揺れる男心ですね。おっぱいか、ちっぱいか、それが重要だ』
「女神さま、黙っててください!!」
それにブランシュはまだ一緒に寝るなんて、一言も言っていない。
勝手に盛り上がっているのはソラウさんとアネモネさんだけである。
彼女はきっと、そんなつもりは毛頭ないはずだ――。
そんな僕の希望にこたえるように、ごろりとベッドの上で体を起こすと、胡坐をかいたブランシュがこちらを向いた。
「おいやめろよソラウ。
「あら、ブランシュちゃん」
「ブラ――
意図せず訪れた慣れないハーレム展開。女神とダークエルフの板挟みにあって、きりきりと痛みそうになる胃の中で、
やはり持つべきものは心の通った相手だ。
血はつながっていなくても、熱い絆で結ばれえた
そうしみじみと思ったとき。
突然、ブランシュは膝に置いていた手を上にあげた。
そして、その平らで揺れる要素の微塵のない胸を開いて、こちらに満面の笑顔を向けた。
「もちろん、俺と一緒に寝るよな
「分かってなかったー!!」
違うんだ
困っているのはそこじゃないんだ。
君と一緒のベッドで寝る、それもまたそれはそれで、問題なんだよ。
あらあらぁと、ブランシュの参戦を喜ぶように、ソラウさんが視線を横に向けた。
諸手を上げて、こちらに来いよと、実に男前な姿を見せるブランシュを一瞥すると、どうしてダークエルフのお姉さまも、蠱惑的にまた足を崩して、ついでに胸元を少しだけ緩めて、僕の方に艶めかしい視線を向けてきた。
「私と寝るわよね、アルノーくん」
「俺だよな
「こっちのベッドの方が柔らかいわよぉ」
「こっちの方がベッドを広く使えるぜ」
何を張り合っているのだろうかこの二人は。
一方は完全な善意。
もう一方は完全な悪意でやっているのだろう。
だが、見事にそれがかっちりハマってこのザマである。
僕は、僕はいったいどうしたらいいんだろうか。
どうしていいのか分からなくなって、固まってしまった僕の頬を、冷たい汗が流れた。南の国、こんなに暑くてたまらないのに、どうして、凍えるような心地になってしまうのだろうか。
本当に不思議でたまらない。
そうこうしているうちに、むっ、と、ブランシュの顔が不機嫌に歪んだ。
「どっちにするんだよ
その言葉に応じるように、ソラウさんの顔が意地悪に歪む。
「そうよぉ、男らしくないわ。男だったら、はっきりと、寝る相手は決めないと」
そんなの……。
そんなの、簡単に決められるわけ、ないじゃないか……。
というか最初に言ったよね、僕は床で寝るって。
僕の意見を尊重するという発想はないんでしょうか。
『優柔不断ですね良人くん。おっぱいか、それとも、ちっぱいか。いつまで考え続けているつもりです。花嫁選びはRPGにおける醍醐味だというのに』
「花嫁選んでる場合じゃないでしょ!!」
『かたや
「なんだか上手いこと言ったようなつもりですけど、全然違いますから!!」
『私は断然フラーラ派です!! だって、世界を救ったあと、生活楽そうだし!! 生活楽そうだし!!』
「大事なことだからって二回言わなくってもいいですから!! あとそんな力説しないでください!!」
担当女神の打算的な話はさておいて。
こいつは参った。
このよく分からない窮地を、いったいどうやって切り抜けようか。
もはや選択は避けられない、中途半端な返答をしようものならば、ブランシュなぞは殴りかかってきそうな勢いである。
この場を丸く収めるには、いったいどうしたらいいのか――。
「俺だ!!」
「私よぉん」
「あぁもう!! 誰か、助けてぇっ!!」
思わず叫んだその時、がちゃり、と、後ろで扉の開く音がした。
「悪い、床で寝るための毛布を持って来たんだが――邪魔したな」
それはエマさんの声。
ここに来るまでの道中のやり取りで、出会った時よりは少しばかり打ち解けた。
そんな感じのあった彼女だったが。
ばたりと閉めた扉の音と共に、残していったその余韻には、冷たい感情がにじんでいる気がした。
人が困って助けを求めているっていうのに、お前らは何をしているんだ。
美少女と美女を侍らせて、いったい何をしているんだこの男は。
『考えすぎですよ、良人。彼女はただ単純に、優柔不断男、フニャチン野郎を軽蔑して出て行っただけです』
「限りなく僕の危惧した通りの内容なんですが。あと、その略称につなげるのはどうなのでしょうか」
『良人、はっきりしない!! 今が決断の時です!!』
「今は仕事をする時です!! あぁもう、お願いだから集中させて!!」
はじめての
再び僕の名前を呼ぶ、ブランシュとソラウさん。
もう勘弁してくれと思ったその時、僕は大切なことを思い出した。
「……ちょっと、エマさん!! 毛布、毛布置いてくの忘れてますよ!!」
必要ないだろ、と、後ろで二人が叫ぶのを聞きながらも、僕は急いでエマさんを追いかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます