第14話 洞窟どうでしょう
結局、僕は毛布にくるまって寝ることを許された。
その気になってしまった二人を言いくるめるのには本当に苦労したけ。
けれど、なんとか波風立てずに場を収められたのは、よかったように思う。
いや、本当によかったのか。
『旅先で気が付く、思わぬ男の子の逞しさ。こいつ、こんなに頼りがいがあったんだ。そういうところから始まる恋愛も……私は大好物です!!』
「朝っぱらからテンション高いですね女神さまは」
わざわざと、訪問する税務官のためにベッドを用意する理由がよく分かる。
そんな夜だった。
エマさんから借りた毛布はとても薄く、床の冷たさ・固さがダイレクトに体を襲ってくるというひどいものだった。
これで、狗族の方たちはしっかり寝れるというのだから驚きだ。
「冗談のつもりだったけれど、本当にベッドで寝たほうがよかったかもだわね」
「
「大丈夫だよ二人とも。それより、時間も少ない。さっさと、ダンジョン建設の予定地を探しに行こう」
僕の体のことを割と本気で心配してくれている姉弟とソラウさん。
今晩からは、私とブランシュで寝ましょうかと言うソラウさんに、素直に僕はありがたいと思った。しかし、それならそう昨日のうちに言ってくれと、ちょっと尖ったことも同時に思ってしまうのであった。
『またしても、また、またしても、唐突の百合フラグキマシタワー!!』
まぁ、それはともかくとして。
朝日と共にベッドから起きだした僕たちの下に、すぐにエマさんがやって来た。
手にはお盆。
この集落で栽培している芋を蒸したもの。それと、おそらく森で狩ったのだろう新鮮な肉を焼いたものが、その上には載せられていた。
「腹ごしらえをしながら、さっそくだけれど作戦会議をしよう」
「いいね」
「おい、リンゴはないのか?」
「ある訳ないだろ。そんな高級品、こんな村に」
ちぇっと舌を打つブランシュ。
彼女のリンゴ好きはこんな時でも健在らしい。
床に敷いていた毛布を片付けて、プレートを囲んで座布団を敷くと、僕とブランシュ、ソラウさんにエマさんと、四人で車座を組んだ。
なんの肉かはよく分からない。だが、こんがりと焼かれた肉はなかなか、朝の胃袋には程よく重たくない味付けだった。
蒸し芋も、納税のために卸しているというだけあって、実に食べごたえがある。
さんざんリンゴがないことに文句を言っていたブランシュだったが、彼女も満足した感じでそれを食べていた。しまいには、おかわりを要求する始末だ。
こればかりは彼女が人間たちの言葉を話せないのが幸いだった。
そんな余裕がないから、僕たちはここに呼ばれているのだ。
この食事だって、少しでも労おうと、無理くり出してくれたものに違いない。
「すまない。芋はともかく、肉については、普段だったらもう少し出せるんだが」
「そうなんですか?」
「もともと、狗族は肉食を主としている。芋を育てているのは、それが租税の収入として一番利率がいいからだ。だから、食事はもっぱら狩猟で取れる肉ばかりなんだ」
「けど、肉が取れない時はどうするんですか?」
「それはそれ、食べなければいいだけのこと。狗族の体は、そういう飢餓にも強くできている」
と言っても、大概、どうにかなるものなんだがな、と、エマさんは笑った。
出会った時からどうも小柄――そして痩せっぽっちなその体型のことが気にはなっていたけれども、そういう事情があったのか。
僕はちょっと複雑な気分になった。
その主食としている動物たちも、あまり取れなくなっている。
それを聞いてしまうと、すぐにでもどうにかしてやりたい気分になる。
「造るダンジョンは、せっかくですから食べれる系のモンスターが、生息できる環境にした方がよさそうですね」
「うーん、そうなると、ビッグラビットとか、イヌモグラとかが妥当かしらね。イヌモグラの肉は、土臭くってあんまり美味しくないけれど」
「生息条件とかは――って、それは、直接見たほうが早いですか」
「なんにしても、繁殖モンスターの買い付けなんかも重要よ」
試験待ちの二週間に、ここまでの移動の一週間。
会社設立時に商業区ギルドとの顔役とかわした期日まで、残すところあと十日というところである。
何をするにしても急がなくてはいけない。
しかし焦ってみたところで、問題が解決する訳でもない。
まずは着実に、するべきことをこなしていくしかないだろう。
「まずはダンジョンを建設するための場所の選定です。できれば、天然の洞窟、あるいは、掘削しやすい岸壁などがあると助かるんですけれど」
「……それなら、いい場所を知っている」
僕の質問にエマさんがはじめて笑顔で応えた。
◇ ◇ ◇ ◇
狗族たちの集落よりさらに南。
もはや獣道さえもなくなり、鬱蒼とした木々が生い茂る。
ひんやりとした空気が漂うそこは――樹海と言って差し支えない場所だ。
もうこの一角自体が、一つのダンジョンとして認められてもいいのではないか。
そんなことさえ思えてくる、独特の雰囲気がある。
茶色い落ち葉と、それが腐ってできた腐葉土。
それを踏みしめながら、エマさんの先導で歩くことほぼ一時間。
「あれだ」
それは僕たちの目の前に表れた。
広葉樹林に覆われた空の下。僅かに入り込む木漏れ日により成長した蔦によって、そのほの暗い穴は塞がれている。
だが、よく見ると確かにそれが洞窟であると分かる。
「狩りの最中に偶然見つけたものだ。集落より遠く、場所的にはちょうどいいかと」
「中には入ったことはあるんですか?」
「入口は狭いが中は相当広い。軽く、うちの集落半分くらいの広さはありそうだ。深さについては、奥まで入っていないからよくわからん」
ふむ。
だとしたら、面積的には中規模ダンジョン――ダンジョン管理士二級の案件として扱うことができそうだな。
あとは階層がどれくらいあるか、ということくらいかな。
ただ、面積から逆算すれば、それほど深い階層があるようにも感じない。
ちなみにこういう時に大事になって来るのが、近くの環境だったりする。
「この集落では、井戸はどれくらいの深さまで掘ります?」
「うん? いきなり妙なことを聞くな?」
「でしょうね。けれど、それが重要なんです」
うぅん、と、唸るエマさん。
「そうだな――だいたい、人の身長で七~八人分も掘れば出てくるけれども」
「10メートルくらいですか。それくらいの位置に水脈があると考えると、一階層の高さが仮に三メートルだと仮定して、だいたい三階層くらいになりますかね?」
洞窟は、地下水源へと通じていることが多い。
いや、水の流れに沿って洞窟ができあがる場合があるというのが正解だろう。
これは異世界だろうと元の世界だろうと変わらない話だ。
この洞窟が、人為的に作られたものでないとするならば、村の水源となっている地下水脈まで伸びている――と考えられる。
そして、地下水脈と直結しているということは。
スライムなどの、被捕食対象モンスターの一次生態系を維持するのに十分な環境は整っている。とまぁ、そう考えていいだろう。
うん、悪くないダンジョン建設予定地じゃないだろうか。
僕はエマさんに改めてお礼を言うと、ブランシュとソラウさんを引き連れて、洞窟へと近づいた。
さて、まず、洞窟に出会ったならやらねければならないことがある。
鉱毒ガスの有無のチェックだ。
「前に洞窟に入った時、妙な感じがしたりとか、気分が悪くなったりしたことは?」
「ないな。別に、普通だった」
洞窟でも坑道でも、地下に続いているものならなんでもそうなのだが、地面の中というのは実に色々なものが堆積している。
そのため、有毒なガスが発生しやすい。
このあたり「女騎士のくせに生意気な」でもリアルな要素として取り入れられていたおかげで、試験の時には大いに助かった。なんにしても、ガス発生源の把握というのはダンジョン管理士の仕事の中でも、最も基本かつ重要なものだ。
ここで本来であれば、大規模かつ精密な内部調査を行っていくのが、ダンジョン管理会社の業務の一つなのだが。
うちの会社にはそれに関して、チートなスキルを持った有能な代表取締役がいる。
よく分からんが分かった、と、ブランシュが僕の隣に立った。
おそらく、自覚してその能力を使うのは初めてだろう。
路地裏に構築したねぐらは、無意識のうちに作り上げた彼女のダンジョンである。
そして、彼女は十全に、その状況を把握していた。
それは彼女が種族として保有しているチートスキルの権能によるものだ。
「僕の言うとおりにやってみて欲しい」
「分かったぜ、
「洞窟に向かって手をかざして、そして、こう唱えて」
「まかせろ」
「――スキル発動『魔王のねぐら』、と」
言われるまま、ブランシュが僕の隣に立ったまま目を閉じた。
ゆっくりとその手が伸びて、洞窟の闇へと向けられる。
そして、淡いピンク色をした唇が震えたかと思うと、彼女は眼を見開いた。
緑色の瞳が太陽の光もないのに爛々と輝く。
「――スキル発動!! 【魔王のねぐら】!!」
途端、彼女の目玉に吸い込まれるように、洞窟の奥から光の粒子が飛んでくる。
光の粒の奔流をすべて受け止めたブランシュは、がっくりとその場に膝をつく。
「大丈夫!?」
初めてみる、
僕は慌てて声をかけた。
だが、すぐに彼女は大丈夫だと呟いて、僕の方を振り向くと、にっと余裕の笑顔を返してきた。
「なんだか分からねえが、凄い勢いで頭の中に光景が流れ込んできた。ちょっとびっくりしちまったぜ」
「……それは、この洞窟の内部構造についての情報だよ」
「なに?」
「ブランシュの頭の中に流れ込んできたのは、この洞窟のすべての情報なんだ。君は、この場に居ながらこの洞窟のすべてを一瞬にして把握したんだ」
それこそが、彼女の持っているチートスキル【魔王のねぐら】の力。
いや、あまりに強大過ぎるその一端であると言ってよかった。
『ダンジョン・トラップ構築のためのありとあらゆる知識を即座に把握し、それを現実に顕現せしめる能力。うぅん、数あるチート能力の中でも、トップクラスに魔王にふさわしい能力ですよねぇ』
「まぁ、魔王って銘打ってますしね」
『勇者側がこの能力を持っていても、ダンジョン攻略が簡単すぎるってことになったり、逆支配して攻略せずに中のモンスターを全滅させたり出来て、便利かもしれません。なんにせよ、持っててよかったチートスキル!! またしても、こんな便利な能力をいざという時を考えて造っておいた、アネモネちゃんを讃えよ!!』
「はいはい」
僕の頭の中で散々に騒ぐ担当女神さま。
性格はあれだけど、実際に創造するチートスキルなんかは、彼女の言葉のとおり使えるモノが多いんだよな。
そういう意味では有能なのかもしれない。
異世界転生者を導くという意味では、要らないことばっかりしてくれて、正直面倒くさいことこの上ないけれど。
『あぁっ!! ひどい!! 傷つきましたよ、今のは私、傷つきました!! 担当転生者が、女神をディスってくるんです!! 横暴だぁ、横柄だぁ、許されないぞ、女神に対する人権侵害だ!!』
「はいはい、分かりましたから。ありがとうございます、アネモネさん」
『最初から素直にそうやって褒めておけばよいのです。まったく。けれど、まだ足りません、もっと褒めてもよろしいのよ。讃える歌を造ってくれてもいいのよ』
「あねもねさまは、すごいなー、すばらしいなー、ゆーのーめがみだなー」
『ほほほっ、よくってよ、よくってよ!! 最高にハイって奴でしてよ!!』
豚も女神もおだてりゃなんとやら。という奴だなこれ。
なんにしても、この駄女神さまにおべっかをしている時間も惜しい。
僕はブランシュの手を引いて、一旦洞窟から離れようとした。
どこか座るのに適当な場所はないか。
そんなことを思ったその時。
「……ダレダ、ワラワノ、スミカヲ、アラスヤツハ!!」
地の底から。
正確には洞窟の奥から染み出してくるような、重い声が頭に響いた。
闇の中から突然に白い手が伸びる。
その冷たい感触に絡めとられて、気が付くけば僕は洞窟の中へと勢いよく引きずりこまれていた。
なんだ、これは。
いったい何が起こっているんだ。
ずるりずるりと、自分の意志とは関係なく、体が洞窟の中へと滑り込んでいく。
足で踏ん張ろうにも体を引っ張る白い手の力の方が強い。
「
小さくなった洞窟の入口。
そこからブランシュが叫んでいるのが見えた。
「来ちゃ駄目だ
そう叫んだ次の瞬間、僕は後頭部に鈍い痛みを感じて、そのまま意識を失った。
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