最終話 エピローグだよ転生は
さて、そんなこんなでいろいろとあり。
無事にこの街に居場所を得た僕達であったが。
「今日も、お仕事ありませんか?」
「ありませんねぇ。なかなか、中規模ダンジョンの案件はレアですから」
日々、土木・建設庁舎にある国税庁税務課ダンジョン管理係の相談室に足蹴く通う日々である。
言葉の通り、開業したはいいけれど、中規模ダンジョンの仕事は少ない。
あっても旨味のありそうな仕事は、だいたいほかのダンジョン管理会社が、相談室に来る前にかっさらっていく。
最年少ダンジョン管理士取得。
そして、異例の低階層ダンジョンでA+判定。
なんてことをしたものだから変にマークされてしまったのかもしれない。
同業者と顔を合わすことはないけれど、彼らの経理を任されているソラウさんからあまり悪い噂は聞かないわよ、とは言われている。
なんにしても、まだまだ、この会社を軌道に乗せるには時間がかかりそうだ。
「そうですか。それじゃぁ、また、明日来ます」
「お待ちしてます。あっ、社長さんによろしくお伝えください」
申し訳なさそうに頭を下げると、手を振って僕を見送るドミニクさん。
よろしく何を伝えるんだろう。
そんなことを思いながらも、彼女に手を振ってこたえると、僕は土木・建設庁から出た。
第一商業区を昼間に歩く人は多い。
みんな、商業区の事業主などで、各種申請にせわしなく動きまわっているのだ。
僕も負けてはいられないな、そんなことを思った時。
「おーい、
不意に大きな咆哮が第一商業区の空に木霊した。
すぐに僕は空を見上げる。
「こっちだこっち!! ほれ、左側!!」
ということは、右側かと視線を向ける。
商業区の中に立っている石造りの建物の中でもひときわ高い――税務庁の庁舎。
その屋根の上に悠然と立って、ブランシュは笑っていた。
突如として現れた、『狂騒する
相変わらず、僕たちが開業したことを知っていない市民の多くは、彼女のことを恐れているようだ。
もちろん、もう、彼女は不必要に暴れる必要はないし、犯罪に手を染める必要もなくなった。なのだが、いかんせん、ゴールデンドラゴンの大地を震わせる咆哮だけは、どうしようもなかった。
よっ、と、税務庁の天井から飛び降り、ブランシュはその黄金色の尾を揺らす。
ポニーテールとみんなは呼ぶが、ドラゴンテイルなんじゃないだろうか。
なんてことをいまさらになって思ったりする。
皆が、思い思いの庁舎の中へと逃げていくのを眺めながら、僕は
「どうしたのさ
「いやなに。あんまりにも暇だからよ。アンの相手も飽きたし、一度、街をしっかり見ておこうかと、そう思ってな」
「……なんだよそれ」
「一番でかい建物を探してたら、ここまで来ちまった。そしたらしょぼくれた顔してる
今日も仕事は見つからなかったのか、なんて野暮なことは聞かない。
大陸最強のゴールデンドラゴンは、そんな些細なことは気にしないのだ。
同業者として、少しくらいは気にしてくれたっていいと思うけどな。
まぁ、彼女は現場担当。
デスクワークは僕が頑張るしかないか。
「でだ。どうだ
「どうって? なんのことだい?」
「暇ならさ、俺と一緒に眺めに行かないか? この街で一番でかい建物から、この世界の風景って奴をさ」
なんだか面白そうだな。
いいよ、と、僕がいうより早く。
水くさかったか、はははと笑い飛ばして、ブランシュは僕を抱えた。
肩甲骨と太ももの辺りに手を回されて抱え上げらえる。
所謂、お姫様抱っこである。
こんなの道端でやられたら、恥ずかしくってきっと顔から湯気が出るだろう。
しかし、そこは流石のゴールデンドラゴン。
ぴょいん、ぴょいんと、まるでアクションゲームのキャラクターのように、塀を蹴って、建物を三角飛びして、すぐに天井へと登ってしまった。
そのまま、屋根伝いに進んでいく。
はてさて一番高いところにある建物とは、いったいなんなのか。
見渡してみれば――あぁ、それはすぐに僕の目へと入ってきた。
メリジュヌ共和国首都ユーリア。
その中央に堂々と聳え立っている石造りの白亜の城である。
かつて、この国が帝国だった頃の象徴である――と、前にソラウさんが言っていたような気がする。その後、戦争に負けて共和制に移行してからは、観光地として開放されているのだとか。
「おぉ、あれだな」
「あれだなって……本気であれに登る気なのかい、
「当たり前だろう。というか、最初にそう言ったじゃないか」
何をいまさら言っているんだよ。不思議そうに碧色の瞳を煌かせて言う彼女に、僕はやっぱり逆らえない。
ほら、行くぜ、と、彼女は言うと、その恐ろしいまでの跳躍力で、城を囲んでいる塀を越えた。
観光客でごった返している場内。
突然の金色の髪をした闖入者に、わぁ、とまた彼らは騒いだ。
どうもすみませんね、と、謝ってしまいたくなる。
ついでに言うと、入場料も払っていない訳で、二重に申し訳がない。
だが、そんな僕の思いなど、少しも知らないという素振りで、一心不乱に
やがて気が付くと、僕たちは城の頂上――赤瓦が敷き詰められた、物見小屋の上に立っていた。
斜めに傾斜した屋根の上。
もし、万が一にも足を滑らせたら、一巻の終わり、またしてもゲームオーバーだ。
再転生は可能ですか女神さま。
尋ねてみたけれど、どうやらちょっと、今日は所用で外しているらしい。
少し、足が震える中、僕は物見小屋のちょうど中央に立っている旗を握ってバランスを取ってみた。
ひゅう、と、涼しい風が顔を撫でる。
見渡すばかりは緑の大地。
深々と生い茂った森に、右手には大きな湖が見える。
太陽の位置から南側を向いてみると、数週間前に行った南フス州が遠くに見えた。
あんな所まで行っていたのか、それは道中が長い訳だと妙に納得した気分になる。
と、そこに姉弟がふと、俺の手を握った。
「なぁ、
「なんだい、
「世界ってのは広いんだな」
「そうだね」
「こんなに広けりゃ、そりゃ、ダンジョンなんて幾らでも作る場所はありそうだな」
……なんだよ。
いつもはそんなこと、少しも口にしないってのに。
こんな時に仕事のこと。
らしくないな。
そんなことを思って頭を掻くと、それは彼女も思っていたのだろうか、俺が言ってもなんだか仕方のない話だな、なんて茶化すように言った。
そして、姉弟は果てしない地平を見つめながら、その次の言葉をつづけた。
「
「僕もさ
「けどな、不思議と、できないなんてことは思わなかったぜ」
へへ、と、笑って
鼻頭を掻いて、それから、
「
「ブランシュ」
「……へへっ、水臭い話になっちまったな」
そう言いながら、ブランシュは僕にそっと顔を近づける。
なんだろうかと思っていると、彼女は、そのまま僕の鼻頭にそっと口づけをした。
それがどういう意味なのか。
どうしてそんなことをするのか。
まったく分からない僕の頭は混乱する。
きっと、顔から湯気が出ていたことだろう。
あぁ、屋根の上でよかった。
「人間は、親愛を表現する時にこうするって、ソラウから聞いたぜ?」
「……ソラウさんか。また余計なことをブランシュに教えて」
「じゃぁ、俺にもしてくれよ、
「うえぇっ!?」
まさか、ここまで計算して、ソラウさんはブランシュにこの親愛を現す方法を教えたのだろうか。
だとしたら、なんて、僕の担当女神の次にろくでもない女性なんだろう。
ほら、早くしろよ、と、眼も閉じずにこちらを見ているブランシュ。
ムードもへったくれもない。
こういうのは、もっとこう、ロマンチックにやるものじゃないんだろうか。
けどまぁ、
「心の準備はいいかい、
「うん? なんでそんなのする必要があるんだよ?」
「そうだね、いらないよね。じゃぁ……ごめんね!!」
そう言って、僕はブランシュの頬っぺたに、そっと、その唇を触れさせた。
ゴールデンドラゴンの頬は、とても、彼女がそんなモンスターであるとは思えないくらいに柔らかかった。
そしてほんのりと甘いリンゴの香りがした。
『あら? あらあら? 私がちょっと撮り溜めてたドラマを見ている間に、いったいこれはどういう? なにこれなにこれ、ちょっと説明してくれる、ヨシくん?』
煩い、黙っていて、女神さま。
ただでさえロマンチックの欠片もないんだ。
これ以上、コメディパートぶち込んでくれないでよ。
まったく、とんだ異世界転生もあったものだよね。
とほほほ。
なんて、僕は言わないけど。
異世界転生しましたが税金対策でダンジョン経営することにします kattern @kattern
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