第8話 創立!! マルタダンジョン管理会社!!
「ブラ――
「……あん? なんだよアルノー?」
「第六商業区の方に用事があるんだ」
「第六商業区ぅ? なんでまたあんなところに?」
ブランシュのねぐら。
いつものように青果店からひったくってきたリンゴと、配達員からすれ違いざまに盗んだ牛乳、そして、店の前に無防備に置かれていた干し肉を食べていたブランシュに、僕は頭を下げて頼み込んだ。
彼女にはとんと、そんな所を訪れる意味が分からないらしい。
それはそうだろう。
僕だって、ちょっと困惑しているくらいなのだから。
「押し入りでもやるつもりか。ありゃリスクに合わないぞ。というか、追剥ならまだ加減はつくが、そこまで行ったらもう言い訳がきかねえ」
「もとから人間の言葉喋れないのに?」
「うっせえな。とにかく、あんな事務所しかないような場所に行ってどうしようって言うんだよ。うだうだするくらいなら、今日も市場でもめぐって財布の一つでもスッて来いよ。お前はほんと、そんなだからすっとろいんだよ」
それについては申し訳ない。
今日に至るまで、僕は生活面ではブランシュにおんぶに抱っこでここまで来た。
たまに万引きしようにも、すぐに店主さんに気が付かれて――たまたまという体で通りがかった彼女に助けて貰うことしばしばである。
職業的な適性を考えればあきらかにないと言っていいだろう。
当たり前だ、エッチなゲーム一つ買うのに動揺して、そんでもってその帰りに死んじゃうような人間なのだから。
『残念、良人には勇気が足りない』
「そういうのいいですから女神さま」
それに勇気だったら、今まさに、ブランシュを前にして出している。
なんとしても、今日、この場で、彼女をそこに連れて行かなければいけない。
でないとすべてが手遅れになってしまう。
懸賞金がかけられた、彼女の張り紙が掲示されてからでは遅いのだ。
それを回避するためにソラウさんだって骨を折ってくれた。
僕は顔を上げるとブランシュの顔を正面から見た。
何度となく、追剥をやめて、この街から逃げるようにとそうやって説得してきた。
そのたびに彼女は、僕をゴールデンドラゴンの無尽蔵をのパワーを加減して、ぶん殴ったり、蹴ったりと、ぶちのめしてきた。
けれど、それでも、ブランシュは――
いつだって、僕を陰ながら助けてくれたし、うっとうしいなら追い出せばいいのに、そうしなかった。
さみしかったのだろう。
そして、優しいのだろう。
そんな少女を、僕はどうやっても救いたい。
殴られたって構うものか。
お願いだ、と、僕はブランシュの顔を見たまま、はっきりとした口調でもう一度、彼女に第六商業区への同行を頼んだ。
齧っていたリンゴを床に置いて、ふん、と、ブランシュが鼻を鳴らす。
トレードマークの黄金色のポニーテールが優しく揺れていた。
「まぁ、俺はお前の姉貴分だからよ、助けを乞われりゃ、やぶさかじゃないが」
「本当かい、ブラ――
「ただし、くだらねえ用事だったら、ぶっ飛ばされても文句を言うんじゃねえぞ」
それについては、彼女のことだ、きっと僕が独断でしでかしたことに怒るかも知れないとは思っている。
けれども、それもすべて織り込み済みだ。
「ありがとう
「水臭いこと言うんじゃねえよ。ったく。しかし、第六商業区って言ったら、ここから真反対の位置にあるじゃねえか。今日の晩飯を用意する時間があるかね」
それについてはもう心配しなくていいよ。
そう言うと、ブランシュはきょとりとした顔をした。
◇ ◇ ◇ ◇
第六商業区柏葉通り。
通称、土建通りと呼ばれている場所だ。
メリジュヌ共和国首都ユーリア。
公共・民間を問わず、この街とその周辺地域の、土木作業に従事している建業を生業とする会社の事務所が、そこには通りの奥まで立ち並んでいる。
ここは、いわゆるブランシュの仕事場として認知されていない通りだ。
理由は単純明快で、ここには店先に商品が並んでもいなければ、人通りもまばらだからに他ならない。
もちろん、そのまばらな人通りが、大きな金を持っているのも知っているが――同時にそれを襲うリスクも、ブランシュは理解しているようだった。
なので近づかないし、興味も持っていない、という訳だ。
つまらない話だったら、と、彼女が怒ったのはそういう経緯もある。
「なぁ、どこに行くんだよ、アルノー」
「もう少し、もう少しだから――」
そう言って、僕たちは通りの最奥へと向かっていた。
大通りに沿って片面で十七、全部で三十四の建物が並んでいる。
場にそぐわない人物――『狂騒する
そんな中、ふと、僕は前方に見知った顔を見つけた。
同じく僕の顔を見るや、大きくその手を振り、同時に、その豊満な胸をふるりふるりと目の毒になりそうなくらいに振ったのは――僕たちの恩人であるソラウさんだ。
どうにもお茶目なその素振りに、どういう反応で返していいのか困ってしまう。
僕の後ろを歩いていたブランシュも、なんだあいつはという感じで、呆れの混じったため息を吐き出していた。
きっとわざとやってるんだろうな、大人げない。
『違うわ良人くん。大人だからこそやるのよ。自分の社会的な価値が分かっているからこそ、大人っていうのは時にそれから外れるようなことをやってみたくなるものなのよ。わからないわよね、そんな複雑な大人心は――お子ちゃまの良人くんには』
「それにしたって、ソラウさんも、アネモネさんも、もうちょっと頻度を下げた方がいいのではないでしょうか」
恩人の手招きを無視する訳にもいかず、かと言って、それに応える適切な方法を僕も知っている訳ではない。
ゆっくりと、笑顔を作って手を振るという、いかにも子供らしい反応で、僕は彼女の満面の笑顔にとりあえず応対してみたのだった。
じとり、と、その時、背中から僕の背中に、百足が走ったような寒気が沸いた。
「なんだ、あの女と知り合いなのか?」
「えっ? うん、まぁね」
「ふぅん」
「どうしたのさブラ――
「別に」
振り返るとブランシュが顔をしかめて僕を見ていた。
かれこれ一か月、一緒に生活していたからわかる。
これは彼女が、気に入らないことが起こった時にする顔だ。
より正確に言うならば怒っている時の反応だ。
何が気に入らないんだろうか。
うぅん。
『おっぱい!! おっぱいですよ!! 胸囲の格差社会は、世界を跨いでも存在するのです!!』
「いや、そんなのブランシュは気にしないでしょ」
『良人くんのバカぁ!! そんなだから、あれなのよ、ブランシュちゃんと一つ屋根の下なのに、なんのドキドキ☆トゥナイトも怒らないんでしょ!! もっと女の子の繊細なハートに気づいてあげなさいよ!!』
「なんですか、ドキドキ☆トゥナイトって」
『私もその昔――そうあれは紀元前2600年のこと。妙に気の合うメソポタミアの王ギルガメッシュと、私は夜な夜な激しくサタデーの夜を踊りあかしたものです。彼は結局死んでしまったけれど、それでもあの夜のことは今でも忘れない』
「そんな時代から世界に介入してたんですね」
『そう、あのギルガメッシュな夜――ナイトを、私は生涯忘れないでしょう』
「よくわかんないですけど、話が進まないので黙っててくれますか、駄女神さま」
僕はよく分からないブランシュの気持ちと、よくわからない担当女神のトークを無視して、ソラウさんの方へと近づいた。
昨日とは打って変わって、ダークスーツに身を包んだ彼女。
できる仕事人という感じの彼女は、ふふっと笑うと――。
「ちゃんと来たわね、偉いわよアルノーくん!!」
そりゃこっちから頼んだのだ、来ない訳にはいかないだろう。
そして、そんなことで褒められるなんて、思いもしなかった。
親愛を表現したのだろうか。いきなり僕を抱きしめると、いいこいいこと頭を撫でた。身長差的に、ちょうど彼女の胸に僕の顔がうずまる感じである。
うぅむ。
昨日も感じたことだけれども、なんという包容感だろうか。
できることならこの中に、ずっと蹲っていたい――。
そう思った僕のふくらはぎを、痛烈な痛みが襲い、ようやく僕は我に返った。
もちろん通りがかりの人間が僕のふくらはぎを蹴るなどない。
そして、この手加減されてもなお、十分に痛いキックの感覚には覚えがあった。
「あいてぇっ!!」
「
振り返るとブランシュが鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
なんで? いや、なんでそんなに怒るんだよ、
僕、何か
『はい、女心が分かっていない。転生者としては十点満点花丸です』
「どういうことです?」
『しかし女としては、お前のような天然ジゴロは――ケルベロスに噛まれて死んじまえ、あるいはケンタウロスに蹴られて昇天せよって感じですね』
「せっかく転生したのに、もう一度死ぬのは勘弁してください」
冗談ですよ、冗談、と、天から聞こえる女神の声。
まったくアドバイスにならないアドバイスに、本当に担当女神の変更をお願いしたい気分になった。
というか、ブランシュが怒っている理由は相変わらず謎のままだしね。
ほんと、何がどうしたっていうんだろう。
ゴールデンドラゴンの権能が漏れ出ているのだろうか。
僕を睨むその瞳は、いつものそれより幾分も鋭い。
おまけに歯まで食いしばっている。
説明によっては、ソラウさんと一緒にぶっ飛ばそうという感じだ。
これは参った。
まさか話の核心に入る前から、ここまで怒るなんて。
怒ってしまったブランシュは手が付けられない。
悪名高き『狂騒する
それが収まるには彼女の怒りが収まるのを待つしかない――のだが。
「あら、貴方がブランシュちゃんね?」
「うえっ!? 俺の言葉が、お前もわかるのか!?」
「ふふっ、何かあった時のためにと、ゴールデンドラゴンの言語を勉強しておいてよかったわ。心配しなくても、良人くんと私は何でもない――ただの、仕事上のパートナーよ」
「仕事上のパートナーだぁ?」
えぇ、と、頷いて、ソラウさんが僕から離れる。
身構えたブランシュ、しかし。
その動作も終わらぬうちに距離をつめたソラウさんは、僕にしたようにドラゴン娘を、ぎゅっと胸の中に抱き込んだ。
僕よりさらに頭は半分は背の低いブランシュ。
その頭に、どたぷん、と、ボリューミィなソラウさんの胸がのしかかる。
おわぁ、っと、ブランシュが間抜けな声を上げるが。逃がすかとばかり、ソラウさんは彼女の体をがっちりと掴んで離さなかった。
『キマシタワー!! 唐突の百合展開!! こういうの、そう、こういうのを待ってたんです!!』
「百合展開って……」
「アルノーくんから話はある程度聞いているわ。今まで辛かったでしょうね。でも、もう大丈夫よ」
「大丈夫って……なんのことだよ!?」
「これからは、お姉さんが貴方たちの面倒を見てあげるってこと。と言っても、養う訳じゃないわよ。その辺りは履き違えちゃダメ。人生は自分の手で切り開くものよ」
「そんなの……言われなくてもわかってるよ!!」
蹴って逃げようとしたブランシュだったが、それをまるで、なんでもないようにかわして微笑むソラウさん。そのまま、よしよし、さみしいんでちゅね、お姉ちゃんにいっぱい甘えてもいいんでちゅよと、なぜかお母さん言葉になった彼女は、黄金色をした彼女の頭を、思うさま撫で倒したのだった。
うぅん、これ、思った以上に確かに百合展開だ。
というかあの暴れ者のブランシュを完全に手玉に取っている。
前にスキルを鑑定した時にも思ったけれども、ソラウさんって、いったい何者なんだろうか。
「このぉ!! やめろぉっ!! なでなでするなぁっ!!」
「甘えたことがないんでしょ。いいのよ、お姉さん、おっさんから女の子まで、守備範囲は広いから」
「あ、なんかちょっと危険な発言が聞こえたような」
『思わぬライバル出現ですね。気を引き締めねばいけませんよ、良人くん』
「いや、ないでしょ……」
あ、ちょっと、ブランシュの顔が赤らんでいる。
あれは羞恥というより、ソラウさんの胸のボリューム感に圧倒されている感じだ。
というか、どんどんと彼女の抵抗が少なくなっている気がする。
もしかして、もしかしたら、本当に百合展開とか。
いやいや、しっかりしてくれ
「ふふっ、まぁ、おふざけはこれくらいにして、そろそろ本題に入らないとね。お客さんも待たせちゃっていることだし」
「はぁ? どういうことだよ?」
「ほら、ブランシュ代表取締役、それにアルノー専務。事務所はこちらですよ」
そう言って、ソラウさんは僕たちの手を引くと、その言葉にまったく似合わないご機嫌な足取りで移動し始めた。
柏葉通りの丁度真ん中。
一階建て。随分と年季が入っていて、レンガ造りの壁にひびが浮かんでいたり、天井近くが苔むしていたりする、古めかしい建物。
その前に立って、ソラウさんは僕たちから手を放すと、自信満々に腕を腰にあてて、こちらに向かって振り向いた。
「柏葉通り十三番地。元々は、教会関連の建設会社が入っていたんだけれど、最近、吸収合併されて事務所が売りに出されていたの。それを買い取ったわ」
「ありがとうございます」
「いいのよ。むしろ、教会関連なんていう、特殊な会社の元所有物件でしょ。買い手がつかないってことで、不動産屋から相談されてたくらいだから」
「おい、
「あとはそうね――屋号の看板も発注しておいたんだけれど」
っと、来た来た、と、ソラウさん。
えっさほいさと立て看板を担いでやって来る二人の男。
彼らは、アルノーさんですか、と、僕に言うとその立て看板をその場に置いた。
書かれているのは、僕が頼んだ屋号――。
僕たちの会社の名前だ。
「マルタダンジョン管理会社。名前の由来はよくわからないけれど、いい会社名じゃないの」
「そうですかね」
『聖女マルタと悪竜タラスクの伝説にあやかった訳ですね、良人くん。元の世界の伝承のように、悲しい結果にならないことを祈っていますよ』
「……それは、任せてください、女神さま」
しっかりと、これからは、僕がブランシュの手綱を引いていく。
彼女の力――ゴールデンドラゴンのスキル――を正しい方向に使うのだ。
その権能にふさわしい居場所を作ってあげるのだ。
そして、この街で二人で大手を振って生きていけるように、なる。
「会社!? おい、今、会社って言ったか、姉弟!?」
「うん。言ったよ、
「どういうことだ!! 話が見えねえ!! ちゃんと説明しろ!!」
「まぁ、看板も届いたことだし、一旦、中に入ってお話ししましょう。然るべき人たちもお待ちになられていることだしね」
ソラウさんがそう言って、建物の扉に手をかけた。
ぎぃ、と、立て付けの悪い音を上げて、開く両開きの扉。
その奥、天窓の光を浴びながら待ち受けていたのは――いかにも老獪という感じの顔付をした、三人の爺さんたちだった。
彼らは、本当に来たのかという驚きの表情と共に、こちらを睨みつける。
仕方ないだろう。
なにせ、ブランシュの首に懸賞金をかけた張本人たちなのである。
ブランシュの方はとんと心当たりのないようだが。
とりあえず、人間の言葉を話すことのできないブランシュに変わって、僕は、彼らの前へと歩み出ると、毅然とした顔を造って彼らに立ち向かった。
「マルタダンジョン管理会社。専務のアルノーです。商業区ギルドのマイスター御三名には、お忙しいところをお越しいただきありがとうございます」
さぁ、ここからが、本番だ。
姉弟の未来のためにも、気合を入れろよ安納良人――いや、アルノー!!
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