第14話 一狩りいってきまーす

 ガサガサガサッ


 ひょこりと茂みから顔を覗かせたのは、この森に多数棲息している野ウサギ、今日のである。

 茶色い毛の丸っこい体型。

 一見さほど身体能力がある様には見えないが、うさぎの脚力は健在で危機察知能力にも優れている。

 罠を張らず正面から突撃したのでは、毛の先に触れることすらできずに逃げられるだろう。


 木に登り、枝の上に立ち獲物を見下ろす影が一つ。

 何を隠そう、魔導師の息子ジルア、つまりこの俺である。

 深い紺色の短髪を跳ねさせ、静かに息を潜ませる5歳児。

 その手はすぐさま魔法を発動できるよう魔力が溜められ、ぼんやりと青く発光している。


 だが今の俺の最高速度で魔法を撃ったとしても、獲物やつは自慢の脚力で悠々と躱してしまうに違いない。

 ならばどうするか。

 答えはの力を借りる、だ。


「……コロン」

「ミャー」


 俺の影から音もなく現れた子猫は、ひょいひょいっと俺の身体を駆け上がると肩に腰を据え標的やつを見下ろした。

 ここからの直線距離は約15メートルといったところか……

 俺の相棒なら余裕でだな。


「頼むぞ」

「ミー!」


 バチバチバチッ!

 コロンの長い尻尾の先が帯電し始め、その尻尾が狙う先は勿論標的やつだ。

 肩に乗るコロンが自身の背中側から尻尾を前方に向けるものだから、俺の視線を追って目の横から伸びる銃口(と言っても実際は銃ではないので尻尾口?)の射線が決まっているような感覚に陥る。

 某ゲームでワイルドな蛇さんが使っていた必殺技を思い出した。

 これが狙撃手スナイパーの見る世界なんだろうか?


 ともかく、今の獲物やつは狼に狙われた憐れな子羊(もとい野ウサギ)にすぎない。

 大人しく我々の餌食となれッ!

(↑若干自分に酔っています)


「ッ!?」


 しかしコロンが溜め込んだ雷撃を放とうとした寸前、本能的に危険を感じ取ったのか、野ウサギはこちらに振り向きもせず走り去ろうとした。


 だが遅い。


 コロンは俺が魔法の練習を始めた頃から1年と少しの間、俺と同じように雷魔法の練習に時間を費やしてきた。

 それも狙撃手として技を中心に。

 ただでさえ遠距離攻撃系の雷魔法は発動と着弾のタイムラグがほぼ皆無なのだ。

 コロンがスキルを高めれば、この距離での狙撃など万に一つの失敗すらありえない。


「コロン、撃てシュート!」

「ミャッ!!」

「キュイッ!?」


 尻尾の先から放たれる一条の雷線と、間髪入れずに聞こえる獲物の声。

 コロンの狙撃があやまたず対象を捉えた証である。

 雷撃を受けたウサギは痺れて上手く動けなくなり著しく機動力が落ちていた。

 機動力が落ちるだけで動けなくなる訳では無いのは、雷魔法の威力が弱いためなのだが、コロンはこの威力上げに四苦八苦しており、現状最高威力で相手に痺れを残すくらいしか出来ないでいる。

 これは今後の練習の課題だな。


 ウサギも暫くすれば麻痺も取れ、素早く動けるようになるだろうが、今回に関してはそうはさせない。

 食のために殺すのだ。

 命を奪うことには最初こそ抵抗があったが、食い繋ぐためには殺傷も時には必要だと自覚した。

 弱肉強食と言ってしまえばそれまでだが、自分たちの食のために命を奪う以上、俺は奪った命にちゃんと感謝の念を込めるべきだとも思っている。


(いただきます)


 心の中で呟き、ウサギに向かって魔法を放った。


「【氷柱弾アイシクル・バレット】ッ!」


 これは鋭い円錐型の氷塊を高速で打ち出す魔法だ。

 前世の銃火器ほどの弾速を出すのは俺の今の技量では難しいが、練習すれば弾速を上げることも出来るだろうし、大きさも速度も任意変更可能なので汎用性が高く、俺も多用する魔法でもある。


 コロンの雷撃に及ばないにしても、十分な速度を持って放たれた【氷柱弾】は一直線に進み、狙い違わずウサギの眉間を撃ち抜いた。






「……よし、これで今日明日の分は手に入ったかな」


 仕留めたウサギの血抜きを終わらせ、あとは小脇に抱えて山を降りるだけである。

 コロンを頭に乗せると今日の出来を尋ねるような声で鳴く。


「ミー?」

「コロンもありがとな、おかげで簡単に仕留められたよ」

「ミー!」


 そう言いながら頭をひと撫で。

 嬉しそうな鳴き声にほっこりする。


「んじゃ走るからちゃんと捕まってろ」

「ミ」


 コロンが俺の頭にへばりついた。

 頭皮に爪がくい込んでいるが、この痛みも慣れたものだ。

 まあ、俺が禿げる前に注意して止めさせるつもりだが、まだ子供だし大目に見ておこう。

 コロンがしっかり掴まったのを確認して俺は走り出した。





 さて、ここらで何故俺が狩りをしているのか説明しておこう。

 発端は3ヶ月くらい前まで遡る。


「ジルア、食料が足りません」


 その日の朝、マリーカさんが開口一番言い出した言葉がそれだった。

 もう少し説明が欲しいものである。


「その……最近はカルタがよく食べるようになってきたじゃないですか。ジルアが果物とか薬草とかハーブとか色々なものを採ってきてくれるのはとても助かっているのですが、どうも私の収入だけでは難しくなってきたようで……どうしましょう?」


 あー、そりゃシングルマザーで子供3人を養っていくなんてなかなかできるようなことではないでしょうよ。

 しかもマリーカさんの日々の仕事は慈善活動の部類に入るものだ。

 日収の金額はそれほど高くないのだろう。

 俺もその仕事でなにか手伝えるだろうか?

 たしか回復魔法を使った治療だったはずだからなあ……


 回復魔法は属性で言えば『光』の専門分野だ。

 適性属性がない魔法は使うことが出来ない。

 これは自分でも漠然と理解している。

 マリーカさんからそれを初めて聞いた時は、やってみなけりゃわからんだろ!と思っていたけど、どうやら本当らしい。

 この一年間、時たま『火』やら『風』やらの魔法を使えるか試していたのだが、コツが掴めないどころか……何というか……俺がその魔法を使っているビジョンが浮かばないのだ。

 潜在的に適性属性以外の属性が使えない事を理解していたような……

 ともかく俺は確実に『水』の魔法しか使えないという事がよくわかった。


 水魔法にも回復系統の魔法はあるらしいのだが、まだマリーカさんから教えて貰っていなかった。

 マリーカさんの手伝いは現状難しい。

 ……となると、果物とか薬草の量を増やすか?

 食事がオール果物とかは……ちょっと遠慮したいかな。

 薬草はマリーカさんに種類を教えてもらい、俺が森から採ってきて、マリーカさんがソーラ村で売ったりしている。

 大した金額にはならないが、森を走り回るついでに採ってこれるのだから労働力の損ではない。

 ただ、ソーラ村の人口もそれほど多くはない。

 百と少しくらいだったはずだ。

 そんな村に大量の薬草を持ち込んでも供給過多になって値下がりするだけだろう。


 ……さて、本格的にどうしよう?

 朝昼夜オール果物の食事を受け入れるしかないのか?

 好き好んでベジタリアン生活をするわけではないが……


 食べ盛りの5歳児としては、やっぱりタンパク質、肉類は食べたい。

 マリーカさんが干し肉を持って帰って来ることがあるから、村で売っているのだろう。

 俺は村の入口付近には行ったことがあるが中に入ったことはないので、相場の値段なんかは分からない。

 肉類の値段が高いのなら、買ってくる肉の量を減らせれば経済的に楽になるのだが……俺の貴重なタンパク質が減ってしまうのはな……


 ……ん?別に買ってこなくても、俺が肉を取ってくればいいんじゃね?

 森の中には結構な種類の動物がいるし。

 魔法もそこそこ使えるようになっているから、不可能ではないはずだ。

 今までで森の中で見た動物は、野ウサギ、七面鳥、キツネ、鹿、熊くらいだったかな。

 魔物はゴブリンとか、遠目に狼らしきものも見たな。

 あの狼は体から湧き出る魔力量が明らかに多かったから確実に魔物だった。

 倒せるかと聞かれれば、少し危ないような気がしたな。

 まあ十分に気を付けておけば問題ない。

 普通の狼と違って魔物化した狼、『魔狼』とでも呼ぶべき魔物は鋭い嗅覚の代わりに魔力を感じ取る感覚が発達していて、体から漏れる魔力をコントロール出来れば、近づかない限り見つかることはないらしいからな。

 現に俺も魔狼を見つけた時すぐに魔力を抑えて逃げることが出来た。

 危険だと思う動物や魔物には近づかず、野ウサギや七面鳥を狙えば……


「ふむ…………、いけるかもしれない」

「えっと……いける、とは?」


 マリーカさんはニヤリと笑う俺に、「この子絶対何か変なことする気だ」という不安を持ちながらおずおずと聞いてくる。

 だがここで正直に「狩猟」とでも答えれば止められるのは目に見えている。

 勢いで行ってしまった方がいい。


「それじゃお母さん、行ってくる!」

「えっ、あ、はい、行ってらっしゃい……じゃなくてどこに行くんですか!?」


 マリーカさんが遅れて聞いてきた時には既に走り出していた。


「森!」

「何をしに行くんですか!?」


 ここまで離れれば追われても森に逃げ込めるな。

 俺は一度振り返って、悪戯小僧の笑みを浮かべながら言った。


「一狩り行ってきまーす!」

「狩り!?」





 そんなこんなで俺の狩猟生活は始まった。

 最初の一ヶ月は5回中1回くらいしか成功しなかったが、だんだん慣れ始めて今の成功率は七割くらいだと思う。


 そんな慣れた日常の中、この日、俺はこの世界に生まれて初めてマリーカさん以外に、この世界の住人に遭遇することとなった。

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とことん一途な男が転生したら、 朧月 万博 @Ranon

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