第11話 大したことない驚愕の事実

 俺が4歳となったある日、それは突然の告白だった。


「おぎゃーおぎゃー!」

「あーうー!」


 俺の前には真剣な表情で、大きめのバスケット(?)らしき籠を両手で抱えたマリーカさんが佇んでいる。

 そして何故か、俺が4年前に聞いたことのある声に似ている二種類の声が部屋に響いていた。


「ジルア、大切な話があります」

「…………うん」


 厳かに頷く。


「唐突ですが貴方に弟妹が出来ることになりました」

「ほんと唐突だよね!?一切予告も何もされてなかったはずなんだけど!?」


 思わず声を荒らげてしまった。

 だがそれも仕方の無いことだろう。

 今日初めてこの事について話されたのだ。

 心の準備とか対応の仕方なんてこれっぽっちも考えていなかった。


「それはそうですよ。いくら魔法に通じてるからって未来予知なんて出来ませんから」


 不可能とは言わないんですね、マリーカさん……


「この子達はソーラ村付近の森に捨てられていたのを偶然見つけて引き取っただけです」

「あぎゃー!んぎゃー!」

「あいあー、うー」


 バスケットをゆっくりと揺らしてあやしながら、マリーカさんは何とはなしに言う。

 そんな「捨てられていた子猫を拾ってきた」的な感覚で言っていい内容なのかな、これ……?

 まだ幼い赤子を森に捨ててしまうこの世情も大丈夫なのかね?

 ちなみに、ソーラ村というのはマリーカさんが時々行っていた近くの村のことだ。


「マリーカさん……赤子を育てるのがどれだけ大変なのかちゃんと分かってる?しかも2人だよ」


 大の大人を諭す4歳児という客観的に見ればなんとも奇妙な光景ではあるが、我が家ではこれが通常営業。

 大して珍しいものではない。

 鳴き声が聞こえなくなったところで籠を置き、マリーカさんが正面に向き合う。


「わ、分かってます……これでもジルアを育ててきたのですから……」

「俺を普通の子供と一緒に比べられてもね……」


 こちとら中身は前世で高等教育まで受け切った18歳だ。

 前世があるとマリーカさんに言った訳では無いが、マリーカさん自身も俺が異才で常識外れであることは理解している様子だった。

 自分の言葉に説得力が無いのを自覚していて尻すぼみになってしまっている。


「はぁ……まあ、俺もマリーカさんに甘えてる立場だからね……。強く反対は出来ないよ」

「そんなことはありません!ジルアが言ってくれることなら、ちゃんと私も考えます!…………家族なんですから、遠慮しないでください」

「……マリーカさん?」


 マリーカさんの表情に陰りが見えた。

 心苦しい、申し訳ないと思っているような、暗い顔。

 今にも泣き出してしまいそうな震えた声が聞こえた。


「……ジルア、ごめんなさい……貴方に隠してきた事があります」


 話の流れは、拾ってきた子供、隠してきた事、『家族』……

 俺、すっごい心当たりが有るんですけど……




「私と貴方は…………本当の親子ではありません」




「あー、うん、知ってた」


「…………何ですかその反応は?」


 あっけらかんと言う俺にマリーカさんは目を瞬かせて呆気に取られているご様子となった。

 ごめんなさいマリーカさん!

 俺、どうにもこういうシリアスな話が苦手でブレイクしたくなっちゃうんだよ……


 おそらく理由は『彼女』の病を知らされた時のこと。

 光が全くない絶望という暗闇に一人閉じ込められたような感覚だった。

 諦観、悲観、茫然自失……

 あの時の診察室の息苦しさは2度と味わいたくない。


 そんな思いがあるせいでシリアスな内容になりそうなものは、反射的に話の腰を折ってしまう癖があるのだ。


「えっと……ジルアはいつからそれを知っていたのですか?」

「生後3ヶ月」

「流石にそれは嘘でしょう!?」


 いやそれが本当なんですよ。


「では何故気付いたのですか?」

「耳、俺のは尖ってないでしょ」


 あっ、と失念していたことに驚くように自分の尖った耳へとマリーカさんは手を当てる。


「そう……でしたか。確かに、ジルアは幼い頃から賢かったから気付いていてもおかしくはありませんよね……(あら?4歳ってまだ幼いと言えるのではなかったかしら……まあ些細なことですよね)」


 自嘲を混ぜて心苦しそうに続ける。


「嫌……でしたよね。血も繋がっていない赤の他人と過ごしているなんて……」


 何を言っているんだこの人は?

 これまで散々と愛情を注がれて育ってきた4歳児おれだぞ、思春期すら来ていないのに嫌と思うわけがないだろう。


「ジルア、本心を言ってください」

「お腹空いた」

「そういう意味ではありません!茶化さないでくださいっ!」


 はぁ、まったくこのお人好しさんは……

 自責の念で潰れてしまいそうな顔をして、それでも俺を気遣って本心を知って受け止めようとしている。

 こんな人をどうやったら嫌いになれるのか逆に聞きたいくらいだよ。


「あのねマリーカさん、何か勘違いしてないかな?」

「……勘違い?」


「血が繋がってなくて何が悪いの?」


「…………ぁ」


 マリーカさんの目元に涙が溜まり、嗚咽のような声が小さく漏れ出た。


「血が繋がってないと、家族って呼んじゃいけないの?」


「そ、れは……」


「俺はマリーカさんのことをずっと『お母さん』だと思ってたけど、嫌だった?」


「――――」


「俺が『子供』じゃ……嫌だった?」





「嫌なわけないじゃない!!」




 ……ああ、よかった。


「嫌なわけない……そんなこと思ったこと、一度もない!ジルアは……私の、『子供』なんだからっ!!」


 その言葉を聞いて何故か熱いものが込み上げてくる。

 俺も心のどこかで『家族』というものを求めていたのかもしれないな……


 泣きながら俺を抱きしめてくれるマリーカさんを抱きしめ返し、俺はを語る。


「ごめん、なさい……」

「……ジルア?」

「俺が初めから『お母さん』って呼んでいれば、マリーカさんが辛い想いをしなくて済んだのにって、ずっと思ってて……」

「…………」

「血が繋がってなくたって『家族』でいい筈なのに……そう思ってた筈なのに……俺は、自分で勝手に線引きしてて……」


 最初に言う言葉なんてなんでもよかったんだ。

「ママ」でも、「お母さん」でも。

 むしろそれが普通だった。

 でも俺は「マリーカ」という他人行儀な言葉を選んでしまった。


 血が繋がってないから、と『家族』の線から一歩下がってしまった。

 近づく勇気が出せなかった。


「だからごめんなさい!」


 怒られても仕方がない。

「『お母さん』だと思ってた」なんて言ったくせに、本心では認めていなかったのだから。

 なんて自分勝手な嘘なんだ……人の気持ちを踏みにじるような最低の嘘だ……

 きつく目を閉じ、深く頭を下げる。


 次に来たのは鋭い叱責……ではなく、包み込むような暖かさだった。


「……ジルアは何も悪くありませんよ。今回のことは……そう、私達2人が少しだけ不器用だっただけです。ね?」


 溢れた雫が床を濡らした。


「……ははは、うん!」







「ところでジルア、これからは……その……『お母さん』と、読んでくれませんか?」

「うん、いいよ。お母さん」

「はぅ……っ!なんでしょう、この言い知れないムズムズする感覚は!」


 この日、多分俺とお母さんマリーカさんは本当の家族になれたのだと思う。







「おぎゃー!」

「あいー!」


「「あ……」」


 もう少し話し合いは続く様子……かな。

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