第7話 詠唱ってすげー

 マリーカさんが環境破壊するところを目撃してはや2年、3歳児となった俺は魔力圧縮の練習をしていた。


 魔力を感知出来るようになったのは一年前、つまり俺は2歳の時点で目標を達成してしまったのだ。

 森を走り回る時以外、幼児の有り余る時間を永遠とそれに割いていたのだから当然と言えば当然であるのだが……

 それからはマリーカさんが見せてくれたあの淡い緑白色の光を目指して魔力操作に力を入れている。

 と言っても、適性属性というものが個々人にあり、それによって色は変わるから俺が魔力圧縮に成功しても緑白色になるとは限らないらしい。


 俺は魔力感知や魔力操作練習の傍ら、この世界の常識や魔法に関してマリーカさんから様々な事を学んだ。


 まずは魔法の属性について。

 魔法の属性は三桁に至るかという程細分化されていて、今なお新種の属性を創り出そうと躍起になる研究者が絶えない状態。

 マリーカさん曰く、『今となっては種類が多すぎて、それ専門の研究者でない限り全て把握している人なんていないと思います。その昔、とある偉人が『私の魔法の属性は未だ嘗て無い物だ!褒め讃えよ!』と言い出してからは、2人3人と同じように褒めて欲しがりのご老人達が挙手し始めて収拾がつかなくなってしまったと伝えられていますね。まったく……そのご老人達はおつむが3歳から育たなかったのでしょうか?』だそうだ。

 ……褒めて褒めて症候群とかかね?

 まあそれは置いといて、魔法の属性は結果的に沢山出来てしまったが、その大半が派生型と言われるものでルーツを辿っていけば6つの属性に至る。

『火』『水』『風』『土』『雷』『光』

 基本属性と言われる6つだ。


 適性属性はこの中から表される。

 マリーカさんなら『風』と『光』。

 本来なら冒険者ギルドたる公共施設に管理されている『魔色ましき水晶』という名の水晶に魔力を注ぐと、個人の魔力の特徴に反応して適性がある属性の色に光り、初めて自分の適性属性が分かるのだそうだ。

『火』なら赤、『水』なら青、『風』なら緑、『土』なら茶色、『雷』なら黄色、『光』なら白という具合だ。


 今現在、『魔色水晶』以外に適性属性を計ることが出来る魔道具は無いとされているのだが、ここに1つ抜け道がある。

 魔力圧縮である。

 魔力を体外で圧縮することで適性属性の色に発光する事を知っている人は国内にも少ないという話もある。

 そもそも、魔力を圧縮するという考えが特殊と認知されていて、魔力は『感じるもの』と『魔法に注ぐもの』という認識でしかないのだと。

 元地球人である俺や『彼女』なら、身近になかった新鮮なものだからこそ、魔力自体を使ってもっといろんなことが出来ないか考えられるが、元々身近に感じていた常識を破ることは容易なことではないのだろう。

 地球の例だと、家は建てるものであって、完成した後に『動かす』という発想が特殊であったようなものかな。テレビで取り上げられていたし。


 そういう訳で、冒険者ギルドたる場所に行けない俺は未だ自分の適性属性を知らないのだ。

 魔力も大分思い通りに動かせるようになってきたし、色まで付いてはいないが陽炎のようにユラユラとしているのが分かるくらいには見えてきた。

 今日こそは!我、属性を示したり〜〜!と力んでみたりする。


「ぬりゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 声に出しても透明なユラユラに大した変化はない。


「ふぅ…………疲れた」


 俺はパタンと地面に大の字に寝そべった。

 場所はランニングに使っている近場の森のギャップ地帯。

 生い茂る木々の隙間から注がれる木漏れ日や、そよ風に乗ってくる草木の匂いが気持ちいい。

 魔力圧縮の練習はこの場所でするのが日課だった。

 ……が、思うように成果が出ない。

 ここ3週間くらいはずっとこの調子だ。

 向かい合わせた手と手の間にユラユラが現れた当初は歓喜したものだが、そこから先に進めないでいる。


「はぁぁ……」


 大きなため息。

 進歩がないとやる気が大いに削がれてしまう。


「どうしたもんかね……」


 全くの手詰まり状態だった。

『彼女』なら軽く乗り越えられる壁なんだろうけど……


 あの娘、とんでもなく頭良かったからな〜。

『彼女』と同じ高校に入りたいが、『彼女』の方が俺に合わせて進学先を変えるのでは彼氏として不甲斐無いにも程がある、と丸1年猛勉強(放課後の『彼女』とのマンツーマンはご褒美だった)をしたこともあったけ。

 あの時の合格発表ほど緊張したことはなかったな。

 結果が合格だったから、周りに人いるにも関わらず『彼女』を抱きしめてしまった。

 ははは……今振り返ると、随分と大胆なことをしたもんだな。

 まあ……その帰宅後に勢い余って互いのを散らしたことに比べればそこまででもないか?


 おっと、今の俺誰にも見られていなかったよな?

 こういう回想している時、俺はよくニヤケているらしい。(『彼女』談)

 キョロキョロと見回して一安心。


「さて……本格的にどうしよう……?」


『彼女』のことを考えたから鬱屈な気分は幾分か晴れたが、打開策は見つからない。

 俺が自分で考えるからダメなのかな?

『彼女』ならどうするだろうか?

 うーん………………


『呪文とか詠唱ってカッコイイですよね!文章のように綴られた力ある言霊……はあ……憧れます。でも私個人としては短い文節にルビを付けたものが好きですね。主文の漢字の力強さにルビのカッコイイ響きが重なって思わず叫びたくなります!ということで、一緒に叫んで見ましょう!大丈夫、恥ずかしいのは最初だけで、いずれ交差点の中央でも叫べるようになりますよ。魔法が発動するかどうかが問題なのではありません。自分が高揚するかどうかが問題なのです!さあ、叫びましょう!内なる自分をさらけ出し新たな境地を目指して!』


 ………………

 あの時は『彼女』を宥めるのに苦労した。

 でも、『魔法が発動するかどうかの問題ではない』、ね……

 やっと意味が分かった気がする。

 よくもまあ魔法の無い世界での言葉で、魔法がある世界の俺を元気づけられるな。

 今の俺みたいな暗い気分じゃ何やっても上手くは行かないってことか。


 ……んじゃ、いっちょ叫んで見ますか!

 スッキリする効果もあるみたいだし丁度いい。

 行うのは魔法ではなく魔力圧縮だから、唱えたところで成功するかどうかは分からない。

 が、とりあえずやってみる。


 思い出すのはマリーカさんが叫んでいたあの言葉。

『【風球吹き飛びなさい】!』

 ……魔法は自由度が高い。

 しかしこれでもマリーカさん曰く、れっきとした詠唱なのだとか……

 詠唱の定義が曖昧で、イメージを固めるための補助が出来る言葉ならなんでも詠唱と言っていたらしい。

 もし俺の魔力圧縮ができない原因がイメージ不足だったなら、詠唱次第で出来るようになるかもしれない。


 ではまず詠唱を考えよう。

 主文は『魔力圧縮』でいいだろう。

 ルビをどうするか、だ。

 そのまま英語に置き換えれば『マジカルパワー・コンプレッション』だが、流石に長い……

 もっと言いやすくて、頭の中でそのイメージが出来やすい言葉でないといけないから……

 圧する、とかで『プレス』、『プレッシャー』が妥当かな。

 魔力、は言葉にしなくても問題なさそうだ。

 唱える時には既に使っているわけだし。


 となると、唱えるのは【魔力圧縮プレス】か……

 短すぎやしないか?

 なら【魔力圧縮プレッシャー】……

 まだ味気ないような気がする。

 何か加える言葉とか……ん?加える?

 圧を加える、つまり加圧にすれば圧縮の代わりになるかもしれない。

 加える、だと『アド』だから、それをくっつけると『アド・プレッシャー』……

 おぉ、これはしっくり来たような気がするぞ!


 魔力圧縮専用の詠唱は完成した。

 詠唱を考えるのもなかなか楽しいものだった。

 これでちゃんと魔力圧縮が出来るようになってくれれば最高なんだけど、どうなるかな?


 パンと手のひらを合わせ、ゆっくりと開く。

 体を巡る魔力を感じ、手に寄せ、更に押し出すように、集め固めるようにして手と手の間に流してゆく。

 ユラユラと陽炎のように魔力が可視化し始めた。

 自作の詠唱を不安半分期待半分で声高々に唱える。


「【魔力圧縮アド・プレッシャー】!」


 変化は一瞬にして現れた。

 手の間一面に広がっていた揺らめきが拳一つ分までに凝縮し、淡く発光し始めた。


「で……できた……!成功した!?」


 混じり気のない原色。


 俺の適性を示すその色は、海のように深い青色だった。

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