第6話 魔法とは……自由だ

 マリーカさんの愚痴愚痴大会も落ち着き、魔法の講義に戻ろうと俺は話を振った。


「うぅ……見苦しいものを見せてしまいました……」


 かなりしょんぼりした様子だが、いいガス抜きになったんじゃないだろうか。

 おっとりしていて心配性のお姉さん(赤子おれからしたらお母さん)というイメージだったが、まさか過去を暴露し始めるとは思はなかった……

 内容がまた内容なだけに、マリーカさんの過去にとても興味が湧いてくる。

 だが今すべきことは魔法の習得だ。

 ではではマリーカさん、講義の続きをお願いします。


「こほん、えっと……どこまで話しましたっけ?」

「詠唱はいらない?ってとこ!」

「ああ、詠唱のことですか。そうですね……正確には不必要とは言わない方がいいのかも知れません。詠唱の役割は魔法の補助となります」


 おっ、『詠唱は魔法発動の補助』、これは前世の異世界転生もののラノベの定番で理解しやすいかも。


「そもそも魔法は、必要な分の魔力を注ぎ、明確に発動の効果・影響・範囲・距離などをイメージ出来ていれば念じるだけで使うことができます。ですがそれほど多くの事を同時に考えるとなると脳への負担が大きく、酔いにも似た症状が出ることがあります。そこで、詠唱することによって―――」

「いめーじを固めて、負担をへらす?」

「その通りです」


 考えるだけよりも言葉にする影響は思いのほか大きい。

 頭の中で繰り返すだけよりも言葉にした方が暗記が捗るのと同じで、五感を刺激された場合の脳はより活発に動く。

 言葉を発する時だったら、発声による触覚と音による聴覚の刺激。

 この二つを利用した催眠術があるように、たったこれだけでも簡単に自己暗示を掛けることが出来る。

 詠唱はそれと似たようなものなのだろう。

 これを唱えればこのようなものが出来る、と思い込んでいれば思考などせず、大きさ・形状・威力などが決まっている完成系の魔法が発動する。


「まあ、無詠唱に慣れてしまえば酔いも出なくなるのですが、詠唱すれば消費する魔力を抑えたりすることも出来るのでお得ですよ。あとは……そうですね……出したい効果を持つ魔法の詠唱が分からない時なんかは、自分で作ってしまうのも面白いですよ」

「つくる?」

「これは実際にやってみましょうか。的は……あれでいいでしょう」


 マリーカさんは外に出て周囲を見回すと1本の木に狙いを付けてそう言った。


「これから使うのは【風球ウィンド・ボール】という初級の風属性魔法です。イメージがしっかりと固まっていれば魔法名だけで発動するというのに、これを使うだけでも長ったらしい面倒臭い文章を読み上げようとするなんて、今どきの子供は非効率的なことが大好きなのでしょうか?あっ、ジルアは違いますよ」


 マリーカさん、声音は柔らかいのに内容に毒が混ざってます……

 それはそれとして、今の言葉から察するに詠唱というのは、長い文章のような文句が先にあってその後に魔法名を唱えることだったようだ。

 で、マリーカさんはその文章部分をすっ飛ばして魔法名だけで魔法を発動させていた、と。

治癒の光ヒール】も魔法名の前に、マリーカさん曰く長ったらしく面倒臭い文章が付いているのだろう。


「ではまず教本の載っている詠唱から……風よ集え 我が意に従い球を為し穿て【風球ウィンド・ボール】」


 木に向けた手の平から、押し固められたような風の球が放たれた。

 大きさはバスケットボールくらいでそこそこの速さだった。

 風球は狙い違わず幹に直撃し大きく木を揺らす。


「とまあ、こんな感じですね。人に当たった場合は吹き飛ばした後、打ち付けて打ち身や擦り傷を作るくらいの威力だと思います」


 確かに長い……

 人が相手なら走って突き飛ばした方が確実に速い。


「次に詠唱を私なりにアレンジしたものを使います。よく見ていてくださいね」

「うん!」


 マリーカさんは自慢出来ることが嬉しいと物語ったような笑顔だった。




「【風球吹き飛びなさい】!」


 おい、ちょっと待て!マリーカさん!

 それ詠唱じゃなくて魔法名変えちゃってませんか!?

 詠唱って魔法名も含めるの!?

 えっ、じゃあ【炎球ウォーター・ボール】とか出来る……!?

 凄いな魔法!『彼女』が喜びそうだ。

 主文とルビのハーモニーに浪漫を感じるとか言っていたからなぁ……


 おっと、魔法の威力は見とかないとな。

 回想から戻って的にしていた木を見やると、


「…………は?」


 根本付近の幹から盛大に折られた木が横たわっていた。


「ジルア、ちゃんと見ていてくれましたか?見逃したならもう一度……」

「えっ、い、いや、大丈夫……すごかったよ……うん」


 むやみな環境破壊はいけないよね……

 しかし、ものすごい威力だった。

 詠唱を変えるだけでこれほど変わるものなんだな。

 魔法の使用には魔力を消費するはずだけど、マリーカさんはなんの疲労も感じさせない。

 色々と調整できるみたいだし、これより弱くも強くもできるのだろう。

 かなり自由度が高い。

 そして面白そうだ!


「ぼくも、やってみたい!」

「興味が出てきましたか?うふふ……でもまずは、体に流れる魔力を感じ取ることから始めないと行けませんよ」

「やる!」

「ちなみに世間一般では、10歳から練習を始め、魔力を感じることが出来るようになるまでに2年ほどかかります」


 な、なんと!?

 俺の人生を2倍しなければならない程なのか!

 なーんて、俺まだ1歳だし2年間それに費やしたとしてもその時俺は3歳だ。

 独り立ちするとしたら最低でも10歳は超えておくべきだろう。

 どうやら前世のラノベで鉄板の『魔物』もこの世界では生息しているらしい。

 小耳に挟んだだけで詳しくは知らないのだが、冒険者という職もあり、若すぎると嘗めて集られ面倒臭いそうだ。(マリーカさん談)


『彼女』を探しに行きたいのは今でも変わらない。

 しかしこの世界では、座学よりも実践が重要となってくると(中身18歳だが外見で言えば)幼いながら理解しているつもりだ。

 魔法でもそう、体力も然り、積み重ねが必要なものは早いうちから習慣づけてしまうに限る。

 そこら辺の木でも削って木刀作って振り回してもいいかもしれない。

 魔法だけでは接近された時の対応が厳しいからな。


 ともかく、大まかな今後の方針は決まった。

 最優先は魔力の感覚を掴むこと。

 一般的には2年間かかるらしいが……どれくらい短縮出来るかな?


 俺はワクワクしながら魔力感知に精を出すのだった。

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