第10話 名前付けるのって結構めんどくさい

「そういえばお前の名前、決めてなかったな」

「みー」


 マリーカさんが大泣きした日の翌日、俺は庭で広いスペースをとってマリーカさんがやってくるまで待機していた。

 今日からは本格的に魔法を教えてもらえるように、昨日の内に約束しておいたのだ。

 ……今更振り返ってみると、マリーカさんの得意分野でのプライドをズタズタにしてから泣くまで追い討ちして、その後にその分野で教えを乞うとか……嫌がらせかと思える程鬼畜な事をしていた。

 大変申し訳なく思っていて、断られても仕方ないくらいの気持ちだったのだが、翌日から指導を始めると約束してくれて、ますます頭が下がる思いであった。


 肝心のマリーカさんは今、近くにある村に用事で出払っている。

 回復魔法を使った慈善活動みたいなものらしい。

 それが終わり次第俺に魔法の手解きをしてくれるのだとか。

 いつ戻ってくるのかソワソワしていて、ふと思ったのが、昨日からずっと頭の上にへばりついているこの子猫には名前がなかったな、ということだった。


「コイツ」とか「おまえ」とか呼んでいたが、ちゃんとした名前をつけた方が俺としても呼びやすい。


「んー……どんな名前がいいかな?」

「みー?」


 これからずっと呼んでいく名前だから呼びやすい名前がいいな。

 二文字か三文字くらいがいい。


 見た目は愛らしい手乗りサイズの黒い子猫だ。

 黒猫……クロネコ……


「じゃあまず単純に『クロ』とかは?」

「みっ」


 プイッと顔を背ける子猫。

 ふむ、これは嫌だ、ということかな。


「なら『クロコ』」

「みっ」←プイッ


「『ロコ』」

「みっ」←プイッ


 ならそうだな……クロネコを逆から読んでみると、コネロクだから……


「『ネロ』」

「みっ」←プイッ


「『コロ』」

「……みっ」←……プイッ


 お、少し反応があったな。

 ってことはこれをちょっとばかし変えてみるか……


「『コロネ』」

「……み〜」


 まだ渋ってるみたいだな。

 ならこれでどうだ!


「『コロン』」

「みー!」


 よしきた!どうやらお気に召したようだ。


「気に入ったみたいだな。これからおまえの名前はコロンだ。よろしくな、コロン」

「みー♪」


 元気よく返事をするコロン。

 この声を聞くと、魔物だろうと人々と敵対するだけの生き物ではないと実感出来て、心が暖かくなる。

 だが、昨日マリーカさんから教えられた『魔素狂い』が不安の種として頭に残っていた。


『魔素狂い』は何がきっかけで起きるものなのかはっきりとは分かっていない。

 魔物全体から見ても希にしか起こらない現象なので、コロンに発症するとは限らないものの早急に対策を考えておいて損は無い。

 そしてその結果、最も効果的な方法が狂暴化した際に力ずくでねじ伏せること。

 やはりが必要になってくる。

 しかし肝心のは一朝一夕で身に付くようなものではない、と。

 ままならないものだな……


 魔力や腕力は、日々の行使と鍛錬。

 精神力や判断力は、濃密な経験と多大な場数。

 体力、耐力、学力、気力、応用力、洞察力、行動力……

 積み重ねることで磨かれていくものばかりだ。

 ただ、数あるの中にも今すぐ身に付く……いや、身に付くという言い方は少しおかしいかな、行動で示せる、そんながある。


 努力


 数々の力を身に付けるための根幹に位置する力。

 俺が好きな言葉でもある。

 ただただ努力をするだけで、結果が勝手に付いてくるのだ。

 自分がやっているのは努力という一つのことだけなのに、それが実力に、学力に、気力に、魅力に変わってゆく。


 何よりも『彼女』が、俺が努力している姿を『かっこいい』と言ってくれた。


 報われるってこういう事なんだ、と。

 嬉しいってこういう感情なんだ、と。

 最高の気分だった。


 だから俺は今出来る努力を続ける。

 今はコロンのためだけど、身に付けたそれはきっと『彼女』を探す上でも、見つけた後でも必ず役立ってくれるだろうから。


 今やるべきは魔法の特訓だ!


「だからマリーカさん……カムバーーークッ!!」









「遅くなって申し訳ありませんでした、ジルア」


 マリーカさんが戻ってきたのはそれから2時間後だった。

 小走りに駆け寄ってきて、俺とコロンの現状に唖然とする。


「……えっと……何をしているのですか?」

「はぁ……はぁ、何って……ちょっとした訓練、だよ……」

「み、み〜……」


 現状、それは一人と一匹が傷だらけの泥だらけ状態で向かい合い戦闘態勢をとっているものだった。

 ちょっとばかり不思議な光景なんて見飽きた、とでも言いたそうに呆れた感じでマリーカさんがさらに追求する。


「なんの訓練をすればこんな状態になるのですか……?」


 当然の疑問に俺は大きく深呼吸して息を整えてから答えた。


「昨日、『魔素狂い』を起こした時は俺が対処しないといけないって話したでしょ。だから今の自分の力量ってのを知っておきたくて、軽い追いかけっこみたいなのをしてたんだけど……その、なんていうか……思った以上に互角っぽくて、掴んだらパリパリされて、引っかかれたら放り投げてとかしてたら楽しくなっちゃって……テヘッ♪」

「服を洗うのが誰であるか分かっていなかったようですね」

「すみませんでしたッ!」


 静かに怒れるマリーカさんには誠意のこもった謝罪が一番なのだ。

 下手に誤魔化すと危険だとこの頃分かってきた。

 腰を直角に曲げて平身低頭。

 コロンも俺の横で見事な土下座を……うーん……これは俗に言う『猫のポーズ』のような気がするぞ……

 ヨガで使われる腰痛に効くリラックス姿勢。

 正座してから前に向かって“ぐでー”となるあれだ。

 くそぅ……俺が畏まっている横で気持ち良さそうな顔しやがって……


「ジルア」

「はい!なんでしょう!」


 ふっふっふ、俺は分かっていたよ、ここで気を抜くべきではないとね。

 直ちに顔を上げ、ビシッと敬礼でもしそうな勢いで直立不動の姿勢をとる。

 マリーカさんは俺にジト目を向け、呆れたように溜息をつく。

 俺の完璧な反応に何も文句が言えなくて呆れることしかできないのかな?


「そんな羨ましそうな目でその子を見ていなければ完璧でしたね」


 …………oh


 その後、コロンと俺自身、それと汚れた衣服を洗ってから魔法の練習をすることになった。

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