第13話 一歩前進
魔力はその生き物の心臓、またはそれに類する機能を持つ場所から常時生み出されている。
生み出された魔力は身体を巡り、体自体を倉庫の役割にして蓄えられる。
そして人々は蓄えられた魔力を使い魔法を行使する。
ではもしその倉庫が空っぽになってしまったらどうなるか。
答えは酷い倦怠感に襲われ、顔から地面に突っ伏したくなる、だ。
『魔力切れ』という症状で、十分な魔力が再び貯まるまでこの倦怠感は続く。
出来れば味わいたくない感覚だが、一度空にすると次に貯められる魔力の量が上がるため、魔法で成り上がりたい人は嫌々ながらもやっていることなんだとか。
で、現在俺は水球の分裂・氷結練習をひたすらやりまくって魔力切れを起こし、机に突っ伏していた。
「ジルア、お茶、飲みますか?」
「……お願いします〜」
「み〜!」
「「あう〜」」
「はいはい、あなた達はミルクですね」
それぞれに飲み物を用意して子供たちに飲ませ終え、俺の対面に座るマリーカさん。
自身に用意したお茶を飲み一息。
因みにコロンは今俺の頭の上にいる。
どうやらこの位置が気に入ったらしい。
特に重くもないので怒るほどのことでもない。
「……お母さん、突然なんだけどさ……」
「?」
「俺ってどこで拾われたの?」
「ぶっ!?」
「ミャーッ!?」
お茶が……今、お茶が……
「けほっ、けほっ!ご、ごめんなさい!はしたないことを……」
「ミャー!」
いや、まあお茶飲んでる最中に言い出した俺が悪いんだろうけど……よくもまあ盛大に……
突っ伏していた俺よりも頭の上に乗っていたコロンの方が被害は甚大だったようだ。
「こほん……えっと……なぜいきなりそんなことを?」
「んー、なんか気になったってだけかな。お母さんがミリアとカルタを拾ってきたっていう時点で俺もどっかで拾われたんだろうな、と思ってたんだけど、どこで拾われたのか聞いたことなかったしね」
「確かに言ったことはなかったですね(私は血の繋がりが無いことを隠し通せているつもりでしたから当然ですけど……)」
マリーカさんは顎に手を添え、うーんと唸りながら思い起こす。
「ジルアを拾った時は本当に生まれたばかり、という感じで驚きましたね。臍の緒も切られたばかりでした。場所は……ソーラ村から先に連なる街道の外れにある、『イオの樹海』の入口でした」
「そこはどんな所なの?」
「魔物が多数棲息する危険地帯です。当時、ジルアの周りは荒らされていた様子で、おそらくジルアの産みの親はそこで魔物に襲われたのでしょう」
「……そっか」
俺は捨てられたのではなく、守られたのかもしれない。
荒れていたのは魔物と戦ったから。
そして魔物と戦ったのは、俺を抱えて走ったとしても逃げきれなかったから……かな。
産みの両親に守られて、そのまま野垂れ死にするところをマリーカさんに救われて……
ほんと、俺はどれだけ親孝行すれば恩を返せるのだろうか?
「やはり本当の両親に会いたかった……ですよね」
おずおずと聞いてくるマリーカさん。
前に本音を言い合って、お互い改めて本当の『家族』になったつもりだが、マリーカさんは俺を勝手に拾ってきたという点でまだ負い目みたいなものを感じているのだろう。
その言葉に俺は苦笑いを浮かべた。
「確かに会いたかったかと聞かれれば、会いたかったんだと思うよ。でもそれは『一緒に暮らしたい』っていう意味じゃない。俺が居たい場所は此処だし、俺を育ててくれたお母さんは1人だけだしね」
お母さんという部分を強調した言葉に、ようやくマリーカさんから笑みが漏れた。
「そうですか……ありがとうございます、ジルア」
「ううん、俺も生まれが知れてよかったよ。……じゃあ俺も昔話をしよっかな」
「ふふふ、昔って、たった4年と少しでしょう。それくらいなら私の方が覚えていますよ」
「あーいや、何というか……生まれる前の話を、ね」
「……ん?」
「お母さん、転生って信じる?」
「転……生……?」
俺はマリーカさんに前世の記憶があることを話した。
愛する人がいたこと、その人を愛していたこと、二人揃って死んでしまったこと。
マリーカさんは全ての話を真剣に聞いてくれた。
俺の説明が足りないところはマリーカさんから質問され、それに答えていった。
「―――ってことなんだ。だから俺はこの世界でも『彼女』を探したい」
顔を引き締めて真剣に言ったつもりだが、よくよく考えると俺、4歳児じゃないですか。
この真剣味が本当に通じているのかどうか心配になってきた……
「……なるほど、ジルアと話していて子供のように感じなかった原因がようやく分かりました。話してくれてありがとうございます」
しかしマリーカさんはしっかりと理解して受け止めてくれたようだ。
「お母さん、怒ってないの……?」
「ん?どこかに怒る要素がありましたか?」
「だって、ずっと子供の振りをしていたってことで、騙していた様なもんでしょ……」
「ではジルア、貴方の前世は享年何歳でしたか?」
「18歳」
「とすると、ここでの4年を加えても22歳。エルフの私からすればどちらも赤子の様なものですよ」
な、なるほど……
「でもそう考えると、22歳を赤子と言ってしまえるお母さんは今何さ―――」
「うふふっ、ジルア、女性の秘密を詮索するのはタブーですよ」
怖い怖い怖いっ!
むやみやたらに風を撒き散らすのはやめて頂きたい!
「結局のところ、ジルアは貴方自身がしたいように振る舞えばいいのです。子供っぽくする必要も、畏まる必要もありません。私からすれば『とんでもない天才児』から『特殊な経験をした息子』に変わっただけです。……若干ランクダウンしましたか?」
マリーカさんの言い方に俺は、ぽかんと口を開けた後、つい吹き出してしまった。
「それに『転生』自体も珍しくはありますが、前例が無いわけではないのです。過去の文献にも歴史に名を残す有名な人物の中に、自らを『転生者』だと語る人もいたとありましたからね。ジルアの愛しの人も、この世界の何処かにいるのではないでしょうか?」
「……そっか、いるかもしれないんだ」
にこりと笑うマリーカさんの言葉に、自然と拳に力が入った。
『いるかどうかも分からない』から『いるかもしれない』に変わった。
希望が見えてきた。
まだ可能性としてはゼロに限りなく近いだろうけど、少なくともこの世界には俺の他に『転生者』が存在することが確実になった。
なら……見つけ出す。
探して探して探し出して―――もう一度告白からやり直しだ!
この4年で痛感した。
やっぱり俺は『彼女』がいないとダメなんだ。
楽しいこと、嬉しいことがあったら普通に楽しめるし喜べる。
けれどどれも少しだけ、いや、はっきり分かるくらい『欠けている』部分がある。
共に楽しみたい、この嬉しさを分かち合いたい『人』が居ない。
その『人』がいて初めて、俺は楽しいことを楽しめて、嬉しいことで喜べる。
俺はそれを自覚してしまった。
もう自分ではこの気持ちを止められない。
『彼女』がどんな出自で身分だろうと知ったことか。
既に男がいたら?そんなもん、張り倒してでも『彼女』の心を射止めてやる。
自分勝手なエゴイストでいい。
俺には『彼女』が必要なんだ。
「お母さん」
「はい」
「12歳」
「…………」
「12歳になったら、俺は『彼女』を探しに行く」
「……そうですか」
穏やかに微笑むマリーカさんの表情は隠しきれない寂しさが籠っていた。
「勝手に決めて勝手に出ていくなんて、親不孝だと思うけど……」
「いいえ、親不孝だなんてとんでもない、ジルアがいてくれるだけで、私はとても救われていましたよ。それにどんな形であれ、子供の成長は親にとって嬉しいものです」
「でも……」
「もしそれでは納得出来ないと思うのなら、旅立つまでにたくさん私のことを助けてください。これからは少し大変になるのでしょうから」
マリーカさんがミリアとカルタを横目で見る。
確かにこのちびっ子2人が動き回れるようになったらマリーカさんだけでは手に余るかもしれない。
ミリアはともかく、カルタの方は確実にやんちゃっ子になる予感がする。
「うん、それくらいのことで助けになるならいくらだってやるよ」
「うふふ、ではお願いしますね」
「うん!」
元気よく答えると、ようやく胸のつかえが取れた気がした。
隠し事がなくなり、マリーカさんと『家族』として1歩近づけた気もした。
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