第4話 赤子は劇的に変わってゆく

 生後三週目。


(ヤベェ……赤子の成長速度舐めてたわ……)


 俺は自分の理解力の高さに驚きを隠せないでいた。

 なんとたったの三週間でこの世界の言葉を大体理解できるようになってしまったのだ。


「ジルア、ご飯ですよ」

「あい~」


 と言ってもまだ口の筋肉が十分に発達しきっていないので、喋ることは出来ていない。

 ちなみにジルアというのは俺の名前らしい。


「はい、あーん」

「あー、んぐんぐ……ゴクン」


 生後三週間で離乳食はあまりにも異常なのだが、俺を育ててくれているエルフの女性は、俺がジェスチャーで食べたいと主張したところ食べさせてくれたのだ。

 これで口の筋肉も発達して早く喋れるようになるはずだ。


 最近では手足も自由に動かせるようになって、あと1・2ヵ月もすればハイハイもできるのではなかろうか。

 赤子は普通、自ら適切な動き方や移動方法を学習していくが、俺はその期間をすっ飛ばせるので一般的な赤子と比べるべきではないだろう。

 比べたらとんでもない天才児になってしまう。


 この世界の言葉は理解出来るようになったので、俺は次のステップに移行していた。

 腕を上げ下げ、足を上げ下げ、ごろごろと毛布の上を転がる。

 で、疲れたらよく眠り、お腹がすいたらよく食べる。

 筋力トレーニングと適度な休養もとい健康な体づくりだ。

 赤子おれの成長速度は目を見張るものがあったため、暇を持て余している今のうちに地力を上げておこうという思惑である。

 予定では歩き始めることが出来たら、その二ヶ月後にはランニングを始めるつもりなのだ。


 三週間児、『彼女』探しの旅に向けて着々と準備進行中である。







 三ヶ月が過ぎた。


 俺は5歩歩くことに成功した!


「まりー、できたー」

「う、嘘……ジルア、あなたは……」


 まあ、そりゃ驚きますよ。

 生後三ヶ月で歩き出すとか人間ですか?ってくらい疑問ですよね。

 自分で頬を抓るくらい驚いているエルフさん。

 驚いたまん丸の目も可愛いですねー。


 エルフさんの名前はマリーカと言うらしい。

 一週間ほど前にここを訪れた老人と話しているところを耳にしたのだ。

 その時の会話から今まで俺が抱いていた些細な疑問も解消された。

 どんな疑問だって?

 なに、このエルフさんは本当に俺の母親なのかな?ってことだ。

 些細なことだろう?

 俺を今育ててくれているこの恩に変わりはないのだから。


 疑問に思った理由の一つは、単純に授乳したことがないというもの。

 いや、エロい目的で飲みたかったのでは決してない。

 俺は『彼女』一筋だと決めているからな!

 ついでに、この体だと全くと言っていいほど性欲を感じないのだ。

 何歳くらいから性欲を持ち始めるのか少し楽しみではある。

 今は『彼女』以外の女性にそのような感情を持たないで済むことに安堵していたりもする。


 理由の二つ目は耳だ。

 俺が自分の耳をペタペタ触っても尖っている感覚が全くなかった。

 エルフ=魔法が得意という感覚があったから、俺がエルフなら魔法が使えるんじゃないかと期待してたりしたのだが少し残念な結果に終わってしまった。

 いや、でも『彼女』がエルフではなく人間として生まれているのなら、同じように歳を重ねられる人間でむしろラッキーだったと考えるべきだな。


 他にも、マリーカさんは自分のことを「お母さんですよ」「ママですよ」と決して呼ばない事も原因の1つだ。

 嘘は言いたくないのだろう。

 心優しい人なのは、その愛を受けている俺が一番よく知っている。


 俺が食事している時でもマリーカさんが食べていないことが何回もあった。

 パンをふやかしたような物の質素な食事と、無駄な装飾品が無い殺風景な部屋。

 金に苦しんでいることが丸わかりだ。

 それでも血の繋がっていない俺を育ててくれるこの人に、どうしたら恩返しができるだろう?

 自由に動けるようになって早く親孝行に励みたいものだ。


「ジルア!ジルア!凄いです!この子は天才でしょうか!?」


 マリーカさんは俺がたった5歩歩いただけで感激し、抱き上げてくるくる回るようにはしゃいでいる。

 まあ、こんなに喜んでくれるなら、赤子冥利に尽きるというものだ。

 これからもどんどん驚かせてあげよう。






 1年が過ぎた。

『彼女』に会えないことがここまで堪えるとは予想外だった。

 情緒不安定な赤子だからか、少しでも寂しいなと感じてしまうと、涙が止まらなくなってしまうのだ。

 遠距離恋愛の苦しさが分かった気がする。

 連絡が取れないのも原因の一つだ。

 俺のことを覚えていてくれているのだろうか、変な男に絡まれていないか、何か病気にかかってはいないか、頭の中は心配事で溢れかえっている。

 ……これは彼氏の思考回路であっているのか?

 お父さん思考になっている気がする……


 一刻も早く『彼女』に会いに行かなければ、俺が精神的に病んでしまう!

 あれ、でもそう考えると既に病んでいた『彼女』は今頃どのような状態なのだろう?

 …………俺が病む前に『彼女』が壊れないことを祈ろう……



 1歳児となった俺は走り回ることまで可能となり、今は近場の森でランニング中である。

 1人で行動出来るようになって初めて俺が育ててもらっていた場所が養育院のようなところだと気づいた。

 正確に言えば養育院と教会を混ぜ合わせて廃れさせたような外観だ。

 近くに家らしきものは無く、とはいえ森とは反対方向に5分くらいテケテケと走って行けば村が見えてくるので、村の外れに位置していると言える。

 何故にこんなボロい所で暮らしているのかとか、町に住めばいいのにとか、色々疑問なことも多いが、住めば都と言うべきか、然したる不自由は何一つ無い。

 まだ1年しか暮らしてなくても立派な我が家だ。


 マリーカさんは優しいし、日々の食事も少なめではあるがしっかりと食べられる。

 最近は森で走り回るついでに木の実採取もするようになって夕食が1・2品増えたりしていた。

 今も某機械少女の高速走行法〝キーーン!〟を真似て木の実を探しながら爆走中なのである。

 まあ、大して速さは出ていないのだが……

 でもでもこの走行法、風を切る感覚がなかなか癖になるのだ。

 中身が18歳であったとしても1歳児の体でやれば、外から見れば微笑ましい光景にしか見えないだろう。

 童心に返ったようで楽しいものだ。


「お、木の実発見!」


 視界の端に見えた黄色い木の実、果物と言った方がいいかもしれないが、前世での柿と似た木の実だ。

 何度か食したことがあるが、甘酸っぱくて美味しかった。

 この森は果物系の木の実の種類が豊富で、食べ盛りな子供の身としてはとてもありがたい。


 早速採取しようと駆け寄るが、ここで1つ注意すべきことがあった。

 木の実は1歳児の俺からすればそこそこ高い位置にある。

 木登りはやっているうちに上手くなったので、木の実を取ることに問題は無いのだが、木の実に視線を向けると自然と見上げる形になり、足元が疎かになってしまう。

 ここは森の中で、木の根がそこら中に張り巡っていて足場が悪い。

 そして高速走行法〝キーーン!〟である。

 当然、何が起こるか予想できるわけだ。


 ガッ!


「あっ―――んぎゃっ!?」


 俺は盛大に地面にダイブすることになった。

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