第50話 私たちの戦い

 スポーツ協会の役員には各国の政治家や官僚が派遣されていたんだけど、それぞれの国にそれぞれの思惑があって、マスターたちの意見を採用しようとした役員は少なかったの。彼らは1つの国に2つ以上のチームを作ることには反対で、そんな提案を出したマスターたちをスポーツ協会から追い出そうとしたのよ。


 だから彼らは表には内情を公表せず、協会内部の問題として独断で行動したマスターたちを非難し始めたの。「戦争を阻止するためのやむを得ない提案だった」というマスターの弁解は「因果関係がない。ポルポル王とグラッチェ公の声明だけで戦争は回避できた」という反論で一蹴された。


 しかも彼らは「国と切り離して運営されているブラウザーバックスはスポーツ協会の意図に沿った組織ではない」とノーブラをリーグから外すことをちらつかせてきたの。協会内部は道理の通らない政治力の世界だったのね。


 実際、役員会の主要メンバーのうち、利害の一致する者だけで集まって、事前に根回しをしていたらしい。彼らの考えでは、これまでスポーツの発展に尽くしてきた異世界人はすでに用済みだ、と。あとは自分たちだけで運営できる、すでに召喚した異世界の人間は全員抹殺した上でこれまで通りにリーグを運営していけばよい、と。


 何も殺すことはないんじゃない? って思うかもしれないけど、彼ら、自分たちに有利に事を運ぶことしか考えていなかったの。というか、狂ってたのね。


 ところが彼らの計画は未遂で終わった。なぜかというとその計画を暴露した人がいたのよ。それはなんとワーライオンのリワード国王。曲がったことが大嫌いな百獣の王は、部下の協会幹部からその報告を受けると、自国で会議を開かせて主要役員たちをおびき寄せ、国際法に基づき拘束したの。


 リワード国王は直接異世界人との関わりはなかったものの、世界平和のためのスポーツリーグには彼らの力が必要だと考えてたようで、「むしろ国のしがらみがない彼らこそ、公平にスポーツ協会を引っ張っていくのにふさわしい」と各国に主張したの。そして拘束した役員たちの処理をそれぞれの国に任せることを条件に、スポーツ協会を一新することを要求したのよ。


 各国はリワード国王の要求を飲まざるを得なくなり、一週間程度のごたごたを経て、マスターたちは名実ともにスポーツ協会の役員として抜擢されることになった。身の安全を守るためにリワード国のワーライオンたちの護衛付きで。



 そして協会の混乱が収まると、新しい役員によってティキ国とタカ国はそれぞれ、ティキ・キャッツとタカ・ドッグスという2つのチームに分裂して運営されることが認められ、後期からは11チームリーグとなることが正式に発表されたの。


 さらにさらに、ブラウザーバックスの前期優勝も決まっちゃった。正式なタイトルではないけれど、私たちにとってはラッキーだったわ。後期の成績に関わらずプレーオフに出られることが決まったし。もちろん完全優勝を狙うけどね!



 という話を私がチームミーティングでみんなに説明した時だった。


「それは今後のお前の働きしだいだがな?」


 いきなりマスターにくぎを刺されちゃった。


「いやいや、むしろマスターに頑張ってもらわないと。私は裏方としてしっかりやらせていただきますんで」

「残念ながらそうもいかんのだ。新しい協会役員は全員、マネージャーから足を洗うことになった」


「え? うそでしょ? うちのマネージャーはマスター以外考えられないんだけど!!」

「それがマジだ。もちろんそれじゃ割が合わんから、こちらからも条件を出したがな」


「どういう条件?」

「俺が役員と店のマスターを兼務することを協会に了承させた」


「いやさ、最近マスター店のこと何もしてないじゃん! 私がかわりにマスター引き継ぐからマネージャー業の方やってよ!」


「ダメだ! 規約上マネージャーとの兼任は認められんしな!」

「どんだけ都合のいい取り決めなのよ! っていうかうちのマネージャーできる人なんか、ほかにいないよ?」


「アホか! お前がやるんだよ!」


「……は?」


「どう考えてもほかにいねーだろーが!」



 この人は決断を下す前に私へ相談しようとは思わなかったのでしょうか?



「ムリムリムリムリムリ! ムリだよマスター! 私には荷が重すぎるって!」


 そう言ってマオとナオに助けを求めようとしたんだけど、彼女たちは二人して、


「今さらなに言ってんの?」


 って取り合ってくれない。選手たちみんな私に期待するような目を向けてるし。うそでしょー? うそだと言ってよトミー!



 ……というわけで、私のキャリアは、


「ウェイトレス⇒料理長⇒店長代理⇒スポーツチームディレクター⇒スポーツクラブ取締役⇒スポーツ選手(出番なし)⇒アイドル⇒スポーツマネージャー」


ってきて、しかもそれぞれ兼任しているわけなのですが、


「マスター、お願いがあります」

「ん? なんだ?」


「やっぱりお店のマスターの立場も私に譲っていただけませんか?」

「ダメだ。俺がここのマスターをやめるのはこの世界から去る時だ」


「意味わかんない! あんたなんでそんなにマスターの肩書きにこだわるのよ!」

「逆に聞くがお前がマスターの地位にこだわるのはなぜだ?」


「うっ……それは……」


 私は言葉に詰まった。言えない。本当はマスターって呼ばれるのに憧れてた、なんて口が裂けても言えないよ……。


「それと今後、チームブラウザーバックスは社内恋愛禁止だからな。覚えとけよ!」

「え? なんで? なんでそんなこと急に決めたのよ!」


「そりゃお前らが見境なく選手に手を出すことを防ぐために決まってるだろーが! 変なゴシップネタでチームの評判を落とすようなことは許されんからな!」

「いや、あれは単に私のミスですし! トミーとはなんにもなかったし! これからもないけど――」


 あわててそう口に出した瞬間、トミーが涙目になった。


「あ、いや、トミー、これは違うの……」


 私の弁解をかき消すようにマオとナオが、


「なに言ってんの。私たちのアイドルとしての活動はこれからなのよ! 恋愛なんてご法度に決まってるじゃない!」

「あの日のステージは延期になったけど、改めて開催されることになったからね!」


 いや……それはやらなくても良いのでは?


「「ダメよ!」」


 ちょっと! これからいったいどうなるのよ~?


「私たちの戦いは」

「これからだ!」


「おいっ! みんな勝手に進めないでよっ! っていうか私の意見はすべて却下ですか⁈」


















「……とりあえずこの椅子に座って」

「なんだよミオ、突然」


 トミーを事務所に招き入れると、私はドアの外を確認し、周りに誰もいないことを確かめてから、彼に向き合って言った。


「ごめん、さっきの事は忘れて。とっさに口から出ちゃった」

「え? ああ、気にしてないから……俺」


 そう答えながらトミーはそっぽを向く。


「あんたに約束してほしいことがあるの」

「ん? なんだよ、急に」


「……死なないで」

「は?」


「この先何が起きるかわからないじゃない。無謀なことはしないでほしいのよ」

「えっと……どういうこと?」


「たとえあんたがスポーツで動けなくなったとしても将来のことは何とかするから、命だけは大事にしてほしいの」

「……意味がわかんないんだけど?」


「あーもう! ちょっと目をつぶって!」

「ん? こうか?」








    (*´ε`*)チュッ







「え……」


「私を……一人にしないで……」


「ミ……ミオ?」


「…………ごめん」


「泣いて……るの?」


「ずっと一人だった。私、誰にも頼れなかった。ううん、みんなに助けてもらってたけど、心を支えてくれる人がいなかった。いつもギリギリのところでやってたの。毎日毎日本当に大変で……何度も何度も限界を突破して……気がおかしくなりそうだった……なのに……マスターがいなくなるなんて……私……どうしたらいいのよ……お願いだからトミー……あなただけは……行かないでよ……私と一緒にいてよ……私を一人にしないでよ……」




 今にして思えば、この時の私は本当にどうかしてたと思う。突然キャパオーバーになって壊れちゃったの。支離滅裂で鼻声で、なに言ってるのか自分でもわからなかった。まるで心の堤防が決壊したみたいにわんわん泣き続けた。


 だけど、そんなぶざまな私をトミーは優しく抱きしめてくれました。







 というわけで、私の日記はここまでです。これから私たちやこの世界がどうなっていくのか、想像もつきませんが、一日一日を大事にして生きていきたいと思います。え? 続きはもう書かないのかって? それがね、トミーと一緒にいられると思うと書く気が起こらなくなっちゃって。だって、のろけとか愚痴とかばっかりになりそうじゃない? そんなの書きたくないし。この日記だって、もし私の死後とかに他人に見られでもしたらと思うとぞっとするもん。だから私だけの秘密として死ぬまで誰にも見せないことを心に固く誓うミオなのでした。

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ウェイトレス・ミオの異世界スポーツバー「イギーダ」繁盛記 叶良辰 @Quatro

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