第49話 戦火の予感に揺れる大陸

 軍事クーデターの続報が流れる。


『タカ国軍人の起こしたクーデターはタカ国の連邦からの離脱を求め、ティキタカ議事堂を包囲しています。彼らは24時間以内に離脱を承認しなければ、武力を行使するとのこと』


 コロシアムにいた私たちは、報道が流される水晶の画面に目がくぎ付けになっていた。みんな先の大戦の発端を思い起こしていたから。


 そう、あの大戦のきっかけも軍事クーデターだったの。アポロ合衆国での政党間の争いがエスカレートし、改革派によって推し進められた自由貿易、独占禁止政策と、それに関わる財閥の解体に不満を抱いた保守派の政治活動が軍部によって弾圧され、民間人の犠牲者を出したことがきっかけで、アポロは内戦状態に。そして改革派を支持するエミルと保守派を支持するローランドとの間に生まれた軋轢は、両国と接するノールランドをも巻き込み、その後世界大戦へと発展したの。



 もし今回のクーデターでティキタカ連邦がティキ国とタカ国に分裂するようなことがあれば、隣国のポルポル王国とグラッチェ公国が黙ってはいないだろう。あの三角地帯は軍事力でバランスをとってきたんだもの……。



『続報です。タカ国独立派は、ティキ国側が有していたスポーツチームに関わる権限のタカ国への移管、もしくはチームとしての独立も要求しているようです』


 話を聞いているうちに、今回のクーデターはティキタカ・キャッツアンドドッグス(C&D)のこれまでの不甲斐ない戦績も影響している気がした。というのも彼ら、今日の試合でも負けたらしいんだけど、それに不満をためていたタカ国側の軍人がプッツンしたんじゃないかって思ったのよ。実際に戦績表を確認してみると、C&Dは今日の敗戦で3勝6敗と、今期の優勝は絶望的な状況に追い込まれていたし。


 ただ、あれだけ強いトロールを有しながら、その後の試合で1勝もできないなんて何かおかしいと思った私は、近くにいた記者に確認してみたの。なんとあのトロール、私たちとの試合の後でマネージャーに干されていたみたい。あのマネージャーはティキ国出身で、露骨に自国の選手を身内びいきして、タカ国出身の重戦車トロールを試合に出さなかったんだって。


 そして連敗してしまったと。マネージャーだってトロールなのに同じ種族でも住む場所が違えば仲が悪くなるのかしら。でもそんな差別的な扱いを受けたらタカ国側の選手としてはクーデターを起こしたくもなるわよね。というか、やっぱりこれが今回のクーデターの火種になっちゃったんじゃない?


 私がマスターにこの事情を伝えると、彼はコロシアムで緊急記者会見を開くよう、マオたちに手配させた。再び大きな戦争を引き起こす愚を犯さないためにも、世論を反戦の流れにもっていき、最悪の事態を防がなければならない、彼はそう言ったの。


 そしてその5分後、記者会見の準備が終わると、「イギーダ演説」として後世に語り継がれる放送が始まった。


「議会の方々と、この中継を見ているこの世界の皆様方には、突然の無礼をお許しいただきたい。私はノールランド・ブラウザーバックスのマネージャー、イギーダであります。スポーツによる平和を推進してきた者として、ティキ国とタカ国の間で争いが起きたことについて非常に心を痛めております。本来平和を推進するためのものであるはずのスポーツ、その結果が内紛を引き起こしている現在の事態はまさに本末転倒、あってはならないことだと考えております。


皆様はご存じないと思いますが、私の故郷、コロンビアも長らく内戦状態が続いておりました。最終的に悲惨な結末を迎えはしましたが、終結したことを心から喜んだものです。したがって私はいかなる戦争にも反対の立場であります。その上で聞いていただきたい。私のチームは今月、『ティキタカ・キャッツ&ドッグス』と死闘を繰り広げました。統率されたチームと圧倒的な選手の力の前に、私たちは苦戦しました。もちろん勝敗は紙一重の差であり、幸い我々が勝利を手にすることができましたが、負けていてもおかしくはなかった。C&Dはすばらしいチームだと思いました。


そこで皆様およびティキ国・タカ国首脳に提案があります。連邦国家が分裂することは、避けるべきだと考えます。争いの火種は何も生まない。すべてを焼き尽くすだけ。そんなこと、誰も望んではいない。


ただ、その一方で、地域ごとにスポーツチームを分けることについては、やむを得ないことかと思います。スポーツの世界で意見が合わないのであれば、それはやはりスポーツで決着をつけるべき。ティキ国とタカ国それぞれにチームを作ることで11チームのリーグ戦にすれば、今回の紛争の引き金となった問題は解決するのではないでしょうか?


そしてそのためにスポーツ協会の皆様にご相談です。我々ノールランド・ブラウザーバックスは現在1位ですが、私の責任の元、これまでの勝敗を放棄することを提案します。皆様ご存じのとおり、我らがノールランドの民は世界が戦火に包まれることを懸念しております。平和あってのスポーツですし、スポーツあっての平和です。他国のチームの方々もご賛同いただけるのであれば、前半戦の戦いを水に流し、後半戦の11チームリーグとして仕切り直すことで解決を図れれば、と考えております。どうかご賛同いただきたい」


 イギーダ演説が緊急速報として世界各国で流される中、私たちはマスターの言葉を静かに聞いていた。しかし、最後の言葉が終わった時、どこからともなく、すすり泣く声が聞こえてきた。屈強な男たちが泣いていたの。泣き虫のベンちゃんだけじゃない、センターくんも、ジョンモンタナも、カルナックまで、男泣きしていた。もちろんトミーもわんわん泣いてた。マスターの決断に異論はないとはいえ、そして、戦争を避けるためとはいえ、これまで自分たちが必死になって積み上げてきた勝ち点が0になる、そんなやるせない気持ち、どこにもぶつけられない気持ちがみんなの目から止まらない涙となってあふれ出ていたの。いつのまにか彼らのことも全世界に放映されてたけど、私はみんなに「泣くな」とは言えなかった。私も泣いてたから。こんなの泣くしかないじゃないよ!


 いつのまにか会場全体が泣き声に包まれていた。ノーブラを応援する人たちみんなが、選手たちの気持ちを理解してくれていたのね。その気持ちがとても嬉しくて、私も涙が止まらなくなっていた。だけどそんな中でもマスターは泣いてなかった。いつもの勝負師の目のまま、演説したその場に一人、たたずんでいた。その彼が見つめる水晶の画面に、新たな情報が飛び込んで来た。これまで様子見を決め込んでいた各国首脳が反戦を表明し始めたの。そしてポルポル王とグラッチェ公による「ティキタカ連邦分裂反対声明」が流れたことで、大規模な武力衝突はひとまず避けられた。


 会場にホッとした空気が流れたと同時に、マスターはその場にへたり込んだ。近くにいたティモニーさんがあわてて駆け寄ったけど、ちょっと気が抜けただけみたいで、再び笑顔で立ち上がるのが見えた。そんなマスターを見て、私はこの人についてきて本当に良かった、とあらためて思った。そしてまた涙が出ちゃった。


 そのときローランドより緊急速報が入ったの。


「ローランド・ワナビーズのマネージャー、アイスマンと申します。イギーダ氏のご意見には概ね同意しますが、前半戦の戦績が抹消されることは承服しかねます。強国の実力行使でやり直しが繰り返されてしまう可能性がある。それに何より、これまで9戦の死闘を繰り広げてきた選手たちやそれに関わるスタッフの努力が報われません。短い期間とはいえ、この世界でスポーツの歴史を切り開いてきた彼らの戦績は残されるべきものです。


我々は全10チーム中9位と低迷しました。国民の皆様の期待に応えられませんでした。しかしそれでも、これまでの選手たちの努力とそれを応援して下さった方々の熱い声援を無にすることはできないと考えております。


そこでご提案なのですが、今期については前期、後期に分割し、後期は11チームで1からの勝負とすることで順位を決め、最後に前期リーグ後期リーグそれぞれの優勝チームでプレーオフを行い、年間王者を決める、というのはいかがでしょうか?」


 私たちはみんな、驚きの表情で画面を見ていた。まさか敵に塩を送られることになろうとは思ってもみなかったから。アイスマンさんの凛々しい顔が、一際輝いて見えた。


 そしてさらにその5分後、今度はエミルより緊急速報が。


「アイスマン氏の意見に同意いたします。エミル・クラウゼヴィッツマネージャーのフランツです。このたびのノールランドの活躍は前期優勝に値すると考えます。彼らに唯一土をつけた我々が言うのですから間違いない(笑)。そしてそれに加えてもう一つご提案があります。


皆様ご存じのとおり、ノールランドはスポーツチームを完全に民営化しております。そして、所属選手たちには他国のチームに移籍する権利が認められています。


選手たちの移籍が各チームの活性化、文化交流、相互理解をもたらすことは我々の経験上明らかです。これによって初めてスポーツが世界に、平和に貢献するものとなります。


しかし一方で各チームにそういった受け入れの規定がなければ、せっかくの仕組みも意味をなしません。そこで、各国でのチームで選手の移籍に関わる取り決めを早急に検討すべきだと思います。現在の状況ですと、チームの中で活躍の場が与えられない選手たちが他国に移籍することを容認できないチームが多いですが、それはスポーツの精神に相反するものだと感じております」


 おっさん、本当に空気読めないわね~。あんたらが今日勝っちゃったからこうなったんでしょーが! クーデター起きてる状態で火に油を注ぐような事を言ってどうすんのよ! と私が思ったのとほぼ同時に、クーデター首謀者から和解に応じる旨の声明が発表されたの! 良かった〜。たぶん首謀者たちはポルポル王国とグラッチェ公国を敵に回したら勝ち目はないと判断したのだと思うけど、これでようやく平和的な解決をむかえることが確定したの。


 そんなわけで「イギーダ演説」が世界を救ったのでありますが、話はそれでは終わりませんでした。今度はスポーツ協会が大変なことになったの。


 協会の上層部がマスターやアイスマンさんの提案を全て拒否し、リーグ運営の見通しが立たなくなってしまったのよ。

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