第48話 最悪の事態

 ノーブラ守備陣はなんとか奮闘したものの、負けられない相手に粘りをみせられ、結局遠い位置から二本目のフィールドゴールを決められてしまった。これで6点差。


 残り3分で1タッチダウンが必要な状況。点数は相手、勢いはこちら。非常にわかりやすくなったように見えて、意外とそうでもない。こちらのプレーだけで終わってしまえば楽だけど、逆に残り2分残して相手に攻撃権を渡してしまったらフィールドゴールで再逆転、という可能性もある。だから時間をギリギリまで使って勝つことがベストだけど、1ミスが命取りのこの状況でそんなことを考える余裕なんかない!


 そんな中で、私は時計を見ながらフィールドを見ながらせわしなくセンターくんにサインを送る。ショートパスとランで一回目のファーストダウンを取ったところで、残り2分20秒、60ヤード。これって良いペースなの? あれ、少し遅い?


 頭の動きが鈍い私を見かねたカルナックが時間と距離をカウントしてくれることに。おかげで私はフィールドに集中できた。


 ここまで来ると相手はショートパスに神経をとがらせてくる。確かにパスを完全に封じられると3分でタッチダウンはきつい。デヴィッドとトミーには完全にマンマークがついてきた。ベンちゃんの中央突破だけだと時計が進んでしまうからこのままだと完全にタイムオーバーね。


 攻撃陣はフォーメーションをショットガンからフレックスボーンに変え、ジョンとベンちゃんを左右に分けて走らせる。ボールを持ったベンちゃんが上手く抜け出して10ヤード。サイドラインは割らなかったものの、ここでマスターが最後のタイムアウトを取って時計を止めてくれた。


「残り2分03秒、50ヤードだ」


 カルナックが教えてくれた。私は逆算して指示を出す。


「残り1分切るまでそのまま続けて! WRの二人は守備に回ってランの道を作る。時計が止まらなければノーハドルで! ギリギリまでどんどん突っ込んでいくよ!」

「「オッス!」」


 私からの指示はそれだけだった。そしてこの試合の私の役目もここで終わったの。これ以降は時計が止まらなければ選手間の作戦タイムもとれないし、私のサインを確認する時間もない。事前に伝えることはすべてみんなに伝えていたから、後はかたずを飲んで見守るだけ。


 そして始まった1stダウン。ベンちゃんを壁にしてジョンが走り、するすると左斜めに抜けてラインを越えた。デヴィッドが内側に切り込みを見せて相手のCBを引き付けることで左側にスペースを開けたの。残り1分50秒、45ヤード。


 2ndダウン、今度は逆方向に走るものの、相手に読まれていて距離が稼げない。ジョンが外にボールを投げ、プレーを止める。残り1分40秒、45ヤード。


 3rdダウン、ベンちゃんが中央にダイブで8ヤード稼ぐ。ファーストダウンだけど時計が動くのでセンターくんがボールを拾い、整列してすぐに次の1stダウンを始める。再びベンちゃんが盾になってジョンが走り、3ヤード稼いだ。残り1分18秒、33ヤード。


 2ndダウン、今度は左に二人が走る。ベンちゃんがつぶれながらもジョンが抜け出し6ヤード獲得。残り1分6秒、27ヤード。デヴィッドのディフェンスが効いて距離が稼げたけど、連続のダッシュでベンちゃんもジョンも肩で息をしている。二人に幸運が降りてくることを祈った。


 3rdダウン、残り1ヤードでファーストダウン、というところでジョンがおとりになって中央に突っ込む間、ベンちゃんが右を迂回して回って走り、6ヤード稼いでラインを割った。


「残り50秒!」


 カルナックが通る声でフィールドの円陣に向かって叫ぶ。みんな一丸になっていた。後は運を天に任せるだけ。


 続く1stダウン、ベンちゃんが中央にダイブで3ヤード、そのまま時計が進むのですぐにボールを拾い、整列してすぐに2ndダウン。さらに中央突破。ベンちゃんのパワーでさらに3ヤード。すぐに3rdダウン。相手の意表を突く連続中央攻撃でさらに3ヤード……。


 ファーストダウンまで残り1ヤード、タッチダウンまで残り12ヤードのところで4thダウンギャンブル。しかも残り時間はあとわずか。このぎりぎりの極限状態を私たちは狙っていた。残り1分を切ったところでの連続の肉弾戦で相手の思考を奪い、前進守備を取らざるを得ないところで最後のチャンスを引きずり出す。


 ベンちゃんの中央への特攻。だけど彼はボールを持っていなかった。ランに備えてとっさにダッシュした相手LBの裏を見計らったかのようにジョンが優しいボールを投げる。敵の頭上を越えたボールはスロー再生で弧を描くと、相手を振り切って斜めに走りこんだデヴィッドの懐に収まった。これまで守備に回って相手を抑えながら、このタイミングを計って抜け出したクールな男が、最後の最後でゴールラインを駆け抜け、タッチダウン。


「残り3秒!」


 カルナックが残り時間を告げたと同時に、ベンチにいるみんながため息をついた。ほっとして力が抜けたの。コロシアムの歓声も全く聞こえない。静まり返っていた。


 その後の異様なプレッシャーの中、ジョンのキックが決まり、スコアボードの表示が42-41に変わったところで


「うおおおおおお!!」

「ジョンモンタナ―っ!!」


 時が再び動き出したかのように場内のノーブラサポーターから今日一番の歓声が沸き起こった。すさまじいプレッシャーの中、疲労の中で、きっちりとキックを決めたジョンは選手として兄に勝ったと私は思った。そのジョンに率いられ、攻撃陣のみんなが笑顔でベンチに走ってくる。


「よし、最後、きっちり締めに行くぞ!」

「「おおーっ!」」


 カルナックの言葉で気勢を上げた守備陣が入れ替わるようにフィールドに飛び出して行った。





 そこから先、手配していた相良急便さんの魔法でノールランドに帰るまで、私の記憶はなかった。前半戦最終節、大逆転で首位を守ったチームブラウザーバックスは、試合後のマスターの記者会見も、デヴィッドとジョンとトミーとロブソンのヒーローインタビューもたっぷりと時間がかかっていたとは思うけど、全然覚えてないのよ。あまりの疲れで、意識が飛んじゃったみたい。


 だから、気がつくと荷物を持ってノール・コロシアムに立っている私がいたの。


 そう。選手とティモニーズ、遠征メンバーみんなが転移魔法でノール・コロシアムのフィールドに瞬間移動したの。なぜコロシアム? お店じゃないの?


 そう思ったとき、バックスタンドの上にある大型水晶玉が輝き始め、今日の試合の再放送が始まった。私たちの目の前にはステージが用意され、観客席は大勢の地元ノーブラファンで埋まっていたの。


「おかえりなさい。区切りのセレモニーを準備してたの。完全に負け試合だったから中止にするつもりだったけど、思いとどまってよかった」


 そう言って私たちに近づいてきたのは、着飾ったマオだった。何も知らされていない選手たちは突然の展開と詰めかける報道陣にびっくりしている。そりゃそうよね。死ぬほど疲れてるんだもん。私は彼らを早く帰らせてあげたかった。


 ところが、そんな私の後ろからナオと見たことのある男性が私に近づいてきたの。


「劇的な勝利でした! ファンのみなさんに一言お願いします」


 あ、この人、試合前にマナミ―ズのこと言ってた記者の人だわ。って、よく見たらナオ、あんたが着てるのって舞台衣装? そして私に同じ服を手渡そうとしてる? あのステージって、まさかマナミーズの……。


 いやいや、確かに「明日の試合に勝って、みんなと一緒に盛り上がれるよう、応援よろしくお願いしますっ!」って言ったけどさ、こんなの聞いてないよっ!



 その時だったの。最悪のニュースが大型水晶玉から流れたのは。


『緊急速報です! ティキタカ連邦で軍事クーデターが発生しました!』

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