記憶フロッピー4
窓から外を眺めていると小さな雪が降ってきた。雪は枯れ木に落ち、すっと溶けて消えた。
これからますます冷え込むだろう。一杯ひっかけて身体を温めたいものだ。かつての同僚は記憶をなくし病室のベッドで寝ている。
会社は退社扱いになったので、ほかに誰も見舞いに来るやつはいないらしい。
ベッド横に座り、寝ている同僚を見た。「お見舞いに来ているのはあなたぐらい」と看護師が語っていた。親類もあまり関わっていないようだ。
彼はよっぽど追い込まれていたのだろう。医者から聞いた話によると、夜中に建設中の高層マンションから飛び降りようとしていたらしい。事件当日は警察や消防が駆けつけるほどの大騒動となったようだ。
たまたま隣のマンションの警備員が屋上に人が立っているのを見つけ、通報したことで助かったらしいが、彼は極度の興奮状態が続き、記憶をなくしてしまったらしい。
また当時現場にいた野次馬の話によると飛び降り未遂前の数日間は、その建設中のマンションにノートパソコンを持ち込んで寝泊まりしていたという噂だ。
内装途中のコンクリート剥き出しの部屋で、建設材料の木材をベッド代わりに寝ていたそうだ。
さらにキャバクラ嬢に「大学時代、好意を寄せていた女性と似ている」と迫り、アフターの際に建設中の高層マンションへ連れ込もうとしたという話も噂されている。
どこまでが本当の話なのかは分からない。しかし医者の話では、彼は精神的に限界で自ら空想を見るようになっていたのではないかと話していた。
仕事や私生活でうまく行かないことが続くとそのようなことが人によっては起こるらしい、と。
病室のベッドの下には彼が飛び降りようとしていたときに大事に持っていたというノートパソコンが置かれていた。
彼はいったいなにを考えていたのだろう。何気なくノートパソコンに目をやると、フロッピーディスクが挿さっているのに気がついた。
前に自分の人生の日記が書いてあるというフロッピーディスクの話をしていたことを思い出した。あの時、彼はすでに幻覚を見るようになっていたのだろうか。
中島はノートパソコンを手に取り起動した。
ジーカカ、ジジジジとフロッピーディスクの読み込み音が聞こえる。
20**年12月24日 同僚の見舞い先の病室でフロッピーディスクを見つける
記憶フロッピー 雹月あさみ @ytsugawa
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