記憶フロッピー3

「おまえのミスで大赤字だぞ!」

 部長が怒りを露わに話す。

「申し訳ございません、なんとか、なんとかしますから」

「これで何度目だ!」

 疎ましい鼻に掛かった声で怒鳴られ、はっとして目が覚めた。また嫌な夢を見てしまった。時計を見ると昼過ぎだった。完全に寝坊だ、ちくしょう。

 大急ぎでワイシャツに着替えようとして、しかしよくよく考えると、今日は土曜日だったことに気がつく。ちくしょう。

 台所のあった菓子パンを食べながら、昨日中島の言っていたことを思い出し、さっそく確認してみることにした。

 ノートパソコンの背面からLANケーブルを抜いてパソコンを起動する。フロッピーディスクを読み込み、ファイルの拡張子を確認する。

 ファイル名は「おれ.txt」となっている。中島の言う実行形式ファイル「.exe」ではなかった。つまりインターネット経由でデータが書き変わることはない、ということだ。

 念のためテキストファイルを開き、最後の行を確認してみた。すると、また新たに一行追加されていたのだ。


20**年11月29日午後1時35分 フロッピーディスクはインターネット経由でデータが書き換わっていないことを知る


 パソコン画面の右下に表示されている時計を見る。午後1時36分。まさについさっきのことが書かれていた。ノートパソコン背面を確認する。抜いたばかりのLANケーブルは行き場をなくし浮遊している。インターネットには繋がっていない。

 誰の手にも渡っていないのに勝手に内容が追加されている。一体どういうことだ。

 どのような仕組みで書き加えられているのか、そして何の目的があるのか、それらはまったく分からない。分かっていることは俺の過去の出来事が記録されているということだけだ。

 謎に包まれたフロッピーに興味が沸くが、何か出来るわけでもなく、飽きっぽい俺にはこれ以上考えることがめんどうになった。

 このことは週明けに中島に聞いてみることにしよう。


 俺は休みの日の楽しみであるパチンコに行くことにした。パチンコはこのところ負け続きなので今日はなんとしても勝ちに行きたい。ただでさえ冬は財布が寒いのに、仕事での個人成績が悪いために冬のボーナスは20%カットとなりそうだ。

 だからこそ今日は勝ってボーナスの20%分、いや今まで投資してきた分を取り戻すのだ。


 良い台に座ったのか打ち始めて早々に当たりが出た。そのまま夜まで打ったのだが、止め時を誤り結局は6万円ものマイナスとなってしまった。

 金がないので今日もコンビニ弁当にする。缶ビールは発泡酒だ。

 家に帰りコンビニ弁当と発泡酒をパソコンのサイドのテーブルに置いた。缶ビールをゴクリゴクリと飲み、パソコンをつける。昨日中島に教えてもらったおすすめのアダルトサイトでも見るか。

 インターネットに接続しようとして、LANケーブルを抜いたことを思いだし、パソコン背面を覗いたところ、フロッピーディスクの読み込み音が急に聞こえた。


 ジーカカ、ジジジジ


 不思議に思いフロッピーディスクのファイルの中身を確認すると、また最後の一行が追加されていたのだ。


20**年11月29日午後21時7分 パチンコ店「フリーダム」で6万円の損失


「おい、おい。どういうことだ」

 画面を文字をしばらく眺めた。書けるはずがない。俺が負けたことは誰も知らない。6万円の損失・・・・・・。

 俺はキーボードを動かした。


20**年11月29日午後21時7分 パチンコ店「フリーダム」で6万円の収益


 どうせならこうだったら良かったのに。内容を保存する。書いたことが本当になったらどれだけ嬉しいか。

 俺は冗談半分で財布の中を見た。するとなくなったはずの6万円が財布に入っていた。

「おい、嘘だろ、まじか」財布とパソコンの画面を交互に見る。

 石黒の値引きの件を思い出した。石黒は確かに「値引き不可」と言っていた。しかしこのフロッピーディスクに「値引き可」と書き換えた翌日には石黒も「値引き可」を言った。

 今回も「6万円の収益」と書き換えた直後に財布を見ると6万円が入っていた。

 これは、このフロッピーディスクはひょっとして……。


 パソコン画面を見ると、先程書き換えた文章の下に、新たに一行表示された。画面を見ているときに行が追加されたのは初めてである。

 インターネットに繋げてもなければ、誰かが書き込んだわけでもない。スゥーっと浮き出るように文字がひとりでに現れたのだ。

 そしてそこにはこう書いてあった。


20**年11月29日午後21時41分 フロッピーディスクの本来の機能に気がつく


 つまり、ここフロッピーディスクに書いた出来事が現実になるということらしい。俺はそれを確かめるべく、試しに先程の「6万円の収益」を「60万円の収益」に書き換えて上書きした。

 再び財布を見る。しかし財布の中身は変化なく6万円しか入っていない。時差でもあるのだろうか。

 それから少し経ってから再び財布を見ると、先程とは打って変わって、明らかに厚みの増した財布となっていた。中身を見ると大量の一万円札が入っている。

「おい、おい、おい。すげぇな、こりゃ」

 俺は札束を取り出して数え始めた。

「……58、59、60」

 ゾワゾワっと鳥肌が立った。

 間違いない。このフロッピーディスクは「本物」だ。


 俺はさらに金額を上げ「60億円」と書き換えて保存した。先程と同じく少し時間を置いてから財布を見る。見たところ厚さは変わらない。手に取って中身を見るが、中身も60万円のまま量が増えた感じがしない。

 額が大きいから、その分増えるのに時間が必要なのだろうと考え、さらに待ってみた。

 しかし何時まで経っても財布の中の札束は増えなかった。どうやら増やすには限度額があるようだ。それでもパチンコで負けた6万円が60万円に化けただけでも良しとするか。

 その後、俺はフロッピーディスクの機能を確かめるために「20**年11月29日午後22時35分 赤坂の高級タワーマンションに移り住む」だとか「20**年11月29日午後22時45分 高級外車を乗り回す」といった内容を書き込んだが、何の変化もなかった。


 さらにそれからいくつか試してみて分かったことがある。

 このフロッピーディスクに書いたことが現実になるのは、すでに過去の出来事になったものを修正しないと現実にはならないようだ。

 つまりこれから先に存在しない「高級タワーマンションに住む」という未来の出来事を新たに書いても反映されないのである。

 そしてこのフロッピーディスクに書かれている出来事は、どうやら俺の人生の「ターニングポイント」なのだろう。

 フロッピーディスクには俺の人生すべての出来事が記載されているわけでなく、いくつかのポイントで記載されている。

 その内容を詳しく見てみると、「もしここでこんな決断をしていたら、どうなっただろう」と思った出来事ばかりなのだ。

 例えば次の項目だ。


20**年7月15日午後18時 株式会社水戸フロントを退社


 これは前に勤めていた会社だ。ちょっとしたことで上司と揉めて会社を辞めたのだ。その後今の会社にいるわけだが、給料の面は前職の方が良かった。仕事自体もそれほど嫌なものではなく、改めて考えてみると、上司だって今の上司と比べれば耐えられる範囲内だった。

 もしもあの時、揉めなかったら、揉めていてもすぐに謝っていたら、今とは異なるレールの上を走っているに違いない。

 例えば次の項目もそうだ。


19**年3月7日午後2時50分 第一志望の東京明正大学の合格発表、不合格となる


 もしもあの時合格していたら今とは全く異なる人生だったはずだ、と。

 人生という長いレールの上を走っていて、そこには路線を変更するためのいくつかのポイントが存在する。

 このフロッピーディスクに書かれている項目は、その路線を変更できる切り換えポイント、といったイメージなのだ。

 だから俺は過去の人生を書き換えた。俺の人生で失敗したところを書き換えた。

 まずは現在の会社である「20**年11月1日午前9時 株式会社小川工業に入社する」の一行を削除した。もう会社にはいかない。あんな上司には二度と会わない。

 するとフロッピーディスクの内容に変化があった。入社以降に書かれていた内容が、ゆっくりフェードアウトして消えていったのだ。

 入社しなかったことによって、未来が変わってしまったということなのだろう。パチンコの一行も消えてしまったので財布の中身にも影響があったのではないかと思い、財布を確認したが、60万円はそのまま残っていた。

 さらに「20**年5月18日午後18時46分 木造アパートに引っ越す」と記載してあったところを「高層マンションに引っ越す」と書き換えると、翌朝、本当に高層マンションで目覚めた。

 昨日いつの間にか寝てしまったようだが、目が覚めた場所はおんぼろアパートとは比べ物にならないぐらい広くきれいな部屋だった。

 二十階ぐらいの高さがあるマンションで、窓からは東京タワーが見える。コンクリート打ちっぱなしのおしゃれなデザインで、家具も家電も高級そうなもので揃えられている。高反発のベッドは、今まで布団で寝ていた俺にとっては慣れるまで時間が掛かりそうだ。それは思わずにやけてしまいそうな悩みだった。


 近所を散歩し酒屋で、高層マンションに似合いそうな赤ワインとチーズを買った。今日は祝いだ。俺の新たな人生を祝福しよう。

 人生の修正がこんなに簡単にできるとは。マンションに帰り、赤ワインを飲みながらフロッピーディスクの内容をさらに書き換えた。

「19**年4月21日午後9時5分 大学での友人、麗香に告白するもフラれる」を「告白し、付き合うことに」と書き換えると、その夜には見知らぬ番号から電話が掛かってきた。

「もしもし、あたし。レイカだよ。どこにいるの? もう約束の時間だよー」

「麗香? なんで、おまえ」

「やだなー。付き合うって言ったじゃん、早くきてよ」


 俺は急いで麗香の指定した約束場所に行くと、そこに彼女が待っていた。大きい黒い瞳でこっちを見ている。ウェーブのかかった髪、少し首をかしげた風、アヒル口。

 大学以来、久しぶりに見たが、彼女は十数年の歳月を感じさせないぐらいに若々しくて美しかった。俺が大学の時にずっと好きだった女だ。

「久しぶり」

「やだ。昨日も会ったじゃん、今日はどこに行く? ね、ね、あたし、おいしいご飯屋さん見つけたの。行ってもいい?」

「あぁ、いいよ。なぁ一つだけ確認してもいいか?」

「ん? なに?」麗香が不思議そうに口を尖らせる。

「おまえ、俺と付き合ってるんだよな?」

「やだ。どうしたの? なんか変だよ今日。お互い最近忙しくてなかなかデート出来なくて、だから今日はたっぷり遊ぶって約束したじゃん」

「そっか、そうだったな。ちょっと確認したくて」


 フロッピーディスクの効果は偉大だった。二度と抱けないと思っていた女が今目の前にいる。

 麗香と付き合っている今日に至るまでの記憶は全くないのだが、フロッピーディスクを書き換えたところから、俺の人生では麗香と付き合っているというレールに切り替わったのだ。


 翌朝、高反発ベッドで目覚めた。麗香と食事を楽しみ、その後、家に誘ったところまでは覚えているのだが、その先が思い出せない。

 飲み過ぎだ、頭痛がする。

 俺は携帯電話を開き、昨日の着信履歴から麗香に電話をする。

「あ、もしもし俺だけど。昨日は――」

「あのさ。昨日も話したけど。あたしそういう関係は望んでないの。お仕事だから付き合っただけなの」

「おい、麗香どういうこと?」

「だからさ、あたしはあなたのことは、あくまでもひとりのお客さんとしてしか見てないのよ。ごめんなさい」そう言って麗香は電話を切った。

 お客さん? 違うそんなはずはない。

 ひどく頭痛がする。

 俺はフロッピーディスクを確認する。


19**年4月21日午後9時5分 大学での友人、麗香に告白し、付き合うことに


 そうだ。そうだ、俺は麗香と付き合っているんだ。お客さん? なんだそれは。

 キャバクラ……? その単語が脳裏に一瞬過ぎった。いや、違う。

 パソコンの画面を見ると、スゥーっと文字が現れた。


20**年11月1日午前9時 株式会社小川工業に入社する


 消したはずの項目が蘇ったのだ。項目は次々と現れてくる。

 上司とトラブル、会社の退職、木造アパートへの引っ越し、パチンコで損失、麗香にフラれる……。

 違う、違うそんなはずない。こんな人生俺じゃない。違う。消したはずの人生が、修正したはずの人生が、次々と元に戻っていく。

「違うっ! これは俺の人生じゃない!」

 苛立ちと焦りから俺はフロッピーディスクの内容をすべて削除した。

 違う。違うんだ。俺の人生、こんなはずじゃない――

 その瞬間、頭の中で何かがはじけた。

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