東亜経済新聞「ジャパリパーク研究計画書流出」(2040年12月22日付)

・経済講義―ケイネス・アローが語る経済学―

 ウィキリークスによって流出したジャパリパークの研究計画書が波紋を呼んでいる。計画書によると、日・米・中を含む十二カ国と幾つかの世界的グローバル企業が、「マントル対流制御計画」を進めていることが判明した。因みに、マントル対流は大陸移動や造山運動の原因だと考えられているが、それは同時にマントル対流が地震や噴火の原因であることを意味する。つまり、この計画によって、人類は地震や噴火を制御しようとしているわけだ。単なる環境を全て征服し尽した人類の次の開拓地フロンティアは、遂に地球内部に及ぼうとしている。

 マントル内部の温度差によってマントル対流は生じるとされている。とすれば、温度差を調整することによってマントル対流は制御しうるはずだ。膨大で複雑な計算によるシュミレーションが必要となるだろうが、昨今のAI技術の進展はそれを可能にした。技術的特異点シンギュラリティに差し掛かろうとしている我々人類は、自然を本当に制圧しかかっている。

 計画では、ジャパリパーク内部の死火山からサンドスターを注入し、マントル内部の温度を調整する手筈になっている。なるほど、確かに素晴らしい計画だ。突然の地震に寝込みを襲われないなら、それはそれで結構なことだ。しかし、昨年提出された論文のことが気になって私は眠ろうにも眠れない。つまり、巨大セルリアンが大量発生するリスクの事が気になって私は眠れないのだ。この計画では、注入したサンドスターが、場合によっては逆流する危険性が控えめではあるが指摘されている。もし、大量のサンドスターが逆流し、サンドスター濃度の急激な変化が起きてしまえば、巨大セルリアンが大量発生することは必定だ。しかし、控えめにではあるが、こうも書かれている。「巨大セルリアンが一体いかなる行動をとるかは実証されておらず、確かに危険性リスクが存在する。しかし、地震を制御することで得られる利益ベネフィットと比べれば、功利主義的には本計画は正当化しうるだろう」。

 なるほど、地震の制圧は、最大多数の最大幸福を達成しうるというわけだ。東南海地震がいつ発生するかに戦々恐々としている日本政府が、この文言に飛びついたのも無理はない。そして、米・中がこの計画に多大な出資をしたことも理解できることだ。なぜなら、この計画は、地球内部にまで諸国家の軍事的パワーが及ぶことを意味するからだ。自国領土を地震や噴火といった巨大災害で狙い撃ちされる悪夢を思えば、全て足して百億ドルがこの計画に費やされたのも納得できる。諸国家は、相手に先んじられないためには投資を続ける他なかったのだ。舞踏会を途中で抜け出すことは許されず、お開きになるまで踊り続けられなければならないのである。しかし、この巨大過ぎる投資は、ジャパリパーク首脳部に計り知れない圧力をかけてしまった。既に場は整っており、賭けられた金額は青天井。ここで親が逃げるわけにはいかないだろう。内心ヤバいと思っても口に出すのが憚られる状況だ。

 そこで、ノーベル経済学賞を獲ったこの私が、ジャパリパーク首脳部にアドバイスをしよう。なに、難しいことではない。ノーベル経済学賞を獲ってなくても、いや、近所のおばちゃんでも分かる話だ。つまり、ある物事とある物事を比較する時は、必ず双方が比較可能でなくてはならない、ということだ。当たり前だと思うだろう。私もそう思う。しかし、この点は強調してもしすぎることはない。我々人類は時折、比較できないことを比較しようとしてしまう癖がある。モナ・リザと夜警のどっちが美しいか、経済学と法学のどっちを専攻した方が役に立つか、とかだ。正解はどっちもどっちだ。なぜなら、双方は計量不可能、つまり比較不可能だからだ。一方で、一般的に好まれるのはどちらかとか、学部卒業生の生涯賃金の平均とかであれば答えることはできる。なぜなら、計量可能、つまり比較可能だからだ。では、人類滅亡の危険性と地震の制圧がもたらす利益を比較した時、どちらの値が大きいだろうか、という質問はどうだろう。これは、一見、双方が計量可能なように見える。しかし、気をつけなければならないのは、はたして人類滅亡の危険性は数値化して意味はあるのだろうか、という問題である。イエスと答えるのならば、よほどの数字狂信者だ。正解は、それを数値にすることは意味がない、だ。もし、会社の方針を決めるのであれば、破滅的な選択肢でも数値化する意味はあるだろう。なぜなら、破滅するのは会社だけだからだ。一会社であれば、ハイリスク・ハイリターンは計画として十分考慮に入れるべきだろう。

 しかし、反撃の核ミサイルを全て撃ち落とすことが95%の可能性でできるからといって、果たして核攻撃のボタンを人は安易に押せるであろうか。破滅の対象が人類で、いかにその破滅の可能性が低いと言っても、破滅的な選択肢を選ぶことができる人間がいるであろうか。いるとしたら、そいつは数字に取り憑かれているにちがいない。ジャパリパーク首脳部は目を覚ませ。その数字には意味がない。

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