河上稔「農業革命の終焉―第五次農業革命の曙―」(『水波講座 現代 第六巻』水波書店、2037年、72頁以下)

 歴史を振り返ると、人類は幾度か爆発的な生産力の増大を経験している。産業面における生産力の増大は「産業革命」と呼ばれ、農業における生産力の増大は「農業革命」と呼ばれている。しかし、農業革命は産業革命と比べて一般人にとって馴染みが薄い。なぜなら、産業革命はいつ起きたかは衆目の一致するところではあるが、農業革命はいつの時点でそれが起きたのかが識者によって一致せず、通俗的な教科書では、農業革命という事柄を取り上げるのが難しいからだ(といっても、通俗的な教科書でも識者によっては農業革命と見なされる事柄を記載してはいる)。

 ところで、研究者の間で、農業革命についての見解がなぜ一致しないかは、識者によって人類史における農業を各々違う視点から観察しているのが一つの理由だと考えられる。例えば、歴史学者は「農業革命」を人類の定住に求め、経済史学者はそれを産業革命に先立つ農法の改良と人口の増大に求め、米国国際開発庁はそれを穀物の大量増産に求めた。更に、農業革命と見なされる事柄は各々違う名称で呼ばれることがある。例えば、先に挙げた例では、「新石器革命」、「農業革命」、「緑の革命」と各々呼ばれる。しかし、各識者の視点の不一致は故なきことではない。歴史学者は農業革命を人類の定住化に結びつけ、経済史学者はそれを産業革命に結びつけ、米国国際開発庁はそれを穀物メジャーのイデオロギーに結びつけたのである。各々が重視する視点――つまり歴史学者は人類の居住形態の変化を、経済史学者は産業革命の要因を、米国国際開発庁は自由主義の推進を――が人類史における農業革命という歴史的事実を見出したのだ。


……(略)……


 そこで、農業の歴史を農作物生産上の方法論的な変化―つまり、改良ではなく抜本的な改革―という視点で概観すると、人類は農業革命を五回経験していると言うことが出来るだろう。第一次農業革命は人類の定住と同時に定式化された農業生産の開始であり、第二次は産業革命に先立つ農法技術の普及による人口増大であり、第三次はハーバー・ボッシュ法に代表される化学的肥料の使用であり、第四次は遺伝子組み換えなどの遺伝子技術の使用である。

 そして、今我々が直面している事態、つまりはサンドスターの使用という事態は、第五次農業革命と呼ぶにふさわしい。なぜなら、サンドスターの使用は、農業史に残る農業生産上の方法論的革命と見做しうるからである。人類は農作物の生産を増大させるために、第一に土地の改良、第二に農法の改良、第三に農作物自体の改良に努めてきた。つまり、第一次から第四次農業革命は土地と農法と農作物自体の改良を志向して成された革命であった。しかし、サンドスターの使用は、改良のしようがないゆえに今まで無視されていた領域を改良することに成功した。つまり、気候の操作と安定化である。ここにおいて、人類は四つの領域――つまり土地、農法、農作物自体、気候――を組み合わせることで最適な状態、つまり農業生産量の最大化を図ることが出来るようになったのである。

 斯くて、もうこれ以上は、農業の方法論上の革命は訪れない。農作物を取り巻く全ての要因は操作可能となった(農業において、我々人類が操作不可能なのは、今となっては「時間」しかない)。つまり、第五次農業革命をもって、農業革命は終焉を迎えたのである。これからは人口爆発による食糧不足にも、天災による飢饉にも怯える必要はなくなった。遂に我々は、『楽園』を手に入れたのである(もっとも、その『楽園』は『物質的』な意味でしかない、という留保は必要ではあるが)。

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