親愛なるミネルヴァの梟達へ
[以下の手紙は、誤字脱字の多さ、二重取り消し線の多用、錯綜する構成から推察するに、下書きだと思われる。恐らく、清書をする時間がなかったのだろう]
一体なにから書けば良のかしら……。
私が語れることは数少ないわ。私達、一般職員には実験の詳細は知らされてはいなかった。あの時……火山が噴火した時、すべてを悟ったわ。人類は失敗したんだって。
実験が失敗すれば、巨大セルリアンが発生することは分かっていた。その巨大セルリアンがどのようなものかは、わからなかったんだけどね。BEASTは撤退命令を発令していたわ。でも、私はそれに従わなかった。フレンズ達を置いていくわけにはいかなかったわ
激しい戦闘だった。貴方達の先代……博士も含め殆どがフレンズ化を解かれてしまった。知識の伝承が途絶えてしまった。
これを読んでいるのは恐らく梟――次代の博士かもしれない――でしょう。決して動揺しないでほしいのだけれど、貴方達梟は他のフレンズとは異なる役割を与えられているわ。パークの完全自律化のためには、どうしても知能階級が必要だった。そう、貴方達梟が文字を読めるのはこのためよ。
[なぜ、貴方達梟が知能階級に選ばれたのかは私はよく知らないわ。きっと、ヘーゲル主義者が、ヘーゲルの言葉にかけて貴方達梟を知能階級に選んだのだと思う。ごめんなさい。意味がわからないわよね[以上、二重取り消し線]]。
まず最初に、謝らせて欲しい。ごめんなさい。われわれ人類は失敗したわ。万物の霊長が聞いて呆れる……。なぜこうなってしまったのか、もう分からない。何もかもが……一切合切全てが、この結末を招き寄せたのかもしれないわね。
合理的な愚か者。人類を形容するならばそうなるでしょうね。皆が仲間であれば。貴方達のように生きることが出来れば、こうはならなかったでしょう。サンドスターが疑心暗鬼を助長する国際社会を生み出してしまった。主権国家の絶対化は、協調へと向かっていたはずの国際社会を血生臭い権力政治の場へと変えてしまったわ。サンドスターが、一方ではジャパリパーク――楽園――を、他方では、血なまぐさい国際社会――地獄――を生み出してしまうなんて、なんて出来過ぎた皮肉なんでしょう。疑心暗鬼の舞踏会。粉飾にまみれた、薄汚い我々人類の世界。あぁ、ここに――この場所に楽園はあったと言うのに。
私は、貴方達の世界を愛しているわ。それだけに、私は本当に悲しい……。なぜ、人類はこうして生きることができなかったのか、と。優しさと思いやりに満ち足りた世界。キリストがもとめた隣人愛がジャパリパークでは体現されてい――あまり難しい話をしても、わからないわね。
わからないことがあれば、図書館の本を読んで。きっと貴方達なら大丈夫よ。私達人類の後継者なら、どうにか――[理性の狡知!!ヘーゲルは皮肉的ね。博士たちに文字を与えたのは運命?[以上、二重取り消し線」]
『ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ』。かつてヘーゲルが言った言葉よ。歴史は過ぎ去ってみなければ――歴史はあとから見なければわからないという意味よ。きっと、ヘーゲルは比喩のつもりでこれを書いたのでしょうけど、今となっては薄ら寒い、ぞっとするような言葉よね。
ヘーゲルは、迫り来る黄昏に、我々人類が巻き込まれるなんて考えただろうか!あぁ、そういうことだったのね、ヘーゲル。貴方が見ていた世界は、こうだったのね。理性の狡知。人類は短期的はともかく長期的には、自由の最大化という歴史を歩むという考え。『理性』の容れ物はどうでも良いのね。理性の担い手は人間である必要は別に……いえ、博士たちは、正しくは半分人類の血が入っているからそうでもないのかしら?いえ、どちらにせよ理性の狡知は生き残る!!貴方達に文字を与えたのは、なんだか運命的ね。
[運命がそうさせたのかしら[一際小さな、消え入りそうな文字]。
私はヘーゲルじゃないけど、先代の万物の霊長として、貴方達の先輩として……遺言を残さなければならないでしょうね。
進歩の思想を捨て、協調と共存を。
繁栄よりは停滞を、成長よりは現状維持を。
近代の思考ではなく、野生の思考を。
貴方達の優しい世界は、恒常性に基づいているわ。決して成長に基づいていない。神の見えざる手がもたらす偉大な調和――それを乱してはならないわ。貴方達が、進歩を、繁栄を、成長を、近代の思考を望めば、優しさは消え失せ、貴方達は獣となるでしょう。
決して他者から利子をとってはいけない。右の頬を殴られれば、左の頬を差し出しなさい。飢えた虎に己の身を差し出しなさい―――仏教や原始キリスト教といった普遍宗教が求めたのは―――そう、貴方達の世界よ。
ミネルヴァの梟達。あとは、任せました。絶対に――いえ、きっと無理でしょうね――戻ってきます。それまで、どうか、どうか、お元気で。
万物の霊長の未来に、フレンズ達の未来に、光あれ。
追記:もし、人類種が滅亡して自動的にフレンズ化の対象となった場合、フレンズ化した人類種は同じ過ちを遠い未来に繰り返す可能性――これはあくまで可能性よ――があるわ。自然との対立ではなく、自然との調和によって歴史上最大の自由を獲得した貴方達新万物の霊長と、旧万物の霊長とは、深刻な対立を引き起こしてしまうかもしれない。貴方達が自らの世界を守りたいと思うのなら、人類種を[永遠に□[二重取り消し線]。
旧万物の霊長でしかない私は敢えて、すべてを語らないわ。貴方達の選択に任せます。もし人類種を生かせば、きっとジャパリパークから出て、己の出自を探ろうとするでしょう。でも、それはジャパリパークの偉大な調和を乱す可能性があるわ。それでも、その危険性を貴方達が引き受けようとするのであれば――きっと隣人愛の体現者である貴方達ならそうするでしょうね――どうか、その行末を見守ってあげて欲しいわ。といっても、私たちは地球の歴史上、最も残忍で狡猾な獣よ。私達ホモ・サピエンスがネアンデルタールを駆逐したことを忘れないで。
でも、随分身勝手で身内びいきもあるのかもしれないのだけれど、ホモ・サピエンスに数%、たった数%だけどネアンデルタールの血が入っていたという事実に、私は希望を感じてはいるわ。
駆逐ではなく共存を。
どうか、私達「旧万物の霊長」と貴方達「新万物の霊長」との間に、共存があらんことを。
ある科学者のスクラップブック 理性の狡知 @1914
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