第7話 抜錨 ~新たなる旅立ち~
「みなさん、今回は僕のわがままを聞いてくださり、本当にありがとうございました。おかげでツバキも無事回復しました」
真剣で、どこか寂しげな表情をしたトマスは、昨日の酒宴から残っている壇に登り、声を張る。頬についた手形やひっかき傷が玉にきずだが。
といっても、現在この部屋にはネオ・ユニコーン、トルステン、ホーエンハイム各艦の艦長以下主だったクルーしかいない。
さすがにこのクラスともなれば飲み過ぎで二日酔いなどという愚を犯す者はおらず、マーミャが配膳した冷水に手をつける様子はない。
「なんだってんだ突然。こんな朝っぱらから改まって」
「お互い知らない仲じゃないんだ、前口上なんて抜きにして、本題に行こうじゃないか」
まるで状況が飲み込めていないエドワードとは対照的な、悟ったような表情をしたカーミラの言葉に促され、トマスは単刀直入に切り出した。
「僕は、ユニコーン海賊猟団を解散しようと考えています」
「は!?」
「なんでだ?」
思わず席から立ち上がったエドワードたちトルステン号クルーたちには、疑問や驚きの表情で染まっている。
一方、それ以外の出席者は、静かなまま、じっとトマスを見つめている。
「訳を、聞かせてくれるかい?」
エドワードたちの叫びが静まった頃を見計らって投げられたカーミラの言葉にうなずくと、再びトマスは口を開いた。
「僕が、この猟団を作った理由が達成されたからです。皆さんの尽力のおかげで、今回僕は長年の願い――ツバキを救い出し、故郷の敵を討つ事を達成できました。これ以上この集団を継続させてしまったら、僕がみなさんを不必要に縛り付けてしまうと考え、解散を決断しました。ツークフォーゲル商会所属という身分とそれぞれの船は残りますが、必要なければ相応のお金と交換します。好きな生き方をしてください」
説明が終わるのを待っていたように、エドワード一派から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「保証人の制度は、どうするんだ?」
「もちろんそれは継続します。なので、悪事を働いたり、非合法に手を染める事はできません。たとえ陸にあがってもです」
「レギルスや他の連中にはどう説明する?」
「今話したことをそのまま伝えます。レギルスはともかく、ルディは気にしないでしょう。今までと変わりませんからね」
その後も止めどなく質問を続けるエドワードたち。
雑談も混じりだし、混沌とし始めた食堂に、少女の声が響きわたった。
「それで、アンタはどうするんだい?トマス」
カーミラのいつになく険しい声に、場に充満していた熱気混じりの空気が急速に冷えていく。
「僕……ですか?」
「ああ、あたしたちに気兼ねする必要がなくなったあんた自身が、これからどう生きていくのかを聞きたいね」
カーミラの言葉に、その場の全員の視線がトマスへ戻る。
「気兼ねなどまったくなかったんですが……そうですね……」
腕組みをして頭をひねり、さんざん考えあぐねたトマスは、あっけらかんと答えた。
「たぶん、今までと何も変わらず、海賊狩りを続けていますね」
「ほう、そりゃどうしてさ?」
「レイナやマーミャたちと離れて暮らすのは、今の僕にはできそうもないですし……それに、単純に今の生き方が性にあっているみたいです」
あっさりとした答えに、静まり返る食堂。と、くつくつとのどを鳴らした忍び笑いがどこからか響いてきた。
「やっぱり、あんたは根っからの船乗りだ!」
吹き出すように叫んだエドワードは、手を差し出す。
「これからもよろしくな、団長!オレはまだまだあんたに返し切れてない恩がある。そいつを返すまでは離れねえぜ!」
「は……いや、だから……」
「あたしも、エドと同じ気持ちだよ」
満足そうなほほえみを浮かべるカーミラも、トマスに手を差し出す。
「何かやりたい事があって解散するのかと思ったら、あたしたちの邪魔になりたくないからって理由だけかい。お人好しもここまでくるとあきれるね。何年あたしらとつき合ってるんだい。腹芸できるような器用な連中じゃない事くらいわかってると思ってたけどね……」
ため息を吐き出して再びトマスへ向けられた顔は、まじめそのものだった。
「あたしはあんたについて行く。やりたいことやったあとも船に乗りたいなんて、骨の随まで船に染まってる輩の台詞だよ。まずはどこに行くつもりだい?」
「商会へ報告を終えたあとは、島に眠る皆に報告をするのと、ツバキのリハビリを兼ねて、故郷の島へ行こうと思ってます」
「そうか……」
「その後は――」
「その後は、南方大陸を目指すよ!」
突然聞こえた威勢のいい中にもかわいらしさが滲み出た声に、全員が顔を見合わせる。
「トマス、あんたかい?」
「いいえ……しかし、心当たりはあります。ツバキ!どこですか!?」
食堂全体に響く声に反応を見せたのは、トマスの後ろの壁だった。
まるで水面のように波打つ壁から、半透明になった少女――ツバキが姿を表した。
「ば~れ~た~か~」
「おもしろ半分に会議を覗かないでください」
「艦長モードの時は堅いなぁ~。洞窟に入ったときに一番ビビってたトマス君はどこにいっちゃったのさ」
「それなりに歳を重ねただけです。それと、あの時コウモリを見つけて一番最初に逃げ出したのはツバキでしたよ」
「ぐぬぬ……」
すっかり主従が逆転した様子の二人に、その他の参加者の目が点になる。
「な、なあ、トマスよ。ツバキちゃん……どうしたんだ?」
「レイナと同じって事は……そうか、手遅れだったのかい……」
「勝手に殺さないでよ!」
しんみりとしたムードを漂わせ始めるエドワードとカーミラに、ツバキが声を荒げる。
「別に彼女は死んではいません。ドクターからの受け売りですが、説明しましょう」
トマスの口からでた話に、エドワードとカーミラは大いに驚いた。
なんと、マイクローゼに長期間触れていた結果、意識だけを他の場所に転移させる事ができるようになったというのだ。
「星導砲の発射の際に出ていた幻影は、マイクローゼが原因だったってことかい?」
「簡単に言えばそう。先生曰くマイクローゼに長期間触れているだけじゃならなくって、他にも原因があるらしいよ。それに、起きる症状も人によって違うらしいし」
「まるでおとぎ話だな……」
「意識を集中しないとできないから、ずっとこのままは難しいんだけどね」
「ずっとそのままでいられたらこちらの心身が危険です。で、南方大陸に行きたいのですか?」
ため息を漏らしながら話題を戻したトマスに、ツバキは身を乗り出して熱のこもった説明を始める。
「あたし、あの装置に入れられてから、空の上に浮かぶ眼――あの変態がジンコウエイセイとかって呼んでたものを使って、世界を空から眺めてたの。それで、世界にはまだまだあたしの知らない場所がいっぱいあるんだって分かった。だから、その全部を回ってみたいの!」
突拍子もない話に、しばし沈黙が流れる。
「――世界の全部……」
「面白そうじゃねえか!」
「お頭、絶対楽しいッスよ!」
口々に色良い反応を返してくれる各艦の船員たちに、ツバキの顔が喜色に染まる。
「世界を股に掛けるってか!スケールのデケェ嬢ちゃんだ!トマス、オレもこの話を推すぜ!書物だけじゃ分からない事だって多いからな」
「あたしも賛成だ。海に生きる奴なら、一度は夢見る事だからね」
エドワード、カーミラ、その他の船員、そして――ツバキの熱い視線がトマスに注がれる。
周囲の盛り上がりをよそに眼を閉じて黙考していた青年団長は、ゆっくりと瞼を開き、続いて口を開いた。
「今度の旅は、相当の長期間になります。それに、航海中は十分な補給も期待できません。それでも、いいですか?」
「「「「おう!!!」」」」
「――分かりました。次の目標は南方大陸とします。一旦ツークフォーゲルに戻って、補修と補給をしてもらって……そうですね、10日後、いつもの酒場に集まってください。僕とツバキはその間に故郷に行ってきます」
おもむろに椅子から立ち上がったトマスは、腕を前に突き出し、その眼に遙か遠くにある異国を浮かべながら、号令をかける。
「ユニコーン海賊猟団!出航!」
「「「「了解」」」」
海賊を狩る者たち。
一つの区切りを迎え、彼らは今、未知なる海を目指しはじめた。
照りつける日差しに耐え、嵐の夜を越えて待っている、まだ誰も見たことのないモノを探す旅。
それはまさしく冒険だ。
海の冒険者。
彼らを人はこう呼んだ。
航海者――ヴォイジャーと。
『船上の騎士~pirate's Ritter~』――完
船上の騎士~Pirate's Ritter~ 零識松 @zero-siki-matu
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