第5話 内乱 ~新型戦艦~
――時間は少し巻き戻る。
トマスたちがマーミャの帰りを待っていた頃――
「おお……すばらしい」
港の奥、洞窟を利用した造船所で、甲冑に身を包んだベバラスは思わず感嘆の息を漏らしていた。
彼の眼下にある地底湖には、奇妙な形状をした船が浮かんでいた。
二つの船を横につなげた船体と、接続部分に鎮座する立派な艦橋。
外観から判断できる範囲での武装は、艦橋の左右につけられた回転式連装砲と少ないものの、その甲板の奥には十分以上の火力が息を潜めている。
左右の船体の形状が異なっているため、より一層奇妙な偉容を誇るその船こそ、トライデント隊整備士たちによって改修されたトライデント――俗称、テトラデント号だった。
「短期間でこれだけの艦を……感謝する」
「お褒めに預かり、光栄であります」
寝不足と疲労で血走った眼の下に隈を作った整備長はぎこちない敬礼をするとその場に倒れ込んだ。
素早く抱きかかえて息があるのを確認する。
「ありがとう……」
ベバラスは、過労のあまり気絶した整備長を両腕に抱えたまま、巨大双胴艦へと乗艦した。
ベバラスが乗艦していたころ、トライデント号の物資搬入口に見慣れぬ巨大な鉄製の箱が台車に乗せて運び込まれていた。
「止まれ!」
手元の緊急脱出要項に目を走らせた検品官が、手にしたハルバードで行く手を塞ぐ。
「なんだそれは。一覧に記載がないぞ!」
人の背丈も越えるくらいの物資がおかれた台車を猫背になりながら搬入してきた人物は、ローブを目深に被り、外から見える顔の下半分には包帯が巻かれていた。
赤黒く染まった包帯の奥から、容貌通りに辛そうな声が返ってくる。
「ああ……ここにも、伝達がいってなかったのか……」
「何の話だ?」
「実は、急遽ベバラス隊長から、頼まれたもので……人手が足りず、傷痍兵のオレまで借りだされて……」
咳混じりの返事の内容に、士官は思考を巡らせる。
ベバラスの名を出されては下っ端である自分にはどうすることもできない。発言の真偽を確認をする為にマイクローゼで上に連絡を取ろうかとも思ったが、物資搬入を待つ列はまだまだ途切れる様子が無い。
マイクローゼを扱う事が苦手な自分が連絡をしていては結果的に出航時間の遅延につながると考え、若い士官はうなずきとともに搬入路を塞いでいたハルバードを自分の脇に寄せる。
(元々、この島には自分たち以外の人間はいないのだから、変に勘ぐる必要もないだろう)
「分かった、通って良し。ああ、それと……」
「……何か?」
「荷物の搬入が済んだら、至急医務室に。船旅は長くなるだろうからな」
「ああ、そうさせてもらおう……」
まるで台車にもたれ掛かるようにして検品官の横を通り過ぎる包帯の男。
傷の痛みからか窮屈そうに曲がっていた背中が、船に入った途端まっすぐのばされた事に、検品官の若者が気づく事は無かった。
艦橋に据えられた席に腰をおろしたベバラスはようやく、ひと心地ついているところだった。
「……どうやら、あの老人には悟られる事無く出航できそうだな」
急遽決定したゴーガ島からの撤退命令は、マイクローゼの通信を使わず、兵士を連絡係として走らせて口頭で伝えるという極めて原始的な方法で伝達させた。これであれば、マイクローゼに絶対の信頼を置いているシュタインに気づかれる事はないはずだ。
それに、もし仮にあの老人を乗せたとしても、これまでと変らず、毎日不満をぼやいていたはずだ。
双胴艦となったトライデントは、改修前――実験艦の頃に持っていた構造上の余裕を切り詰め、そこを居住性と倉庫、そして強襲能力の向上に利用している。
なにしろ、次は目的地すら定まらない船旅だ。ただでさえ船に押し込まれ続ける乗員たちのストレスの量をなるべく減らさなければならない。元は別の船であったトライデントと
(まあ、苦肉の策ではあるんだが……)
ベバラスは渋い表情を浮かべつつ、手元に置いていた書類をめくる。
手書きの紙を紐で留めただけというラフな仕様の書類は、改修作業にあたった技術師達によってまとめられた双胴艦トライデントの概要であった。
(トライデントとハープーンを合体させたのは、二隻を同じ速度で動かせるだけの原動機や、武装の不足という問題も絡んでいる。あの老人肝いりの装備を仕方なく積んであるが、どれだけあてにできるのかは未知数だな……)
「隊長。物資搬入が完了しました」
部下の言葉に、データから目を離す。その表情は、過去を悔やむのではなく、これからを見据えるものだ。
「了解した。では――抜錨!テトラデント号、出航!!」
隊長兼艦長を務めるベバラスの号令に、隊員たちが待ってましたとばかりに作業を始める。
すぐさまリッターから流用した、年季の入った魔力原動機のたてる回転音が微かにベバラスの耳に届く。
「整備は欠かさずやってきました。動作に支障はありません」
艦長の心中を察し、すぐさま副長が説明を入れる。
船体がゆっくりと進み始めた感覚に、浮かしかけた腰を、再び艦長席におろす。
「わかった」
「それで、どうしますか?」
「まずは、島の周囲に残っている可能性の高い海賊船三隻を叩く。星導砲の直撃を受けている船があるので、制圧には時間はかかるまい。そこで倉庫の限界まで物資を詰め込む。どれくらい放浪するか分からんからな」
「兵士たちの士気を維持するためにも適度な相手との交戦は必要でしょう。これまで潜伏していた分のガス抜きと装備の試運転、さらに目撃者を消すためにも」
「そうだな。では――」
方針を決め、指示を出そうとしたベバラスの耳に、伝言管からの声が届いた。
『隊長!こちら倉庫前!緊急事態です!』
「どうした」
『倉庫の管理を担当していた兵士たちが、反乱を起こしました!』
「何だと!?」
不満がたまっているのは分かるが、よりにもよってこんな時に――思わず毒つきたくなるのをこらえ、詳細な情報を聞く。
どうやら、反乱部隊は出航準備の際に示し合わせていたらしい。搬入物資に含まれていた武器を手にしているとの事で、迂闊に手は出せない様子だった。
「……やむを得ん。粛正部隊をだす」
決断の内容に、副長が目を丸くする。
「良いのですか?」
「これからの生命線である倉庫を、これ以上荒らされる訳にはいかない。それに、規律を乱す者は長い航海において危険だからな。厳格な対応をとらせてもらう」
粛正部隊は、規律違反者に差し向けられる刺客ばかりがそろった精鋭部隊だ。平時から武器を携帯している彼らであれば、反乱部隊を鎮圧する事も容易なはずだ。
すぐさまマイクローゼを介して出動要請を出すと、静かな了解の声だけが返ってくる。
しかし、ベバラスは何とも思わなかった。なにしろこの十年間、彼らから話かけてくる事すらなかったのだから。
(こちらとあまり接触を持ちたがらない連中ではあるが、こういう時には頼りになる)
何かあればマイクローゼで連絡をよこすだろう――そう楽観的に考え、報告をくれた部下へすぐさま言葉を返す。
「今、粛正部隊を派遣した。身を守りつつ撤退してくれ」
『…………』
いつまで待っても、返事が頭の中に響く事はなかった。
(それにしても……)
部下の冥福を祈り、対策が済んだベバラスは思案にふける。
(なぜ、今なのだろうか……目の前には海賊船が三隻も待ちかまえている。内輪もめをしていては、せっかくの装備を使いこなす事もできない。万が一とはいえ、海賊どもによって沈められる可能性だってありえる。それに、武装蜂起したというなら、要求のひとつくらい寄越しても良いはず。しかし、それも今のところ届いていない。確かに粛正部隊を派遣して問答無用な状況を作ったという意味では仕方がないといえなくもないが、向こうとてそれは承知していただろう。武力に訴える前にマイクローゼで一言何か伝えてくれていれば、こんな事にはならなかったのではないだろうか……)
だんだんと自責の念が滲み出てくるベバラスの意識を現実に引き戻したのは、鉄鎧のたてる威圧的な金属音だった。
「!」
音のした方――一階下に作られた通路との入り口部分――へ目を向けると、漆黒の鎧が数体入ってきているのが見えた。まるで操り人形のように全員がまったく同じ姿勢で歩いているのをみて、副長が小声でつぶやいた。
「粛正部隊……相変わらず人間らしさが窺えない連中ですね……」
「しかし、腕だけは確かだ」
と、艦橋に入ってきた黒鎧たちは予想外の行動を起こした。
操舵手や航海長ら、主要人員の背後に素早く近づくと、鞘から引き抜いた剣を首もとに押し当てたのだ。
「な、何のマネだ!!」
目の前で一瞬の内に繰り広げられた、見事とすら思えてしまう制圧に、ベバラスは叫び声をあげていた。
すぐさまそののどにも、冷たい死の感触がつきつけられる。
「反乱部隊に感化でもされたのか!海賊船三隻が迫っているというのに、我々が内部で争っていてどうするというのだ!」
「争うというのは違うのぉ……主従関係を元に戻すだけじゃよ」
しわがれた声に続いて艦橋に響いた笑い声に、ベバラスは戦慄を覚えていた。
「まさか……」
「ワシに知られるまいと伝言を使ったのはほめてやろう。じゃが、所詮は浅知恵。発案したお主自身もマイクローゼを接種しておる。ワシの監視から逃れる事はできぬよ」
声の主――反乱の首謀者は、黒い騎士甲冑の列が割れてできた道を進み出てきた。
小柄な体に似つかわしくない大きな着古した白衣を肩に引っかけ、しわが深く刻まれた顔には、状況の主導権を握っている者特有の、すべてを見通したような笑みが浮かんでいる。
「ドクトル・シュタイン……ッ!」
剣を突きつけられているため身動きはできないが、せめて視線だけでもとありったけの殺意を込めて老人をにらむ。何も枷がなければ今すぐに腰の剣を引き抜いて目の前の男を切り捨てているところだ。
「そう怖い顔をするでない。オマエは選ばれたのだ」
「……今度はどんな妄言を聞かせてもらえるんでしょうか?」
もはや隠す必要もなくなり、不信や不満を露わにするベバラスの態度も気にせず、シュタインは己の構想を語り始める。
「貴様も考えた通り、ゴーガ島においてのデウス・エクス・マキナ実戦導入は失敗に終わった。しかし、その原理は極めて優秀じゃ。そこで、同じ原理を他の枠に当てはめてはどうかと考えたのじゃ。その為に、物資搬入に色々紛れ込ませておいた。今頃、忠実な駒たちが組立作業を行っておる頃じゃろう」
「忠実な駒……?同胞を籠絡するのにいったいどんな手を使ったというのだ」
「籠絡?そんな面倒な事は必要ではないのだ。見るがいい」
シュタインの指さす方へ視線を向けると、操舵主を務める男の正面に黒甲冑が回り込んでいた。
そして、膝を軽く曲げて操舵手と目線をあわせる黒鎧。
その態勢を維持したまま数秒がすぎる。
と、糸が切れた人形のように操舵手がその場に崩れ落ちた。
「ッ!一体何をした!」
同胞を手に掛けられた事と不可思議な現象への不安が混ぜ合わされ、怒声を吐き出すベバラスに、シュタインは得意げに言葉を返す。
「なぁに、死んではおらん。ちょいと頭の中をイジっただけじゃよ」
「何……?」
老人の説明にベバラスはますます眉を寄せる。
粛正部隊の黒鎧は、操舵手に手をふれてもいない。だというのに、なぜ操舵手は倒れたのだろうか――その答えを探して、ベバラスは頭の中をひっかき回す。
その様子をおもしろそうに眺めていたシュタインだったが、ため息とともに口を開いた。
「時間切れじゃ愚か者。あの鎧は、貴様らの頭に注入したマイクローゼを強制的に励起させたのじゃ。これにより、ワシの命令を寸分違わず実行する手駒と成す事ができる」
「なん……だと……」
「あの機械人形の調整にはそれなりの手間がかかったが、予想以上に迅速に励起がさせられる。肉体が限界に達したら廃棄せねばならんのが難点じゃが、人材確保も港に入ってしまえばある程度は可能じゃろうから、大したデメリットではない」
「一体……何をするつもりだ……」
もはや理解を越えた事態に、ベバラスの背中を冷たいものが通り抜ける。
「皇帝陛下より賜った武力によって、世界を従えるのじゃよ」
なにを当然なことを、と鼻で笑うシュタイン。
憎らしいその顔をにらみ続けていたベバラスの視界を、黒いものが覆う。
「粛正部隊……」
「…………」
怒りによってさらに細められた目から放たれる怒気や憎しみといった感情にも、目の前の黒い騎士は全く動じた様子がない。
まるで、人形か何かを相手にしているようだ。
「ク……クワッハッハッハッハ!これは滑稽じゃわい!」
二人の様子を見ていたシュタインがこらえきれずに吹き出した。
「機械人形に怒りを燃やす……最後におもしろい物を見せてくれたのぅ。ベバラスよ」
「キカイ……人形……?」
これまでも老人の口から漏れていた意味不明の単語に、初めてベバラスの興味がむけられた。
「そうじゃ、こやつは人ではない。そっくりに作った人形なのじゃ。……そうじゃ、09よ。フェイスカバーを外してマイクローゼアクティベートを照射してやれ。さらに面白い光景をワシに見せるのじゃ」
老人からの命令に首肯で答えた黒騎士は、顔を完全に覆っていた面当てを外す。
「……ッ!」
黒騎士の〝素顔〟に、ベバラスは言葉を失った。
その顔には、目も、鼻も、口も、存在していなかったのだ。
代わりに内側に隠れていたのは、鋼の板とその上に配置された金の線、それにいくつもつけられた小さな箱だった。瞳があるべき部分では青い光が点滅している。
「ハッハッハッハッハ!その顔じゃ。その顔が見たかったのじゃ!」
呵々大笑するシュタインの鬱陶しさすら気にならないほどの衝撃に襲われたままのベバラスに、黒騎士はゆっくりと近づいてくる。
「…………」
点滅している二つの青い光が、ベバラスへと迫る。
しかし、確実な命の危険が近づいていると感じているにも関わらず、ベバラスは指一本動かせなかった。
(動けっ!動いてくれ!)
声すら出せない今、彼にはひたすらに心の中で叫び声をあげるしか抵抗する手段をもたなかった。
しかしそれも、最初の数秒だけしか維持できなかった。
驚きに見開かれていた瞼は、脳内のマイクローゼの働きによってゆっくりと閉じられていく。
「さようならじゃな、ベバラスよ」
老人のつぶやきに重なるように、ベバラスの膝が艦橋の床についた――。
「……さて、そろそろかのぅ」
艦橋でテトラデント号の情報を観覧していたシュタインは、顔をあげる。
彼の目には、勢ぞろいした黒い鎧たちと、その後ろで床に寝かされている船員たちの姿がうつっている。
パチン!、とシュタインが指をならす。
その音が合図となって、倒れていた船員たちが全員起きあがる。その様子は、立て膝をつく足の左右から床についた手の開き方、立ち上がりにかかる時間に至るまで、まったく同じだ。
「さて、諸君。新たなるトライデントの船出じゃ!まずは、目の前のならず者たちを蹴散らし、我々の強さを証明しようではないか!」
生ける者のない艦橋に、老人の宣言が寒々しく響きわたった。
マスゲームのように統制のとれすぎた動きで持ち場に散っていく傀儡たちを見下ろしながら、シュタインは艦長席に持ち込んだ各種モニターを点灯させていく。
その一つ――倉庫につけられたカメラから届く映像の中には、少女の入れられたカプセルをはじめとした各種装置が映し出されている。
「戦い慣れしていない普通の娘に攻撃をさせようとした事が間違いだったのだ。ここは発想を転換し、生命体すべてが共通して持つ最も強い本能――自己防衛を利用して鉄壁の守りを作り出した方が親和性があがるじゃろうな……」
ひとりごちる老博士の視線の先では、格納庫に移動させられたコアユニットが、各種センサーと接続されている最中だ。
「レーダーによって外敵を察知し、危険に近づかれまいと思う娘の思考がダイレクトに船の各種兵装を起動させる――時間差の一切存在しない、完璧な防御策じゃ!名付けるならば――そう、鉄壁の盾アイギスとでもしておこうかのう!」
自分の発した言葉に興奮してどこまでも感情が高ぶっていく老人の思いを受け、テトラデント号は最大船速でカモフラージュされていたドックを突き抜け、大海原へとその特異な姿を現したのだった。
「なんだ……あの船の形は」
ムラサメから降り、艦橋に戻ったトマスは奇妙な船に目を丸くしていた。
通常は一つしかない船体が二つ横につながっているのだ。
さらに奇妙なのは、接合部分に設えられた艦橋を中心として左右に連装砲がある以外、目立った武装が見あたらない事だ。せっかくの広い甲板だというのに、武器を配置していないというのが、トマスにはどうにもひっかかった。
「……レギルスの話していた船は黎明期の鋼鉄艦という話でした。いったいあれは……」
「まさか。双頭竜……?」
聞き慣れない単語を口走ったのは、レイナだった。
「何ですか?」
「あたしが生きてた頃、海賊仲間の間で噂になってた船があったのさ。眉唾な話だったから誰も信じようとしなかったんだけどね」
「噂ですか……」
「ああ。双頭竜っていう海賊船があって、ソイツに遭ったら間違いなく沈められるってもんでね。その伝え聞いた海賊船の形が、あの船にソックリなんだよ」
「凶兆の印……なんだか不気味ですね。しかし、これは都合がいい」
敵が島と艦で戦力を分けるのであれば、こちらとしてはやりやすい。二隻の船で港から船を引き離している間に、残った一隻で入港してしまえば此方の目的は半分以上達成されるのだから。
「――でも、そう簡単にいくかね……」
「どういう意味です?」
「勘なんだけど……島にあった星導砲――あれに匹敵する何かが、双頭竜には積まれている。そんな気がするんだよ」
「あり得ない……とは、言い切れませんね。見た目からして特殊な船です。秘密兵器のひとつやふたつ、積んでいてもおかしくはない……」
「けど、僕達のやる事はかわりません!」
ネオ・ユニコーン号艦橋に渦巻き始めようとしていた怖気を吹き飛ばすように、力強い宣言をするトマス。
と、その宣言を後押しするように無線が鳴った。
『どうする?トマス』
『島から船……あたし達向きになったじゃないか』
難敵の出現にもいささかも衰えていない戦意を持ったエドワードとカーミラの声に、トマスの厳しく結ばれていた口元に、笑みがうかぶ。
『カーミラの言うとおり、相手が船になったのは好都合です。こちらの保有する二騎のリッターで制圧してしまいましょう。船体が横に並ぶ一瞬で飛び移ってください。エドワードは後方支援をお願いします。砲塔は使えますか?』
『ああ。しかし、あまり効果的な援護は難しい。動かせるのは、砲塔一つしかないぞ』
『かまいませんよ。僕たちが敵艦に飛び移ってしまえば問題ありません。あとは、レイナたちと連絡を取り合って敵艦の注意を引いてください。相手が無視できない程度で十分です。ただ、島からの砲撃には十分に注意してください。先ほどから全く動きが無い事が、逆に気になります』
『分かった』
『カーミラ、そちらの準備はどうなっていますか?』
『いけるよ。手順はさっきの強襲揚陸と同じだろ?』
『はい。それでは皆さん、よろしくお願いします。それと、星導砲についてですが――』
トマスは、砲撃を間近で見た時からずっと考えていた推論を二人に伝える。そして、レイナの領域内で確認された砲弾の軌道から、おぼろげにだが導き出される対星導砲の攻略法も。
『――という感じです』
『なるほど……いわれてみりゃあ、確かにそうだな』
『正確すぎるのも、困りもんだねぇ』
『まったくですね』
カーミラの感想に苦笑をまじえて答えたトマスは、横で半透明になっているレイナに声をかける。
「レイナ、無線で連絡したら領域展開を中止してください。いつもの方法でいきます」
「りょーかい。んじゃ、あたし等なりの戦いってヤツを見せてあげようじゃないの」
師匠の口角をつりあげた笑みに、同じ表情で頷いて、トマスは再び整備場へと走り出した。
(ほぉぉ……)
艦長席に座ったシュタインは、マイクローゼの蠢きがもたらす快感とモニターに映し出された光景に震えていた。
巨大なメインモニターには、彼の手駒と化したトライデント隊と粛清部隊が粛々と各種作業に従事している様子が映し出されている。
「この全能感……なんと心地よい……む」
心地よさに下がっていた眉が敵艦確認のアラートによって不愉快そうにつりあがる。
「さっきの海賊連中か……丁度よい。ワシの新兵器の実験台となってもらおうかのう」
マイクローゼを介して指示を出すと、即座にモニターが格納庫内部に切り替わる。
そこには、壁際に使い古されたシュタールリッターが二騎直立し、中央には少女を入れたカプセルを中心としたコアユニットと、各種装置がある。コアユニットから方々に伸びるコード類は各種兵装やレーダーへの接続が完了している。
「よぉし、さて、どこからでも撃って来るがいい……それとも、こちらから仕掛けてやろうかのぅ」
手駒たちの働きを満足そうに眺めていたシュタインは、兵装関連の情報を映すサブモニターへと目をやると、いたずらを考えついた子供のような笑みをうかべる。
「そうじゃな、まずは技術の差というものを思い知らせてやるというのも良いか。戦意を奪えれば、もしかしたらあの木造船を無傷で手に入れる事ができるやもしれぬ……垂直発射装置起動!一番管発射用意!」
老博士の言葉に応え、何もないはずの甲板を形作る装甲が一部だけ展開されていく。
その下には、円錐と円柱を組み合わせたような奇妙な形をした砲弾が規則正しく並べられていた。
「《ケンタウルス》発射ぁ!」
生き生きとした声とともに、炎を吹き上げて砲弾が独りでに飛び上がっていく。
その目標は、トライデントの進路をふさぐように向かってくる船の一隻――木造船。
「クックックッ……小型のデウス・エクス・マキナとでも呼べるこの兵器、設計と制作に三年もの期間を費やした傑作じゃ。とくと味わうが良い!」
「やっぱり、似たようなもん積んでたか……」
発射された誘導弾の描く軌道は、領域を展開しているレイナによってしっかりと察知されていた。
「トマス。あたしの勘が当たったよ。また、上に上がっていった」
「了解です。なら、早速試してみましょうか」
己の推測を信じたトマスの口から出された言葉は、意外なものだった。
「機関停止!」
艦長の指示に、艦橋の全員が覚悟を決めて星導砲攻略法を実行に移す。
『砲手、旧式砲塔を直上に!』
『了解!』
慣性も使いきって波間に浮かんでいるネオ・ユニコーン号。その左右に二門ずつ設置されている外観通りの前時代的な砲塔が、天を射ぬくように真上に向けられる。
『よし、領域に捉えた!』
「撃て!!」
トマスの声に一瞬遅れて、計四つの旧式砲塔が煙とともに砲弾を吐き出す。
弾種は、ひとつの砲弾からいくつもの小型弾を放つブドウ弾。
ややあって、ネオ・ユニコーンの上空でいくつもの鉛の花が咲く。
そして――、
真上から串刺しにしようと迫っていたケンタウルスが、散布された鉛玉に接触。周囲に散った弾をも巻き込んで、大小さまざまな火球をつくりながら爆発した。
「な、なんじゃと!?」
ケンタウルスの行く末を人工の星を介して見ていたシュタインは、映し出された光景に、とてつもない衝撃を味わっていた。
「まさか……デウス・エクス・マキナを破った……だと……ええい!あんな化石クラスの兵器ごときが!!」
青筋を浮かべてひとしきり叫び声を上げると、多少の冷静さを取り戻したシュタインは次の攻撃を命じる。
「まぁよい。この艦は通常火力だけでも十分に圧倒できる。芸術性は欠けるが、仕方な――」
シュタインのつぶやきは、アラートによって上書きされる。
「ほぅ……楽しみじゃ」
普通であれば身構える砲弾接近の警告に、老人は破顔していた。
モニターに映る格納庫の映像に視線を向ける。
先ほどまで水をうったように静かだった格納庫は、けたたましい警告音と赤色灯の光に照らされ、緊急事態であることを如実に表している。
シュタインの手駒となったシュタールリッターパイロットたちが、乗降用ワイヤーに掴まって搭乗口を目指している。
しかし、シュタインの指示で動き始めたわけではない。
レーダーによって外敵からの攻撃を察知したコア装置に眠る少女が付随するマイクローゼを介して、防衛態勢を敷いたのだ。
甲板を映すモニターに視線を向けると、艦橋横に据えられていた連装砲が個々に射角を変更して敵の砲弾を撃ち落とそうと狙いを定めていた。
「すばらしい!!」
まったく自分の意志を介在させずに完成した防御態勢に、シュタインは歓喜の雄叫びをあげた。
「やはり、ワシの発想は間違っていなかった!これぞアイギスの真価よ!」
(自分の研究が到達した一つの終着点――それが実証されようとしている!)
研究者としての本能を全開にして目をギラつかせながらモニターを見つめるシュタイン。
そんな彼にとっては、艦橋の前に現れた少女の幻影などどうでもよかったのだった。
「ツバキ……島からあの艦に移動させられていたんですね」
ムラサメのコクピットの中、トマスは艦橋から送られてくる光景を食い入るように見つめていた。モニターには、双頭竜を守護するように前方に立ちふさがる巨大なツバキの姿が映し出されている。
現在、ネオ・ユニコーン号はホーエンハイム号と併走しつつ、全速力で双頭竜への距離を詰めている最中だ。
(制御装置であろう彼女が船の中にいるのならば、島からの星導砲による攻撃は無いと断定していい。いくらマイクローゼといっても、ここまで距離があっては影響を及ぼす事はできないはず)
『皆さん、ゴーガ島から星導砲の砲撃はこないと思われます。あの戦艦に意識を集中してください』
『了解!』
『わかった』
簡潔な返事を聞いて意識を再びモニターへ向ける。
巨大なツバキに向けて、こちらの発射した十発以上の砲弾がぐんぐん近づいていく。幻であろうとも、彼女に攻撃をしなければならない事に良心の呵責を覚えつつ、どうにか割り切ってトマスはモニターを見つめ続ける。
そして、ついに鉛弾が少女に届こうとする瞬間――爆光がきらめき、すぐさま火薬によって発生した黒煙によって覆い隠される。
「すべて迎撃された!?」
見た限りでは、小型の星導砲が使用された様子はなかった。
つまり双頭竜は、十発以上の砲弾に、艦橋左右の回転砲塔――合計八門だけで対処した事になる。
「どうやって……」
装填作業をいくら急がせたとしても数秒で二回発砲するのは難しいだろう。それに、もし再装填をしていれば迎撃は二度行われるのだから、爆発が同時に起きるなどあり得ない。
魔法の使用も疑ってみるが、トマスの知る限り今回のような事象を起こすことができる魔法に心当たりはない。
一体何が、自分たちの砲撃を無効化したのか――潮風によって流れ、薄まっていく黒煙をにらんでいたトマスは、煙の奥より現れた二つの影に苦虫を噛みつぶした表情になった。
黒煙が払われ、煤で薄汚れた甲板の上には、二騎のシュタールリッターが自身の全長ほどもある巨大な弓を構えたまま悠然と立っていた。
「すぅばらしいっ!!」
予想通り、いや、それ以上の結果を目にしたシュタインは、天にも昇るような恍惚の表情をして叫び続けていた。
「まさに完璧!パーフェクトじゃ!!」
アイギスは、向かってくる弾数とこちらの戦力を考慮して、最善策をとっている。リッターを昇降床で移動させている間に射撃体制を整えておくなど、システムとして十二分な思慮を持っている。
制圧の切り札として温存していたリッターを晒してしまったのが失敗といえなくもないが、せっかく船出をしたばかりの船を傷つけられるよりは良いと思い直す。
「《ハゴロモ》と《ストレイトジャケット》か」
モニターに映る二騎の鋼鉄騎士の名称をつぶやきつつ、特徴を思い出していく。
――共にトライデントに配備された《ガベル》の改修型であるが、そのコンセプトは真逆といっていい。
まず、《ハゴロモ》。
これは、そもそも細身の《ガベル》の長所であった機動力のさらなる向上を狙って再設計された騎体だ。全身の至る所につけられた小型噴射装置は様々な動作を補助し、敵騎への急接近や後退を行う事が可能となっている。また、四肢に付けられた噴射装置を使えば体勢の変更や接近戦における攻撃力の向上なども期待された。また、短時間であれば浮遊する事も可能という革新的なリッターである。
しかし、開発された当時はすでに戦争も長期化してしまっており、優秀な兵士の大半が命を落としてしまっていた。そのため、騎体の性能を引き出せるパイロットが見つからなかった不運な騎体は、評価試験の為に配属された実験部隊の整備場で終戦を迎える事になったのだった。
次に《ストレイトジャケット》。
これは、正確には騎体名称ではなく、《ガベル》に付けられた特殊装備に対する名前だ。
長期化した戦争によって生産ラインの統合を決断した帝国は、一つの騎体に汎用性を持たせようと考えた。《ガベル》を基に、過去の
しかし、後に重装甲型の量産騎が《ミョルニル》に統一されたのを見てもわかる通り、この構想は失敗に終わった。
理由は、装甲を装着するという点そのものにあった。
ガベルは、その細身な騎体にあわせ、動力炉も専用の物が製造されている。つまり、細身の《ガベル》を動かす事を想定して作られた動力炉では《ストレイトジャケット》を纏った状態での稼働が難しかったのだ。結局、小型の補助動力炉を搭載する事で解決したが、それでは当初の目的である生産性の向上から遠のいてしまうため、廃案になった。トライデントに配備されているのは一騎だけ作られた試作騎である。
「リッター開発の中でもとりわけ極端な連中じゃ。二騎分しかない搭載スペースにこれを載せるとは、ベバラスも変わり者だったようじゃな……さて」
無表情で淡々と作業を行う元隊長の後ろ姿を一瞥し、シュタインは状況変化を確認しようと周辺を映し出すモニターを見つめる。
「……ん?」
モニターには全く速度を落としていない二隻の海賊船が映し出されていた。
「アイギスを恐れずに突き進んでくるとはのぅ……何か作戦があるのか、ただの大馬鹿者か、見物じゃな」
腕組みをして高みの見物を決め込むシュタイン。
「先史の神話に謳われた鉄壁の盾、海賊程度がいかな足掻きを見せるか、とくと見せてもらおうかのぅ」
「速度落とすな!操舵手、もっと、ギリギリまで寄せな。多少ぶつかったからって壊れるほどあたしはヤワじゃない!」
ネオ・ユニコーン号艦橋では艦長席に陣取り、水を得た魚となったレイナが檄を飛ばしていた。
「トマス、行けるかい?」
『いつでも行けます』
元弟子からの回答に満足しつつ、甲板展開を指示する。
『もう開いておくんですか?』
「ああ。このままなら接舷まであと一分だ。一瞬でも早くあんたを双頭竜に送り込むのに、躊躇してらんないわ」
『しかし、もし敵騎の攻撃が飛び込んでしまったら……』
「整備場内はリッターが戦闘しても壊れないくらい頑丈な隔壁をつけてるのを忘れたかい?砲弾の破片程度ならへっちゃらさ。……さぁて、いよいよ正念場だ」
ニヤリと賭博師の笑みを浮かべるレイナの視界は、巨大な艦が占領していた。
(なるほどねぇ……)
奇妙な船影や武装の詳細も、こうして近づけば色々と見えてくる。
(本当に星導砲にたよりっきりな武装だ。まあ、その期待はわからなくもないけどね……こんだけ近づけばその左右の砲塔くらいしか使えないだろう。搭載しているリッターだって、トマスとカーミラが抑え込める)
「あたし等を相手にしようってんならまだまだ甘いね」
勝利を確信して細めた視界の中を、トマスの乗ったムラサメが駆け抜けていった。
「なんじゃと!?」
海賊船から現れた鋼鉄騎士に、シュタインは裂けんばかりに目を見開いた。
「あんな木造船にリッターが積まれているだと?おのれ……まさかワシと同じ考えに至る者がでてこようとは……アイギス!」
憤怒が遺憾なく込められた叫び声は、そのままマイクロターゼによって艦全体に届けられる。
「さっさと甲板のまがい物共を鉄クズにしろ!周囲をうろつく損傷艦も、いい加減に撃沈せんか!両舷を悠々と通り抜けられおって!ワシはそんな風におまえを作ったつもりはない!!」
怒りで赤くなった顔に青筋を増やして喚きたてる老人の要望通り、甲板に陣取った《ハゴロモ》と《ストレイトジャケット》が再び弓に矢をつがえ、左右から飛んでくるリッター二騎を撃ち落とそうと試みる。
お互いの装填時間を縫うように間断なく放たれる、一撃必殺の鋼の矢を、向かってくるリッターは最低限の挙動で避けてみせた。
「ぬぅ……小癪な!」
歯がみするシュタインがにらむ甲板に、細いリッターと両手が不釣り合いに大きなリッターが降り立った。
四騎もリッターが立っているが、広大な面積を誇るテトラデントの甲板はまだまだ余裕がある。むしろ、リッター用の闘技場にすら見えるほどだ
(まさかこの艦にとりつかれるとは、海賊というのもなかなかバカには出来んということか。しかし、ここはわしの実験場じゃ。万が一、いや、不可思議が一にも壮大な計画が頓挫するなどありえん)
自分を鼓舞すると、シュタインは目を閉じ、瞑想するような姿勢をとる。
(アイギス、《ハゴロモ》と《ストレイトジャケット》の操作をワシに回せ。おまえは連装砲の照準と発射に集中し、船どもの相手じゃ)
創造主の言葉に従順に従い、アイギスはリッター二騎の操作権を委譲する。
パイロットや騎体に充填されたマイクローゼを媒介にして、リッターを操り人形のように支配下に置き、シュタインは嗜虐的な笑みに口元を歪ませた。
『着艦成功。だけど、まだ障害は残っているみたいだねぇ』
「軍でも同じ運用思想を持つ人間がいるとは……」
『それだけトマスの考えが正しかったってことだよ。にしても、厄介な相手だ』
言葉とは裏腹に嬉しそうな声を出すカーミラに、トマスは思わず肩をすくめる。
(レイナといいカーミラといい、なんで僕の仲間は好戦的なんだろう……)
全く場違いな感想を、頭を振って追い出すと、対峙している二騎のリッターの観察を始める。敵の特徴を大まかでもつかんでから戦うのがトマスのスタイルなのだ。
「高機動力を極めた騎体と重装甲な騎体ですか……」
『迷ってるなら、あたしが先に行かせてもらうよ!』
言葉を吐き出すのと彼女が踏み出すのはほぼ同時だった。
紫紺を基調とした細身の騎体――カーミラのトートが甲板をこするような低い姿勢のまま重装甲のリッターへ迫る。死角に入ったのか、敵リッターは全く反応していない。
『いくら装甲が厚かろうが!』
叫びざま、相手の腹部――コクピットへ狙いすました拳が、胴体と比べて不釣り合いに巨大な腕から繰り出される。
人間の指にあたる部分に装備された鋭利な金属の爪が、潮風を切り裂いて重装甲リッター《ストレイトジャケット》へ突き刺さった。
直後――二騎のリッターの間で巨大な爆発が起きる。
「ちっ!」
とっさにトートは距離をとった。
奇襲による先制攻撃を成功させたにもかかわらず、カーミラの表情は苦々しいものだった。
「なんてけったいな装備を……外道な帝国らしいっちゃらしいか」
カーミラの見つめるモニターには、真っ黒に焦げた装甲がばらばらと飴細工のように剥離し、フレームにもヒビが入ったトートの左腕があった。
『わざと装甲を爆発させて攻撃した側にダメージを与えるなんて……』
「よく見えてたね、トマス。その通りさ。あのまま立っていたら片腕だけじゃすまなかった……まったく、騎士道なんかにのっとって正々堂々と戦いを挑んだヤツはこれの餌食ってわけだ。昔は遠距離攻撃ができる有効な兵器が少なかったからねぇ」
当時の記憶を思いだし、複雑な表情を浮かべながら、カーミラは油断なく敵リッターを見つめる。
(ま、その正々堂々に乗っちまったあたしが言っても説得力がないけどさ。さて、どうしたもんかね……)
トートには遠距離攻撃ができる武器が装備されていない。元々、船体に爪を立ててよじのぼり、その強靱な腕を使って艦橋を攻撃をするために改良を続けてきた騎体なのだ。戦艦ホーエンハイム号の艦砲射撃との連携を前提としているが故の弊害ともいえる。
対して、敵は使用不能になった弓を折り畳んで腰のハードポイントに装着し、代わりに両手に肉厚の刃をもつ小振りな斧を握っている。持ったままの斬撃に加え、投擲による中距離攻撃も可能という優れものだ。
(意地でも近距離でやりあおうって腹か……こっちの攻撃に反応して爆発する重装甲……)
攻撃から爆発までの時間を考慮すると、パイロットの操作によって作動させるというより、自動的に爆発しているように思える。
そして爆発の威力もすさまじい。爆発によって生じる光や煙が敵リッターを覆い隠してしまう程だ。事実、ぎりぎりで避けたカーミラの騎体も接触していた腕一本を犠牲にしてしまった。
(自動的……ん?)
綿密に対峙するリッターを観察していると、攻撃前とは異なる部分がある事に気がついた。
装甲の一部が何かを抜き取ったように綺麗にへこんでいるのだ。
その原因はすぐに思い至った。
へこんでいる箇所は、カーミラの攻撃によって爆発した部分なのだ。何のことはない、装甲の間にあった爆薬と表面の装甲がなくなった結果、さらにその奥にある装甲が見えているだけだったのだ。
(なるほど。ああやってブロック毎に爆発するから、一カ所の攻撃で装甲すべてが爆散しないのか……ということは、だ)
新たに分かった事実から、対抗策を組み立てていくカーミラ。
その口元にはいつの間にか笑みがうかんでいた。
「ちょっと、試してみようかねぇ」
風にゆれる小枝のようになった腕を構え、トートは再び甲板を蹴る。
鉄の床すれすれの低い姿勢を続けながら、蛇行やフェイントを交えて相手の注意を分散させようと試みる。他のリッターに比べて低い全長と腕の重量や船舶へのとりつきやすさを考慮して、トートは常に膝を曲げたままの姿勢をとっている。そのため、カメラ部分が少ない敵騎が視認するのは困難になるとカーミラは考えたのだ。
対して敵は、微動だにしない。おそらく、カーミラの動きが止まった一瞬を狙って、ふた振りの斧をたたきつけようというつもりだろう。
まだ足りない――そう判断したカーミラは限界までトートの下半身の関節を酷使する。
もし戦いの場が屋内なら壁はおろか天井すら平然と走りそうな速度と俊敏さを前に、置物のように固まっていた敵騎がついに頭を巡らせた。
「よし!」
思わず口からでた歓喜の言葉より先に敵の背後に回り込んだトートは、それまで曲げたままだった膝を勢いよくのばして飛び上がると、敵の背中を守る分厚い装甲へ、フレームだけになった左腕を容赦なく叩きつけた。
直後に起こる、二度目の爆発。それは、先ほどの爆発よりも広い範囲の装甲を爆発させていた。
爆発の衝撃に耐えかねて、左腕のフレームは肘関節の部分から完全に折れてしまった。
しかし、そのおかげで相殺仕切れずに残った爆風の落下エネルギーを利用して、トートは甲板へ押し付けられるように着地する。気を抜くと吹き飛ばされそうな爆発の威力を残った右腕で防御しつつ、中のカーミラはモニターをにらむ。
(こんな無茶、次は出来ないからね)
爆散した装甲と爆風が直撃して、爆ぜ、ひしゃげ、剥がれ落ちていく装甲を、モニターは冷徹にコクピットに中継し続ける。
装甲の中に隠れていた、自重を支えるほどの高出力をたたきだすアクチュエーターが、火花をあげて破裂する。
そしてついに、右腕のフレームがその華奢な姿を見せた。
「まだか……」
危険を告げる警告音が響くコクピットの中、カーミラは歯を食いしばって堪える。
その時、ようやくトートが防御を続ける原因の爆発がついに弱まりはじめた。それに伴ってようやく爆煙の勢いが弱まり、潮風にまかれて黒い霧が晴れ始めた。
「今!」
カーミラは、かろうじて残ったフレームだけの右腕を煙の中へと突き入れた。
相手は動かないという前提の上で決めた刺突箇所は、勘といっても過言ではない程に確実性が薄かったが、煙に隠されたその奥からは、金属同士がぶつかり合う激しく甲高い音に続いて、するりと突きをした方向に騎体が持っていかれる感覚が返ってきた。
(やっぱり、二度目の衝撃には弱かったみたいだね)
爆発の中心――爆心地の周辺は、当然ながらかなりの衝撃が与えられる。
ストレイトジャケットの反応装甲においてもっともダメージを受ける物体は、敵騎ではなく、ストレイトジャケット自身の爆発した表面の装甲から中を守るための第二装甲だ。
もちろん、内部にあるリッターを護るために装甲は厚い。
だが、それは爆発後も続くわけではない。
爆発の熱や衝撃を内部に伝えない事に特化した加工やコーティングを施された装甲は、反応装甲がその真価を発揮し終えると普通の装甲並の強度しか持ち合わせなくなってしまうのだ。
リッターが通常備える装甲の厚さであれば、トートの持つ鋼鉄の爪で簡単に貫くことができる。さらに今回は爆発による灼熱で十分あぶらせていたのだから、その貫通力は何倍も増している。
目の前の装甲が下へとずり落ちる。
「まずい!」
敵の意図を理解し、すぐさま残った腕をフレームから分離。未だに衰えぬ脚力をもって離脱を試みる。
「ふぅ……何とか、なったか……」
巨大な船体をも揺らす程の爆発の轟音を背中で聞きながら、カーミラは己が生きている事を実感した。
安堵のため息を吐く間もなく、敵騎接近の警告音がコクピット内に響く。
「両腕を引き替えにして、外套剥いだだけかい」
感覚を頼りに、騎体を横へと流す。
刹那後、トートが立っていた空間を銀色の刃が通り過ぎていった。
カーミラの予想通り、ストレイトジャケットによって守られていた中身――ガベルは、ほぼ無傷で立っていた。増加装甲を解除した直後に起爆させ、最大限のダメージを与えようとした細身の騎体は、片手に短いナイフを握っている。
軽量化と省スペースの為に最低限の装備しか備えていないものの、両腕を無くしたトートにとっては十分すぎる脅威である事にかわりはない。
「さぁて、第二回戦といこうか」
満身創痍の中、不敵にスピーカーに言葉をのせたカーミラだったが、その背中を冷たい汗が流れていく。
(って言っても、状況は最悪だね……)
背後を映すモニターに目を走らせるが、そこには白い大地と見紛う巨大戦艦の甲板と空、そしてかすかに見え隠れする蒼海しかなかった。
白と青のセパレートの中を時折、鈍色の弾が横切る。
(こっちの艦は遠巻きに艦砲射撃か?レイナの指示にしてはずいぶんと遠慮がちな戦術だね)
しかし、当初の目標である敵の注意を分散させる事は果たせているようだ。実際、連装砲は一度もこちらへむけられていない。
「トマスの方は……っと!」
状況把握を優先していた思考に出来た間隙を突くように振るわれる白刃を、間一髪、素早い足裁きで体勢を変えて避ける。
「ったく、油断も隙もあったもんじゃないね。こっちは手負いなんだから、手加減してくれてもいいだろうにさ」
思わず毒つきつつ、意識を青い敵騎へとむける。
(こっちの武器は――ああ、アレがあったっけ)
普段まったく使う機会が無いために失念していた装備に思い至り、カーミラの顔から焦りの色が消える。
(問題はバランスが取れるかどうか……でも、やるしかない)
「中破してるリッター一騎に随分と時間をかけるじゃないか。帝国軍人ってのはいつからそんなに弱腰になっちまったんだい?」
挑発を外部スピーカーに向けて叫ぶ。
しかし、相手からの反応は全くない。
再び腰を落として身構えるトートの中で、カーミラは持久戦を覚悟する。
と――、
『カーミラ、そのまま動かないでください!』
切迫したトマスの声が届いた直後――眼前の敵リッターが、横から猛烈な速さで飛んできた何かに弾き飛ばされていった。
呆気にとられたのも一瞬の事。すぐさま我に返ったカーミラが周囲を見回すと、かなり遠い場所にムラサメが立っているのが分かった。
「トマス、一体何をしたんだ?」
『これを使いました』
自騎に向けて投げられた物をキャッチしてみると、鎖の先にフックがつけられている。
「これは、騎体固定用のワイヤーアンカーじゃないか……まさか」
一つ、目の前で起こった現象を説明できる推論がカーミラの頭でひらめいた。
『はい、このアンカーで拘束した敵を振り回してもう一方の敵に当てたんです。なにしろ、向こうは空から攻撃してきましたから、これくらいしか対策が思いつきませんでした』
涼しい口調で言ってのける青年艦長に、カーミラは背筋が寒くなるような感覚を覚えた。
おそらく、トマスの相手にしたリッターは極限までの軽量化と全身につけられた噴射口から察するに、噴射装置をフル稼働させることによって空中に浮かびあがっていたのだろう。まるで風に舞う木の葉のように捉え所がない飛び方をしている敵を相手に、自分と同じく近接武器しか攻撃手段を持たないムラサメが取れる方法を考えた場合、確かに無理矢理地面に引きずりおろすのが一番手っとり早い。
(それでも、前触れなく振りおろされる剣を掴むような正確さを持ってなきゃ実現なんて出来はしない。本当、恐ろしい子だよ)
「とにかく、これであんたの嫁奪回への障害はすべて排除した。あとはじっくりこのデカい艦を調べるだけだ」
『嫁って……まぁ、いいです。おそらく艦橋か機関室にでも閉じこめているのでしょう。とっとと制圧してします』
言うなり、腰から引き抜いた剣を艦橋に突きつけるトマス。
『こちらは、ユニコーン海賊猟団、ネオ・ユニコーン号艦長のトマスです。貴艦の抵抗は無意味です。今すぐ砲撃を止めてください』
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」
二騎のリッターとの接続を泣く泣く切ったシュタインは、限りなく沸き上がってくる怒りに震えていた。
向こうはこちらと同じ騎体数、しかも見たところ遠距離へ攻撃する武器を一つも持っていなかった。
対してこちらは反応装甲を用いた近接攻撃殺しの重装甲リッターと、浮遊によるトリッキーな攻撃が持ち味の超軽量リッター。しかも弓を持たせていたのだ。
どうして負ける理由があろうか――栄養不足でスカスカになった歯をかみ砕かんばかりに悔しげな表情を浮かべる。
(いや、理由ははっきりしている。ワシの慢心じゃ)
たかがナイフと鋼鉄の爪ごときが何するものか、とタカをくくり、それならばと自慢の騎体の性能を実戦で証明してみせる方向に考えが向かってしまったのだ。
純然たる勝利を求める軍人ではなく、実戦による性能検証を重要視した科学者の考え方に走ってしまった事は、後悔してもし切れない失敗だった。
結果として、艦橋の窓越しに、空色のリッターに巨大な剣を向けられるという状況まで追い込まれてしまった。
(じゃが、まだじゃ。まだ、策は残っておる)
「わ、分かった。武装を解除する。伝言管が故障してしまったので、乗組員全員に伝えるまでしばし時間をくれぬか」
『……分かりました』
まっすぐに向けていた剣を下げる空色のリッター。
(甘いのぅ……)
ほくそえみながら、老人は格納庫へ全速力で走る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
息を切らしてたどり着いた彼の前には、楕円形のカプセルが横たえられていた。コア装置に酷似しているものの、中には液体が入れられておらず、空になっている。そして内側には先端に吸盤のつけられた管がまるで触手のように何本も並ぶ。
ためらう事なくカプセルに身体を入れると、吸盤が自動的に全身にくまなく装着される。
(可能性は五分五分といったところじゃろうか……)
催眠効果のある気体がカプセル内に放出される音を聞きながら、シュタインはこれからを考えていた。
彼が今からやろうとしているのは、マイクローゼと自分を同一化することなのだ。
マイクローゼは、様々な恩恵の代わりに宿主の情報を吸収する特質を持つ。通常の寄生であれば、肉体が成長を止めるか幼児化した時点で吸収は止まる。では、マイクローゼに自己の全ての情報を与えればどうなるのか。
この疑問にたいして、シュタインは長年にわたる研究の末、マイクローゼの中に自我が存在し続けると結論づけた。
(クワッハッハッハ!ワシの勝ちじゃな!)
彼自身の肉体は失われてしまうが、彼にとってはさほど重要ではない。生きている事、思考し続けられる事こそが彼の望む全てなのだ。
それに、マイクローゼの感応と共鳴によって他人の内部にあるマイクローゼと自分が同化したマイクローゼを入れ替えれば、他人のではあるが身体を手に入れる事もできる。そして今、艦内にはマイクローゼを励起させられている者がごまんと居る。憑依する相手は選り取り緑なのだ。
(国家反逆罪などで処刑されてたまるものか。凡人どもには理解できない最高の技術を、これからも作成し続けねばならんのじゃ)
眠りに落ちようとしつつあった彼の耳に、くぐもった音が届いた。
(なんじゃ……爆発音か?アイギス、相手をしてやれ……)
それが、老人の最後の思考となった。
「突撃ー!!」
レイナの声と共に、ネオ・ユニコーン号の帆の裏に描かれた紋章が光り輝く。
まるで見えない手に押されているかのように加速をつけていくこの船の針路には、双頭竜――テトラデントがある。トマスから双頭竜沈黙の連絡を受けたレイナは、最後の仕上げとして衝角による船体の破壊を決めたのだった。
通常の船舶ではあり得ない速度をもって、巨大な双頭竜を目指すネオ・ユニコーン号。
と、その左右から複数の艦が近づいているのにレイナは気がついた。
「なんだ……?」
一糸乱れぬ横陣を組んだまま進んでくる鋼鉄製の船。甲板には示威の意味も兼ねられているのか回転砲塔が複数鎮座している。
そして、左右合計六隻の艦橋には、全て同じ旗が掲げられていた。
その旗に描かれた紋章を目にした、レイナは思わず目を細めた。
「連邦海軍……どうして……」
呆然とした様子のマーミャの口から呟かれた疑問。それに対する答えはすぐに示された。
迫る艦より、通信が入ったのだ。
『こちら、連邦海軍第一艦隊旗艦ポセイドンだ。貴艦がネオ・ユニコーンか?』
「そうだ。アタシは艦長代理のレイナ。なんで連邦軍が出てくるのさ。これはうち等の仕事だよ」
『商会から連絡があったのだ。相手が旧帝国の残党であれば、我々が処理するのが道理。それに、貴君らはマイクローゼについての知識が不足しているはずだ。こちらの専門部隊に任せてもらえなければ、相手が逃走してしまう可能性もありえる』
ポセイドン艦長の半ば断定したような言葉が意味が分からず、レイナは首をかしげる。
「逃げられる?もう武装解除の最中だ。制圧間近なんだよ?」
『仮説ではあるが、マイクローゼを使えば逃げる方法は存在するのだ。……時間が無い。とにかく、我々も貴君等の海賊狩りに同行させてもらう』
「……艦長に相談してから決めるよ」
それだけ答えると、レイナはすぐに通信を切り、ようやく見え始めた双頭竜へと意識を向ける。
(正直眉唾な話だしいきなり割り込んできたのは気に食わないけど、トマスの長年の敵をとり逃がすよりは遙かにマシだね)
生前から抱いていた軍への苦手意識が未だに払拭されていない事に苦笑いをしながら、レイナは艦長へ連絡をとる。
「トマス!連邦海軍があたし等の側についてきた。敵を逃がしたくなければ従ってくれってさ」
『連邦海軍が……?』
「商会が情報を流したらしい。あたしは手柄を横取りされるようで気に食わないけど、どうする?」
逡巡が生み出した沈黙が数秒続いた後に返ってきた言葉は、レイナの表情を複雑なものにした。
『……分かりました。協力を受けましょう。僕の故郷を襲った災厄を、これ以上絶対に繰り返させないために』
(復讐に固執しなくなったのはうれしいけど、海賊らしいがめつさが余計になくなったわね……まぁ、それがあの子らしいのかもしれないけれど)
成長を喜びつつ、物足りなくもある――そんな微妙な表情でレイナは再びポセイドンへの通信を開いた。
「こちら、ネオ・ユニコーン。海軍の助力を感謝するよ」
『ありがたい。全艦で包囲すれば、さすがのトワイライト隊と言えども手も足もだせないだろう。武装解除と乗員の捕縛はこちらが行う』
「ちょ、ちょっと待ってよ!後から来てムシがよすぎないかい!?」
『手柄は貴君らにすべて渡す。こちらの目標は帝国が残した負の遺産を完全に絶滅させる事なのだ。ここで逃すと、次はどこに行くかわからん。頼む、こちらの指示に従ってほしい』
「……チッ!勝手にしな!」
たたきつけるように無線機を戻すと、レイナはむくれたまま再びトマスへの通信を開く。
(きっと、二つ返事で受け入れるんだろうね)
確信に近い思いを胸に、レイナは口を開いた。
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