第4話 作戦開始 ~ゴーガ島攻略戦~
それから、十余時間後――朝日が天空に昇り終えた時。
『各員、ゴーガ島を捉えたよ!』
カーミラが艦長を務める鋼鉄艦ーーホーエンハイム号から届けられた無線に、それぞれの艦橋の空気が引き締められる。
ネオ・ユニコーンの艦橋では、艦長席に座ったトマスとその横に立つレイナが、望遠鏡を使ってすら海の彼方の点にしか見えない敵の本拠地を眺めていた。
『了解。ネオ・ユニコーンを中心に鶴翼陣形を取りつつ接近します。何か動きがあれば連絡してください』
『『了解!』』
戦意の高さがよく分かる声量の返答と共に、ネオ・ユニコーン号の左右から二隻の艦が進み出ていく。エドワードのトルステン号とカーミラのホーエンハイム号だ。二隻は、一定の距離まで先行すると、後方のネオ・ユニコーン号との距離を一定に保つよう注意をしながらじりじりと進んでいく。
鶴翼陣は、敵に対して逆V字を描くその形状が、翼を広げた鶴のように見えるところから名づけられた陣形だ。本来は敵を中まで誘い入れ、包囲殲滅することが目的の形だが、今回は索敵能力の高い二隻を前に出し、敵の動きにより早く対応するためにこの陣形をとっている。
さらに、最高速度到達時間が短いネオ・ユニコーン号を中心に置く事によって、防御に重きをおいた鶴翼陣形から、積極的な攻撃を目的とする凸型の偃月陣形へ素早い変更が可能という応用のしやすさも持つ。
警戒を続けつつ、徐々に島との距離を詰めていく三隻の船。
望遠鏡を覗くトマスにも、島の詳細がつかめるようになってきた。
まるで船を寄せ付けない為に自然が作り出したような切り立った岸壁が島を覆い、その奥には背の低い樹木で形成された森林を挟んで、巨大な山がその威容をたたえている。
低地に生い茂っていた草木も標高があがるにつれて数を減らし、代わりにはげ上がった山肌には、虫が食ったような穴が規則正しくあけられている。
「やはり、山の中を坑道で繋いでいるようですね」
『金属の反応を捉えた。おそらく砲台が森林や岸壁に偽装されているな』
先行するエドワードからの報告に、やはり、と呟きがもれる。
腕を組んで戦術に思考を向けようとするトマスの肩に、ぽん、と軽く手が置かれる。
「そろそろ準備しようか?」
顔をあげると、レイナがいつもと変わらない表情をして自分の顔をのぞき込んでいた。
「そうですね。お願いします」
「しっかりやんなよ。なんたって十年ぶりの再会だ」
「もちろんですよ」
軽口を叩きあうと、レイナは笑顔を残して艦橋から出て行った。自身の一部を霧へと変えて領域を展開するためだ。
「二人とも、レイナが霧を展開します。レイナの指示を中心にして動いてください」
「ドクトル!不審な船を三隻確認しました!一隻は前回現れた木造船のようです!」
血相を変えて司令室に飛び込んできたベバラスの言葉にも、ドクトル・シュタインは全く動じた様子を見せなかった。
「分かっておるわ。そうがなるでない」
老人が見つめるモニターは、先ほどから広がり始めた霧で白一色となった風景を映し出している。
「霧に乗じて、上陸を図るつもりでしょう。白兵戦の準備を……」
「慌てんでも、デウス・エクス・マキナに任せておけば良い。霧は問題にならん。それに、上陸しようにも相手には港が見つけられぬ。周囲を回るだけで終わりじゃよ」
机の各所に備えられたスイッチやボタンを操作していくシュタイン。立て続けに発生した様々な動作音が静まったとき、ベバラスの目の前には一つの小部屋が出現していた。
「こ、これは……」
「ほほ、見るのは初めてじゃったかの。デウス・エクス・マキナの照準装置じゃよ」
小部屋の中、色々な装置が付けられたイスに座るシュタインの手には、手のひらに収まるサイズの押しボタンが一つ握られている。
そして、先ほどまで机の上に1台だけだったモニターも視界を覆うように4台が上と左右に展開されていた。
「ほれ、さっさと装填作業を指揮してこんか!」
小部屋の中から届いた怒声に、呆然と立ち尽くしていたベバラスはあわてて外へ飛び出した。
息を切らして駆け込んできた隊長に、その場で作業していた隊員たちの顔にはりついていた驚きの表情が多少やわらいだ。
「隊長!一体なにがあったんですか?なぜ星導砲が突然稼働したのです?」
整備を指揮していた副長の戸惑った顔を見て、苦い表情を浮かべながらベバラスは状況を説明する。
「不審な船を三隻発見した。進路はこの島のようだ」
「まさか、ついに討伐部隊が……」
「いや、その可能性は低い。当時の我々の装備を知る者ならば木造船などをよこすとは思えん」
一番の懸念が払拭されたものの、副長の表情は厳しいままだ。
「となると、海賊ですか……前回撃沈した艦の敵討ちが目的でしょうか?」
「そこまでは分からん。しかし、あの老人はまたこの大物を所望だ」
言葉の終わりに思わず漏れたため息とともに、ベバラスは目の前にそびえる巨大な鋼鉄の筒を見上げる。
死火山となったゴウ火山の火口に建造された巨大な筒――それこそ、デウス・エクス・マキナ、またの名を星導砲と呼ばれる戦略兵器の砲塔であった。
「内部の清掃は完了しています。砲弾さえ詰めればいつでも発射可能ですよ」
「分かった。直ちに発射準備にかかってくれ」
帝国式の敬礼で応えて早速作業にかかる副長たちの後ろ姿を見つめながら、ベバラスは心の中で謝罪の言葉を連ねていた。
(皆、すまない。帝国復興の為とはいえ、あの様な老人に手を借りねばならない己のふがいなさを許してくれ)
鎮座する砲塔や、目の前で慎重に運搬されていく巨大な砲弾は、トライデント隊員たちが長い時間を費やして製造したものだ。
「隊長!準備完了しました!」
これまでたどってきた時間を憂うベバラスは、副長からの報告によって現実に引き戻された。
霧で閉ざされた海域に、爆発の光が淡く輝く。
「火山が、噴火した?」
「いや、違う!……砲弾を確認。エドワードの方だ!」
異変をいち早く理解したレイナの言葉を証明するように、無線が鳴った。
『こちらエドワード!甲板損傷!敵の攻撃だ!』
「馬鹿な!」
予想外の報告に、トマスは思わず叫んでいた。
「視界を遮っているのに当てられるというのですか!?レイナ、状況を教えてください」
「砲弾は、島の火山から真上に撃ち上げられて、数秒見失ったと思ったら、次に捉えた時にはエドワードの真上にあったよ……」
説明するレイナは、苦虫を噛みつぶした表情のまま、再び目を閉じる。
自身を霧として拡散させているため、霧の範囲内の情報しか受け取れない――普段の海賊狩りでは己の船周辺だけを警戒している為に見落としがちだった弱点がここにきて露呈してしまう形となった。
(瞬間移動だとでも……いえ、もしかしたら……)
レイナの報告から、信じられない可能性に行き当たったトマスは、恐る恐るその推論を口にした。
「空中で、砲弾自らが進行方向を変えたという事ですか……信じ難い事ですが」
霧の範囲外から正確な砲撃を加えられるという自分たちの戦術を根本から揺るがせられる事態に、トマスは戦術の練り直しをせざるを得なくなった。
(レイナも集中してくれるとは思いますが、発見できたとしても標的となった船の回避運動が間に合わないでしょうね)
先行する二隻の周囲を含めるため薄く展開している霧では、真上からの砲撃を捉えるのは難しい。
だが、霧を解除してしまえば要塞化したゴーガ島に設置されている星導砲以外の砲台からも砲撃を受ける事になる。
(今回の目的はツバキの奪還とゴーガ島に巣くうトライデントの壊滅。だというのに、こんな所で手間を取らされていては――)
歯がゆさに歪んでいた目が、原点に返ろうとさかのぼっていた自身の思考によって見開かれる。
(そうだ、僕たちのやることは星導砲を破壊することではない。それは障害であって目標ではない……)
一つの気づきをとっかかりにして、即座に新たな作戦を組み立てると、指示を飛ばすべく二人へ連絡を入れる。
『エドワード、カーミラ。今から新しい作戦の概要を説明します。その前にエドワード、トルステン号は航行可能ですか?』
『航行自体に支障はねえな。レギルスの言葉どおり、甲板に装甲版をつけておいて正解だったぜ。だが、艦首方向の連装砲がつぶされた。残ったのは後方の連装砲だけ……砲撃に関しちゃ期待できねえと思ってくれ』
『問題ありません。では、説明をはじめます。まずは上陸地点を探すため、二手に分かれて島を周回します。エドワードは僕と一緒に右周りを。カーミラはすみませんが単独で左周りをお願いします』
『探すったって、どうやってさ?』
『レイナの霧を解除しますから、目視で捜索してください。可能性の話ですが、レーダーから位置を割り出されているかもしれません。ですので、なるべくレーダーの使用は控えてください。できるだけ島から距離をとりつつ、壁への砲撃は行いたいので、有効射程ぎりぎりを航行してください』
『たしか、カーミラとトマスの船にはリッターが積んであるんだろう?それで壁を登れないのか?』
『そんな事をしていたら、砲台の餌食です。それに、リッターを積んでいるというのは大きなアドバンテージです。早々に相手に知られるのはなるべく避けておきたいのです』
『そうか、分かった』
『こっちも了解』
会議から意識を引き上げると、トマスは横のレイナに声をかける。
「レイナ、霧を解除してください」
「わかった。ちょっと待ってな」
三度、機関室へと向かうレイナ。
霧が晴れ始める中、トマスは不安を振り切って声をあげた。
『では、作戦を開始します!』
「ほぅ、二手に分かれおったか」
司令室の中に作った小部屋でモニターを眺めるシュタインの顔に笑みが浮かぶ。もっともそれは、人間が蟻の行動を見て感心しているようなものではあったが。
「霧を消した……何か特別な装置でも積んでいるのじゃろうか……じゃが、あの程度の霧、デウス・エクス・マキナの前では何の意味も無い。それに、ワシが仕掛けた魔術装置は完璧じゃ。万に一つも見破られる事などあり得ぬ」
ほくそえむシュタインの耳に、金属が打ち鳴らされる独特の音がとどく。
「む、そろそろ時間か」
モニター横に据えられた時計に目を止めると、いすの肘掛けに収納していた小瓶を二本取り出す。
そのうち一本の蓋を開けると、中に入った銀色の液体を一息で飲み込む。
「うむ、やはり原液はキクのぅ」
唇についた銀色の飛沫も舌でなめとって一滴も残さず吸収すると、シュタインは立ち上がって壁に設置された装置へと歩く。
小さなモニターを操作して少女が収められた装置の横に収納されていた薬剤注入用の管を伸ばすと、そこへもう一本のビンの中身を注ぎ込んでいく。
「ほれほれ、あまりヤンチャするとベバラスの小僧がうるさいんじゃ、おとなしくしておれ」
一本分をすべて管に注入し終えると、体内の活性化したマイクローゼによって苦しげな表情を浮かべる少女の顔を、にんまりと見つめる。
「これで小娘もおとなしくなるじゃろう。核となる制御装置だというのにこのザマ……やはり旧世界の技術には及ばんなぁ……」
気落ちしつつ制御室のイスに再び腰をおろしたシュタインは、モニターへと目を向ける。
そこには、海の向こうを進んでいく賊の船が映し出されている。
「山肌に設置した砲台では有効打は難しいかのぅ……まったく、役たたずの連中じゃわい。せっかくマイクローゼを入れてやったというのに使い方がなっとらん」
皇帝陛下より賜った、無限の可能性を持つ旧世界の遺産の結晶――それを肉体強化と連絡手段程度にしか応用できないベバラス達の低脳さにシュタインは怒りを覚えていた。
「やはり、ラボの頃は良かったのぅ……部下が全員有能じゃった。まったく、あの小僧のせいですべてがパーじゃ」
自分をこんな所にまで追いやったすべての元凶への憎しみをモニターの中の小舟にぶつけるべく、再び発射装置を握りしめる。
『ベバラス!さっさと再装填をせんか!!』
補給した新鮮なマイクローゼによる通信は、より的確に相手に届くはずだ。これで少しはあの連中もてきぱき動くようになるだろう。
理論値からわずか数秒遅れてやってきた装填完了の報告に、老人は鼻を鳴らして応えた。
「狙いは……あの霧の船かのぅ」
モニターにうつる古めかしい木造船に十字の印を移動させると、そのまま照準を追尾モードに切り替える。
「おもしろそうな船じゃから……不格好な艦橋を潰して、船体だけいただいてしまおうかのぅ」
未知の技術の解剖に期待を膨らませながらシュタインは発射ボタンを押し込んだ。
彼の背後――さらけ出されたままになった装置の中に眠る少女に起こっていた変化に気づく事なく。
「…………」
トマスは、艦橋の窓を通して懐かしい顔と対面していた。
何かに挑み続ける気性を象徴する少しつり上がりがちの目じり、喋らなければ美少女といっても通じる鼻筋の通った綺麗な顔――そのどれもが島で共に日々を過ごした彼女そのものだ。
だが、かつての彼女から変わり果ててしまった部分も多い。
得意げに歪んでいた口元は苦痛を堪えるようにへの字にきつく閉じられ、太陽の光で小麦色になっていた肌は病人のそれのように青白くなっている。白い砂浜に映えた漆黒の髪も、まるで絹糸のように白くなってしまっている。
しかし――それでも、トマスにとってかけがえ無い存在である事は変らない。
「間違いない……」
かすれた呟きと艦橋の扉が勢いよく開閉される音が、ほぼ同時に繰舵手の耳に届いた。
砲台から届く鉄の弾丸が絶え間なく起こす波の中、無我夢中で船内を駆けるトマス。自分の家同然の船だ。たとえ目をつぶっていても目的地までの最短経路は身体が覚えている。
鋼鉄に囲まれ人工の光に照らされる艦内を走り、自然の陽光を満遍なく浴びられる場所――甲板へと躍り出る。
息も絶え絶えのまま、霧が晴れて広がった青空にそびえる彼女へ、ありったけの声で叫ぶ。
「ツバキー―――ッ!!」
十年分の想いが詰め込まれた叫びは、魔力原動機の動作音や波の音にかき消される事無く、まっすぐ目の前の巨大な少女に届いた。
「――!」
普通の大きさであれば見過ごしてしまうくらい小さな身じろぎも、巨大な姿をしている今はかなり大きな震えとなってトマスの目に映った。
「僕の声が届いている……!やっぱり、彼女はツバキなんだ!」
見えない鎖に抗うように、少しずつ下へと向けられる大きな頭。懸命に視界を声のした方へ向けようとする少女の行動は、マイクローゼの活性化によって強制的に中断させられてしまう。
「ツバキ……?」
突然バネ仕掛けの玩具のようにビクンと背筋をのばし、正面を向いた彼女の挙動に、トマスは不穏な物を感じ取った。
続いて、すう、と腕が持ち上げられた。真っ直ぐ立てられた人差し指が、間違いなくトマスの乗るネオ・ユニコーン号を指して止まる。
「ツバ――」
トマスの声は、後ろから突然襲ってきた衝撃によって遮られる。
覆い被さられるまま甲板に押し倒されたトマスの視界に、海面へと落下する細長い砲弾の姿がはっきりと捉えられた。
「あれが、星導砲……」
いきなり押し倒された驚きや痛みはすっかり頭から抜け落ち、目にした物への驚きが思考を支配する。
(見たこともない形の弾が、海面に対して垂直に降ってきた……?)
通常、砲弾を遠くに飛ばそうと思えば砲塔を斜めに傾けて発射する。しかし、そうして距離を稼いだ砲弾は、絶対に弓なりの軌道――放物線を描いて目標へ向かうのだ。
今回のように真上から落ちてくる砲弾など、天空から砲頭が釣り下げられでもしないかぎり、あり得ない事なのだ。
(やはり、空中で砲弾の軌道を変えているとしか考えられない。そして、ツバキの指をさす行動……まさか――)
「失礼しました。艦長、大丈夫ですか!?」
可能性の検証に取りかかろうとしたトマスは、後ろから聞こえる声に思考を引き戻される。
「あ、ああ……」
両手をついて立ち上がると、後ろにはマーミャが腰を低くしてしゃがんでいた。
「艦長、むやみに甲板に出ないでください。危険です!」
「だけど、ツバキが……」
「彼女の様子は明らかに普通じゃありません。特に、砲弾が着弾する直前の表情。あれはまるで……」
「洗脳、ですか?」
いつもの冷静な口調を取り戻した艦長に、マーミャは安堵しつつ首を縦にふる。
「はい……そうとでも考えないと、艦長から聞いていた彼女の印象とかけ離れすぎていて」
やりきれない、とマーミャは今にも泣き出しそうな顔をしている。子供を持つ彼女だからこそ、余計に辛いのだろう。
「洗脳――マイクローゼを使ったものでしょうか」
マイクローゼ――その悪名は、トマスも風の噂に聞いている。帝国が開発した銀色の液体で、服用を続けると様々な面から人としての機能が失われるとされている。帝国崩壊とその後の混乱期を経た今では、根絶されたと思っていたが、どうやら残存していたようだ。
「そうか、それでツバキを操っているのか……」
「考えるのは後にして、とにかく艦橋に戻ってください」
普段滅多に見られない怒りを露わにしたマーミャに連れられて、トマスは着水した星導砲によって巻きあげられた海水がスコールのように降り注ぐ甲板を後にした。
「バカな!外れただと!?」
モニターが中継してきた全く想定外の光景に、ドクトル・シュタインは制御室の椅子から転げ落ちそうなほど驚いていた。
血相をかえてモニターの横にある様々な数値が表示されたディスプレイを隅からすみまで目を皿のようにして見回す。
「天に浮かぶ旧世界の遺産、人工衛星によって軌道を制御される砲弾が、目標を外すなどあり得ぬ……ッ!何じゃ、何が……」
静かな制御室に、老人のひきつけを起こしたような息づかいだけが響く。
ややあって――。
「ドクトル!星導砲が発射されたのに船が動いています。何があったのですか!?」
荒々しく開けられた扉の向こうから怒鳴り込んで来たのは部下のベバラスだった。
(やれやれ、またピーチクパーチクやかましいのが来おったか……)
怒鳴り返しそうになるものの、その労力と時間を惜しんで堪え、モニターから目を話さずに答える。
「あの木造の船に何か装置が搭載されているのか……もしくは、考えたくはないが、デウス・エクス・マキナに問題が起きたか……」
「星導砲の残弾は残り一発しかありません。今のところは砲台からの砲撃で応戦をしています。撃たれるのでしたら、慎重に願いしますね」
皮肉のにじむ言葉より、その意味するところにドクトルは素っ頓狂な叫びをあげた。
「クワァ!?何故じゃ!?あれだけ人員を割いてやったというのにたったの四発しか出来なかったというのか?」
「お言葉ですが、砲弾の核となる物質――クオルツの埋蔵量がこの島は少ないのです。そのため、砲弾一つを作るにもいくつもの採掘場から採れた鉱石を寄せ集めねばならず……」
「そんなもの、周辺の島に採りに行けばよいではないか!何のための実験艦と装備群じゃ!?」
「我々がここで潜伏している事実を知られるわけには行かないことくらい分かっておいででしょう!?」
手段と目的が完全に逆転しているシュタインの言葉に、ついにベバラスの堪忍袋の尾が切れた。たまりに溜まった怒りを、怒号とともにぶちまけていく。
「様々な場所を転々として、ようやくこの島にたどり着いてから数年……帝国の復興の御旗の下、脱走を企てた仲間を斬り捨て、草を食み、粉骨砕身の思いで製作した極秘兵器が星導砲――デウス・エクス・マキナです!戦力に乏しい我々が命がけで製造した、現状を逆転させられる唯一の兵器を、自分の楽しみのままに使うなど、到底あってはならない!」
激昂するベバラスの怒声にも、シュタインが表情を変えることはなかった。
「ならば、ワシをどうする?デウス・エクス・マキナの発射装置を只ひとり使用できるワシを!」
唯一にして絶対のアドバンテージを口にされ、収まらない怒りを体側で握った両拳に集めるベバラス。震える拳を振るう事もできず、歯を食いしばって目の前にある老人の背中を必死の形相で睨む。
何もできない自分への歯がゆさが老人への怒りと相まって、さらに憤怒の感情を貯めていく。
「とにかく、星導砲の残弾はたった1発です!それが尽きた時が我々の最後だという事を覚えておいてください!!」
破壊せんばかりに勢いよく閉められた扉にも興味を示さず、シュタインはモニターを見つめる。
「フン、話にならんな。島には採掘用に使う《ミョルニル》や《ガベル》がいる。マイクローゼを吸収したパイロットたちの行動などワシの思うが侭だというのに」
シュタインにとっては、今のような言い争いなど全くの無意味にしか思えなかった。それは、いざとなればマイクローゼを介して自分ひとりで部隊を運営できるという事実がある故だ。
限界を超えた肉体の使用による人員の減少を抑えるべく使わなかった手段だが、なんとなれば使ってしまっても問題ない。要はデウス・エクス・マキナの整備と装填、さらに弾丸の製造に使える人数が足りればよいのだ。
「いざとなれば《トライデント》を動かしても良い。マイクローゼによる人員補充はどこででもできる。この島が最後ではないのだ……ほう」
今後の身の振り方をうっすらと考えはじめつつディスプレイを流れていたシュタインの視線が、一点で止まった。
「……なぁるほど。人工衛星自体が金属率が高い物体を優先して狙ってしまう性質を持っておったという事か。星の高さであれば、僅かな角度のズレが何キロもの位置の差につながってしまう。これは盲点じゃったわい」
旧世界においてはあらゆる物に金属が使われていたという。であれば、それを破壊する為の兵器が金属を優先的に狙うのは道理に叶っている。しかし、木造の帆船という時代遅れな代物には逆に欠点となってしまったのだ。
(しかし……)
疑惑の目を背後の収容装置――デウス・エクス・マキナのコアユニットへ向ける。
「それを制御するのもアレの力のうちのはずじゃ……まさか、マイクローゼに不調が……?」
絶対の信頼を置いていた物への疑念は、別の可能性を考えるに至った。
「まさか!」
今までは一笑に付していた――現在はあり得ないと断言するにはいささか疑問が残るようになった一つの推測に、思わず席から立ち上がったシュタインは後ろのカプセルへ走りより、呆然と声を上げた。
「まさか、十年間マイクローゼに触れさせてきたというのに、この小娘の意識が残っているとでも……」
まさに、万に一つもあり得ない可能性だ。ドクトル自らの手によって性能を調整されたマイクローゼは、吸収されると同時に自我を奪い取る。事実、最初に飲ませて倒れた時からこの娘は一度も目を覚ましてはいないのだ。
だが、初期に注入したマイクローゼが劣化を起こしていたとすれば、最初に取り込んだであろう少女の自我を僅かながらでも返してしまっているのではないだろうか。そして、この少女に素養として備わっている高い魔力蓄積によって意識を外に発信していると推測すれば、発射の際に現れる巨人の説明もつけられるのではないか。発射の際に各種機器と接続される時だけ魔力を解放していると考えれば、発射の際にしか巨人が現れない事の説明にもなりうる。
「やはり……カガクシャには、及ばなかったということじゃな……」
皇帝陛下より聞き及んだ旧世界の技術を、自分なりに再現しようと躍起になってはみたものの、結局は模倣すらできない不完全な装置ができあがってしまった。
(皇帝より旧世界の片鱗を垣間見せていただいたドクトル・シュタインが、恩をあだで返してしまった。独創性の前段階である模倣すら上手くいかぬとはのぅ)
「感情の揺らぎすら抑えられん人間が、四角四面なシステムの一部になることなど、どだい不可能な話じゃったか……じゃが、まだ終わらん。終わらんぞ!ワシはこの窮地を脱し、新たな技術を開発するのじゃ!」
輝ける希望を妄信する老人は、取り戻した覇気を込めて、己の中のマイクローゼを活性化させる。
『全員、これより最後のデウス・エクス・マキナの発射に入る!』
「お帰り、どうだった?」
艦橋にマーミャに肩を貸されてたどり着いたトマスを待っていたのは、巨人の驚きからようやく脱したレイナだった。
「彼女は、間違いなくツバキです……ただ、マイクローゼによって洗脳されてしまっています……おそらく、星導砲の発射に関係する何らかの役割を負わされているのではないのでしょうか」
苦りきった表情でそう吐き捨てると、収まらない苛立ちを飲み込んで無線機を握る。
『エドワード、カーミラ、そちらは無事ですか?』
『あ、ああ。にしても、星導砲が外れるなんてな。さっきはオレの艦を正確に撃ち抜きやがったくせに』
『大丈夫そうで何よりだ。あたしの方には飛んでこなかったよ』
『そちらに飛んでいかなかったという事は、星導砲は一つだけしかないようですね。外れたのには、見当もつきませんが、何か理由があるはずです……ところで、港は見つかりましたか?』
『いや、見あたらないな。進めど進めど高い壁と山が見えるだけだ』
『カーミラの方はどうですか?』
『あたしの方も同じだね。壁だけだ……レギルスは、壁の向こうから船が出てきたって話してたね……何かトリックがあるんだろう。第一、こんなでかい壁を抜いて港を作るような事が残党程度にできるのか、そこが疑問だよ』
『トリック……』
カーミラの言葉に、脳裏に閃光がきらめく。
そばで不安そうに寄り添ってくれているマーミャに手招きをする。
「マーミャ、危険ですが、水中偵察をお願いできますか?特に、外壁周辺を念入りに」
「わかりました!」
「なるべく深いところを進んでください。こちらからの砲撃は止めますが、砲台からの流れ弾が落ちる事は考えられます」
すぐさま駆け出す人魚の背中に言葉をかけて、再び無線に意識を戻す。
『今、マーミャに外壁近くの水中探査を頼みました。彼女が戻るまで、砲撃を中止して、操舵に重きをおいてください』
『水中から探るのか……』
『はい。まさか水の流れまで制御はできないでしょうから』
『つまり、あの壁はハリボテだってのか?オレ達の砲撃を食らってもびくともしないあの壁を?』
先ほど砲撃を行ったエドワードからの言葉に、トマスははい、とうなずく。
『普通の土壁なら、砲撃されれば爆発して破片のひとつくらい落ちるものではないですか?あまりにもあの壁は綺麗すぎます』
『言われてみりゃあ、確かにそうだな。しかし、それが分かったからどうするんだ?』
『まずは合流しましょう。それから、できるだけ島から距離をとってマーミャの帰りを待ちます。水中では刻印が使えませんからね』
『それまでに敵の船舶が出てきたらどうするのさ?』
『砲撃だけで追い払れば良いのですが、難しいのであればリッターを出します……なるべく島の上陸までは伏せておきたかったのですが、仕方ありません』
こちらの戦力が船舶だけだと錯覚したままであれば、二騎のシュタールリッターを使った電撃的強襲で大した抵抗もされずに星導砲の制圧が可能である――それがトマスの考えた上陸後の動きだった。
そのためには、なるべく敵にこちらの戦力を悟らせたくはない。相手が気づくのが遅れれば遅れるほど対応も後手にまわり、その分こちらが有利に動くことができるからだ。
『万が一こちらと同じくリッターを搭載した艦だった場合は、再びレイナに活躍してもらいます』
『リッターによる制圧でこちらの戦力を増やす事もできるだろうから、悪く転んでも多少の利はあるか……』
『はい。外壁の観察は続けつつ、速度を上げて航行してください』
敵陣地から時折届きそうになる砲弾を振り切りながら、増速した三隻の船が猛然と海原を駆けていく。
「まったく、あの老人は何を考えているんだ!」
突然発せられたトライデント全員への通達に、ベバラスは思わず毒づいた。
「隊長、いかがしましょう……?」
隊長からの苦言を聞いていた副長が判断つきかねた様子で確認を求めてくる。
「この部隊の指揮官は、断じてあの老人ではない!……あの船の出航準備を進めておいてくれ。幸い、賊の船は離れていったようだ。今なら作業を行いやすい」
苦りきった表情から決意と覚悟を持って発せられた言葉の意味を察し、副長の顔がこわばる。
「あの船、ですか……しかし」
「改修作業から突貫工事になってしまい、すまなく思う。しかし、あの老人の趣味と妄想にこれ以上隊員達を巻き込むわけにはいかない。確実性を欠いた必中の砲弾など、笑い話にもならない事は分かるな?」
部下の言葉を遮って残りの不満を一息で吐き出すと、ベバラスはそびえ立つ砲塔を見上げながらつぶやく。
「あの船が――トライデント号があれば、我々の活動はまだ続けることができる。あの老人に頼らず、我々だけの力で、必ずや反抗の狼煙をあげてみせる。そして、皇帝陛下を葬り、貴族を排した連邦の社会そのものを根底から覆すのだ!」
信念の拳を堅く握りしめるベバラス。その頭の中で、吸収されて利用を続けるマイクローゼが不気味にうごめいている事を、彼が知るはずもなかった――。
「ただいま戻りましたー!!」
艦橋の扉の向こうから、疲れを感じさせない明るい声が聞こえた。
「無事でよかった。お疲れ様です、マーミャ」
「ただいまです。艦長」
優しい笑顔を向けるトマスに敬礼で応え、マーミャは広げられた地図を指さしてさっそく報告を始める。
「港はありました。島の北東側――つまり、今私たちがいる場所のちょうど正面になります」
「やはり、偽装されていましたか……」
「はい。規模は違いますが、原理は私たちの使う酒場の入り口と同じ魔法のようです。魔法陣を維持する装置が周囲の高木に隠れて配置されていました。それから……」
マーミャの話す情報は具体的で、さらにこちらがほしい情報を重点的に調べてくれていた。
(いつも頼んでしまっているからというのもあるんだろうけど、どんどん報告が上手になっていくな)
「すごいな、そこまで詳細に偵察してきてくれるなんて。本当にありがとう」
「わたしに出来るのは、これくらいですから……」
「そんな事はないよ。君の水中偵察と、君の子供たちが担当している各資材の運搬は、この船の要だからね」
最後に少し休むよう言い含めてマーミャを自室に返すと、再び会議を召集する。
『皆さん。マーミャが戻りましたので、報告します。やはり港は偽装されていました。港は、僕たちの正面にあります』
『やっぱり、ってとこか。にしても、ずいぶん好都合な場所だ』
『一気に仕掛けるかい?』
カーミラの、補食者の色がにじむ声に、ええ、同じ声色で応える。
『星導砲に撃たれる前に、入港してしまいましょう』
『うしっ!』
『了解!』
刻印から意識を離すと、振り向いて号令を待ちわびる操舵手たち船員に船内放送でよびかける。
『全船員に達します。これより、ネオ・ユニコーン号は、トルステン号、ホーエンハイム号と共に、敵港への強襲揚陸をかけます。接舷直後にムラサメを出しますので、準備をお願いします』
一息で言い終えて伝言管を閉じると、パンパンと横から柏手の音が聞こえた。
「上出来だよ、艦長」
「ありがとうございます、師匠」
昔の呼び方で茶化し返すと、レイナは白い歯を見せて笑う。
「ははっ、懐かしいねぇ。さて、行くよ!」
「はい!」
再び霧となるべく機関室に向かうレイナを横目で見ながら、操舵手に声をかける。
「あとは戻ってくるオーナーの指示に従ってください」
「了解!艦長もお気をつけて!」
お互いに顔をあわせずにそれぞれの行動に移る。今あわせなくても作戦が終われば会えると確信しているからだ。
艦橋を後にしたトマスは、すぐさま甲板下の整備場へと向かう。
艦内放送では接舷した直後にムラサメを出すと言ったが、現実的にはそれは難しいと言わざるを得ない。
なぜなら、入港する直前までムラサメの動力機関である魔力原動機はネオ・ユニコーン号の機関として使われるからだ。
(先ほどまでのトライデントの動きを考えると、こちらの動きは読まれていると見て良いですね。どちらにしろ一直線に港へ突入するのだから時間の差ではありますが、港に入った瞬間トライデントの部隊員に囲まれてもおかしくはない、と。そうなれば、こちらは一刻も早くリッターを出して相手を圧倒するしかない)
つまり、魔力原動機をいかに早くネオ・ユニコーンからムラサメに載せ換えられるかがこの強襲の要なのだ。
では、その為にトマスができる事は――。
(他の作業で時間をとらせない為に先にムラサメに乗り込んで待機するくらいでしょうか……いつもと変わりませんね)
魔力による偽装を行っている装置の位置はマーミャからの報告と、霧になったレイナの領域で常に把握できる。艦橋のレイナが砲撃手に指示を与えれば全速力の最中でも当てる事は容易だろう。
(あとは、星導砲か……)
霧で通常の砲台は無力化しても、アレは別だ。最初のトルステン号の例を考えれば、回避も難しい。しかも、増加装甲を施した甲板をたやすく貫いてくる程に高い威力を兼ね備えている。
だが、その威力の大きさにこそ、星導砲の弱点ではないかとトマスは考えていた。
(正式な補給ができないトライデントが、あれほどの巨大な弾をそうそういくつも用意できるとは思えない。一度撃ち上げられてから角度を変えるという複雑な機構を組み込む事も考えると、残弾はおそらく三つくらいが限度だろう。それに、再装填だってすぐに終わらせられるわけではない。実際、初撃から二射目までかなりの時間があいていた。それは、装填速度が通常の弾より遅い事の証拠だ)
だからこそ、迅速な強襲と港の制圧が重要になってくる。一度港を占領してしまえば、星導砲といえどそうそう撃ってくる事はしないだろう。正確な射撃が特徴とはいえ、一歩間違えれば自分たちにとっての最重要施設を破壊する事態にもなりかねないのだ。
(よほどの自信がなければ入港してから射撃に晒される事はないはず……それに、先ほど一度外しているのだから、射手に自信があるとは考えにくい)
自分の立案した作戦に理論の補強をしていると、気づいたら整備場の扉の前に立っていた。
「またですかい、艦長」
「ええ、またです。今回はいつもよりさらに迅速にお願いします。なにしろ敵の陣地に乗り込むんです。一瞬たりとも船を無防備な姿を晒すわけにはいきません」
「そいつぁ分かりますが……何しろ動力の載せ換えですからね。ちょちょいと終わらせられる代物じゃあねぇんです」
「できうる最速でお願いします」
「……分かりやした。ったく、頑固な所は変わりませんね」
「性分なのでしょうね」
よろしくお願いします、と部下に怒声をあげ始める整備長に言い添えると、トマスはムラサメのコクピットに座る。
(さて、ここからは一分一秒が勝負の分かれ目を左右します。皆、頼みます)
長年共にやってきた仲間たちを信頼し、トマスは騎体内の無線を手に取る。
「カーミラ、突入までの援護砲撃をお願いします。接舷したら僕のムラサメで敵を叩くので、そちらもなるべく早めに《トート》で加勢してください」
すぐさま、返事が返ってくる。
『分かってる。といっても、こっちは寸前まで指揮を執らなきゃいけないから、あんたの所みたいにはいかないよ……せめて、エドワードん所のリッターが出せていればまだやりようもあるんだろうけどねぇ』
『被保証者がシュタールリッターを持てる事自体が特例中の特例です。まだ商会での実績が無いエドワードには無理ですよ』
『そうだったね……考えてみりゃ、あたしがトートを取り返したのもつい最近だ。まだ海賊の臭いも抜けきらない坊やには厳しいか……っと、そろそろ作戦開始か。一旦切るよ』
『はい。ご武運を』
『お互いにね』
連絡を切ると、整備場の喧噪と機械音がやけに大きく耳に入ってくる。
「ツバキ、もう少しだ」
懐の海中時計を服越しに握りしめ、トマスはやってくるであろうレイナからの連絡を聞き逃すまいと集音機に耳を傾ける。
と、思いもよらない報告が飛び込んできた。
『トマス!港から船が出てきたぞ!』
エドワードからの緊急連絡に、トマスは眉をひそめる。
(なぜ、今なんだ?星導砲による攻撃が失敗したからか?……いや、考えるのは後だ!)
「レイナ!すぐに艦橋に戻ります」
「了解!あんたが戻ったらアタシは領域を展開しに行くよ」
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