狼の裔とは言い得て妙です。孤高な点は虎ですが、日本にいないから。

冒頭に、徳川だ徳河だ、と戯言っぽいプロローグが控えています。
これって、オチャラケ路線なの?
と思って読み始めましたが、重厚な時代小説です。筑前筑後さんはファンの期待を裏切りません。

幾つものエピソードの連作で、それが大河の様に流れて行きます。
NHKの大河ドラマの方は、蕩々と流れるだけで、奔流、濁流と言う雰囲気は無いです。史実に基づくので、予定調和的。平穏な黄河イメージ。
でも、本作品は、氾濫しそうな、荒れ狂う黄河のイメージです。
だから、最初のエピソードで読むのを止める事は可能ですが、中盤まで読み進めると、濁流に呑み込まれ、50万字の濁流に溺れてしまうでしょう。
それでも、河口まで流された果てに味わう満足感は半端ではありません。

本作品の序盤を読んで感じたのですが、キーワードは焦燥感かと。
読者の自分が斬られる事は無い。紙面から刃が飛び出れば話は別ですが、そこまで私も偏執狂ではない。でも、そんな焦りと言うか、息苦しさを感じるのです。
主人公の親子の目線ではないですね。斬られるのは各エピソードでしか登場しない脇役ですが、彼らと同化しちゃうんです。
中盤からは、仮想江戸時代の時流に翻弄される者の踠きでしょうか。
政治情勢なり、登場人物達の思惑なり、蜘蛛の巣みたいに張り巡らせたしがらみの中では選択肢も限られ、その展開には「確かに」と頷かざるを得ません。でも、先読みが出来ない程に奥深い設定なんですよ。
「どうなるの? どうなるの?」と先を急ぐ焦燥感は、先の其れとは違いますが、やっぱり焦燥感です。手に汗を握ります。

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