『唸れ鋼拳、カリバーン』(後)
2040年。宇宙からの侵略者、銀河帝国ゲルディアスによって地球は最大の危機を迎えていた。
“十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない”
とは誰の言葉だったろうか。
銀河帝国が誇る『魔法』は地球の科学技術によく似ており、それでいて地球の科学技術の遥か上を行っていた。
たとえば、虚数空間から無限のダークエネルギーを取り出し、装備者の周囲に高密度の防御フィールドを展開する指輪型の
たとえば周囲の事象を読み取り、最大で60秒後までの未来予測映像を投写するモノクル型の魔法兵装、『
そんなものが一般兵士レベルにまで支給されているのだからたまったものではない。地球の最新鋭兵器は、そのことごとくが何の戦果も挙げられぬままに撃破されていった。
笑えるほどに圧倒的な文明レベルの差。帝国は瞬く間に世界中の主要都市を占拠すると、地球に対して帝国への隷属を命じた。
太陽系第三惑星。緑と水の美しい星。
地球はいま、悪の帝国の魔の手に落ちようとしていた。
――そんな折だ。マーリン率いる帝国の魔術師たちが地球側に亡命を図ったのは。
彼らはみな、地球と同じように一方的な侵略によって故郷の星を植民地とされた者たちだった。
彼らは異口同音に熱く語った。
『地球のみんな、一緒に戦ってくれ』
『帝国を俺達の手で倒そう』
『俺達は逃げてきたんじゃない』
『――あいつらに勝つためにやってきたんだ!』
――全員が心を打たれた。
拒む者など、誰もいなかった!
その日を境に、いくつものオーバーテクノロジーが地球にもたらされた。
文明レベルの差は埋められ、地球人類は反撃の刃を手に入れた。
『占領済み』を示す赤のマーカーで埋め尽くされていた世界地図に、少しずつ青い部分が蘇っていった。
中でも、天才科学者マーリンが開発した『鋼拳』は凄まじかった。
闘志、やる気、気合や根性。
本来は数値化できぬ人間の感情をパワーリソースとし、上限無しの超パワーを発揮する――ものすごく簡単に言えば、感情が昂ぶれば昂ぶるほど強くなる、史上最強の魔法兵装。
その一撃は大地を割り、空を裂き、単騎で戦況を覆す。
それこそが『魔法兵装・鋼拳カリバーン』!
適合者たる少女の名は――天月アカネ!
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『――さあ。地球を守るぞ、アカネ』
「はい先生!」
「……ま、待て待て待て待て!」
シブヤ特区。駅前交差点に話は戻る。
少女の両腕に装着された、巨大な鋼拳――《カリバーン》に凄まじいエネルギーが集中するのを見、鉄壁将軍ヴェレトは慌てて静止をかけた。
「ちょっと待て!」
……悔しいが認めねばなるまい。マーリンの技術力と性格の悪さは本物だ。
なにせ、帝国軍で制式採用されている『
当然、あのカリバーンとかいうふざけた魔法兵装にも、そのあたりへの対策がバッチリ組み込まれているに違いない。
いや間違いなく組み込まれている。私の魔法兵装――『
その防御を安々と貫くなど、本来ありえない事なのだ。
(――そう、ありえない)
ふいに冷静さが戻ってきた。
私は帝国でほぼ最強クラスの防御力を持つ男だ。その防御が貫かれるとはどういう事だろうか?
決まっている。ちょっと油断してしまっただけだ。
地球の原始人風情が『
ならばどうするか? 言うまでもない。次は出力全開でガードする。そして、攻撃を弾かれて唖然としているあの小娘の顔面に強烈な一撃を叩き込んでやればよいのだ。それで一切合財が決着する。ふははは、なんだ、簡単ではないか!マーリンの驚く顔が目に浮かぶわ!
事実、『
そこに映っているのは――当然、ヴェレトの勝利!
カリバーンの一撃をさらりと受け止め、カウンターの一撃でアカネを戦闘不能に至らしめる、輝かしい未来!
「なんでしょうか! 降伏でしたら、今のうちにどうぞ!」
律儀に待ってくれていたアカネが聞き返した。
「ふむ」
じっとその目を覗き返す。
戦いに夢中で気づかなかったが、よく見ると愛くるしい娘だ。
活動的な印象を与えるショートカットの黒髪に、ぱっちりと大きな目。
赤いドレスアーマーは――多分これはマーリンのスケベ趣味だろう――ところどころが薄い生地で作られていて、健康的な脚や腹部が透けて見える。太ももを覆う黒いスパッツがまたマニアックな色気を煽っている。
帝国人と地球人の見た目が殆ど変わらないのも良い事だった。交われば普通に子孫を残す事もできるだろう。
強いて言えばマーリンに心酔しているところだけが大いに不満だが、それ以外は及第点だ。悪くない。戦いに勝ったらこの娘は捕虜として連れ帰ろう。魔法兵装を全て取り上げた後、我が妻として娶ってやろう。そう決めた。
ごほんと咳払いすると、ヴェレトは未来の花嫁候補に向けて堂々と語りかけた。
「……魔法少女アカネとやら。
我が
黒いロング・ソードの切っ先を向け、高らかに宣言する。
「次は無い!
私が本気でガードすれば、その防御力は通常時の20倍!」
「えっ」
「20倍の威力、20倍の出力がなければ私は倒せないという事だ!
出せるか? 20倍を? 出せまい!
ゆえに次はない。絶対に次は無いのだよ!」
アカネの顔に狼狽の色が浮かぶのを認め、ヴェレトは内心ほくそ笑んだ。
さあどうだマーリン! 言っておくが20倍というのはハッタリではないぞ。本気の本気でがんばってガードすれば23倍、いや、24倍も夢ではない!
倒せるかも、と思った相手が実は絶対倒せない相手だった、という絶望――それをたっぷりと味わうがいい!
「先生、そうなんですか?」
『本当だ。ヤツの魔法兵装は防御特化でな。カスタマイズにカスタマイズを重ね、どんな戦場でも傷一つつかない“綺麗好きのヴェレト卿”と――』
「先生!」
『まあ、事実だ。べらぼうに硬い』
「そんな! じゃあ、どうすれば……!」
ごくりと唾を飲むアカネに対し、マーリンはいつもの調子であった。
ふうとため息をつき、肩をすくめ、ヴェレトに向き直る。
『情報開示ありがとう。正直ホッとしているよヴェレト卿』
「フッ、負け惜しみを――」
『20倍程度でよかった。
それなら、今のアカネでも十分に殺しきれそうだ』
「――え?」
こいつは今、なんと言った?
20倍程度でよかった、そう言ったのか?
《カリバーン》の出力を20倍以上に引き上げる術があると?
『シブヤの避難所と中継を繋げておいた。そら、アカネ』
立体映像の中のマーリンが、端末に向かって何かしらのコマンドを入力する。
刹那、無人だったシブヤ特区の駅前交差点に無数の人影が現れた。
『とくと見ろ。お前のパワーの源だ』
それは、紛れもなく無数の人影だった。
無数の立体映像だった。
ヴェレト率いる帝国軍に追われ、避難所に逃げ込み、アカネの戦いをじっと見守っていた、シブヤ特区の住人たちだった。
『アカネおねえちゃーん!』
『まほー少女のおねえちゃん!がんばって!』
幼い子供たちがお手製の旗をぶんぶんと振り回し、アカネを応援する。
『うおおーっ頼む! 帝国のクソをブッ倒してくれ!』
『アカネちゃーん! そんな奴やっつけちゃえー!』
飛び跳ねて力の限り声援を送る、若い男女。
『ケガしないようにねえ』
『みんな信じてるよ。アカネちゃんなら絶対に勝てるからね』
己の孫を応援するかのような老人たち。
皆がアカネの勝利を願っている。
皆がアカネを応援してくれている。
「……あ」
ヴェレトとアカネ、両方がぽかんと口を開けていたが、先に我に返ったのはアカネの方だった。
萎えかけていた闘志に、再び火が灯るのを感じた。
(――そうだ。私を応援してくれる人が、こんなにいるんだ)
一歩遅れて我に返ったヴェレトが何か言っていたが、もう耳には入らなかった。
(諦めちゃだめだ。
20倍でも、40倍でも、100倍でも――どんな強い敵でも、負けられない!)
闘志が更に膨れ上がる。
両腕の鋼拳が赤く発光し、強烈な熱を帯び始めた。
「絶対、負けない!
この《カリバーン》で――あなたを倒してみせます、ヴェレトさん!」
皆の声援ひとつひとつがアカネに気合を叩き込み、カリバーンの出力を際限なく強化する。
闘志、やる気。気合や根性。本来は数値化できぬ人間の感情をパワーリソースとし、上限無しの超パワーを発揮する、史上最強の魔法兵装。
想いを力に変える武器――《鋼拳カリバーン》。
その真価が、これであった!
鋼拳が眩い光を放つ。
太陽が具現化したかのような熱量と光量に、ヴェレトはたまらず後退した。
「こんな莫迦な」
今や
ヴェレトの防御結界を紙のように貫き、彼を完全なる戦闘不能に追い込む未来。
戦艦の主砲にも匹敵する、《カリバーン》の強烈な一撃。
ふざけている。ふざけきっている。
“人の想い”などという曖昧で頼りないものが、こんなパワーを引き出せていいわけがない!
「――うおおおおああああああッ!」
雄叫びと共にヴェレトが駆け出す。逃げではない。攻めだ。
致命的な一撃が放たれる前にアカネを倒すべく、前に出た。
その行動がもう2秒か3秒早ければ、あるいは相打ち程度は狙えたかもしれない。
だが遅かった。同時に、マーリンも最後の指示を出していた。
『《カリバーン》エネルギーパス確保――いけ、アカネ!』
「はい!」
アカネが深く腰を落とす。
左手は前に。右手は腰だめに。静かに息を吸って、吐く。
正拳突きの構えだった。
『全力だ!』
「はいっ!」
アカネもまた駆け出す。
ヴェレトとの距離が瞬時に縮まる。
両者がぶつかるまで、あと三歩。
「これが、皆の想いをのせた――」
あと、二歩。
「私と、マーリン先生の――!」
一歩。
「――《カリバーン》だああああああああッ!」
衝撃があった。
そして、爆発。
《カリバーン》のエネルギーは開放され、
遥か彼方までを薙ぎ払う巨大な光の剣と化した。
光の剣は一瞬でヴェレトを飲み込み、背後のビル群ごと灰燼に帰した。
……そして。
強すぎる力は時として持ち主にも破滅をもたらす。
諸刃の剣。
アカネ自身もまた、その光の中に消え失せ――――――
シブヤ特区に、静寂が訪れた。
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翌日。
はやくも復興をはじめたシブヤの片隅に、ひとりの少年の姿があった。
白衣に銀髪。瓦礫の山の中でなお、泰然たる態度。
左手には様々なコードが垂れ下がった異形の杖。
右手にはコカ・コーラのペットボトル。
言うまでもなく、地球側の特別技術顧問――裏切りの魔術師、マーリンである。
「……計算外だった。まさか、あんな事になるとはな」
憔悴した口ぶりだった。
この男でも計算違いはあるのか?
当然だ。マーリンとて、所詮は1500年とちょっと生きてきただけの、他人より少しばかり頭が回る男に過ぎない。
がっくりと膝をつき、彼は隣に立つ少女へ恨めしそうに告げた。
「まさか――“ましゅまろフラペチーノ”の工場まで薙ぎ払ってくれるとは思わなかったぞ。アカネ」
「……ごめんなさい……」
マーリンとアカネの目の前にあるのは、マーリンが愛飲する甘味飲料水――通称“ましゅまろフラペチーノ”の工場だった。
いや、訂正しよう。元工場だ。工場の前後をぶち抜くように巨大な破壊痕が走っており、内部の機材はおろか床や天井に至るまでボロボロに崩れ落ちている。もはや工場としては再起不能だろう。
もちろん、これはカリバーンによって穿たれたものだ。
強力な熱線が工場をかすめた結果、施設の9割は損壊。残る1割も当然使い物にならず、再建には時間がかかりそうだった。
“ましゅまろフラペチーノ”は最低でも一週間近く品薄状態が続く見込みだ。
「まあ、お前のバカ力を考慮しなかった俺にも非はあるがな」
「そんな!」
アカネがぶんぶんと首を振った。
今朝からずっと元気のない恩師を精一杯気遣い、慰める。
「先生は悪くありません!」
「だろ? 俺もそう思う」
上の空であった。
コーラを飲み干し、軽く目を閉じる。
――カリバーンはアカネの気合と闘志に応じて無限のパワーを発揮する。
そのように作ったのだから、それはいい。
普通に戦ってもヴェレト程度の防御結界を貫く事はわけもなかったが、念には念を入れてマーリンはシブヤ避難民からの応援を中継した。
このバカ娘はとにかく思考回路がシンプルだ。
『誰かを守りたい』
『誰かを助けたい』
ただただその一心で最前線に身を投じている。
そこに、守るべき避難民のナマの声を聞かせればどうなるか。むろん『守らねば』という気持ちが増幅され、《カリバーン》の威力は飛躍的に向上する……というわけだ。
だからといって、ここまでの超火力を叩き出すなど誰が想像できただろう。
想像以上だった。単純な数値に直せば、あの時のカリバーンの威力は実に平常時の94倍。桁違いの破壊力だ。
しかもまだまだ上がありそうだった。アカネとカリバーンがその出力に耐えられるかどうかは別として、100倍200倍の一撃も撃とうと思えば撃てる。そういう試算結果が出ていた。
アカネが、その出力に耐えられるかどうかは別としてだ。
……マーリンは三度頭を振った。難しい問題はひとまず置いておこう。今はそれよりも重要な事がある。
ああ、“ましゅまろフラペチーノ”は脳の糖分補給に最適だったのに。買い置き分だけで足りるだろうか。
「……済んだことを悔やんでも仕方がない。行くとするか」
空になったコカ・コーラのボトルを投げ捨て、歩き出す。
アカネが慌てて後を追った。
「あの、先生!」
「ああ?」
「もうシブヤに敵は居ませんよ。いったい何処へ?」
「そんなの決まっているだろう」
アカネを見上げ、マーリンが不敵な笑みを浮かべた。
「新しい魔法兵装――《クラウ・ソラス》の適合者のところにだよ」
熱血!マホウショウジョ クオンタム @Quantum44
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