痛みを感じるよりも速く。

血が流れ出していくよりも速く。

命が止まるよりも速く。


俺の体は、地面へと落ちていく。


ただ、景色だけがゆっくりで。

逆さまの空に、霞んで漂ってくる雲の一つ一つが見える。


結局。

結局のところ、俺は何だったんだろう。


「何か、出来ないかと思って」


俺はあの時、自分の映るレンズに向かって、そう答えた。

自然発生確率0.002%の、『反重力種アンチ・グラビティ』。

それがどうして自分なのか。

その答えを、知りたかった。


何かになれるかもしれないと思って、何かになろうとした。

ふらついて、つまづいて、失敗して、こんな最期だ。


それで結局、何かになれたかなんて、自分じゃ分からない。

誰も、俺のことなんて見てなかったかもしれない。


ただ全部は虚しいだけで。

終わっていく。


いや、違う。

たった一人だけ、俺のことを見ている奴がいる。

ずっと、俺を見ている。

今も、俺を見ている。


俺は、俺を見届けた。

俺は、お前のこと、知ってるんだ。


痛かったよ。

そうだな。


苦しかった。

わかるよ。


何度も、やめたくなった。

知ってるよ。


ただ死ぬことを待つだけで、それでなんでいけないんだ。

それでもよかったかもしれない。


終わっていく世界に急かされて、死んでいく人に後を押されて。

息が詰るくらい、いっぱいいっぱいで。

ここまでやってきたけど。


そして、全部が全部、空回りかもしれない。

もう誰も、答えてくれない。

ただ、風を切る音だけが聞こえて。


地面に落ちていく。

俺の元居た場所へと。


でも、それでも。

嫌な気分じゃないだろ。


俺はお前を見届けた。

だから最後くらい、認めてやれ。


ずっと置き去りにされてた俺を、最後くらい、助けてくれよ。

精一杯やったよな。

くじけないで、がんばったよな。


目を逸らさないでくれ。

どうせなんて言わないでくれ。

胸を張ってくれ。


お前は、何にも出来ない奴じゃなかったんだから。


聞こえてるよ。

分かったよ。


俺は、俺を認める。

急ぎ足だった俺の背中に、ずっと置き去りにしていた、俺が追いつく。


そこで、やっと分かる。

生きていくことは、虚しくなんかない。


だって。

だってこんなにも、空が青いんだから。


その青も、霞んでいく。

全ての光が薄れていく。


痛みを感じるよりも速く。

血が流れ出していくよりも速く。

命が止まるよりも速く。


俺の体は、地面へと落ちる。


さよなら、東京。

それで。


ただいま。

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エア・ウォーカー 森田 @morimorita

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