それから、水曜日の夕方。

兵舎のロビーで。


「そろそろ始まりますね」


「さてどうなっているか」


「楽しみだね〜」


「…………」


「あの、先程から少尉のご様子が。酷く青ざめて震えておられるのですが」


「気にしなくていいと思います」


「ちょっと!私の出番、あるんでしょうね!」


「だから、そんなの俺に聞くなって。俺が決めてるわけじゃないんだから」


「あ、始まったよ〜」


「…………」


「お、少尉、映りましたよ」


「……あッ!?オイ、マジか!止めろオラ!一時停止!」


「止まりませんよ。録画じゃないんですから。あれ、終わった?」


「…………」


「……爽やかに挨拶しただけでしたね」


「嘘だろォオオオオオオオオッ!!」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、今のが誰って?」


「チヒロさんでしょ?ねっ」


「少尉ぃ!?マジ!?気合い入り過ぎじゃない!?」


「わははは。そんなにテレビに映るのが楽しみだったのか。可愛い奴だな」


「うるせーぞボケカスども……ちくしょうが……」


「マジ凹みっぽいのであんまり追い討ちをかけないであげてください」


「ちくしょう……ワイプで同じ画面に映りたかった……コメントされたかった……」


「事情はよく分かりませんが、元気を出してください犬飼少尉。きっと次の機会もあります!」


「あ!ササメが映ったわよ!」


「本当ですか!わっ!本当です!私がテレビに!」


「よく撮れてるじゃないか。内容も模範的だな」


「ああ、冗談はカットされてしまったようですね……冗談……」


「まだ諦めてなかったんですか……次は、中尉みたいですね」


「どうせ筋トレでしょ。ほら!やっぱり!」


「鉄棒上体起こしだ」


「いきなりこれですか。尺が余った時用だったのに」


「筋肉は万人を魅了するからな」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「なんでこんなに長げーんだよ!!」


「あ、少尉が復活した」


「どう考えても尺の取り方おかしいだろ!」


「筋肉の勝利だ」


「ガッツポーズやめろや!」


「ちょっとうるさい!テレビの音聞こえないでしょ!次は私の番なんだから」


「いや、中佐が出てきたぞ」


「へっ!?」


「……やっぱり中佐に割かれる尺は1番長いですね」


「ま、至極当然だな」


「ボクは結構スゴいからね〜ふっふふー」


「中佐殿以外は所詮添え物って事だよ……ケッ」


「いつまでも拗ねないで下さいよ、少尉」


「自信はあったんです……冗談……冗談」


准尉こっちも回復してない……」


「む、どうやら〆に入っているぞ」


「えっ!?これで終わり!?私の出番は!?」


「まあ……薄々察しはついてたけど」


「はぁ!?」


「あんな不思議映像、渡された番組の人たちも困るだろ」


「う……うあーん!」


「ぐぇっ!頭突きはやめろ!」


「あんたのコサックダンスのキレが悪かったからよ!どうしてくれんのよ!うあーん!」


「とんでもないところに責任の所在を持っていくな!泣くのもやめろよめんどくさい!」


「さて。ここで私は一つの事実に気付いた」


「……と、言いますと。どうなさいましたか。山上中尉」


「1人、カメラに映っていない奴がいる。お前だ、お前」


「はっ?」


風の音が聞こえる。


「よし、真鍋、インタビューだ、映像付きでな」


「それは名案ですね!撮りましょう!」


「私が撮ってやる。携帯のカメラでいいか」


「なんで今更。撮ってどうするんですか、そんなの」


風の音が聞こえる。


「お前の事は、まだ誰も全然知らないんだぞ。気になるだろう」


「別に、俺の話なんか」


風の音が聞こえる。


「いいえ、聞かせてください!私たちはこれからずっと、仲間なんですから」


「いや、でも」


風の音は、聞こえ続けている。


「はぁー、ごちゃごちゃうるさい。話せって言われてるんだから話しなさいよ。どうせつまんないだろうけど」


「みんな聞きたいんだよ、マグのこと。もちろん、ボクも聞きたいよ。ね、チヒロさんも」


「……勝手にやってろ」


「ほらね。マグの言葉で、話してみてよ。さあ」


風を切る音が聞こえる。

自分の体が、風を切る音。


「俺は……」


独りで、口の中で呟いた。


遮熱襲の残骸。

体に空いた穴に、風が流れ込んでくる。


その体内にある感覚もぼやけていく。

全ては霞んでいく。

脳味噌が止まっていくのを感じる。


あの時、なんて答えたんだっけ。


「俺は」


レンズに、俺が映っている。

真鍋マグが映っている。

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