ボウボウドリと高虎

ふたぎ おっと

ボウボウドリと高虎

「ボウボウドリドッグお願いします」

 ショーケースの前で女の子は首を捻りながらそのメニューを読み上げた。すると隣にいた男の子がぷっと噴き出した。

 違う高校の制服を着た、見ず知らずの様子の二人。あんまり男の子が笑うので女の子はばつが悪そうに「お願いします」と店主を急かした。店主は愛想よくドッグを紙袋に入れるが、それを渡すとき、苦笑まじりに言った。

「これ、棒々鶏バンバンジーって読むんやに」

 瞬間女の子は真っ赤になり、男の子は大爆笑した。


 高虎たかとらドッグ、略して高虎。

 の戦国武将・藤堂高虎とうどうたかとらの名にちなんだそのドッグサンド屋は、津駅のすぐ近くにあった。

 スターバックスもサブウェイもない田舎に出来たお洒落カフェ。味も美味しく品揃えは豊富。ドッグ一つの値段が400円前後という安さも好感度が高い。

 津駅に集う高校生がよく立ち寄っていた。


 五月のある日。

「あ、棒々鶏ボウボウドリの子」

 男の子がショーケースの前で選んでいると、女の子がやって来た。二人が会うのは「棒々鶏ボウボウドリの日」以来だった。

 男の子はニヤニヤ顔で女の子に話し掛ける。

「ここよく来るん?」

「月見デミハンバーグドッグ一つ」

「あ、それ美味いよな。俺も今日はそれにしよかな」

「すみません、やっぱり梅肉仕立てのちくわドッグで」

「それも捨てがたいわぁ。冷しゃぶドッグもええしなぁ」

「やっぱりみそカツドッグに……」

「高虎はほんま美味いから迷うわぁ」

「うっさい聞いとらんわ!」

 終始無視していた女の子だが、遂に声を上げた。

「高虎が美味しいのは私のが知っとるわ!」

 彼女は男の子を指差し声高に叫ぶと、苦笑を隠しもしない店主からドッグを受け取り高虎を飛び出した。

 男の子はぽかんとしていたが、おそらく女の子は彼の通のような口ぶりが気に入らなかったのだろう。実際女の子がまだ十種類も試せていないのに対し、彼はもうメニューの七割ほどを知っていた。彼女の対抗心に火が付いたのだろう。

 すぐにでも彼より精通してみせるのだと言わんばかりに、女の子は頻繁に高虎に来るようになった。


 二人は三回に一回の確率で出会した。

 毎回男の子は「棒々鶏ボウボウドリ」と女の子をからかい、これ美味かったに、と試したことのあるドッグを薦めた。女の子が素直にそれに従うことはなかったが、男の子がいない日にこっそりそれを試していた。

 女の子は男の子と同じ注文を極力避けていた。彼が野菜系ドッグを選ぶ日はお総菜系を、彼が肉系ドッグの日には魚系を。そのせいで、女の子が目当てのドッグを逃して男の子に羨望の眼差しを送ることもよくあった。

 けれど甘い気分の日は一致するのか、二人はいつも同じタイミングでスイーツドッグを選んでいた。

 女の子はいつも恐る恐る高虎に訪れ、男の子は悪戯そうな顔でやって来る。出会せば憎まれ口をたたき合う二人だが、会えない日はお互いどこか物足りなそうだった。


 そうして夏が来た。

「今日遅いやん、棒々鶏ボウボウドリ。高虎を語るにはまだまだやな」

「そんなことないもん」

「ほーか。それはそうと今日はどうしよかな。肉もええけどやっぱり――」

 ぷいと顔を背ける女の子に構わず男の子がショーケースの前で腕を組んだとき、新たな客がやって来た。男の子と同じ制服を着た女子たちだった。

「あ、出た高虎つう。この前オススメされたん食べたけど美味しかったわぁ」

「なぁ今日甘いのいこうと思うんやけど、どれがいい?」

 彼女たちは男の子と仲が良い様子。男の子は女の子にいつもするように試したことのあるスイーツドッグの感触を彼女たちに教える。女の子はムッとした。

 すると女子たちの一人が言った。

「なぁなぁこれなんて読むん? 棒々鶏ボウボウドリ?」

「ちゃうって棒々鶏バンバンジー! ってか棒々鶏ボウボウドリはないやろー!」

 彼女たちは棒々鶏を読めなかった一人をげらげら笑う。女の子は一層身を小さくしつつも、

「あの! グラタンドッグお願いします!」

と声を張り上げた。瞬間女子たちは静まり返り、男の子と店主は目を丸くして女の子を見た。

 男の子は「ちゃうやろ、今日は……」と女の子に声を掛けるが、女の子は無視して「おじさん早く」と店主を急かす。注文したドッグを受け取ると、女の子はそそくさと高虎を出て行った。

「誰あの子」

 女子たちの一人が気まずそうに男の子に尋ねるが、彼は答えようとして口を閉ざし、代わりに店主に注文する。

「俺、今日はチーズケーキドッグにするわ」

 どこか気落ちした様子の男の子を、店主は困ったように眺めていた。


 それから二人はすれ違った。

 来店する日や時間帯が見事に変わった。

 実際は女の子の方がずらしているのだが、男の子が何とか出会そうと試みても、二人は会わなかった。

 しかしわざとなのか無意識なのか。

 女の子はいつも男の子にオススメされたドッグを選び、男の子はそれまではあまり頼まなかった棒々鶏ドッグを好んで食べるようになった。

 そして二人はスイーツドッグを選ばなくなった。


 そんなすれ違いが二ヶ月続いた秋の中頃。

 女の子が両手をさすりながら高虎にやって来た。寒そうに身を縮めながらショーケースの前で腕を組む。

 するとそこに男の子がやって来た。

 男の子は女の子を見ると「あ……」と声を掛けようとするが、言葉が続かない。女の子は気まずそうに男の子から目を逸らして、

「今日はえびチリドッグにしよかな」

と呟きながら店主に顔を向けた。

 しかし女の子の注文を男の子が遮った。

「いちごとカスタードドッグとアップルマンゴードッグ一つずつ!」

 女の子と店主は目を丸くして彼を見るが、男の子は「今日はこれやろ」と受け取ったいちごの方を女の子に差し出した。女の子が一番好きなスイーツドッグだ。

 二人は気まずそうにしながらほんのり赤くなる。

 微妙な沈黙が続いた後、男の子が尋ねた。

「なぁ名前聞いてもいい?」

 それが二人が初めて自己紹介した瞬間だった。


 その直後に高虎が移転したため、その後の詳細は分からない。

 だけど数ヶ月後に移転先に現れた二人はとても仲睦まじげで、女の子はもう「棒々鶏ボウボウドリ」ではなくなっていた。

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