表の世界、裏の世界 第ニ部 白銀の夜伽巫女

禪白 楠葉

第1話 接触

 あーっ、もう、ムカつく、ムカつく、むかつく――っ!!!

 今日は私の18歳の誕生日!

 なのに、なのに、なのに――っ!!!

 何でこんなに運が悪い日なのよ――!!!


 登校のときに、目の前で踏切がカンカン鳴りだして足止めされるし。いつもは踏切に引っかからないのに。家を出るのが少し遅かったこともあって、自転車飛ばしたのにあと一歩のところで遮断機降りちゃうし。自転車置き場もいっぱいで、ほかの自転車ちょっとずつよけなきゃいけないし。おかげで遅刻ギリギリで教室に滑り込むはめになっちゃった。私は走るのそんなに早くないし、どうなるかと思ったわよ。


 返ってきた英語のテストは半分も取れてないし。

「これくらい、七割は取れていないと困りますよ?」

 何だ、あのクソジジイ。英語なんてどうだっていいじゃん。学校卒業したら殆ど使わないんだろうし。


 それにあの和歌子わかことかいう変態女。取り巻きの女3匹相手に、いつものようにくだらない演説ぶってるし。

「駅前に二階建てのスーパーあるでしょ? 一階が食料品で、二階が台所用品とか雑貨が売ってるあそこ。あの階段って、実はすごい穴場なんだよねー。人が来そうでめったに来ないから、かなり燃えるんだよ。タッくん私の事大好きだから、私をべたべた触りたがるんだけど、あの階段でボタン外して胸もんできちゃってさ。周囲の人の声が聞こえるから、かなりテンション上がっちゃって、私もタッくんもすごい興奮しちゃって。超盛り上がっちゃったから、ついズボンの上からなでちゃったけど、さすがにそれ以上は怖くてできなかったんだ。私って、まだまだかなあ?」

 脳ミソが、頭じゃなくておっぱいに詰まってるんじゃないかと思っちゃう。別にそんなに大きくないのに。

 クラスの男子の半分は聞き耳立てていたのがよくわかったけど、ほんと、男子って気持ち悪い。オトナの週刊誌買ってきて、袋綴じ開けて

「うおー!」

 とか騒いでるのもいるし、スポーツ新聞のエロコーナー開いて見入ってるのもいる。前に先生に怒られた時、

「これはエロコーナーなんて下賤で低俗なものじゃない!

 風俗欄だ! 俺達は現代日本文化の風俗事情を勉強してるんだ!」

 と偉そうに反論していたけど、エロコーナーであることには変わりない。たまにこそこそ音読してるやつもいて、いやらしい。世の中の男性ってそんなものなのかな。ほんと、キモい。


 お昼もほしかったパンは売り切れ。

 バカが騒いでいたので先生が説教、そのせいで授業が5分伸びたのがいけないんだ。

「メインレースは2番総流しだよな。」

「はぁ? 何言ってるんだ? 明日は雨だから芝が重くなる。ここは4―9で大穴狙いだ。」

「男は黙って単勝だよ。控除率いいし。」

 とか、授業中に喧嘩始めないでよ。


 絵の締め切りももうすぐなのに、構図が思い浮かばないし。

 美術部の入賞常連として、下手なものを出す訳にはいかない。少なくても、駄作と笑われることだけはあってはならない。

 イメージもわいてこないなんて、今までこんなことなかったのに。


 あーあ、人生、このままうまくいかないのかな。

 私、須藤すどう綾音あやね、18歳。彼氏いない歴18年。

 あーあ、このまま人生が終わっちゃうのかな。

 街路樹の葉はこんなにきれいな緑色なのに、私の心は落ちて泥がついた枯れ葉のように、この上なくどんよりしたこげ茶色。

 私を選んでくれる男の子、いるのかな。あ、不潔な男子はもちろんだめね。少なくても、エロコーナーをクラスで読んでるバカは全員対象外。

 私、そこまで魅力的じゃないし。全てが平均的。顔も、身長も、成績も。胸だけはちょっと自信あるけど。こんな私を選んでもらえると考えている時点で、調子のりすぎかな。


 今日は、何かむしゃくしゃしすぎている気がする。いつもよりイライラしてる。

 落ち着け、私。

 こういうときこそ、何かいつもと違うことをしないと。

 いつもつるんでるエリコならやけ食いするんだろうけど、残念ながら私にはやけ食いの趣味はない。

 いらいらしながら自転車こいでると危ないよね。少しクールダウンしよう。

 自転車のスピードをゆっくり落として、一旦下りて、深呼吸。



 ◇ ◇ ◇


 …………へぇー。こんなところに神社、あったんだ。

 いつもは通りすぎているだけから、まじまじと中を見たこと無いけど、意外と広いんだね。

 本殿も思ったより大きそう。小屋というより民家のような大きさだ。

 裏に山があるんだけど、本殿が山の上じゃないのが好印象。山の上の神社とか、上がるの面倒なんだよね。

 境内がきれいだから、ちゃんと手入れされてるみたい。

 周りには大きな、何百年も経ってそうな立派な木。

 本殿の奥に森があるけど、暗い森なわけじゃなくて、ちゃんと明るい光が射してくる。


 きれいで、落ち着いた感じの場所。嫌いじゃない、というより、結構気に入った。

 変質者が隠れてて襲ってくる、とかいうことはなさそうだ。自転車を止めて、入ってみますか!


 気づいたら本殿の前にいた私。最近の神社って、参拝の仕方が書いてあるのが親切だよね。二礼二拍手一礼だってさ。

 とりあえず、ガラガラを思いっきり鳴らして、財布の小銭……どうしようかな? まあ、十円でいいや。女子は十円玉、男子は一円玉か百円玉を投げるものだってさきが言ってた。咲は席が近いせいか、クラスで一番話しする子。そして、この手の話題にやけに詳しい。


 えいっ! 二礼して、二拍手、


「今の人生、変えたい!!」


 最後に一礼、っと。


 神様が本当にいるなら私の人生をなんとかしてみろ!

 どやぁ!


「ふーん、ホントにぃ?」

「考えなおすなら今のうちだよ?」


 あれ? 今、頭のなかで声がした?

 私だけ聞こえたの? なんか変なの。


「勘違いじゃないよぉー?」


 今日は疲れてるんだよね。やっぱり幻聴だよね。うん。

 よし、おとなしく帰ろう。誕生日だから、夜は出前のお寿司かな。


 ◇ ◇ ◇


「おやすみなさーい。」

 あーあ、今日は疲れた。お誕生日のボーナスお小遣いは五千円。

「FXでするなよ。」

 って言われたけど、FXの口座って18歳からだっけ?

 FXって、あれでしょ? 外国のお金買うギャンブルでしょ? 数年に一回、大きく相場が動いて大儲けと大損する人がいて、99%の人は最終的に借金抱えてできなくなる、恐怖のギャンブル。

 かわいい娘の18歳の誕生日なのに。照れ隠しでそういうこと言ってたのかな?


 さて、お風呂にも入ったし、これで記念すべき私の18歳のお誕生日も終わり!

 かなり、しけてたけど。

 まあ、そろそろ寝ますか。明日こそはいい日かもしれないし。


 布団を頭までかぶって、目を閉じる。

 私は、絵を描く前には目を閉じて、何を描くのか、自由に考えるタイプ。

 絵にすごくはまっていた一時期、寝る前にいろいろなイメージを目に浮かべ、何かいいネタがないかなと思いを巡らせていた。

 今でも、すぐ眠れない時は空想してから寝る癖がある。

 今日も、眠るのにはちょっと時間がかかりそう。


 ◇ ◇ ◇


「……よお。」

 ちょ、何なのよ? 私が目を閉じてちょっとして現れたこの男、何者?

「あんた、誰?」

「おいおい、声出すな! 俺の姿はお前にしか見えていないんだ!

 まず、いいから落ち着け。」


 何なのよ一体。

 少し落ち着いて考えてみる。落ち着け自分。まずは状況を把握するんだ。

 ……とりあえず、夢ということでいいのかな。夢なら現実だと起こりえないことも起こりうるし。


 ……そうだ、この男、チサが机の中で隠し持っていた本の表紙の男の片方にそっくり! 表紙にかっこいい男の人が二人見つめ合ってる本なんだけど、

「なにその本? 読ませて?」

 と聞いたらチサは血相変えて怒ってたっけ。


 この人、髪の色と瞳の色が銀? どうみても日本人じゃないよね? 鼻が高めで、切れ長の目。無駄にイケメンに見える。うちの男子の制服っぽいけど、上はワイシャツ一枚、第二ボタンまでしっかりあけて、その上、「いよッ!」って感じで片手を上げるポーズが無駄に爽やかに決まってる! 何だこいつ?

 そして、何故か背景が学校の校門のあたり! キザな青春モノのドラマの一シーンにしか見えないところがかなり嫌なんですけど。男の年齢も高校生っぽいし。


 ……ようやくわかってきた。これ、やっぱり夢だね。見慣れた周囲の中に、見慣れない男。夢ならありがちなことだよ。


「ふーん、なかなかやるじゃないか。俺の姿がここまではっきりわかるとは。」


 …………え? 話しかけてきた? これ、夢なんだよね? 夢だよね?

「俺の言ってることが、ちゃんと言葉としてお前の頭のなかに聞こえてるんだな?

 よし、お前は襟元の隠れたマイクに向かってこっそり話しているイメージで、俺に話しかけろ。そうだ、スパイ映画であるだろ? 『こちらジョニー、ターゲットがノースゲートから出た、今から尾行する』みたいな感じでボスに通信するスパイ。

 声を出さずに、心の中で話すんだ。」


 ジョニーって……なにそれ?

「よしよし、そんな感じだ。お前、初めてにしてはすごいセンスだな。」

 あの……。私、なんか褒められている……のかな。


 せっかくだから、もう少し、この男の相手をしてやるか。危害を加えてきそうにないし。

「俺の言いたいことがお前の心のなかで文章になってるようだな。

 俺はお前の心が読めるが、俺と会話する場合、お前の言いたいことを一旦、言葉にしたほうが会話として成立しやすい。あれだ、一人二役で会話してるイメージだ。お笑いだと一人でボケとツッコミの二役を交互でやってる感じだな。」

 普通の事を言ってるように見えるけど、何か変だ。

 何かとんでもないこと言ってる気がする。心が読めるとか。


 それにしても、この人、誰? 全然心当たりないんですけど?

「俺か? お前さ、今日、神社で妙なお願いしただろ?

『今の人生、変えたい!!』

 だっけ? 俺は、そこの神社にいる、いわゆる神ってやつなんだな。」

 うわぁ。自分で神って言っちゃいましたよ、この人。あいたたた。

 やっぱり、これは相手にしちゃいけないのかな。私、変な夢見てるんだよね?


「結構いるんだよ、その手の後先考えない妄言を願ってくるバカタレ。

 人生変えたからってよくなる保証なんて全く無いのにな。

 仮に人生のリセットボタンがあったとして、それを押してみたらどうなるかって? 九割九分、もっと状況が悪くなるから。逃げても何にもならないんだよ。

 そういう手合いは相手にするの面倒だし、逆恨みされると嫌だし、放置するに限るんだ。」


 神らしく偉そうなことを言ってる。私はどうせバカタレですよ。

「でも、お前からは純粋な思いが伝わってきたので、俺はこう、わざわざ話を聞きに来てやったわけだ。

 なあ、お前さ、飯食って風呂入ってちょっと落ち着いたよな?

 それでも、今でも、人生変えたいと思ってるの?」


 彼氏いないし、何か才能あるわけでもないし、このまま平凡でつまらない人生を送るのかなーと思うと、なんかお先真っ暗って感じになっちゃった。

 あ、まじめに返事しちゃったけど、よかったのかな。


「ふーん。お前、かなり、というか、すごく才能あると思うんだけどなー。

 彼氏が欲しくて、その上、順調で過激な人生を送りたいのね。

 しょうがない、俺がひと肌脱いでやるか。」

 え? 今から脱ぐの?

「おいおい、流石に俺には初対面の女性の前で全裸になるような趣味はないよ。お前がそれを望むならともかく。

 で、どうする?

 俺と手を組むか、それともここでお別れか。」


 …………そうね、試してみるのも悪くないかもね。ダメでもともとだし。

 都合悪くなればサヨナラすればいいだけだ。


「じゃ、一つ、お前を試すことにするか。お前の才能をもうちょっと確認しておきたいし。

 まず、俺の名前を当ててみてくれ。

 俺はお前の直感に訴えかける。それを、お前は文字にして、俺に教えろ。」


 ……え?どうやってやるの? どう考えても無理なんですけど。


「大丈夫だ。お前はお前の直感に従え。」


 ここで諦めたら何か悔しいよね。よし、頭を空っぽにして、感覚で考えるか。


 …………何かひらめいた。名前ということは文字列だよね。

 ひらがなの羅列。

 音? 文字? それを拾っていけばいいわけね。

 なぜかアイディアが頭にすっと入ってくる。


 ……目の前に浮かぶ五十音図の表。

 くるくる回せそうな、ひらがなが一文字づつ書かれている、文字のリング。

 心を無にして、文字を一文字づつ、「これ!」というものを拾っていけばいい。

 何でもいい、反応がある文字を拾おう。


 最初は「ひ」、これみたいね。

 次に反応があるのは「れ」……

 だけど、ちょっと違うかも。「か」、これは確実にありそう。

 あとは、「る」、「り」……、ら行のこのあたり。

 並べ直すと「ひ」、「か」……、「ひかり」? 「ひかる」? 「ひかれ」? ……「ヒカル」、名前は「ヒカル」でいいのね?


「ちょ、やっぱりお前すげえ才能だな、おい。これが簡単にできる日本人、一厘もいないんだぜ? 外人となると、チベット仏教の高僧みたいなほんの一握りの例外を除き、まず無理だ。訓練無しでいきなりできる奴なんて、もっと少ない。

 お前のことがますます気に入ったぜ。

 なあ、お前さ、明日になっても気が変わらなかったら、今日来た神社にまた来いよ。それじゃ、おやすみ。」

 あ、言うだけ言って消えちゃった。テレビの電源を落としたように、目の前の光景が消える。

 なんかイケメンな自称神に気に入られちゃったけど、あれ、ただの妄想だったのかな。

 うん。もう深く考えずに寝よう。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。

「いってきまーす!」

 今日も学校。

 ただ、一つ、どうしても確認したいことがあるので、今日の登校はいつもと違う。


「あの神社、本当にあったのかなぁ?

 自称神とか、まさか夢オチってことはないよね?」


 神社は今日もちゃんとあった。

 昨日と全く同じ神社。

 実は幻でしたとか、夢オチだったらマジ困る。特殊な病院に閉じ込められる人生はいや。まだ、私はそこまで頭がおかしくなってない、と思う。

 神社の名前は「樫払かしはら神社」なのね。

 いつもスルーしてたから名前を覚えていなかったけど、これで人に聞きやすくなった。

 とにかく、この神社についての情報収集が必要だ。

 私はまだ自分をちゃんと信用できていない。他の人が樫払神社についてどれくらい知っているかを聞いてみないと、そして、ここの神が夢のなかで現れるなんてことが現実に起きうるのかと。

 学校についたら、咲にまず聞いてみよう。詳しそうだし。


 ◇ ◇ ◇


「ねえ咲、樫払神社って知ってる? 私、昨日初めて知ったんだけど。」

「え? 綾音、知らなかったの? あそこ、あまり大きくないけど意外と歴史あるんだよ。確か、室町時代にできたんだっけ?」

「ということは、心霊スポットなの?」

「そんなことないって。歴史の割には変な話がないから、意外なんだよね。

 あ、綾音、もしかして夏休みに肝試し大会でもやろうと思ってるの? くっつけたい人いるなら教えて? 協力するからね。」

「そんなことないよ! ただ、気になっただけで……。」


 え? 視線?

 男子だ! 何か気になることがあったのかな?


「あの子、小郡おごおりくんね? わかった、彼には内緒にしておいてあげる。」

「だから、そういうことじゃないって! 純粋に興味あるだけなの! あの神社の不思議な話とか。」

「そうそう、心霊というかたたりというか、それだったら清海きよみ神社のほうが有名だよ。あの神社の噂話、聞いたことあるでしょ?」

「ごめん、聞いたこと無いけど、どんな話?」

「清海神社も歴史が軽く数百年はあるんだけど、そこの神様とものすごーく仲良く出来る人がたまに出るんだって。その人はとてつもないご利益りやくを受けることができて、この上なく幸せになれるんだよね。

 ほんと、うらやましい話なんだけど、実はオチがあるんだよ。

 調子に乗りすぎると神様に叱られるのか、不幸が続く。それでも改心しないようなら、神様に捨てられて人生真っ逆さま、人生どん底になるから、その分、気をつけて自分を律しないといけないんだって。」


 ……この視線! また小郡くんの視線だ!! この話題、そんなにまずいのかな?

 小郡くんはクラスでも目立たない男子。ブサイクでもないけど、かっこいい方でもない、どちらかというと中性的な子。

 身長は私よりちょっと高いくらい。160センチちょっとくらいかな。

 あと、体型的なバランスもとれてるよね。マッチョってわけでもないし、ガリガリなわけでもない、ちょうどバランスが取れた体型。普通体型の男の子のデッサンするときにモデルになってもらうと、ちょうどいいかも。もちろん上半身は裸で。

 文化部か帰宅部なイメージだけど、本当はどうなのかな。

 普段はぜんぜんクラスで目立たない小郡くんの視線を感じるのは、偶然で片付くものではないと思う。


 咲の話は続く。

「周囲の人から嫉妬しっとされると困るから、その幸運な人は目立たないように頑張ってるらしいんだ。

 足引っ張られないように。へたすると逆恨みされて殺されるかもしれないもんね。

 だから、周りの人からは、そのラッキーな人が誰かはわからないんだって。

 でも、ある一族の中から選ばれることが多いって聞いたけど、どこまで本当なのかな? まあ、ただの噂話と思ってね、綾音。」

「へぇ、そんな噂があるんだ、知らなかった。」


 神様が人間に接触するってことがあるんだ。

 それも、一族ってことは、何回もだよね。一回だけじゃなくて。


「そういえばあそこ、そうらしいよ?

 5年位前に、羽振り良かったのに一気に潰れた会社あったでしょ? 一代で会社を急成長させたと思ったら、インチキ商品売ってたのが急にバレて集団訴訟食らって、さらに脱税の手入れがあって、会社のオーナーが夜逃げした話。覚えてない?

 青天の霹靂へきれきというか、あまりにもおかしいから、その神社の神罰だって噂だけど、実際のところどうなんだろうね。」

「でも、それは清海神社の話なんだよね?」

「そうなんだよ。綾音も知ってると思うけど、ここ、大玉おおたま市は古い神社が2つあるんだよね。清海神社と、樫払神社。でも変なことに、樫払神社ではそういう妙な話聞かないのよね。普通は一つくらいあるはずなのに。

 ねえ綾音。急にどうしたの? 本当に何もなかったの?」

「そんなことないって。ただ、通学途中に樫払神社が目についただけ。やけにきれいだな、って。」

「そう? だったらいいけど。

 あ、そろそろ授業だよ。」


 ……まだ視線を感じる。

 というか、小郡くんが視線を送るのではなく、こっちをガン見している。私達が何を話しているのか聞き漏らしたくないのかな? マジでまずい話でもしたのかな?

 そんなにヤバイ話をしていたとは思わないんだけどな。まあ、いいか。


 ◇ ◇ ◇


 帰宅途中、気づいたら樫払神社の鳥居の前にいた。

 昨日の夕方と、今朝と、同じ光景の神社。

 咲が数百年以上の歴史があるらしいって言ってた、ちゃんと管理された神社。

 気が向いたら来いって言われたんだっけ?

 今まで忘れてたけど、昨日も気づいたら神社の入り口にいた。偶然ではないと思う。


「よし、もうどうにでもなーれ!」


 結局、今日も神社に足を踏み入ることにした。

 今日は手水舎ちょうずやで書いてある指示通りに手を洗い、口をすすぐ。昨日は手水舎に行かなかったけど、なんとなく今日はさぼらずに身を清めたい気がした。

 昨日と同じく、ガラガラを鳴らして、十円玉を投げ込み、二礼二拍手一礼。


「オッス。結局、来ちゃったんだ?」

 間違いない、昨日の夜の声だ。


「これで、お前は俺の試練を無事、突破したわけだ。」

 ねえ? 試練って何よ?


「よし、ちゃんと念話できてるようだな。

 試練っていうか、まあ、俺と仲良くできるかどうかの適性検査のようなものだよ。

 一つ。俺の声を聞くことができる。必要に応じて姿が見れればなおよし。

 二つ。俺の心を直感的に理解することができる。俺の名前を当てられた時点で合格だ。

 三つ。俺の存在を受け入れる意思がある。『俺は神だ』と俺が言っても、ほとんどの人間ははスルーするだろ? まじめに取り合ってくれない人の相手をするなんて無駄でしかないからね。

 俺の言葉を信じてこの神社に戻ってきた時点で、合格だ。」


 で、それでどうするの?

「ということで、今日からお前は俺の巫女みこだ。」


 …………はい? 巫女? え?


「巫女ったら、巫女だよ。」


 私、巫女の修行やってないし、神社の正月のバイトしたこともないし、巫女舞もやったことないよ?

 なんでいきなり巫女になっちゃうの?

 そもそも神道しんとう詳しくないし、あんまり興味ないし。言いたくないけど処女だけど。


「まあ深く気にするなよ。続きは夜、お前が布団の中に入って、寝る直前に話してやるから、今は家に帰ったほうがいい。

 あと、寝る前にはしっかりリラックスしておけよ。じゃ!」


 あのー。一方的にしゃべられて、一方的に消えられても困るんですけど。

 巫女って、あの白と赤の服着て、神社で働いてる人でしょ? 私、ここでバイトすることになるの? そのわりにはバイトの募集の張り紙ないけど。タダ働きでここの掃除しろとか、裏山の手入れしろとか言われたら、全力で断るからね。


 ◇ ◇ ◇


 さあて、ゆっくりお風呂に入って落ち着いたことだし、昨日の自称神のためにお気に入りの下着をつけて……って、何考えてるの私!

 でも、別にいいよね? 何着たって。特に派手なわけでないし。

 普通にパジャマ来て、

「おやすみなさーい!」

 と家族に言って、布団にもぐりこんで、目を閉じる。

 ちょっとしたら、また昨日のようなできごとがあるのかな。

 私がぐっすり寝る前にアイツが現れて、劇をやってるみたいに空想の世界で何かするんだろうな。


 ◇ ◇ ◇


「今日も一日、おっ疲れ様でぇーす!」

 このテンションの高い声、どうみてもあの調子に乗った自称神ですね、はい。ちゃんと来たんだ。

 目に見える風景はいつもの教室で、彼は男子の制服。私はいつもの女子の制服を着ている。本当はセーラー服着たかったんだけど、第一志望落ちたから、仕方なくブレザーの三年間なのよね。通学時間が短いからよかったじゃない、と親に言われたけど、セーラー服は女子の憧れです。

 教室には私達二人だけ。夕暮れ時の放課後の教室ってイメージかな。

 それにしても、何が「一日お疲れ様です」、だ。

 まだ外は夕方にしか見えないのに。この世界の時間軸は実際の時間軸とずれてるのかな?


「さて、今日はお前が俺の巫女になってくれた記念すべき日なんだけど、いつまでもお前呼ばわりもなんか味気ないよな。」

 今更気付いたけど、私、お前としか呼ばれていない。かなり失礼な自称神だ。


「そうだ、お前の名前を考えてみたから、昨日のように当ててみてよ。」

 なんか私、勝手に名前つけられていますけど?

 それにしてもこの流れ、マジで意味不明なんですけど?

 あまりふざけたものだったら張り倒していいですか?

 ちゃんと説明してよね?

「おいおい、ツンデレ巫女とはなかなか攻めてくるじゃない。

 俺としては激甘デレデレな巫女のほうが好きだけど、ツンのスパイスも悪くないな。

 そうだ、名前はまともなものだから安心してよ。ポチとかタマとかジョニーとか、そんな酷いことはしないから。」

 女子にジョニー? そんなにジョニー気に入ったの?

 まあいいか、昨日のようにやりますか。はあ。

「ものわかりがよくて、ほんと助かるぜ。」


 ……「あ」と「や」がすぐ浮かぶ。なんだ、私の名前に近くしてくれたのね。

 あとは、「さ」? 「け」?

 もう一回「あ」?

 違う、「か」、これだ!

「あやか」、なかなかかわいい名前をつけてくれたじゃない。

 え? 漢字も用意したって?

「彩佳」という文字が浮かび上がる。「彩佳」で「あやか」ね。いいんじゃない?


「ちゃんと当てられるとは、さすが俺の夜伽巫女よとぎみこだ、彩佳。

 俺と二人の時は、必ず彩佳と名乗れよ。俺もお前を彩佳と呼ぶ。他の人にはこの名前を知られるなよ。

 あと、お前が俺を『ヒカル』と呼んでいることも絶対に他人に話すな。詳しくはいま説明してもわかってもらえないと思うが、いろいろ大人の事情があるんでね。

 こういうルールというか、血の掟なんだ。

 まあ名前は合鍵みたいなものだからな。現代風の言い方をすると、コンピューターでどこかにログインするためのユーザー名兼パスワードみたいなものだ。俺達だけの空間のパスワードだ。俺達同士だけで使って、他にはばらしてはいけない。

 秘密の名前というのも萌えるだろ?」


 いきなりまくしたてられてもよくわからないんですけど。

 それに、何かひっかかることを……。


「彩佳が俺のつけた名前を名乗ると、彩佳が俺のものになった感じがしていいよね。

 彩佳は俺のかわいい、かわいい夜伽巫女だからな。」


 俺のものって、私はあなたの何なのよ?


「彩佳は俺の夜伽巫女。」


 …………「夜伽巫女」? なにそれ、本気で言ってるの? 何なのよ? 夜伽って、いやらしいことさせられるの? キモいオッサンに犯されるの? 私処女なのに。


「あまり関係ない内容に聞こえるかもしれないが、とりあえず俺の話を一通り聞いてくれ。

 彩佳は飯食って、そのエネルギーで活動してるよな。

 だったら、彩佳にとっての『神』のエネルギー源ってなんだと思う?」


 考えたことないからよくわからないや。

 ……ふと思ったけど、神棚とか神社に、いつもお供えの食べ物とか水とかあるよね。酒とか。

 ということは、お供え?

「まあ、半分正解だ。俺達、いわゆる『神』は、お供えがエネルギー源だ。

 でも、俺達はお供えの飲み物や食べ物を食すことができない。

 当たり前だ、人の子の世界での肉体がないからな。

 では、代わりに俺達は何を食ってると思う?」

 そんなの知るか! 私、人間だし!


「正解は、人の子の感情だ。俺達に向けられる、人の子の感情。

 お供えを捧げる時の神への感謝、それを頂いている。

 神への感謝の気持ちを表現するために、お供えを捧げるという行為が都合いいんで、皆にそうしてもらっているが、実はブツ自体はいらないんだよ。

 神に向けられる感情、それが俺達にとってのエネルギー源だ。

 神がマイナスな感情を浴びすぎると、マイナスな感情の権化ごんげみたくなって手がつけられないようになる。人の子がいう、祟り神ってやつだ。

 心を清らかに生きろとかいうのは、マイナスな心のお供え物は、いわば俺達にとって毒物なわけだ。食えば心がすさむからな。少なくても、そうなったら大多数の人の子にとっては都合が悪い。

 一方、プラスの感情をたっぷりもらえると、その分、お前らにとって、いい意味で頑張れるんだな。」

 へぇー。何かよくわからないけど、で、夜伽とどう関係あるのよ?


「人の子は、愛する者との夜伽で絶頂に達するとき、爆発的に強いプラスの感情を生じる特性がある。

 だから、俺とお前が夜伽をして、お前が俺を求めて絶頂に達するその感情を浴びることで、俺は元気に頑張れるわけだ。」


 …………この変態! スケベ! エロ神! もう帰るわよ?

「絶頂というのは言いすぎだが、とにかく、俺だけに対する正の感情が、俺にとっていい意味での活力となる。

 俺といちゃついているときに、俺を好きというか、愛おしいとか、そういった俺をプラスの意味で求める気持ちがとくに強くなるはずだ。その気持ちを俺が頂くわけだ。」


 ……いちゃつくのは確定なわけね。

「それに、これは彩佳にとっても悪い話じゃないんだぜ?

 夜伽と言っても、俺は肉体がないんだし、こうやってお前のまぶたの裏で落ち合って、彩佳の夢というか空想の世界のなかでいちゃつくわけだ。

 彩佳の体には一切手出しできない。手出ししようとしても、肉体がないから無理なんだよ。

 それに、俺はお前の生命力を奪うわけじゃないんで、お前を早死にさせるわけじゃない。逆に、早死にしないように俺が努力するんだ。せっかく手に入れた夜伽巫女を俺は無駄に失いたくないからね。

 特典はまだまだあるけど、聞きたいだろ?」

 ……この変態、ただの変態ではなさそうだね。

 わかった。話くらいは聞くわよ?


「一応言っておくけど、夜伽巫女の男版もいるからな?

 夜伽巫よとぎかんなぎといって、主に女の神と夜伽をするんだ。俺は人の子の女といちゃつくのが好きな男神だから、夜伽巫女のほうが好きなんだ。」

 主にって、男同士とか女同士もあるのね。


 で、特典は?

「彩佳、お前は幸せな人生を送ることになる。

 人生の岐路で、大きく失敗することはない。つまらない失敗もゼロにはならないが、だいぶ少なくなる。

 安心しろ、俺の夜伽巫女として頑張ってる限り、お前はもうすぐ彼氏ができ、婚活で苦労せずに結婚もできるし、その上出産は安産だ。

 だってさ、考えてみろよ。夜伽巫女が幸せな方が、幸せな気分で夜伽ができて、その分、俺だって幸せになる。だから、俺はお前を全力で幸せにする。

 Win-Winな関係だろ? 俺もハッピー、お前もハッピー。」

 結婚とか出産とか、まだ早すぎる話だよ。

 あれ? それにしても、咲が今朝、言ってた話と何か……。

 よくわからないけど、何かひっかかる。


「というわけだ。彩佳、俺の夜伽巫女になって、俺に愛される人生を送ってくれないか?

 世の中には淫夢で無駄に生命力を吸って、狙った相手を使い捨てるゲスい雑霊もいるんだが、俺はそういうことはしない。

 むしろ、変なのからお前を守るから、安心して俺の夜伽巫女になってほしい。」

 へえー。

「俺は樫払神社の神だからさ、身元は保証されてるんだよ。

 事実、俺達が最初に接触したのは樫払神社だろ?

 まあ、今いろいろ話したし、彩佳も考える時間が欲しいだろうから、今日はキスだけにしておくよ。これからよろしく、彩佳。」


 ……え?

 ちょっと、なんかコイツ、迫ってきてますけど?

 ここ学校の教室だよ?

 二人だけだけど。

 イケメンに迫られるのは嫌じゃないけど、怖くて目を閉じちゃう。


 ん……くっ……!

 普通、最初のキスでいきなり唇重ねてくる?

 その上、舌まで入れてくる?

 無理やり歯磨きされているような、変な感じ。

 何してるのよ?

 嫌だ、やめてよ!


「落ち着け、彩佳。

 心を開いてくれ。

 彩佳の肉体には何も起きていない。

 この光景は、お前が見ている夢みたいなものだ。

 俺のキスを受け入れる気持ちになってくれ。頼む。

 体を楽にしてくれ。」


 一瞬、心が緩む。


 彼の舌が口の中を蹂躙じゅうりんしている。

 唾液なの? 何かが心に流れ込んでくる。

 落ち着いて受け入れると、不思議とだんだん気持ちよくなる。

 気付いたら、私の体が彼にしっかり抱きしめられている気がする。

 唾だけでなく、何か違うものも流し込まれている気がする。


 あ、これ、意外といいかも。

 甘い声を出したい。もっと受け入れたい。

 そして、彼……ヒカル様にもっと喜んで欲しい。

 ヒカル様を逆に、強く抱きしめ返してしまう。

 ヒカル様も私をより強く抱きしめてくる。

 キス、気持ちいい。心が温かく昂ぶってくる。

 もっと激しく、もっと注ぎ込んで。

 唇からもっと流し込まれる何か。

 抱きしめられる感覚と、唇だけに気持ちを集中する。

 気持ちがもっと昂ぶる。

 何か幸せな気がする。

 何かよくわからないけど、とにかく幸せな気がする。

 ヒカル様に抱かれて気持ちいい。

 気持ちいいキスって、どれだけ長く続いても気持ちいいんだね。

 キスだけで、だんだん何も考えられなくなる。

 あっ、やばい。

 ヒカル様、大好き……っ! 大好きなの!!!!


 ◇ ◇ ◇


 気づいたら、翌朝だった。

 朝ご飯食べて、学校いかなきゃ。

 それにしても、すごいファーストキスだった。

 相手が神様とは、考えてみたら貴重な経験だよね。

 でも、人間相手じゃないからファーストキスにはカウントしないのかな?

 まあ、どうでもいいか。


 ◇ ◇ ◇


「でね、でね、昨日はゲーセンでタッくんとプリクラ撮ったんだけど、コスチューム貸出無料だったから、当然、コスチューム借りてきたんだよね。メイド服っぽいのがあったから、それ着て、『ご注文は私ですか?』と首かしげて言ってみたら、タッくん大爆笑して抱きしめてくれたんだ。もうね、最高の一枚が撮れたよー。で、その後、タッくんの部屋に行ったんだけど、その時、私が持っていた体操着を着てくれって言われたんだ。汗で臭いよ? って言ったら、『どうせ汗臭くなるから関係ないよ!』とか男らしい事を平気で言うタッくん素敵だよねー。体操着、デートするとき邪魔だなーと思ってたけど、タッくんが喜んでくれて本当よかったよ。コスプレえっちって普段より盛り上がるから、みんなも絶対やってみなよ!」

 また和歌子が騒いでる。

 何がコスプレえっちだ。ノロケ自慢も程々にしてほしいよね。

 誰も聞いてないし、動画サイトのコメントだったら、みんなで絶対にNG指定してやるんだから。


「綾音、本当は好きな人いるの?」

「咲、どうしたの、急に。」

「なんか、思いつめたような顔して、和歌子のほう見てたから。

 彼氏がほしいのかな? って思って。やっぱり好きな人でもできたの?」


 一瞬、アイツの顔が見えたような気がした。

 私を夜伽巫女といった、正体不明のアイツ。


「昨日も言ったけど、そ、そんなことないから。

 咲の方こそ、誰かできたの?」

「私はそういうことまだないから。素敵な恋をしたいとは思うけど。

 綾音もだれか好きな人ができたら、教えてね。相談にも乗るし、ちゃんと応援するから。」


 そう。咲はこういう子だった。

 素敵な恋に憧れてるけど、彼女にしたいというより、見てていややされたい子だから、誰にも告白されていない。したらしたで、返事がなかなか来ないんだろうな。咲も告白するより、されたいほうみたいだし。

 でも、ごめんね咲。

 アイツのこと、いくら親友でも咲に話せないよ。

 だって、誰も信じてくれないでしょ。神社の神様の夜伽巫女になった、なんて。

 でも、きのう、キスされちゃったのは、夢じゃない、よね。


「綾音、どうしたの? 今日の綾音、いつもと違ってなんか変だよ?

 ほんとに何かあったら、遠慮しないでいってね。」

「うん。そのときはよろしくね。」


 ごめんね、咲。

 ほんと、ごめん。


 ◇ ◇ ◇


「おやすみなさーい!」

 さて、今晩は何もない、なんてことはないんだろうな。

 布団に入って、目を閉じるか。

 ゆっくり深呼吸して、リラックスする。準備OK!


 ◇ ◇ ◇


「彩佳、お待たせーっ!」

 またアイツだ。今日の背景は広い和室。十メートル四方はあるかな。

 板張り、周りは障子しょうじ扉、そして部屋の一つの角には菖蒲しょうぶの一輪挿し。隣に水差しと湯のみ二つ。

 そして! 部屋の中心には!


 二人用の布団!

 敷布団、掛け布団、枕二つ。

 全部、白。


 どう見ても、ここでやることって、一つしか無い、デス、ヨ、ネ。


 そして、神主かんぬし姿のイケメンがいる。

 銀髪、上は白い服、下は水色の袴。

 で、私は……


 巫女姿?

 イケメンとおそろいの上着。そして、真っ赤な巫女袴みこはかま


「やっぱり、夜伽巫女とえっちなんだから、最初は巫女姿だよね。

 俺も神主姿にしてみたぜ。ペアルックっていうんだっけ? 今の人の子は。」


 …………だめだコイツ。

 昼の和歌子の妄言もうげんが頭をよぎる。結局コイツもコスプレ好きなのかよ。

 男ってみんな、そういう不潔な生き物なの?


「で、誰もいない神社の一室で神主と巫女がいるとなったら、やることは一つしか無いよねー?」

 言いたいことはわかるけど、素直に認めたら負けですよね。

 やることが一つとか言うけど、普通はやりませんって。


「『ご注文は夜伽巫女の彩佳の夜伽ですか?』とか言ってくれると萌えるんだけど。」


 …………あのね。言うわけ無いでしょ!

 てゆーかこのエロ神、和歌子のノロケをちゃんと聞いていたの?

「聞いていたのは彩佳もそうでしょ?

 少なくても、話していた内容はばっちり覚えているよねー。

 なんだかんだいって、彩佳はむっつりスケベなんだから。」


 不覚。マジ不覚。コイツにだけは言われたくない。

「彩佳が安心して夜伽できるよう、あらかじめ言っておくけど、挿入プレイはなしだから。」

 やっぱり夜伽なの? 夜伽する気なのね!

 でも、挿入がないって?

「彩佳、処女だし、挿入で快感得たことないでしょ?」

 うるさい。しつこい。どうせ彼氏いない歴イコール年齢の18歳だ!


「この、いわば、『彩佳の瞼の裏の世界』は、彩佳の脳内で展開されている。

 ここでは彩佳が思い描けないことは実現しないんだよ。無理やりやろうとしても、実感がほとんど湧かなくて、正直いって、つまらなくなる。

 彩佳が挿入の快感を知らない以上、挿入プレイはリアリティが出ない。だから使いたくても使えないんだよね。少なくても、俺は使う気はない。

 まあ、彩佳に彼氏ができてセックスを楽しめるようになったら、挿入プレイが使えるようになるんで、ある程度したら彩佳にも彼氏つくってセックスしてもらわないとね。安心してよ、彩佳ががっかりしないような、いい男を見繕みつくろっておくからさ。」

 安心して、と言われても困りますよ。

 それに彼氏を見繕うとか本気で言ってるのかい、コイツ。

 でも自称、神だからやりかねない。そんな力が本当にあるのかどうかはわからないけど。


「巫女は処女じゃないと駄目とか言ってる人もいるが、夜伽巫女はそういうことはない。

 むしろ、夜伽巫女には、神社から離れて、雑念たっぷりで、できるだけ多くの人生経験を積んでもらったほうがいい。

 豊かな人生経験が、濃厚で豊かな夜伽として反映されるからね。

 そういう意味では、夜伽巫女は巫女というべきでないかもしれないな。語弊がある。」

 コイツは変態コスプレマニアだから「巫女」という言葉に憧れを感じてるだけだろう。


「彩佳が夜伽巫女になったばかりでまだ慣れてないから、部屋は彩佳がイメージしやすいシンプルなものにしてみたけど、どうかな?

 俺の姿は、彩佳の好みの男のイメージで、俺がよしとするものを選んでみたんだけど、問題あったら今のうちに言ってね。

 銀髪のウルフカットは申し訳ないが、変更不可だ。これは俺のこだわりだからな。」

 はいはい、無駄な気配りありがとうございます。


 で、ウルフカットということは、アンタ、狼?

「おいおい、彩佳は何も知らないんだな。

 祭神見てわかると思うけど、って彩佳は知らないか、樫払神社は稲荷いなりの神社なんだよ。

 で、俺は稲荷の神使で、本来は銀色の狐なんだが、お前に親近感を持ってもらうため、お前と会うときはお前と同年代の人間の格好をすることにしているのさ。」

 神使って?

「彩佳も、有名な神様の名前を少しは挙げられるでしょ? 俺達は有名人ばかりじゃない。無名の庶民もいっぱいいるんだ。

 そして俺達の世界では、人の子で言う国というか、会社というか、そんな組織がいろいろある。

 トップが有名人で、下に国民というか会社員というか、配下の者がたくさんいる。そういう、トップの下についている者を、人の子はトップの神の神使という。」

 この世もあの世も似たようなものなのね。

「で、稲荷のツートップは、トユケとウカタマだ。人の子の世界では様々な名前で呼ばれているがな。

 そして、稲荷の象徴というか、シンボルの動物は狐だ。だから、一般的に稲荷の神使は狐ということになっているが、別に神使が常に狐の姿でなければいけない、というわけではない。

 人の子だと、サッカーとかのスポーツチームの象徴に動物を使うことも多いだろ? そして、チームを指す時、その動物の名前で呼ぶことがある。それと似たようなものだ。

 俺達には実体がないから、好きな姿をとれる。こうやって、高校生のイケメンの姿もとれる。」

 自分でイケメンというの、やめてほしい。


「あと、自慢するつもりはないけど、こう見えても俺はかなり上級の神使なんだぜ?

 そもそも下っ端の者はこうやって人の子と言葉を交わすことができない。

 人の子だって、幼子は他の人と言葉でコミュニケーションを交わすことはできないだろ? 成長して、はじめて言葉を交わせるようになる。

 そう考えると、理が異なる異世界の者と会話する事自体、かなり難しいことだ。

 俺と同じことを軽々とやってのける彩佳は、かなりすごいんだけどな。」

 褒められた。

「で、さっきもちょっと話したけど、ここは彩佳の脳内の空想の世界だ。

 現代的な喩え方をすれば、彩佳が脳内で創りだしたインターネット上のRPGのような三次元の仮想空間に、俺と彩佳がログインしている状態だ。

 ここの俺達には実体はないから、好きな姿をとれる。仮想空間にアクセスしている者が自分のアバターの姿をカスタマイズできるようにな。

 だからイメージが追いつく限り、姿は比較的自由に変えられるのさ。

 この世界の法則は好きに構成できるが、彩佳は人の子の世界の物理法則に慣れているだろ? だから、この世界も基本的にそれに準じている。

 ここでは本気になれば空を飛べたり、宇宙空間まで行ったり、火山の中だって探検できる。でも、彩佳は、やろうとしてもはっきりしたイメージ湧かないだろ? だから、できないんだ。

 ただ、姿はある程度好きに変えられる。姿くらいなら比較的簡単にイメージできるからな。仙人みたいなヨボヨボのいかにでも神でーす! って感じのジジイが『俺とやらせろ』とか言ってきたら萎えるだろ? だから、俺はこの姿を選択している。」


 ジジイより同年代のイケメンのほうが絶対いい……って、何比較してるのよ、私。

 それにしても、脳内で仮想空間とか、本当の話なの?

「彩佳だって寝てる間にたまに夢を見るだろ? その夢の舞台はどこで行われてる?」

 少なくても、起きている時の世界じゃないよね。

「それと似たようなものだよ。

 人は誰でも仮想空間を作ることは可能なんだけど、上手い下手の適性はあるんだよね。それに、仮想空間はいろいろ便利でしょ? 好きなことができて、人の子の世界の物理法則だって無視できるし、頭に思いかべることができる物は自由に生成できる。思いつかないことはできないけど。」

 しっかり理解できてないけど、ここで起きることは私が作った夢の世界で起きてることで、現実とは関係ないのね。昨日もなんか近いこと言われた気がするけど、なんかよくわからない。

「今は、そんな理解でいい。じきに分かってくる。

 さて、ピロートークもこれくらいで終わりにして、夜伽に入りたいんだけど、いきなり布団に入る?」


 あの、なんでにじり寄ってくるんですか? 何気に布団から遠ざかってるんですけど?

「あっさり俺に捕まりたくないんだな?

 まあ、よいではないか、よいではないか」


 次は時代劇の悪代官の真似ですか?

 やけにオッサン臭い趣味ですよ?

 そして、布団からどんどん遠く……


「捕まえたー。」

 ドン!

「好きだぜ、俺の夜伽巫女。」


 うわぁ。

 壁ドンかよ! 壁ドン来ましたよ!

 コイツ、オッサンなのか若いのかよくわからないよ!

 年齢は絶対に聞いてはいけない気がする。

 でも、なんだろう、このドキドキ感。


「おいで、彩佳。」

 彼に右腕で抱き寄せられる。

 よくみたら身長差が10センチくらいある。いままで意識してなかったけど。

 彼の右腕で抱え上げられるような感じで、私はほんの少し背伸びしてる。

 もう、かかとが地面についていない。


「好きだよ、彩佳。」


 彼が昨日のようにキスしてきた。

 もちろん、舌を入れて、何かを流し込んでくるように。

 舌を入れるキスって、もしかしてこの世界でも常識なのかな?

 それとも、クラスの友達でも、恋人がいる人は、みんなやってるのかな? 

 なぜだか、少し心が温かくなってくる。


 そういえば、彼、左手をどうしてるんだろ?

 あ、にやっと笑った!

 え? 何やってるの? どこ触ってるの?

 お尻? お尻なでてるの?


「人の子の男は半分は胸派で、半分は尻派というけど、それって間違ってると思うんだよね。両方好きな人も絶対にいるって。

 俺にとって彩佳は大好きな夜伽巫女だから、胸と尻を両方堪能たんのうしないとねー。」


 何か言ってることが全部ずれてる気がするけど、考えようとすると舌が口の中に入ってきて、何も考えたくなくなる。

 背伸びをしているから、優しくお尻をなでまわされるのから逃げられない。

 できる。コイツ、なかなかのやり手だ。何かむかつく。

「もちろん、今日の夜伽では下着はナシとさせていただきましたー。そっちのほうがドキドキするよね?」

 改めて自分の状況を感じ取る。確かに下着は着けてない。

 もうツッコむ気が失せてきたけど、まあ、たまには流されるのもいいよね。

 だって、悪い気はしないし、彼、本当に嫌がることはしてこないし。

 意外と悪くないのかも。

 キス気持ちいいし。


「そろそろ疲れてきたんじゃない? 気持ちよすぎて、立ってるのが大変になってきたでしょ?」

 ……あのねえ?

 背伸びさせてるのは、誰よ?


「よいしょっ!」

 私のお尻をしつこくなでていた手が、体の上の方に滑らされる。

 落ちる!

 そう思った時には、一瞬彼の姿が消えて、なぜか膝の下が支えられてる。そして、そのまま、体が上に……

 って、ちょっと、もしかして、これって……!


「お姫様抱っこっていうんだっけ? 女子の120%が憧れるという。」


 なんか変なこと言ってる気がするけど……

 それにしても、コイツはどこでこういう知識を仕入れてるんだろう。

「あれ? 彩佳、お姫様抱っこ、嫌い?

 まあいいか。このまま、布団に連れて行っちゃおっと。

 照れてる彩佳は可愛いなぁー。」


 彼の顔が間近にある。落ちるのが怖くて、首にしがみついてしまう。

 恥ずかしい。

 すごく恥ずかしい。

 さっき、お尻なでられたのより恥ずかしい。

 そのまま、布団に優しく、お姫様のように置かれる。

 彼が優しく微笑んでる。どうやら、嫌がるところを無理やりというのは、好きじゃないのね。

 これが神様との夜伽の世界?


 左隣に寝た彼と一緒に、天井を見上げる。

 梁と木目が見える。

 そして、左手に絡む指。

「これって、人の子の世界では、恋人つなぎって言うんだっけ?

 彩佳もこういうの、憧れてただろ?」


 そりゃあ、もちろん、嫌じゃないけど。むしろ、ほんのちょっと、憧れてたけど。

 それにしても、アンタ、やけにこういうの、詳しいよね。

 どこで情報仕入れたの?


「なあ、彩佳。夜伽巫女になって、よかったと思う?」

 あ、ごまかした。

 うーん、どうなんだろう?

「俺はさ、彩佳が夜伽巫女になってくれてうれしいよ。

 他人に受け入れてもらえるのって、すごく幸せなことだと思うんだよね。彩佳が俺を受け入れてくれて、俺はすごい幸せだ。

 彩佳も、もっと幸せになりたいだろ?」


 そ、そうね。

「だったら彩佳、もうすこしこっち来てよ。」


 ここで、彼の方に寄ったら、何か取り返しがつかなくなる気がする。

 引き返すなら今のうちだ、と頭のなかで警報が鳴り響く。どうしよう?

 でも、彼は表情を変えないし何もしない。

 期待しているような目で、優しそうな顔で。

 せかすことは一切しない。

 私の決断を待っている。


 ……もう、しょうがないな。近くに寄ってやるか。

 でも、なんかむかつくから顔は見せないんだ。背中をくっつけてやる。ふんっ。


 彼に後ろから抱きしめられる。

 それにしても、何かとてつもなく嫌な予感するの、気のせい?

 殺気というか、なにか危機感を感じさせる、嫌な予感。

 さっきよりうるさく、頭のなかで警報が鳴り響く。


「実は、巫女装束というか、女子の和服には、楽しいギミックがあるんだよねー。」


 耳元で優しい囁き声がする。

 これは、子供が楽しそうにいたずらを企んでる声だ!

 やっぱり私、何か選択を間違えてしまったの!?

ぐち、って、聞いたことあるかな?」


 そういえばどこかで聞いたことがあるような。

 咲が前に言っていたような気がするけど、なんだっけ?


「実は、彩佳の服の両脇に、開きがあるんだよねー。ほら、わかるだろ?」

 肌に直接彼の指を感じる。げっ……まさか!


「だから、こうやって両側から腕を入れて、彩佳の胸を直接楽しめちゃうんだよねー。もちろん、下着はなしだから直接触れちゃうんだー」

 ………………変態! 変態! ド変態!! エロ狐!


「でも、彩佳は自分の胸に自信あるんだろ?

 お前の胸で俺は幸せな気分になっている。彩佳が俺に抱かれていることで、俺は最高な気分だ。」


 そ、そこまで言うなら、もう少し、触っても、いいよ?

 ……あれ? 私、何を言ってるの。


「さて、ここから本番と行くか。人の子とでは味わえない、楽しい時間だ。」

 え? ついに、犯されちゃうの?

「目を閉じて、落ち着いて。

 お前は横を向いて、後ろから俺に抱かれている。

 俺の右腕はお前の脇の下から身八つ口を通って、お前の左胸を触っている。

 俺の左腕は、身八つ口を通って、お前の腹を抱いている。気持ちが楽だろ?

 枕がいい感じに配置されていて、俺の腕で脇が痛くなってる、ってことはない。」

 目を閉じて視界をシャットアウト。余計な情報はいらない。言われたことに集中する。

 言われた通りの情景が頭に浮かぶ。さっきとほとんど同じ体勢ね。


「俺の右手は、お前の心を直接なでている。

 心臓を直接触られているイメージをして。

 俺は彩佳の心を直接、優しく撫でている。

 お前が好きで好きでたまらないからだ。

 彩佳、優しく俺を受け入れてくれ。俺の愛情を受け取ってくれ。

 好きだよ、彩佳。俺の大切な彩佳。かわいい、愛おしい彩佳。

 だいじょうぶ、左手でお前をしっかり抱いている。」


 え? 何? 何なのこの気持ち?

 初めて感じる、この変だけど、懐かしいような嬉しいような、とにかく気持ちいい感覚。

 柔らかくて、温かくて、心に直接優しさが流れ込んでいる。

 頭がぼーっとなってしまう。

 なでられるたびに、心が落ち着いて、気持ちよくなって、温かくなっていく。


「彩佳、お前は俺の大切な夜伽巫女だ。」

 なで、なで。

 そう、だったね。

「夜伽巫女のお前を、俺は一生、幸せにする。」

 なで、なで。

 そう、なんだ。

「彩佳、お前は誰の夜伽巫女だ?」

 なで。

 誰の、だっけ?

 ヒカル……ヒカル様? だったよね?

「はっきり、言ってごらん? 彩佳は誰の何なのか。」

 なで。

 彩佳は、ヒカル様の夜伽巫女です。

「そうだよ、彩佳。お前は俺の夜伽巫女だ。」

 なで、なで。なで、なで。優しい気持ちが今まで以上に流れ込んでくる。もう、何も考えず、この温かさに浸っていたい。


「かわいいね、彩佳。好きだよ、彩佳。

 彩佳が俺の夜伽巫女になってくれて嬉しいな。

 今日はこのまま、心が落ち着いて、温かく気持ちいいまま寝てね。

 明日の目覚めはこの上なくすっきりするぞ。

 おやすみ、彩佳。俺の自慢の夜伽巫女。」


 このまま、寝ちゃっていいんだよね。温かく、抱きしめられながら。

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