第10話 新境地

綾音あやね、初詣どうする? 受験前だし、お友達と振袖でも着て願掛けしてきたらどうだ?」

 親がなぜか話を振ってきた。

「ちゃんと大学受かるよう、神社でお祈りしてくるんだぞ?」


 ねえ? ヒカル様?

 どういうこと? また何かしでかしたの?

「べ、別に俺は何もしてないぞ?

 ちょうど、俺の嫁の振袖姿見たいなー、と思ってたんだけどさ、それでも、お、俺のせいじゃねえ。

 それに、よかったじゃないか。和服を着るとどんな感じがするか。知ることができて。

 着方がわかったら脱がし方もわかるしなあ。」

 うん。しらばっくれてるけど、絶対にヒカル様の仕業だ。

 脱がし方と言った時点でギルティーだ。さては着衣フェチが高じて親の心をいじったな。

「せっかく振袖着るなら、お友達誘ってみたらどうだ?」


 ◇ ◇ ◇


 いつもの3人に連絡とったら、こんな返事が戻ってきた。


 エリコ:受験の祈祷きとうか振袖のレンタルか、どっちか選んでいいっていわれたんだけど、当然、振袖だよね! 祈祷とか無駄金じゃない。どうせ効き目ないんだし。

 チサ :別に特に何も考えてない。

 咲  :家にあるの着ていくよ。おばあちゃん美容師だから、着付けやヘアアレンジできるよ! それに、私も着付けの手伝いやりたいけど、どうかな? やらせてくれる?


 結局、私とエリコはレンタル、チサとさきは咲のおばあちゃんの家にある振袖ということになった。着付けやヘアアレンジなんかは、咲のおばあちゃんがやってくれるんだって。美容師で第一線のおばあちゃん、カッコイイな。


 初めて聞いたけど、咲は、最終的に美容師を目指すために専門学校の道を選ぶことにしたらしい。おばあちゃんの手伝いをしながら、ゆくゆくは和装に強い美容師さんを目指したいって言ってた。

「カリスマ美容師とかじゃなくていいんだ、町の美容師さんになりたいの。」

 おばあちゃんは腕が確かな人だし、固定のお客さんもたくさんいる。結婚式場に呼ばれて、花嫁衣装の着付けを任されることもある。式場やホテルの美容師さんじゃなくて、わざわざおばあちゃんに来てもらって着付けしてもらいたいって、信頼の証だよね。生涯に一度の結婚式の衣装を任されるって、すごいことだ。その上、おばあちゃんに着付けしてもらった花嫁さんは、みんな幸せになってるんだって。引く手数多だから人も必要なんだけど、咲はそれ以上に、

「おばあちゃんの技をいっぱい盗むの。」

 って言って、すこしずつお手伝いはしてるみたい。もちろん掃除とかだけど、技術は見て盗むものだからって。

 そういうことで、咲は私たちより一足先に将来を決めることになった。優しい咲のことだから、きっといい美容師さんになると思う。


 ◇ ◇ ◇


 うん。どんな振袖にするか、決めなきゃね!

 ひたすらインターネットの振袖レンタルサイトを漁る私。この時期だと成人式用、卒業式用の振袖が数多く出てる。そういえば、今がピークシーズンだよね。

 金額がありえなく高かったりするのもあるけど、どうせ夜伽でいっぱい着ることになるんだ。デザインをいろいろ頭に入れておこう。

 それにしても、ヒカル様の今回の指示、なんか変だ。

「おもいっきりかわいいの選んじゃいなよ! 女の子の特権だよ!」

 ヒカル様、夏祭りの浴衣は男女どっちでもいける柄を選ばせたんだよね。お揃いで着るために。

 今回は何を考えているんだ?

 何も考えが無い、ってことはありえないよね。


 ◇ ◇ ◇


「あけまして、おめでとうございまーす!」

 初詣の当日。朝6時に、咲のおばあちゃんのお店に集合。

 髪もメイクもお願いするから早起きしたら、もう咲が来て準備してた。先に預けてあった一人一人の振袖や帯、小物類が、セットにして準備してある。「当日はこれ持ってきてね?」という咲の指示通りに、足袋たびや和装用の下着に肌着、あとタオルを沢山持って来たんだけど、タオルって何に使うんだろう?


 さすがに足袋と下着、肌着は自分でつける。

「ねー? 足袋ってどうやって履くのー?」

 エリコが騒いで咲に教えてもらうのを横目に見ながら、私とチサはさっさと準備をして、まずはメイクとヘアセット。

 咲のおばあちゃんと助手のお姉さん達がついて、髪をあげたり固めたり、ファンデーション塗ったり、口紅塗ったり、あっという間に出来上がり。

 チサはショートカットだから、髪を固めて形作るのにいっぱいスプレー使ってた。

 でも、ショートカットでもこんなにすっきり、かっこよく着物に合うスタイルに仕上げられるんだ。さすが職人技。チサは背が高くてすらっとしてるから、モデルさんみたい。


 髪飾りは着付けが終わってからということで、エリコと交代して着付けのお部屋に入ると、タオルを手に咲が待っていた。肌着とすそけを整えて、咲が私の体をタオルでぐるぐる巻きにしはじめた

「ちょっと、何これ?」

 思わず口にしたら

「綾音はね、胸が結構あるから補整しないと。帯の上におっぱいがドーンと乗ってるの、嫌でしょ?」

「それは美しくないね……。」

 結構なグルグル加減。

 巻いたあとは腰紐で結んで、

「綾音補整オッケー。」

 の声で、続いては長襦袢ながじゅばん、振袖の着付け。ここからは助手のお姉さんの担当。咲はチサの補整に回ったんだけど、チサはタオルが少なめで、ちょっと複雑そうな顔をしてた。


 エリコのメイクとセットが終わって、着付けの部屋に入ってきたら、咲が交代でメイクへ。私とチサは振袖を着付けられていく。


 まず、長襦袢。袖の振りからチラ見えするから、重なると素敵に見えるように、振袖の色と計算されて色が決められるんだって。そういえば、かさね色目いろめって聞いたことある。平安時代の、十二単じゅうにひとえとかにも使われたやつ。どんな色が重なってるかで、相手がどんなセンスの持ち主かを見るんだって。

 それから、襲の色目の名残がもう一つ、首もとに。

 振袖を着付けてもらってたら、長襦袢と振袖のえりの間に、もう一つ色のある衿を重ねるの。重ね衿っていうみたいなんだけど、首もとのアクセントになる。これもチラ見せだよね。

 顔ではなく、持ち物や和歌や、色を重ねて見せる組み合わせなんかで、相手にどんな人か空想させたり、相性を考えたり。

 昔の人は風流だけど大変だったんだ。ヒカル様の重ね着好きもその流れかな。


 チサは、光沢のある深いグリーンに、古風なおめでたい模様。御所車ごしょぐるまとか、道具とか、いろんな花がきらびやか。

 私は、ヒカル様と一緒に決めたパステルブルーの振袖。裾に向かって、ストライプみたいに流れるような牡丹ぼたんと、小さな桜の花が気に入ったの。

 エリコは華やかな紫に、ダイナミックな花柄。これも牡丹かな? 大きな花柄を着こなすのって難しいけど、あつらえたみたいにピッタリ着こなしてる。さすがエリコ。

 ちょっと遅れて咲の着付け。シックに、からし色の生地に熨斗のし目模様っていうのかな、大きなリボンみたいな柄。リボンの一つ一つに、お花が描き込まれてる。色も柄も、一見地味に見えるけど、しっかり者の咲を現したみたい。よく似合ってる。


 次は帯だ! これは難関。だって、二人掛かりでギュウギュウに締められるんだよ?

 でもね、着せられる方にもコツがあるの。咲が教えてくれたんだけど、締められる時に、お腹にいっぱい息を吸い込んどくんだって。そうするとちょっと隙間ができるから、あとが楽だよーって。

 エリコはおもいっきり息を吸い込みすぎて、咳込んでた。そうだよね、帯がきつくて食べられないなんてこと、エリコには許されない話だ。

 最後に、髪飾り。一人一人の顔立ちや、振袖との相性も考えながら整えてもらう。最後の一手間まで気を抜かない職人さんの気合とか、プライドみたいなものを見た気がした。


 全員分仕上がったら、みんなで記念撮影。前からの姿はもちろん、後ろ姿も。みんなバッチリ決まってる。

 よく見たら、咲とおばあちゃんがすごく嬉しそう。咲は、事前の道具の準備全部やってくれてたんだって。着付けの補整もいっぱい練習したんだって。

「だから、咲の初めてのお仕事だよ、給料は出せないけどね」

 と、おばあちゃん。

 咲は隣で照れ臭そうにしてる。ありがとね、咲。


 ◇ ◇ ◇


 今年の初詣は清海きよみ神社。去年の夏祭りの時に清海神社のおみくじを引き忘れたから、こんどこそ引くぞ! とエリコが言った。確か、花火の場所取りをしたいから、清海神社のおみくじをパスするといったのもエリコだったような。


 高校3年生の初詣といえば、避けられないのは進路の話題。咲は美容師になるための専門学校。エリコは私大の体育学部を目指すらしい。元気なエリコにはぴったりだと思う。チサは薬学部。そして、私は、近くの国立大学の工学部を目指すことにした。

「みんな、うまくいくといいね。」

 本当にそう思う。


 ◇ ◇ ◇


 私が進路を決めるきっかけとなったのは、夏休みに大学生の兄貴が帰省した時。人生の先輩として、いろいろ聞いたんだよね。

「綾音さ、大学受験どうするの?」

「別に決めてないけど、そろそろ本気で考えないといけないかなーとは思ってる。でも、大学の受験案内って、いいことばっかり書いてあるんだよね。」

「お前、数学いけるか?」

「そこまで得意じゃないけど、嫌いじゃないよ。」

「で、大学でやりたいことって決まってる?」

「言われてみると、特にないかも。」

「安心しろ、9割以上の大学生は、口では偉そうなことを言っておきながら、大学を卒業さえできれば後はどうでもいい、って連中だから。彼女欲しいとか、遊びたいとか、自分探しとか、開き直ってる人もいるけど。なんだかんだいって、4年間楽しめて、その上に就職するときに大卒だと給料高い仕事いけるから大学行くんだよ。」

「そんなもんなんだ。」

「すごくざっくり言うと、大学生はなんとか学部のなんとか学科に所属する。学部ってのは、医学部、理学部、工学部、文学部、法学部、経済学部、そんな感じのくくりだ。大学によって多少の違いがあるんだけどね。で、学部の中でも専門がいろいろ分かれていて、それが学科だ。大学受験するときには、必ず学部は決めておく必要がある。場所によっては学科も。」

 中の人に聞くのは、学校の先生に聞くのとはちょっと違う。


「数学アレルギーじゃないなら、理系がおすすめだな。」

「でも、文系のほうが楽っていうじゃない? 理系はレポートとか実験が面倒らしいし。」

「理系は分野によるけど、意外と楽だよ? レポートといっても、理系の学部生の授業だと『教科書のこの問題を解いてきて』とかいうのも結構ある。大学院は違うらしいけど。正しく方針というか式立てて、ちゃんと式変形やって、答え書いてハイおしまい、ってやつだ。なんとかについて文献大量に調べて思うところを述べよ、なんてあまり出てこない。学生実験もやる内容と、着目しないといけないポイント、終わった後のレポートで書かないといけないことなんてほとんど決まっている。それに、実験はあってもせいぜい週2回くらいだったりするし。もちろんこれも分野によるけどね。

 文系より勉強しないといけない時間は長いかもしれないけど、無駄に先延ばしにせず、要領よくやったら、見た目ほど大変じゃないし、人によってはこっちのほうが楽かもしれない。

 で、理系の中でも、特に工学部が穴場かな。」

「何で?」

「あんまり大きな声で言えないけど、工学部は他の理系の学部に比べて、偏差値が比較的低いんだよ。その上、基本的に就職もいいから、お得度が高いんだよね。なんでもいいって言うなら、工学部はどうだい?」

 ただもちろん、何事にも例外があるらしい。工学部でもこのあたりの学科は絶対にやめておけ! 死ぬぞ! ということも言われた。そのあたりの分野は、私もそこまで興味なかったから、ちょうどいいんだけど。

「高校の先生は工学部出身がまずいないから、高校の先生は工学部についてよくわかってないんだよね。その上、大学って学校としては学内のケンカを防ぐ上でも中立でないといけないから、特定の学部学科を推したり叩いたりすることはできないんだ。ノーベル賞がでたりしたら話は別だけどね。だから、みんないいところばかりを偉そうに宣伝して、よくわかってない高校生を釣ってるんだよ。」

「高校の先生もある程度中立でないといけないのかな? なかなか本音話してくれないんだよね。」


「あと、下宿はめんどいぞ。親の目がないから、彼女連れ込んだり、親に見せられないものを並べられるのはいいんだけど、飯とか洗濯とかマジ面倒だから。自宅から通ったほうが絶対に楽だって。下宿の彼氏に押しかけ女房ってのも悪くないかもしれないけど、仲が悪くなった時が大変だからなー。」

 このときの兄貴、遠い目をしていたな。失恋したんだ。


 ヒカル様とも、「ものづくり」の話をたくさんした。人間の世界のものづくりと、神様の世界は密接に関係してる。だったら、お嫁さんとして、少しでもヒカル様の役に立ちたい。そう思うのは、おかしいことかな?


 ◇ ◇ ◇


 列に待ちながらちょっと過去を回想してたら、おみくじを引く番になった。

 四人で引いて、ひとりずつ順番におみくじを開ける。

「まずは私―!」

 エリコがいつものように手をあげる。


【 吉 】

《運勢》

 何事もいまは変化に富む時、どのように身を処するか目標を心の中でもう一度しっかりと確かめること。

 実力はあってもここは一歩他人にゆずるという心のゆとりが欲しい時、事によると義理にからまれて不本意に動くというようなことがあるかもしれない。かならず一歩立ち止まってから歩く方が得。

《仕事・交渉・取引》

 信頼できる経験者についていくことで万事がうまくいく。取引交渉事はむしろ相手の方が迷っている。勝負は勝ち。 

《健康・病気・療養》

 医師の指示に忠実にしたがえば間違いはない。浅い知識や経験で病因を考えたり治療することはやめよ。

《恋愛・縁談・愛情》

 互いに変化が出てくる時。感覚的にもズレを覚える。こういう時はリードするより相手のペースに合わせよ。

《学業・技芸・試験》

 知識のある人の知恵を借りて方針を決めるとよい。いまの力量以上の無理をしてもけっして実らない。

《ラッキーカラー》

 ピンク


「むきーっ! 吉かよ! ちょっと待っててね!」

 ろくに読まないで結びに行くエリコ。


「よし、チサ! 次はお前の番だ!」


【 吉 】

《運勢》

 実力を蓄えて明日の船出に備える時。せっかちに事を運ぶと失敗に終わる。この際は大いに欲張って学問、芸事などを身につけるとよい。専門的なものほど、将来かならず役に立とう。

 これまで金運に乏しかった人は、ここで少しでも貯蓄を始めるとやがて大きな実りが手に入る。

《仕事・交渉・取引》

 今迄のやり方を続けるとよい。小口の相手を軽く見ないで大事にすること、じっくりねばれば勝ち。

《健康・病気・療養》

 いまの状態を大事に保持すること。病気はやや長引くが心配はない。調子に乗って無理をしないように。

《恋愛・縁談・愛情》

 傍にいてくれるだけでいい。それだけで満ち足りる状態。縁談は良縁だが時間がかかる。無理押しはやめよ。

《学業・技芸・試験》

 根気よく実力を養ってきた人は問題なし。ここで急にあわててももう間に合わない。勉強不足はやり直し。

《ラッキーカラー》

 ブルー


「まあまあかな。」

 丁寧にたたんで巾着にいれるチサ。

 自分と同じ吉だからなのか、ちょっとうれしそうなエリコ。


 次は咲に開けてもらう。


【 吉 】

《運勢》

 明るい光が差し、万物が芽生える兆し有り。特に新しい事を始めたり、これまで困難と思っていた積年の懸案事項に改めて着手するのも良し。

 しかし、まだ端緒についたばかり。実力は十分ではないので、意気込みだけで事を運び過ぎると息が続かなくなる。慎重さも忘れぬように。

《仕事・交渉》

 誤ちを指摘されたら素直に反省する事。短気をおこすと絶対に得は無い。

《健康・体調》

 健康面では特に心配無し。ただし、交通事故等には気を付けよ。

《恋愛・縁談》

 良縁は少し先になるが、必ずやって来るので気長に待て。

《学業・技芸》

 集中力を養っておくこと。日頃より緊張感を多少なりとも持っておくべき。

《ラッキーカラー》

 グリーン


「今年一年、頑張るね!」

 手を握る咲。

「がんばれー!」

 私が声をかける。

「はぁ。恋愛、今年もダメなのかな。」

 咲がぼそっと言ったのを聞いちゃった。


「さて、綾音? 3連続で吉ときたけど、また吉とかつまらないこといわないよね?」

 私を煽るエリコ。凶を期待しているのかな? これで凶を引いたらかなり泣ける。


【 大吉 】

《運勢》

 あなたの周りに多くの人や物が喜んで集まってくる。商売は繁盛し金廻りもよくなって暮らしの表情は豊かなものになるという好運気。

 ただここで自分の喜びだけに夢中になっていると、いつの間にかこの幸運の波が消えることも。できるだけ他人の世話をして、信用の増大に心がけること。

《仕事・交渉・取引》

 競争は激しいが自信をもって進め。金運もあり有利な条件が揃っている。計画した事は早目に実行せよ。

《健康・病気・療養》

 このペースでいけば健康状態はまず大丈夫。病気は併発するおそれがあるので要注意。長びくと心配。

《恋愛・縁談・愛情》

 意気投合してやさしいロマンスの花が咲く。今の縁談は良縁。早くまとめた方がよい。

《学業・技芸・試験》

 かなり難しいと思われる希望も達成できる。大いに自信をもって120%の実力を発揮せよ。難関突破合格。

《ラッキーカラー》

 シルバー


「はぁー? 綾音のくせして何、大吉引いてるのよ?」

 ひどいことを言うエリコ。

「綾音すごーい!」

 素直に感心する咲。

「……がんばれ。」

 やさしく私の肩をたたくチサ。


 おみくじを引いたので、初詣でやることはおしまい。どこも混んでるし、さて、咲のおばあちゃんの家に戻るか。


 ◇ ◇ ◇


 振袖を脱がせてもらって、おばあちゃんが作ってくれてたおむすびをいただいて、今日は解散。咲、がんばったね。

 それにしても、ラッキーカラーがシルバーって、誰かさんの陰謀にしか見えない。


 ◇ ◇ ◇



「おやすみなさーい!」

 そういえば、今日行ったのは清海神社。ヒカル様の神社の樫払かしはら神社には、結局行かなかった。夜伽でお参りしないとね。


「おまたせ、彩佳お姉さま?」


 うん。ここはちゃんと樫払神社だ。

 私は振袖を着てるけど、今日着たのではなくて、迷ったけど外した振袖。裾からたもとに向かってグラデーションの濃くなるピンク。金の刺繍ししゅうで縁どりされた、華やかな花くす玉。くす玉から伸びる色とりどりのリボンがかわいさをアップ。大きさやピンクのトーンの違う、リアルなデザインの桜や、デフォルメ化された桜、八重桜と桜尽くし。帯は、黒地に金糸や銀糸で刺繍がされてる、大きな花柄。黒い帯が入ると、大人っぽく引き締まって見える。


 そして目の前には、私より2、3歳くらい年下に見える、頭一つ小さい女の子。この子の髪の色は、日本人にしては珍しい銀髪。色白で、目鼻立ちがはっきりしていて、まつ毛の長いくりっとした目。ふんわり桃色がかった頬。花のような唇。

 うん。この子、絶対に私よりかわいい。そして、誰か知っている人に似てる気がする。

 誰だろう?


 彼女が着ているのは、ピンクよりも淡い、桜色の振袖。裾に向かって花が増えていくんだけど、それに混じって花の模様の毬。いろいろデフォルメされたり、デザイン化された桜がたくさん舞っている中に、白い桜の花びらやオレンジの牡丹、所々に青いデイジーが今風。ほんのちょっと、私の振袖より大人っぽい。帯は白の地に色の刺繍で、いろんな季節の、菊や、藤、桐なんかの花が刺してある。桜色に白の帯だから、すごく華やか。

 そうだ。この振袖の柄も、どこかで見たことある。


 そして、最も気になるのは、私を「彩佳」って呼んだこと。その名前を知っているのはヒカル様しかいない。


 ……って、まさかこの子、ヒカル様?


「そのまさかだよ、彩佳お姉さま?」


 ヒカル様、どうしちゃったんだろう。

 妙に語尾を上げて、うるませた目で上目遣いにこっちを見ているのが芸が細かい。

 なぜか憎めない。


 えーと、もしかして、ヒカル様、本当は女の子だったの?

 そして、ずっと男のふりしてたの?

「今日は私のことは『ヒカル様』でなくて、『ヒカル』って呼んで、彩佳お姉さま。

 ほら、男の人の晴れ着ってつまらないし、彩佳お姉さまがもう美しすぎて胸の高まりがとまらなくなって、どうしても彩佳お姉さまといっしょに振袖が着たくなって。

 こうやって振袖が似合う姿にしてみたけど、私、気持ち悪くないよね?」


 振袖が意外と様になっているヒカル様、じゃなくて、ヒカルちゃん。その場でくるりとまわって、後姿も見せてくれる。

 まじまじと見つめたら、思わず「かわいいーーっ!」と抱きしめたくなる姿なのがすごい。

 首をかしげて私を見つめるヒカルちゃん。

「夜伽だから自分に素直になっていいんだよ? 彩佳お姉さま?」

 だめだ。もう我慢できない。

 ヒカルちゃんがかわいすぎて、お姉ちゃん、ぎゅーって抱きしめちゃう。


 せっかくの振袖姿が台無しになるような抱擁ハグは無理。

 だけど、軽いハグくらいなら平気だよね。

 頭をなでなでしたいけど、髪飾りがあるから残念ながら無理。


 こうやってみると、ヒカルちゃんが私の妹だったらなーとか考えてしまう。

 妹いたら一緒に振袖で出歩くとか、仲良く姉妹でお出かけとか、できたのかな。

 ふーん、そうか。これからの夜伽では、ヒカルちゃんで遊ぶこともできるんだね。

 ヒカルちゃんを着せ替え人形がわりに可愛がって、いつもやられていることをやりかえすのもいいかも。

 お姉ちゃん、がんばっちゃうぞー。


 ……私が何考えてるのか、ヒカルちゃんも察したのかな。

 微妙に頬を赤らめて、もじもじしているのが保護欲をそそる。かわいい。


「いこうか、ヒカルちゃん。」

「はい、彩佳お姉さま!」

 ついいたずら心がでてしまう。

 ヒカルちゃんがかわいすぎるのがいけないんだ。

「彩佳お姉さまというのも何かくすぐったいんで、彩佳おねえ、ってのはどう?」

「うん、いいよ! 彩佳おねえ!」

 二人とも、現代風の可愛らしい振袖。ピンク色と桜色。ほんのちょっと違うけど、そっくりな色。そして、帯は白黒で対比になっている。二人一緒だと、一人ずつよりずっと絵になる。

 心がきゅんきゅんする。もう、あまりの甘さにお姉ちゃん、よだれが出ちゃいそう。


 とりあえず、手をつないで本殿に行って、二人で仲良く、巾着袋から出した十円玉を賽銭箱に投げ込む。

 二礼、二拍手、一礼。

 もちろん、祈ることはこれしかない。

「ことしもヒカル様といっぱい、仲良くできますように。」

 夫婦円満っていいよね。

 あ、今はお嫁さん同士で姉妹同士。

 うーん。こういう複雑な関係も悪くないかも。


「さーて、彩佳おねえ。せっかくだから、面白いことしようよ?」

 まさか、えっちなこと?

「彩佳おねえ、いつからこんなに変態さんになっちゃったの? もう、えっちなことしか頭にないんだから。」

 うるさい! 誰のせいだと思ってるの?

「夜伽だから、振袖を自由に着せ替えできるんだよねー。頭に入ってる振袖の柄なら、自由に着れるでしょ? もちろん、いちいち脱いで着つける必要なし!」

 ヒカルちゃん頭いい。

「せっかくだし、二人の振袖を交換しちゃう? 振袖をキャンバスだと思って、柄を取り替えるの。目をつぶって。えいっ!」


 すごい! ちゃんとできた!

 なんかこう、じわじわ来るなー。

 ヒカルちゃん、こっちも似合う。

「彩佳おねえも、いい感じだよ?」

 にやけ顔を止められない。

 服の交換って、何でこんなに萌えるんだろう。

 好きな人の体温を感じられるからかな?

 仲がいい子としかできないことの一つだよね。


「そうだ。彩佳おねえが昼間着てた振袖、私も着てもいい?」

 もちろん! むしろ着て!

「それじゃあ、目を閉じて。えいっ!」


 ヒカル様の振袖が変わった。昼間私が着てた、パステルブルーの振袖。

 ……うーん。いまいち。

 やっぱりピンクと桜色で姉妹そっくりな色ってのが、いちばん萌えたなー。


「彩佳おねえ。まだまだ甘いよ。」

 ん?

「咲のおばあちゃんの家、すごい振袖がいっぱい転がってたじゃない。

 彩佳おねえも、しっかり見てたでしょ?」

 そういえば、暇つぶしに結構見ていたような。

「赤地に吉祥きっしょう柄の振袖、あったでしょ。広げると一枚の絵のような、圧倒的な存在感だったよね。光沢のある生地に、裾に向かって赤からえんじ色になるグラデーションのやつ。肩から流れる熨斗のし目に、松竹梅とか桜、菊、桐、牡丹なんかのおめでたいお花、花菱はなびし亀甲きっこう青海波せいがいはとかのおめでたい柄がこれでもかって描かれているの。あれ、相当値が張るよ。」

 そういえば咲が自慢してた。聞いたことがない単語を乱発してたなー。

「それ、着てみる?」


 ちょっと待ってね。よし、イメージができてきたぞ。

「さっきみたく、目を閉じて。えいっ!」


 下を見る。

 うーん。胸しか見えない。補正してないからかな。

「しょうがないなー。私も着るよ。そうしたらわかりやすいでしょ? それじゃあ、えいっ!」


 妹っぽかったヒカルちゃんが年齢不詳になっちゃったよう。顔だちはちょっと幼いのに、振袖がすごい迫力で、大人の女性って感じがする。このギャップがたまらない。

「うーん、振袖がおそろいってのも、ちょっとつまらないよね。ほんのちょっと違うとかわいいけど。

 それじゃあ、咲コレクションで最もヤバかったあれ、いきますか!」

 え? どれ?

「黒地に藤の花としだれ桜の振袖、飾ってあったでしょ。桜や藤の花の下に咲く小さな花の側で、おしどりが遊んでるの。」

 そういえば、奥の方にあったような。

「上半身と袖は、滝みたいな藤としだれ桜だけなんだけど、裾に向かって色とりどりの菊や萩、桔梗の花が増えていって、その中をおしどりが仲良く泳いでる。

 あれ、実は着てみると、今着てるのよりも凄い迫力なんだよねー。たぶん、結婚式でお嫁さんが着るようなデザインだよ。」

 振袖をイメージする。今夜は想像した振袖の数が多いので、ちょっと疲れてきた。

「それじゃあ、これで最後にしますか。目を閉じて、えいっ!」


 ……もう、言葉が出ない。

 さっきより、すごい迫力。

 かわいらしい振袖もいいけど、この振袖はすごい存在感がある。

 それを、身長がちょっと低めでかわいらしいヒカルちゃんが着てると、すごい、ギャップ萌えしてしまう。

 さっきより萌えてしまった。

 抱きしめたい。キスしたい。

「しちゃう? 彩佳おねえ?」


 女の子同士というのは、ちょっと抵抗感がある。

 でも、これは女体化したヒカル様。

 男女のキスだから、問題ないよね。

 ヒカルちゃんかわいいし。


 ヒカルちゃんが背伸びするような感じで、私にキスをねだる。

 なんか、いつもと逆だよね。

 もちろん、唇をあわせるだけ、なんてことはない。

 舌を吸い、絡め、唾を交換する、濃厚でいやらしいキス。


 ヒカルちゃんがうっとりした表情で、「あんっ」と声を漏らす。

 ああ、こういうのも悪くない。

 思わず、ぎゅっと抱きしめてしまう。


 しっかり抱きしめてわかったけど、ヒカルちゃん、意外と出るとこ出てるのね……。


「彩佳おねえ。これだけじゃ、もの足りないでしょ?」

 私の手を引き、神社の奥の方に連れて行こうとするヒカルちゃん。

 年下にみえるヒカルちゃんが、ド迫力の振袖を着て私の手を引っ張っていくのが、なんともいえない光景。年下の女の子に攻められるってのも、意外とありなのね。


「じゃあ、私が彩佳おねえの帯をほどくね。」

 何度も来た、十メートル四方くらいで中央に純白の布団が置いてある部屋に入るなり、ヒカルちゃんが私に言う。

「そうしたら、彩佳おねえが私の帯をほどくの。

 帯の脱がしっこって、なんかえっちな感じがするでしょ?

 この後えっちなことができるように、下ごしらえされている気分にならない?

 その後、私を食べて? って感じで。」

 この外見で言われると、すごい違和感を感じる。

「じゃあ、私が先にほどくよ?」

 帯締めと帯揚げを外したあと、するするっと帯が解ける音がして、一気にお腹が楽になる。ヒカルちゃんの腕が私のまわりに何回か巻き付く。小さい子に抱きつかれてるみたい。

 ヒカルちゃん、手際いいなぁ。きっと脱がせ慣れてるよね。どこで覚えたんだろう。

「じゃあ、次は彩佳おねえの番ね。」

 むーっ。全然ちゃんとほどけないよ。そういえば、私は浴衣の帯もちゃんと結べないんだっけ。振袖の帯なんてもっと無理。帯自体もギッチギチに締めてあるし、帯締めは外したけど、帯揚げの外し方わかんないよ。こことそこをほどいて、あとは……引っ張っても取れないよ? どうなってるの、これ? 全然ダメ。諦めた。

「帯脱がし対決はヒカルの勝ちね!」

 むぅー。

「しょうがないから、私が自分で自分を脱がしちゃうね。

 ヒカルのストリップショーから、目を離さないでね?」

 無駄に色っぽく脱ぐヒカルちゃん。胸の紐も外して、振袖の前をはだけてる姿になる。

「じゃあ、次はキス対決にしようかなー。布団の上に向い合って正座して、よーい、どん、で相手方に倒れかかって、キスをするの。」

 ヒカルちゃんは、えっちな勝負が好きなのね。

 長襦袢の上に、赤と黒の振袖をそれぞれ羽織る二人。

 そして、お互いを真剣な目で見つめあう。

 きれいな絵になってるんだろうな。

 長襦袢姿って、脱がした人にしか見せないもんね。お互いに特別な関係ってこと。うれしいな。


 よし、今度こそ負けないぞ。

「よーい、どん!」

 ヒカルちゃんが私に倒れかかってくる。でも、身長差があるから、私のほうが高い位置からキスできる。

 ん? ヒカルちゃんの目が怪しく輝いた? 何?

 ……え? 何で腕がくすぐったいの?

 ヒカルちゃんが、はだけた振袖の胸元から長襦袢の身八つ口を通って私の袖の中に手を入れ、指で、つーっ、と私の二の腕を触ってる。

 服の中を犯すって、反則だよ。

 たじろぐ私。

 隙ができた私の頭を片手で抱えて、もう片方の手で腕攻めをするヒカルちゃん。


 無理。もう無理。

 布団をタンタンとたたく私。もうギブアップ。


 ヒカルちゃんが私をころん、と横に倒す。そして、ヒカルちゃんが私の上に馬乗りになる。

 ヒカルちゃんも私も、帯がないから前がはだけている。

 黒く圧迫感のある振袖を羽織って、私を上から見下ろすヒカルちゃん。


「彩佳おねえ? こんな小さい子に手玉にとられる、ってどんな気持ち?

 お姉ちゃんとして、恥ずかしくないの?」

 ヒカルちゃんの反則勝ちでしょ?

「指つーっが反則だなんて、誰も決めてないもん。

 罰ゲームとして、私が彩佳おねえのおっぱいを、彩佳おねえが泣き出すまでいじめちゃうんだから。もちろん、抵抗しちゃだめだよ?」

 振袖ごと私に覆いかぶさってくるヒカルちゃん。私よりずっと幼い体なのに、着ている振袖は私よりずっとお姉さんな人が似合うようなもの。そして、ヒカルちゃんの目力がすごい。

 こんなヒカルちゃんが私に馬乗りになっている。


 私の胸をもみもみ、ほにほにと満面の笑顔で陵辱するヒカルちゃん。

 振袖の中に手を入れて、長襦袢の上から胸を味わう。

 直接でないところがヒカルちゃんらしい。


「抵抗したら、もっとひどい目にあわせるからね?」

 ぐっとこらえる私。

 枕に抱きついてぐっと堪えることができたら、だいぶ違うのに。

 何も支えるものがなく、一方的に犯される私。


 んー! やだー! とつい、足をばたばたさせてしまう。

「彩佳おねえ、今、私に逆らったよね?

 いけない足は、帯でぐるぐる巻きにしちゃうんだから。」

 ヒカルちゃんがすぐに気づく。

 振袖の帯は、浴衣の帯より長い。その帯で私の両足をぐるぐる巻きにする。人魚になった気分。


「それじゃあ、気をとりなおして罰ゲーム再開!」

 何が、気を取り直して、だ。

 ヒカルちゃんの頭の位置がさっきより低くなる。

 私の腕を両腕で抑えつつ、私の胸を長襦袢の上から口で楽しむ。

 やはり長襦袢の上なのね。

 ヒカルちゃん、心からうれしそう。


 視覚と触覚の刺激が強すぎる。

 きれいなヒカルちゃん。

 振袖の間から長襦袢が覗く。

 私の胸をいじる、えっちな顔。

 集中的にいじられて、胸がおかしくなりそう。


 つい、腕を動かそうとする。

「あーっ!彩佳おねえがまた抵抗したー! だめって言ったでしょ?

 これじゃあ、罰ゲームにならないよね。

 腕も残ってる帯でぐるぐる巻きにするから。はい、ばんざーい。」

 両腕と両足を豪華な振袖帯でぐるぐる巻きにされて。赤い振袖の胸のところを大きくはだけられている私。

 今度は胸も露出させられる。

 ヒカルちゃんが私の乳首を指と口で弄んで軽くいじって、私に甘い声を出させる。

「うーん。いい眺め。

 これだと、どっちがお姉ちゃんかわからないね。

 そうだ。こう言ったら許してあげる。

『彩佳おねえは、ヒカルちゃんに弄ばれるのが大好きな変態お姉ちゃんです。』

 はいっ!」

 誰が言うか! お姉ちゃん怒っちゃうよ?

「しょうがないなー。じゃあ、これで妥協するよ。

『彩佳おねえは、ヒカルちゃん専用のえっちな玩具です。』」

 言ってたまるか! 顔をそむけてやる。


「ふーん。彩佳おねえ、私に逆らうんだ。

 よし、最終手段だ。

 おっぱい両方指グリグリにらぶらぶキス攻撃だ!」


 ヒカルちゃんが今日一番の攻勢をみせる。

 そうだった。ヒカルちゃんのキスには魔力があるんだ。

 私の気持ちを、無理やりいじる魔力。

 胸の刺激とキスで頭が朦朧とした私は、ついに言っちゃった。

「私はヒカルちゃんのえっちなお嫁さんです。」


 キスをやめて、すごーく満足そうな顔で私を見下ろすヒカルちゃん。

「最初からおとなしく私のものになってくれたらよかったのよ。

 ごほうびに、キスしながら頭なでなでしてあげるからね。そのまま寝ちゃっていいよ。」

 はあ。何が、彩佳おねえ、だ。最初から私を陵辱しまくる予定だったくせに。

 でも、まあ、いいや。

 幸せだし。

 こういう馬鹿騒ぎも、たまにはいいよね。

 おやすみ、ヒカルちゃん。


 ……もう、咲コレクションの振袖を、真顔で見ることができないよ。許してね、咲。

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