第9話 狂宴

 修学旅行から戻ると、私のテンションは最高だった。


 いえーい!

 なんと、私、ヒカル様のお嫁さんになっちゃいました!


 やったね! お嫁さん最高!


 私はヒカル様のお嫁さん。


 私はヒカル様のお嫁さん。


 きゃー、きゃー、きゃーーーっ!


 私が夜伽巫女よとぎみこになったくらいから私をずっと監視していた小郡おごおりくんが、夜伽巫女の男版だったと匂わせていたけど、彼もお婿さんなのかな? それとも、違う関係なのかな? まあいいや、どっちだって。私はヒカル様のお嫁さん。これは、私にとっては疑いのない現実だから。


 私はヒカル様のお嫁さん。


 くぅーーっ! 幸せすぎるぅーーー!


 両腕でガッツポーズしながらクネクネしたい。やったらキモイからやらないけど。


 ヒカル様は言ってくれたんだ。

「帰ったら結婚式の夜伽をしよう」って。

 あーもう、今晩の夜伽が楽しみで楽しみでしょうがない!

 どうしようかな、ネットでウェディングドレスの画像も漁ろうかな。


 ◇ ◇ ◇


「おやすみなさーい!!」

 不束者の彩佳あやかですが、結婚式に挑まさせていただきます!


「きれいだね、彩佳。」

 銀髪、銀の瞳、銀のタキシード姿のヒカル様がいる。

 そうよ、これよ、これ! ヒカル様のタキシード姿! 結婚式の雰囲気出てるねー!


 私とヒカル様がいるのは、黄色をテーマとしたホテルの一室っぽい。壁は主に黄色、キングサイズのベッドは黄色のベッドカバーに白いシーツと白カバーの枕が大中小2つずつ、あわせて6つ。天井は白で、床は茶色。窓はあるけど、外は暗い。金色の部屋に銀色のヒカル様、って感じ。そして、私の服装は……


 ……なにこれ?

 私は肩を大きく露出している、細い肩紐のウェディングドレスを着ている。

 そして、その上に、白くて薄い、長袖膝丈のゆったりとしたシースルーのワンピースを着ている!

 ボタンとかは無く、頭からかぶって着るワンピースで、袖が指先に向かって広がっている。これ、柔らかいチュール素材かな? 袖口のところに白いレースがある。まるで、肩や背中、腕にベールをかけられている感じ。

 透けるから、私の腕や背中がヒカル様に見えて、これまた、えっちな感じがするんだろうな。シースルーの布の奥に、ちょっと見える自慢の胸もポイント。布の内側の露出している肌は、みんな、ヒカル様だけのもの! って感じがする。ドレスの上に、ドレスの一部に見えなくもないワンピースを重ねて着ることで、実際に抱かれていないのにヒカル様に抱かれているみたい。心が高鳴る。

 そして、ワンピースは膝あたりまで伸びているから、私のくびれがよくわかる。くびれているところは、透けるワンピースを通して逆側が見えるもんね。これがまた、私の女らしさを引き立ててくれる。すごい。すごすぎる。さすがヒカル様。

 もちろん、この後にやることを考えて、わざとドレスにパニエは入れてない。

 上に着ているワンピースのせいで、裾は大きく広がらないものの、ドレスの柔らかい、たっぷりと使われている布が、足元でボリュームのあるひだをつくっている。


 そして、頭にはベールを乗せている。ベールは一周全部、腰くらいまでの長さで、膝丈のシースルーワンピースより短い。ワンピースと合わせて、ベールが二重になっているみたい。


 いっぱいの白い布で覆われた私。

 大切に梱包されたプレゼントみたい。

 ヒカル様、お嫁さんの私をいっぱい、大切に可愛がってね?

 きゃーっ。


 おっと、忘れてた。私のデコルテにはいつものダガーモチーフのシルバーのペンダント。ヒカル様もおそろいのものをつけている。


 ヒカル様は私をお姫様抱っこでベッドの上に連れて行く。

 私が一人で立っているのがぎりぎりなの、わかってくれたのね。

 早くベッドに横になって、ヒカル様を受け入れたかったんだ。

 抱いて欲しくて、うずく体がおかしくなりそう。


 私を仰向けに寝かせるヒカル様。

 そして、大と中の枕を2つずつもってきて、私の両横にそれぞれ1つずつ置く。何をするんだろう?

「彩佳、これからもよろしくね。ほんと、きれいなお嫁さんだ。」

 私の顔が幸せと照れくささで真っ赤になる。


 そしてヒカル様は、私のベールを持ち上げる……のではなく、ベールに頭に入れてきた!

 普通の結婚式だと、ベールの前を上げてからキスだよね。

 潜り込んでくるあたり、着衣フェチのヒカル様らしい。

 そして、お約束の、濃厚なキス。

 ヒカル様は私を潰さないように、横においている枕の上に肘と膝をのせている。

 ヒカル様のこういう優しさが好き。


 ヒカル様は私の頬や耳を手で触る。

 さわさわ。なでなで。ふにふに。

 私の顔を楽しむヒカル様。


 納得するまで触ったヒカル様は、私に濃厚なキスをもう一回。

 ベールの中から、両腕をさわさわ、背中をさわさわ。ドレスで隠れてないけど、ワンピースで覆われている部分をワンピースの上から積極的に攻める。

 枕の横から手を入れられるのが、なんともいえない感じ。

 私の周りをこじあけられている気分。

 ベールの中にいる二人が、一つの傘の中で体を寄せあってる感じがして、ちょっと気持ちがくすぐったい。

 ヒカル様が私の両腕をもみもみしながら、手先のほうにむかっていく。

 両手をもみもみしたあと、また、肩の方に向かって腕をのぼっていく。

 ヒカル様、心からうれしそう。

 私も、ヒカル様にマッサージしてもらって、身も心も軽くなったみたい。


 ヒカル様が私を抱き上げて、ベッドに座らせる。

 隣にヒカル様が座って、

「膝の上に後ろ向きに座って?」

 とリクエストする。

 ヒカル様が私の椅子になっちゃうよお。


 もぞもぞと動いて、ヒカル様の膝の上に座ると、ヒカル様が小さめの枕を渡してくれた。

「これを抱いててね?」

 何をするんだろう?

 私は膝の上に枕を立てて、枕をぎゅっと抱きしめる。


 ヒカル様がベールの中に頭を入れる。

 ほんと、ベール好きだね。

 そして、ドレスとワンピースの上から、両手で私の胸を揉んだり、お腹をなでる。

 お腹をなでられるのが、何かくすぐったい。

 赤ちゃん、いないよ?

 振り向いても、キスをしてくれないヒカル様。それどころか、

「ちゃんと枕抱いててよ。」

 と言うヒカル様。どうやら、枕に両手をあてさせることで、ヒカル様のなでなでを妨害できないようにしたいみたい。策士だ。

 一方的に犯されている感じが、気分を盛り上げる。

 そして、たまにうなじをペロペロするヒカル様。

 ヒカル様の顔を見ることを許されず、ただ枕を抱きしめて快楽に耐えろというのも、結構厳しいプレイである。

 もちろん、後ろから抱えられているから、前や横に倒れこんで逃げることができない。

 私に許されるのは、枕をぎゅっと抱きしめて我慢するか、かわいらしい声をあげてヒカル様を喜ばせるくらい。


 私の意識がふらふらになってきたところで、ヒカル様が攻めるのをやめる。

「彩佳、ちょっと立っててね。辛いかもしれないけど頑張るんだよ?」

 ヒカル様が言ったので、とりあえずベッドから降りて立ってみる。

 そしたら、ヒカル様が私の足元でしゃがんだ。

「え?」

 私が言うと、ヒカル様の頭の位置が徐々にあがってきた。

 そして、私の足元が徐々に涼しくなってきた。

 もしかして? え? えええーーーーっ?

 ドレスの裾を持ち上げてるのー?

 どんどん裾が上がっていく。

 あ、満面の笑みのヒカル様がいる。

「ちゃんと立っててね?」

 全力で意地悪なことを言う。


 私のドレス、すごく持ち上げてますよね?

 もう、スカートめくりなんて次元じゃないですよね?

 それに! 普通は持ち上げるのはドレスでなくてベールです。

「やめて、えっち!」

 ヒカル様を叱っちゃう私。

「俺のこと、嫌い?」

 うーっ。

 これは結婚式よ、結婚式。

 ヒカル様を拒絶したら、結婚式にならないじゃない。

「はい、これブーケみたく両手で持って?」

 渡されたのは……ドレスの裾。

 布をぎゅっとまとめて、私に渡す。

 そして、両手の先にある裾の一部で、丸い形をつくってブーケのお花に見立てる。

 自分でドレスをたくしあげて、ショーツ丸見えにしているド変態な女の子にしか見えないよね。

 私の足の前はドレスをたくしあげたから丸見え、後ろにはドレスの布がある。

 頭がぐらんぐらんする。

 鏡を見たら恥ずかしさで気絶するんだろうな。

「頬を染めてる彩佳、本当にきれいだ。理想的な、恥じらう花嫁だ。」

 恥ずかしいのは半分くらいで、もう半分くらいは怒ってるんだよ?

「その表情、たまらないよ。

 素敵な彩佳、ずっと可愛がってあげるからね。」

 私の複雑な気持ちをわざと無視しているのか、歯が浮くようなキザなセリフをいう。

「もう我慢できないや。

 可愛い彩佳を改めて頂いちゃおうかな。

 そのまま、立っててね。」


 ヒカル様が嬉しそうな顔して寄ってくる。

 何をするんだろう。

 あ、私のベールの中に潜り込んできた。

 私の頭の後ろを右手で固定し、私の口を陵辱するヒカル様。

 いつもよりずっと激しく、舌を入れて口を犯す。

 そして、左腕で私の腰をしっかり固める。

 立ったまま、ヒカル様に激しく求められる私。

 抵抗しようとせず、受け入れようとすると体が楽になった。

 求められるって、気持ちいい。


 ヒカル様が私を襲うのをやめる。

 気付いたら、ドレスのブーケから手を離していた。そして、両腕をヒカル様の腰に優しく回していた。

「彩佳、俺の嫁になってくれるなら、次は俺の全身を包み込んでくれないか?」

 どうやって?

「俺がベッドに横になるから、彩佳が俺の上に乗ってくれ。

 ベールとドレスとシーツの間に、俺をすっぽり収めてくれ。」

 足を逆V字に立てて、ベッドに横になるヒカル様。

「足を立てないと、足がドレスの裾からでちゃうからな。」

 さようですか。

「俺の腹の上にまたがって、俺の腰から下にすっぽりドレスをかぶせて、俺の頭を彩佳のベールの内側にいれてくれ。」

 ……確かに、これだとすっぽり収まるね。


 ヒカル様の腰から下は、私のドレスの裾で隠れている。それより上は、私のベールの中。

 指示通りにできたせいか、ヒカル様は大満足だ。

「これだと、俺が彩佳に捕まっちゃって、彩佳に襲われてるみたいだ。」

 たしかにそんな気がするね。

 私がヒカル様を襲って、私の服の中に閉じ込めちゃった気分。

「キス、して?」

 ヒカル様は体がいまいち動かせないので、私からキスをする。

 なんか変な感じ。

 私がヒカル様を襲ってる。

 いつもは偉そうなことを言って、ひどいことを要求しているヒカル様が、私の下で従順にキスを受け入れてる。

 すごく満ち足りた、幸せそうな顔。

 私もヒカル様にキスされている時、こんな顔をしているのかな?

「どう? 幸せ?」

 ヒカル様が聞いてくる。

 私は頷く。

「じゃあ、もう一回キスして、今日はこれで終わりにする?」

 そうだね。この余韻に浸って寝たいし。

 ヒカル様、おやすみなさい。


 ◇ ◇ ◇


 修学旅行の翌日は授業がある。

 修学旅行は現地解散なので、皆がちゃんと帰ってきたかどうかをチェックするために、翌日に授業がある。みんな遊び疲れてるけど、仕方なく学校に来る。明日は土曜で学校がないから、今日一日乗り切ったら、明日は生徒も先生も休める。

 今は数学の授業中で、みんなで問題を解く時間なんだけど、解き終わったから少し外を眺めながら考え事。最近は成績が徐々に上がっていて、授業中もこうやって苦労しなくていい時間が増えてきた。


 そういえば、学校に向かう時、天気がいいのに雨がぽつぽつ降り始めた。

 レインコート着たほうがいいかな? でも面倒だなー、と思いながら、濡れる覚悟で強行突破した。もう冬に近い秋で冬服のブレザーだから、透けブラの心配はない!

 ムキーッ! と思ったけど、私はヒカル様のお嫁さん。狐の嫁入りだ! と神様が祝福してくれたのだ、と調子をいいことを考えてしまう私。ヒカル様が頑張って、ちょっと濡れるくらいで済むようにしてくださったのかな、ヒカル様ありがとう! と感謝したくなっちゃう私。

 ヒカル様のお嫁さんって、幸せだなあ。

 ヒカル様、だいしゅきぃ。えへへ。


「おい! 須藤すどう! 何にやけてるんだ!」

 やべっ、先生に叱られた!

 そんなに頬が緩んでいたのかな。

「先生! 須藤はおとつい、女になったんです!」

 頭の軽い男子が手を挙げて大声で茶化す。どこにでもいるんだよね、こういうバカ。

 周囲でざわざわとした声があがる。

「そういえば綾音あやね、一昨日、私達の話からこっそり抜けだして、どこか行ってたよね?

 まさか告白されてたの? 綾音の裏切り者!」

 一昨日の夜、つまり修学旅行の夜、私の近くで恋話に夢中だった、彼氏なし女子がさらに煽る。

「綾音は彼氏いないと思ってたのにぃ~!! 卑怯者~~!!!」

 この女、鋭い。

 そうだよ、丁度そのとき、私はヒカル様にプロポーズされたのよ!

 それを私が即答でOK出して、お嫁さんにしてもらったの!


 うー。でも、下手に言い返せない。

 ヒカル様のお嫁さんになったのは、みんなに秘密にしないといけないのに。


「図星かよ?」

「須藤やるなぁ!」

「相手は誰だ?」

「まさか先生とか? やだ、やらしい。」

「須藤さん、実は俺も狙ってました!」

「俺だって須藤の乳をむさぼりたいぜ!」

「須藤が赤くなってるってことは、こりゃあマジだな。」

「ひぇー。」

「ねえ、どっちから告ったの?」

「あの宿舎に鮮血が流れたのね? 事件よ、事件!」

 ざわざわとしたノイズ。

 シャットアウトしようと思っても聞こえてしまう。

 言い返せない、たぶん真っ赤になってる私を、どんどん煽る声が上がる。

「先生、二つめの問題の解き方のヒントください。途中まではわかったんですが……。

 今は受験前の大切な時間なので、皆も騒がないでください!」


 手を挙げて、大声を出して場の雰囲気を変えたのは……小郡くん?

 普段は地味で、めったに声を荒げない子なのに。

 冷たい目でこっちを見る小郡くん。


 そういえば、小郡くんは私が夜伽巫女になった春頃から、ずっと私を監視していた。

 今も私を監視していたのかな。


 そういえば、私がお嫁さんになった翌朝、小郡くんがこう私に言った。

「決心したみたいだね。それでよかったと思うよ。」

「俺も昔、通った道だから。」

 この言葉を聞く限りでは、小郡くんは私と似たような立場のはず。

 そして、私が道を外さないよう、監視する役目があるのかな?

 だとしたら、小郡くんは私を助けてくれたのかな?

 まあいいか。助かった。でも、気をつけないと。


 ◇ ◇ ◇


 学校から帰るときに、小郡くんが近づいてきて、一言、私に言った。

「気をつけろ。目立たないよう、常に平静を装え。」

 やっぱり、小郡くんは何か知っているのね。

 ただの一般人、ではなさそうだ。

 でも、忠告、ありがとうね。


 ◇ ◇ ◇


「おやすみなさーい!」

 結婚式はドレスだけで終わり、なんてことはありえない。今日の夜伽はなんだろう。


 昨日と同じホテルの一室。窓の外は暗い。

 ヒカル様は普通の男性用のパジャマを着ている。光沢があるからシルクかな? 色は銀色。そして! なんと! ヒカル様の頭にまっすぐに立った狐耳が、そしてお尻にはふさふさの狐尻尾が生えてる!

「このパジャマ、尻尾用の穴が空いているんだよね。」


 そして、私は……この触感、どこかで……

「狐の嫁入りということで、狐の着ぐるみを着ていただきましたー!」


 ふえええええーーー????

 どうやら、素肌にタオル生地の着ぐるみを着ているみたい。顔以外、全部着ぐるみに包まれている。

 ヒカル様が持ってきた鏡で私の姿を見る。

 黄色というか、茶色い柴犬しばいぬのような色。

 おなかのところが、わざとらしく白くなっている。

 やっつけ的に狐の顔が書いてある、狐耳つきフード。

「犬じゃない。狐の着ぐるみだ。」

 後ろにダランとタオルを丸めたようなしっぽがついている。

「手には肉球の色がついているよー。」


 酷い。新婚初夜なのに、こんなのってあり?

「一度はやってみたかったんだよねー。狐同士でいちゃつくの。」

 うれしそうに耳をピクピク、尻尾をバタバタさせるヒカル様。


「お嫁さん、つかまえたー!」

 足まで着ぐるみの中にいる私は、ろくに逃げることができない。

 ベッドの上にお約束のようにお姫様抱っこで連行し、全身をわしわしするヒカル様。


「そういえば、彩佳が最後に人にバスタオルで体を拭いてもらったの、いつだ?」

 ……思い出せないや。たぶん、ずっと小さいとき、パパやママとお風呂に入って以来かな。

 そういえば、バスタオルで体を拭いてもらう夜伽、したことなかった、ような。

「バスタオルで体を拭かれていると思うと、何かくすぐったいような、不思議な感じがするでしょ?」

 そう言われたらそうだ。ちょっと気持ちよくなってきた気がする。

「そして、下着をつけずに着ぐるみを着ていると思ったら、変態的な感じがするでしょ?」

 ……冷静に考えたらそうだ! この変態エロ狐、そう攻めてきたか!

「どう? なかなか盛り上がる、えっちなシチュエーションでしょ?」

 やられた。

 心が気持ちいいと、気持ちよく感じちゃいけないの、両極端の間で揺さぶられる。

 心がぐらんぐらんする。

 その上、ろくに抵抗できないこの状況が怖い。

 私に許された触覚は、タオルの生地を体に押し当てられることだけ。キスは別にして。


 ベッドの上で仰向けに置かれる私。いまいちバランスがとれないので、体を横向けにできない。

 これは、あれだ。ワンコが「構って構って」、ってお腹を上にして甘えるポーズだ!

 なんとなく手足を曲げたくなるのが嫌だ。


 ちょっと涙目でヒカル様を見てしまう。

「おねだり、しないの?」

 ヒカル様が意地悪なことを言う。

 うーっ、とうなってしまう。

 でも、ワンコの真似はしたくないよう。

 構わず私のお腹をふにふにするヒカル様。

 ちょうど、着ぐるみが白くなっているあたり。

 だから、お腹は気にしてるのに! もう。


 くすぐったくて体をよじらせたら、ヒカル様が私の前足、じゃなかった、両手をもみもみしだした。

 タオル生地の上から手をマッサージされるなんて変な感じ。

 そのまま、私の腕をもみもみする。

 こんなところ、人にタオルでふいてもらうところじゃないよお。

 つい、「くーん」と甘えた声を出してしまう。

 ヒカル様がすごくうれしそうな顔をしている。

 そして、大きめの狐耳と狐尻尾をバタバタさせる。


 ヒカル様はあぐらになって、その上に私をうつぶせに置く。

 そして、ヒカル様は両手で私の背中を撫でる。

 背中というより、頭から、お尻まで。

 タオル生地の上から、行ったり、来たり。

 なでるだけでなく、たまにお尻をもんだりする。えっち。


 えっちだけど、なぜか心が落ち着く気がする。

 そして、もっと構ってほしそうな顔をヒカル様に見せる私。


 気が済むまで私の背中をなでたヒカル様は、私の両脇に両手を入れて、えいっ、と持ち上げる。ワンコを抱っこするみたいに。

 私がヒカル様を押し倒そうとする格好にする。

 そして、やっとヒカル様が私にキスしてくれる。

 頭をなでなでしながらだから、余計気持ちいい。タオル生地の上からだけど。

 濃厚なキスが終わった後、ふと思ったことを聞いてみる。

「私のこと、ワンコだと思ってる?」


 ちっちっち、と頭と指としっぽを振るヒカル様。

「犬なんかと一緒にしないでくれ。犬にはこんな立派なしっぽはない! ふんっ!」

 犬にかなりの対抗意識を燃やす狐であった。どうせイヌ科の仲間なのに。


「今日はよくがんばったね、彩佳。最後だけ、狐じゃできないこと、する?」

 ヒカル様が聞いてきた。

「するっ!」

 私が即答すると、ヒカル様が私を仰向けに寝かせ、自分は隣に寝て胸を揉んできた。

 胸攻めは狐だと無理だよね、うん。

 タオルが乳首にこすれて、ちょっと痛い。でも、うれしい。

「昨日も激しかったし、今日はこれくらいにする? 明日もハードにいきたいし。」

 え? あしたもやるの? お嫁さん最高!

 でも、狐の着ぐるみはやめてね。

 それに、ヒカル様に触れないの、嫌。

「わかったよ。じゃ、おやすみ、彩佳。」

 最後にキスして、おしまい。


 テレビを切った時のように、夜伽が終わった。

 よし、寝るか。


 ◇ ◇ ◇


 土曜日だからといって、遊んでばっかりいられないのが、私のような受験組。

 でも、多少は勉強しないといけないけど、今日は気分がいまいち乗らない。

 よーし、黒魔術を発動するぞー。ぐえへへへ。


 魔法といえば、クソ長い呪文を正確に唱えたり、怪しげな図形を床に書いて謎の儀式をする必要があったり、特殊な道具を仕入れないといけなかったりとか、無駄に難易度が高いような印象がある。だけど、それは正しいことを知ってほしくない人たちによる偽装工作だ。みんな、自分たちだけ特権階級でいたいもんね。


 魔法といえば大げさなんだけど、自己催眠を活用した多少の能力強化は、実はそこまで難しいことではない。要は、火事場の馬鹿力のようなものを意識的に発動させたいわけだ。

 今回強化したいのは、筋力でなく脳力。

 既に実証済みだが、数学の長めの問題とか、一問あたりの時間がかかるものは、運動してる時の脈拍くらいのBPMのアップテンポな音楽を低音量で聞きながらだと、半分トランス状態で脳がサクサク動くようになりかなり捗る。

 でも、今日は古文、漢文、英語あたりを幅広くやりたい。こういうときは、トランス状態より、素の能力強化が欲しい。

 ヒカル様のお嫁さんになったから、ヒカル様もきっと応援してくれるはず。能力強化はヒカル様のアシストがあると効率がさらに上がるんだっけ。

 お嫁さん最高! ヒカル様ありがとう!


 今日は集中したいから、襟にフリルの付いた、胸元の少し開いたブラウスに、気持ちが落ち着くシックなオリーブ色のカーディガンを着てる。でも、ただシックなだけじゃない。ヒカル様の好みもちゃんと反映されてるからね?

 ちょっと長めの、フードの付いたカーディガン。もちろん、胸元にはダガーのペンダントが光る。

 袖口は絞ってあるから、机に向かうには邪魔にならなくてちょうどいい。両サイドに縦方向にケーブル編みが入ってるから、スリムに見える。ウエストがちょっと絞ってあるから、胸も形よく見えるし、スタイルもよく見える。

 スカートは、もう少し暗い、同系統のチェック。ティアードのスカートで、4段になってるひざ下スカート。切替ごとに白くて広いレースが縫い付けてあって、裾にもレースがぐるっと一周縫い付けてある。肌触りがよくて滑りのいい生地がたっぷり使われてるから、普通に過ごしてると目立たないんだけど、クルッと回ってみるとふわっと広がるの。女子の憧れだよね。


 チョコバーを隣において、参考書とノートを目の前に置く。

 血糖値がガンガン落ちるから、糖分補給をしないと。あと、水分補給のスポーツドリンクを置いておく。

 おもむろにチョコバーをかじり、全力で念を込め、呪文というかキーワードを唱える。


「力の奔流ほんりゅう!」


 キーワードはこれくらい短くてもいいんだよね。本気で念を込められるのなら。

「えいっ!」と予め組まれているコンピューターのプログラムを実行するようなもの。

 長い呪文は気分を盛り上げるためだけで、絶対に必要なわけではない。とはいえ、無詠唱とか、一文字だけだと念を込めるのは難しいから、どうしても数音節は必要だと思う。


 よし。ちゃんと発動できたっぽい。ヒカル様のサポートも得られたかな?

 全身に力がみなぎる。感覚が鋭敏になった気がする。視野もちょっと狭くなった。

 体をめぐる気の流れが変わったせいか、全身の肌が驚いて鳥肌が立つ。

 いける。今なら覚えられる。集中する。


 ◇ ◇ ◇


「力の奔流、解除。」


 疲れてきたので、能力強化状態を解除するキーワードを唱える。

 全身の気の流れが元に戻ろうとする。

 感覚が通常時に戻っていく。

 また、全身に鳥肌が立つ。


 少し、いやかなり、ふらついている。

 一時間半しか経ってないけど、二時間半も経ったような気がする。

 勉強はかなり捗った。

 ありがとう、ヒカル様。


 そういえば、全国模試に現れる、あるキチガイの話を聞いたことがある。

 全教科を半分から7割位の時間で終わらせ、その後は机に突っ伏して寝てるんだって。あまりにも昼寝しすぎて、最後の方は寝れなくなって暇で暇でたまらない、らしい。そう高校の同級生に自慢してたけど、その高校は底辺校でなくて、かなり偏差値の高い高校らしい。順位もトップじゃないけど、かなり上位だそうで。ということは、ふざけて寝てるんじゃなくて、本気で時間が余ってるのかな。何か、私と似たような能力持ってるのかな?


 ◇ ◇ ◇


「おやすみなさーい!」


「俺達は新婚旅行先としてどこかの山奥にあるコテージを選んだんだが、自然が豊かっていいよねえ。」

 今いるのは広めのコテージ。8人位は泊まれるんじゃないかな? それを二人で贅沢に借りる。

「微妙にオフシーズンだからねー。人が少ないし、一番奥のコテージにしたし、二人のかりそめの愛の巣にはちょうどいいでしょ。」

 ヒカル様は白半袖シャツにベージュのハーフパンツ、ベージュの男性用サンダルと、かなりラフな格好。狐を名乗る割にはムダ毛が殆ど無いから見苦しくない。

 そして、私は……


 ふええええーーー????

 ヒカル様、ひどいよう。

 巫女セットの勝負下着。それに、もも丈のワンピース、って言っていいのかな、これ。

 プルオーバーかな?

 生成りのクロシェレースでかなり隙間が多く編んであるから、下着が全部丸見え。無駄に模様が編み込まれているところが芸が細かい。

 ビーチで水着の上に着るのにはいいんだろうけど、山だと似合わないよう。

 ダガーモチーフのペンダントが、今日もお揃い。


「俺はいいと思うけどな。えっちな夜伽巫女らしくて。」

 巫女なのは下着だけでしょ?

「でも、俺はえっちな服を着ている彩佳を見ていると、幸せが止まらなくなってくるんだ。俺の嫁が、羞恥に耐えて、必死に俺を喜ばそうとしていると、興奮が収まらないよ。」

 ヒカル様がいつもよりずっと発情してるというか、鼻息が荒くなってる。


「なあ、少し外にでてみようよ。」

 無理! 絶対無理!

「大丈夫だよ、人が来そうになったら隠れたらいいから。」

 もう、そんな、そんなことできないよう。

「そもそも、人がほとんどいないから。なあ。お嫁さんなのに、俺を信用できないの?」

 ヒカル様、昨日、今日と酷すぎます。そんなに私が嫌いなの?

「新しい扉、開きたいだろ?」

 なんかあったら、責任とってもらいますからね。

 本当に嫌なんだよ?。

「彩佳、俺の嫁になった以上、安心してくれ。」

 もうっ。今回だけだからね。

 お嫁さんだから、がんばります。ヒカル様のために耐えます。


「んじゃ、虫除けスプレーかけないとな。」

 下着で覆われていないところがひんやりする。

 思わず、「ひゃんっ!」と声をあげてしまう。

 そうだよね、いま着ているプルオーバー、レースの糸の間隔、数センチあいているところもあるんだよね。

 ヒカル様、なんでこんな変態的なことを思いつくんだろう。

 無駄なあがきとわかっていても、もも丈のプルオーバーの裾を下に引っ張ってしまう。

 ヒカル様をちらっと見ると、何か必死に耐えているみたい。

 ヒカル様、私を襲いたくて襲いたくてたまらないのかな。それとも、単に笑いを堪えてる? でも、意地悪なヒカル様には、まだ私を抱かせてあげないんだ。


「じゃ、行こうか。」

 ヒカル様が処刑宣告をする。

 ヒカル様が私の手を引く。いつもの恋人つなぎではなく、固く握った私の手を引くヒカル様。

 服ぶってるくせに何も隠すつもりがない生成りのプルオーバーに、透ける純白で上品な、男を興奮させるためだけにデザインされたブラに、ものすごく存在感のある、真っ赤なショーツ。

 勝負下着だけで外を歩いているようで、自分が露出狂というか、犯罪者になった感じ。


 脳が羞恥というか、刺激に耐えられない。

 それだけで息が荒くなり、呼吸が苦しくなる。


 山の遊歩道をちょっと歩くみたい。

 鳥の鳴く声や、草木を揺らす音がする。

 人は誰もいない。よかった。

 でも、恥ずかしさでどんどん私の呼吸が苦しくなる。

 足が震えてくる。

 コテージから遠くなればなるほど、過呼吸になりそうになる。

 だって、安全地帯からどんどん遠ざかってるんだよ?


 ……結構頑張って歩いたけど、だめ。もう無理。立ってられない。

 しゃがんでしまう私。

 あ、涙がこぼれてきた。涙が止まらない。


「ごめん、彩佳。彩佳がかわいらしすぎて、やりすぎちゃった。」

「ヒカル様のバカー!」

 私の声が山に響く。

「もう戻ろうか。俺がおんぶして帰るから。」


 おんぶ……なんか甘美な言葉。

 気力をふりしぼって、ヒカル様の背中に乗る。

 ブラを隠そうとして、ヒカル様の背中に胸を押し付けちゃう私。

 意地悪なヒカル様にはご褒美あげないんだから。

 そう思ってても、つい押し付けてしまう。


 ヒカル様が定期的に、「よいしょっ!」と私の体を上にあげる。

 そのたびに、私は意識してしまう。

 ヒカル様の背中で、私、足をおもいっきり開いてるじゃない!

 もちろん、下から見ると勝負ショーツが丸見え。

 おんぶって、すごくいやらしい。

 二人だけならともかく、見てる人がいたら恥ずかしくて生きてられない。


 そんな、この上なくはしたない格好でコテージに戻る私。

 おんぶからおろしてもらった瞬間、

「ヒカル様、最低!!」

 とおもいっきりヒカル様にビンタしちゃった。

 辛かったよーっ、とおもいっきり泣いて座り込む私。


「なあ。これ夜伽だから、他の人が絶対に出てこれなくすることも可能なんだぜ?」

 と、私の前に座って、いまさら冷静にツッコむヒカル様。

 ばかばかばかー! とヒカル様の胸を叩く私。

 私をよしよしするヒカル様。


「今日、すごく頑張ったね。俺のために頑張ってくれた彩佳が大好きだよ。」

 ふん。いまさら都合のいいことを言っても許さないんだから。

「そうね。心細かった分、今日はずっと抱っこしてくれないと許さないんだからね。」

 あぐらで座ってるヒカル様に、前から襲いかかる私。

「押し倒す? 押し倒される?」

 え?

 迷ってる私を、ヒカル様がベッドに押し倒す。

「上から俺、下からベッドのシーツ。抱かれてるって実感できるでしょ?

 欲しかったら、横に枕とか、布団置いてもいいんだよ。」

 じゃ、フルコースでお願い。布団と枕使って、私を全身包んで。

 こんな恥ずかしい格好、嫌。

 露出よりも、包まれ、抱かれ、愛されるほうが好き。

 私の全部、抱きしめてね。

 私はヒカル様のお嫁さんなんだから。


 布団を配置したヒカル様が、私に情熱的なキスをする。

 ……やっぱりキスがいいよう。

 舌や口の中まで味わってもらえるなんて、うれしいよう。

 あーあ、疲れたというより、ほっとできて幸せ。

 抱かれて、体も心も求められるのは最高。

 おやすみ、ヒカル様。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。


 あのーヒカル様? 最近、意地悪じゃありません?

「当たり前だ。 彩佳、お前、最近調子のりすぎ。」

 ふぇー?

「お嫁さんになってはしゃぐのはいいけど、程々にしてくれ。

 今の彩佳は、火のついた棒を与えられて暴れてる糞ガキか、銃を与えられて乱射しまくるテロリストみたいなものだ。

 お前が手に入れた力は隠し玉だ。手の内を他の人に明かすな。ばれると狙われたり、足元見られるぞ。当然、力は必要な時だけに使え。目立たないようにだ。

 あくまでも、彩佳は傍目から見たら一般人に見えないと、いろいろ困るんだから。

 彩佳が制御不能になったら、俺はせっかく手に入れた夜伽巫女を処分せざるを得なくなる。お互いにとって、これは最悪の結末だ。」

 処分って?

「無力化だ。これ以上、俺に言わせないでくれ。」

 何か怖い話。


 私、お嫁さんにしていただいて、舞い上がってたのかもしれない。

 これからは少し、自重しよう。

 ずっとヒカル様のかわいいお嫁さんでいたいから。

 捨てられたくなくてがんばるのは、当然のことだよね。

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