第8話 訣別
今日から私達は修学旅行。
目的地は
というのも、科学部の部長をやっていた
「マッドサイエンティストらしく最後にマッドな事やらないと高校生活終われないぜ!」
と騒ぎだしたから。
「行きの電車と、チェックポイント四箇所のファーストフード店でペーパーテスト!
ビリだった人が誰でもいいから女子一人に告白、トップがそれを動画でとる。
それを参加者全員で後でじっくり見る。
さあ! 俺と勝負するマッド自慢な奴はいないか!」
ファーストフード店で飲み物一杯で三十分粘ってペーパーテストとか、明らかに店に迷惑だと思うんだけど、だからといって止める人は誰もいない。遊びで告白される女子もかわいそうだけど、これまた誰も何も言わない。
結局、矢木沢含めて4人集まったみたい。
「テスト作成と審判誰かやってくれないかなー。」
との声に、
「私審判やる! ナマモノいけるから!
告白する女子呼び出す時も、女子が声かけたほうが都合いいでしょ?」
チサが勢い良く手を挙げた。
チサは頭がいいけど、そこまで
かくしてチサは男子4人の馬鹿騒ぎに付き合うことに。
それにしても、観光地で観光せずペーパーテストとか、どうみてもマッドだよね。
でも高校生として馬鹿騒ぎできるのもそう長くないから、バカなことをやるのって、案外と悪くないのかも。
犯罪にならない程度に人に迷惑をかけて騒げるのも若い子の特権だし、弾けられるときに弾けれる人って、ある意味偉いのかもしれない。
◇ ◇ ◇
羽崎駅についたら、咲の希望で私たちはすぐに羽崎城に向かう。
小さいけど古い天守が昔の姿のまま残っている羽崎城は、ビルの数階分の高さくらいの丘の上にある。だから、天守の上まで登るのはそこまで大変ではない。
「天守に登って、体を動かしてからのほうがお昼を美味しく食べられるよね。」
エリコが気合を入れている。
誰か忘れたけど、あるタレントが言ってた。
最初は足軽目線でどう攻めるか考えながら天守に向かうと面白いって。
まず気付いたことは、天守に向かう石段が上りづらい。少なくても、足元をしっかり見ないと足を踏み外しそうで危険だ。
「攻めづらいように、段の高さや幅が変えてあるんだねー。」
咲が嬉しそう。咲は、あまり自分を前に押し出すタイプじゃないから、こういう姿は珍しい。心の底から楽しんでるのがわかって、私も嬉しい。
その後も、攻めてきた人たちを閉じ込め、一網打尽にするためのところとか、壁にも鉄砲や弓を射るための穴(
お城の散策では、いろいろ隠れている仕掛けを探す楽しみがある。一人だといろいろ見逃しそうだけど、何人もの人でいっしょに登ると、より多くの仕掛けを発見できる。
ゲームのダンジョンの仕掛けは別に引っかかっても痛くない。だけど、城を設計した人は、守るべき人の命を賭けて罠や仕掛けを考えて設置し、昔に何人もの人が命がけでこの城を登ろうとしたんだ。
実際にその場所に来て思いを馳せてみると、教科書で勉強するのと全然迫力が違う。
次に、城の中に入ったら、今度は城をどう守るか、設計者は何を狙ったのかを考えながら見学する。
さっきの狭間から外を見てみると、なるほどこれは守りのための作りだと納得。
ここで閉じ込められて攻められると敵は辛いだろうな、よくこんなこと思いついたよな、と昔の人の知恵に感動する。
昔に城を建てた人と現代人の私とで知恵比べをやってる気分。
「ちゃんと意図がわかったか?」
「ばっちり!」
といった感じで。
お城の中では、敵が上の階に上りづらいように、階段はさらに狭くて急で、段差がある。スカートだったら、きっと中が見えちゃうだろうな。動きやすくてかわいい膝丈キュロットにして正解。
お殿様の部屋の隣に、
「でも、お城の中まで入られちゃ、もう落城しかないよねー。」
咲の言うことももっともだと思う。
でも、お殿様をこっそり暗殺しにきた人くらいは返り討ちにできるかな?
仮に武者隠しにいた武者から逃げられたとしても、帰り道は相当長い。
天守の一番上に上ると、
聞いてみたら、お城の守り神様だって。私を祀ったら未来永劫この城を守ってあげるって約束してくれたから、この女神様を築城の時から祀ってあって、おかげでこのお城は火事にも水害にも大きな合戦にも遭わずに残ってるといわれてる。
実際はどうか知らないけど、神様の守りがあることで、心細い時にも城の人たちは勇気を奮い起こすことができたのは確実だ。
こうやってよく見ると、いろんな所に神様がいて守ってくださってるんだな、神社だけじゃないんだなって、改めて認識した。
◇ ◇ ◇
お昼は城下町のご当地グルメが売りのレストラン。
「天守閣ライス食いたい!」
と騒いでいた男子がいたので、仕方なくここに。
浅くて広い丼にごはんが敷いてあり、薄く千切りキャベツが乗っている。芝生に見立てているのかな? その上に一口大の各種揚げ物(肉メイン)が天守閣に見立てて山盛りに乗っている、いかにも男子好みのジャンキーな食べ物。エリコもこれにチャレンジ。
また、女子向けメニューとして「落城寸前! 天守炎上パスタ」があった。
どうみてもナポリタンな辛くないスパゲッティが、お皿の上に高さが出るように器用に盛られている。赤いパスタで炎をイメージしているらしい。そして、完食すると「燃え尽きて落城」ということらしい。
……値段が観光地価格な割に味がいまいち。騙された!
食べ終わった後は、お城の前の大きな通りから一本入ったところに残る、古い町並みを散策。
「口直しだー!」
エリコの希望で、エリコ、私、咲の三人は甘味やさんで、季節のご当地アイスを食べる。男子は他のところに興味があるようでここから別行動。
ご当地アイスはリンゴアイス。このあたりはリンゴの産地ではないけれど、ここのオーナーが開発してご当地物として売りだしたらしい。
さすが旬なだけあって、甘いリンゴの香りが鼻に抜ける。
おいしいねって三人で頷きあう。
私と咲はそれで十分だったんだけど、エリコはさらにサツマイモアイスにも挑戦。
冷たいものばかりでお腹いたくならないのかな、と思いながら、咲と二人で栗きんとんをいただいてたら、エリコが「二人ばっかりずるい、私もー!」と、栗きんとんアイスを注文。
えーっ? ここでもアイスいっちゃう?!
うん。考えてみたら、エリコにとっては普通だった。胃をソフトクリームのやけ食いで鍛えているだけある。
季節もの食べ歩きって贅沢なことしてるね、なんて話してたら、表にチサの姿。
男子四人と一緒にいるけど、明らかに挙動不審になりながら斜め前のカフェにつれてかれちゃった。
看板には「完全予約制 執事カフェ コヴェントリー」の文字が。
時間的に、男子マッドサイエンティストたちの最後のテストの場らしい。
あとで問い詰めてやる、覚悟しろよ、チサ。
◇ ◇ ◇
旅館に行く途中に、由緒ある、国宝の建物のある有名な神社を訪れる。紅葉の境内でゆっくり時間を過ごしたり、景色を楽しむ。
小さな
「
とご挨拶。
自分で、他の神様に夜伽巫女としてご挨拶するのは初めて。
なんだか照れる。
隣に誰か自慢げな、照れ臭そうな、でもちょっとうれしそうな顔をしている誰かがいる、気がする。
◇ ◇ ◇
旅館についたら、先にチサが来てた。
ちょうど採点作業が終わって勝者と敗者が決まったところらしく、スッキリした顔をしてる。
「ねえねえ、どうだった?」
「ん? テストの結果? それは、部外者には言えないなぁ。知りたかったらやればよかったのに。」
「そうじゃなくて、執事カフェ! 矢木沢たちと一緒に入ってったとこ、見たよー?」
普段はクールに決めてるチサの顔が、明らかに変わった!
「ちょっとおいで、ゆっくり話そう?」
さあ、ここから質問攻めだ。
夜ご飯まで時間があるので、聞き出す時間はたっぷりある。
まだ誰もいない一室に連れ込んで、事情聴取開始。逃がさないからね?
チサはひたすら、適当にごまかそうとしてる雰囲気だったから、三人で取り囲んで壁際に追い詰めて、
「さあ吐け!」
とすごんでみた。エリコは特にノリノリで、壁をバンバン叩いていた。
チサがしぶしぶ話し出した。
あの近辺には、3軒しかファーストフード店がない。それで、矢木沢が
「知り合いにカフェのオーナーがいるから予約しとくよ。」
と任せた結果があの執事カフェ。
男子四人はテストだから水だけで放っといて、女子のチサだけ丁重にって話ができてたみたい。
「で、どうだった?」
「何が?」
「決まってるじゃない。執事さん、どんな感じだったの?」
「んーとね、何にもさせてもらえないの。」
「え?」
「男子はさっさと中に入ってったんだけど、私だけドアの前で待たされて。」
「うんうん。」
「ドアが開いて、おかえりなさいませ、お嬢様って。」
「キャー!」
「コートとお荷物をお預かりします、お嬢様って言われて、コート、じゃなかった、パーカー脱ぐの手伝ってくれて、そのままクロークに預けて。」
「それでそれで?」
「執事さんについていったら、こちらにお掛けくださいって、椅子引いてくれて。」
「うおーー!」
「座ったら、給仕までしてくれるの。」
「すごーい!! ねえ、執事さんってどんな雰囲気?」
「顔立ちは普通にいそうな感じなんだけど、仕草が上品なのよね。」
「ほうほう。」
「黒いスーツで、髪型も上品に決めて、佇まいから全然違うのよねぇ……。」
「……ん?」
「紅茶を注いでくれたときの指先、きれいだったなぁ……。」
「……おーい、帰ってこーい!」
いつもクールなチサのこんな表情は初めて見る。
なんか、うっとりして夢見てるみたい。
結局、ケーキを頂いたところで男子が戻ってきて、お嬢様扱いのまま、行ってらっしゃいされてそのまま旅館に連行されて、さっき審判が終わったところだったらしい。
一緒に観光できなかったけど、チサも十分楽しんだみたい。
おつかれさま、チサ。
それにしても、この間の夜伽で体験したシーンがよみがえる。
たまたま、執事とお嬢様の漫画を読んだ夜のこと。
ヒカル様、それっぽく表現してたのね。
ただ、夜伽の時の執事とお嬢様ごっこだと、執事がキスするとか抱きしめてくれるとか頭ポンポンしてくれるとか、明らかにお店でやらなさそうな変なサービスが追加されていたけど……。
◇ ◇ ◇
夜ご飯食べた後の大部屋。
「おいチサ! あんた枚数が一番多かったのに、なに逆転してるのよ!」
「黙れ脳筋。大貧民でカード一枚残しは最大の
そういうことだから、エリコ、
まさか、ジョーカー引けない、なんて使えないこと言わないよね?」
大貧民をやってる4人組。自分でジョーカーを引いたほうが得だと思うんだけど、巻き上げるほうが盛り上がるようだ。
「よっしゃ、
花札をやっている三人組。菊に盃は
それにしても、菊に盃と聞いたらヒカル様の暴れっぷりを思い出して、少し照れくさくなる。
そして、残りの人はガールズトーク。要は恋バナですね。
咲に捕まった私はここにいる。
「素敵な恋がしたいよねー」
「大学いったら彼氏つくって過去問たかるのが王道なんだっけ?」
「タッくんがー」
「はいはい、あんたは黙っててね。ここは彼氏がいない人が輝かしい将来のために傷を舐め合う場なの。」
追い出される
そういえば、和歌子のネタが最近ループしてる気がする。そして、内容が徐々に過激になってきてる気がする。
あれ? その話この間聞いたよ? でも、前よりだいぶ脚色されてるよね? って感じることが多くなった。
実はふられたけど、ふられたって言えないで、妄想の話をしているのかな?
「高校入った時、期待してたんだよね。好きな人ができて、徐々に近づこうとしても勇気なくて何もできなくて、そしたら彼が照れながら声をかけてきて。それで、いっしょにファーストフードいったり、手をつなぐようになったり。雨の日には顔を真っ赤にして一つの傘に入ったりとか。
そして、ある日、モジモジしながら彼が『好きだよ』って言ってくれて、私も照れながら『うん』って言うの。んで、緊張しながら唇を重ねるの。きゃー!
だけど、現実ってこんなものよねー。結局、もうすぐ3年間、彼氏できず!」
え? 人を好きになるのって、普通、そんなに時間かけたがるものなの?
関係をゆっくり深めるのがよいことなの?
別に急いだっていいじゃない。もったいぶっても何もいいことないのに。
ヒカル様とは短い付き合いだけど、こんなに仲が進展して、よかったよ?
「だめだよ、待ってるばかりじゃ。必要ならこっちから声をかけないと。」
「そう言ってる人って、口だけで実際に勇気はないんだよねー」
「うるさいな、もう。」
「で、肉食系女子として、あんたは王子様に何を求めるのよ?」
「まさか、お金持ちと結婚したい、なんて夢のない話しないよね?
玉の輿なんて幻想よ、幻想!」
「キスがうまい。」
「そこ重要だよね。」
「なーんにも考えられなくなるような、とろけるようなキスとかって、憧れるよねー」
「そうそう! そうだよねー。」
「『お前のこと好きだ』とかいって顔を両手で挟まれてキスするより、いつのまにかキスしてた、って自然な感じがいいよね。」
「わかるわかる!」
「でも、そんなことできる人がいたら苦労しないって。」
ヒカル様のキスは心の中まであっためられるような、何かエネルギーを注ぎ込まれるようなキス。
暴力的に口の中を犯されてるのに、それなのに優しい気分になる、不思議なキス。
そうだよね、これ、普通じゃ、ないんだよね。
「あと、ちゃんと言いたいことを察してくれる人。あれこれやって、とか、好きだっていうの、恥ずかしいじゃない。」
「心の読み合いって、面倒なのか醍醐味なのかわからないよね。」
「わざと心にないことを言っても、彼がちゃんと私の心を理解してくれたら、それは彼が私の事を好きだ、ってことだよね」
「そうそう。」
「あんた、顔に出るからわかりやすくていいよね。」
「うるさい! どうせ私はトランプで負けの常連ですよ!」
隠し事できない、何も察する必要がない、私とヒカル様の関係。
楽でいいんだけどね。
普通はもっと大変なんだ。
もっと素直になろうよ。
「あとバカは論外。」
「あんたよりバカはそうそう見つからないって」
「うるさい。でも、二人っきりの時だけデレてくるのはよし。」
「やっぱり、優しさかな。さりげなく手を繋いだりとか。」
「いいこと言うねえ!」
「甘えてくるのは優しさだよね。」
「でも、絶対甘えてくれない男いるらしいじゃない、そういうのと付き合ったらどうしよう?」
「それはそれでいいんじゃない? 自分の見る目のなさを恨むんだね。」
「ずっと素っ気なかった彼がついにデレた時、はじめて、私は恋に勝った! って気がしない?」
「すごい達成感あるんだろうなー。きっと。」
「わかる、わかる!」
簡単にデレデレ、ベタベタするの、あたりまえじゃ、ないんだ。
そっちのほうが、全然いいのに。
仲良くいちゃつくの、すごく幸せなんだよ?
ヒカル様の喜ぶような服を着て、うれしそうにしているヒカル様にかわいがってもらうの、すごい気持ちいいんだけど。
みんな、そんなこと知らないよね。
それに、恋に勝った、って何よ。勝負じゃないでしょ?
「でも、その前に顔でしょ。」
「ブサイクは論外として、どんなのがいいのよ?」
「普段はクールで、細長いメガネの横がキラっとしてるの」
「メガネって重要かな?」
「かっこよさが上がるよね」
「あと、体型! チビデブは論外!」
「そうだ、そうだ!」
「身長高くてもオタクはアウト!」
「知性的はいいけど、キモいとだめだよね!」
「脂肪デブはだめでも、筋肉質はいいかな?」
「そこ重要だよ。お姫様抱っこは外せない!」
お姫様抱っこ、当たり前のようにいっぱいしてもらってる。
抱かれ方によって気持ちよさが変わるなんて、みんな知らないよね。
私、もう知りすぎちゃってる。
考えてみたら、私も人間の彼氏いないんだよね。
本当は、ここで話してるみんなと同じ立場なのに。
なのに、なんでこんなに私は違うの?
「いいね、いいねえ!
でもさ、あんたもう少し痩せなよ?」
「うるさいなー。来年からダイエットするからいいの。」
「はじめてはお姫様抱っこで
「そんなの、今時どこにあるのよ。お城のお姫様じゃないんだから。
ラブホくらいにしかないでしょ。」
「なんでそんな夢のないこと言うかなぁ。ラブホでもいいの、天蓋付きベッドは女子の憧れなんだから。」
そういえば、私のはじめてはお姫様抱っこでお布団だったな。
もう、ずーっと遠い昔のできごとに感じる。
「ん?
「綾音、実は彼氏いるとか?
そう。小郡くんは、よくこっちを見てる。みんなにばれてるんだね。
視線はよく感じるけど、好きな人を見る目というよりは、監視とか、観察する視線。蔑む目じゃないんだけどね。
なんか言いたいことがあるならはっきり言って欲しい。
一方的な監視とか、気持ち悪いんだけど。
「……全然ないよ? どうしたの?」
「ある日、急に呼びだされたりしてね。ラブレター片手に。」
「うわー。いまどきラブレターってもらえるものなの?」
「メールだと記録残るから、晒されるのが嫌だったら紙で渡すものらしいよ?
やばくなったらその場で破り捨てればいいんだって。」
「頭いいね、それ。」
ラブレター? どこの世界の話?
頭を覗かれるのと、念話で直接話すのに慣れてしまった。
あれも不思議だよね。私の頭のなかで、私と彼の言いたいことを両方、私が文字起こしというか、文を組み立てるんだから。
ヒカル様が言うには、誰もができる芸当ではないけど、夜伽巫女には必須スキルらしい。
「それで綾音、誰が好きなの? 小郡くん?
言っちゃいなさいよ。私達、綾音の味方だから。」
「そうそう。人の恋、じゃなかった好意は無駄にしちゃいけないってママが言ってたよ。」
「綾音。こいつはただ騒ぎたいだけど、私はそんなことしないからね?」
好きな人……?
ヒカル様? じゃなくて、人間で好きな人だよね。
私の場合、ヒカル様が見つけてくれるんだよね。
もちろん、私が全く動かなかったり、拒否したらダメだけど、少なくても「答えへの道筋」が用意されている私。
時が来たときに、然るべき行動を促されるままにとればなんとかなることが、ほぼ保証されている私。
一方、他の人は全く先が見えない、完全に手探りな状態なんだよね。答えがあるかどうかさえ、わからない。
大変そう。
ああ、だからか。
さっきから聞いてたけど、この子達、何かトンチンカンなこと言ってるようにしか感じないのは。
去年は「うんうん」ってみんなの話が聞けたのに、今は全然、共感できない。
何を言いたいのかさえ、よくわからない。
話がかみあわないどころか、話の輪に入れない。
今でも、本当は、みんなに共感できないといけないはず。
私もみんなといっしょに、彼氏いないんだし。
おそらく全員、私みたいに処女だろうし。
でも、私とみんなでは価値観がぜんぜん違う。
ヒカル様の夜伽巫女になったからなんだろうけどね。
みんなが、すごく遠い世界に住んでる人たちみたい。
私だけが一人違うの。
見た目は他の子と一緒だけど、見た目だけで中身は全然違う。
ねえ。夜伽巫女になるって、こういうことだったの?
ヒカル様とべたべた、いちゃいちゃできるかわりに、他の友達から遠いところにいっちゃうの。
いいことばかりじゃないの?
ヒカル様に騙されたの?
私、まるで異世界に迷い込んでるみたい。
どこよ、ここ。
変だよ。
おかしいよ。
誰が正しいの?
何が正しいの?
私、これでいいの?
私、壊れてないよね?
まだちゃんと、人間やってるよね?
「綾音?どうしたの? 顔色悪いよ?」
「綾音さっきからずっと黙ってるよね。」
「もしかして、こっぴどく振られたトラウマがあるんでしょ?」
「私達が愚痴聞いてあげるからさ。さっさと吐きなさいよ。」
吐く、と聞いたら急に吐き気がしてきた。
やばい、吐きそう。マジ吐きそう。
何か猛烈に気持ちが悪くなってきた。
この人達と同じ場所にはいれない。
聞けば聞くほど、気が狂いそうになる。
話が通じないというか、私がオカシイ存在であると、悪口を言われている気がする。
少なくても、私の居場所はここではない! と言われ続けている気がする。
このままだと、私の心が壊れそう。
もう、ここにはいれない。
「ごめん、ちょっとトイレ。」
「綾音逃げたなー? 戻ってきたら、根掘り葉掘り聞いてあげるからね?」
「綾音なんてほっとこうよ。都合悪くなったら逃げ出す卑怯者なんてどうでもいいじゃない。」
◇ ◇ ◇
気付いたら人がいない廊下の一角にいた。
ここは窓が開いていて、夜風に当たれる。
一休みして、少し頭を冷やさないと。
「よう彩佳。どうした?」
ヒカル様の声が。
否、ヒカル様の姿が。
男子の制服を着たヒカル様が隣にいる。
銀髪と銀の瞳が、この人が人間でないことを教えてくれる。
銀色のベンダントが、この人がヒカル様であることを示してくれる。
銀狐の時と同じですぐに幻影とわかるけど。
そういえば今日は狐の姿ではなく人の姿なのね。
「おっと、声を出さないでくれ。
一応人払いをしてあるけど、声を出したら人が来かねないからな。
彩佳がやばそうだったから、お前を人のいないここに誘導した。」
犯罪者みたいな言い方をするヒカル様。
ヒカル様、私、みんなの言ってることがわからなくなって。
私だけが、なんか違う世界の住人になったみたい。それで気持ち悪くなっちゃった。
夜伽巫女になるって、他の人と違う存在になることなの?
今までちゃんと考えたことがなかったけど、夜伽巫女ってWin-Winの存在ではなく、なるにはとんでもない代償があったの?
「まずは落ち着け、彩佳。
彩佳、いつまでも皆で一緒にいるわけにはいかないんだよ。
高校でたら進路もバラバラ、同じ大学にいったとしても、その先の就職だって、バラバラになる。他の人と同じ相手と結婚するなんてできないんだし、みんなとずっと一緒の人生なんて、ありえないんだ。
こうやって人の子が我を忘れて、その時に隣にいる仲間と馬鹿騒ぎする。
桜の花びらが舞い散るような、儚いからこそ、貴重な一瞬だ。
彩佳も今回の旅行を結構、楽しめただろ?
友情や協調性も大切だけど、いつか避けられない別れがあるからこそ、それまで全力で楽しむ価値があるんだ。」
ヒカル様のセリフがすっと心に入る。
少なくても、みんなの言ってることより、ずっと同意できる。
「彩佳が他の人と違うのは当たり前のこと。
他の人と価値観が違うのも、当たり前。
彩佳は、他の人よりちょっとだけ早く、仲間と大きく異なる価値観を持つことになっただけだ。」
ヒカル様の言っていることは理にかなっている。
でも、私、もう、みんなと無邪気に笑えないんだね。
他の人達はまだ笑いあってるのに。なんか涙が出そう。
本当は、私もみんなといれたはずなのに。
「なあ彩佳。お前が他の人の子を大切に思っているのは確かだ。
だが、俺にとってお前は、この上なく大事な存在だ。
俺は彩佳といることが生きがいというか、楽しみなんだよ。
ただ、お前が他の人の子と、そう長くない間とはいえ、俺達の世界から離れた人の子として仲良く過ごしたいのなら、俺は彩佳を解放するよ。
彩佳を不幸にしてまでも、夜伽巫女として縛りたくないから。
特別サービスで、お前が後で後悔しないよう、俺の記憶を消し去ってもいい。
後で祟るようなこともしない。」
ヒカル様、急に何言ってるの?
「今までの約半年間、最高に楽しめたぜ。
でも、俺はもっと彩佳と一緒にいたい。
彩佳をずっと幸せにしたいんだ。
なあ彩佳、俺の嫁になってくれないか?
これからも俺と一緒にいてくれないか?」
私の回答は、一まで数える時間もなかった、即答だったと思う。
「……はい、ヒカル様。不束者の彩佳を、私が死ぬまで、一生、かわいがってください。
彩佳はヒカル様に大切な夜伽巫女として選ばれたのですから、私の幸せは大好きなヒカル様の幸せです。
彩佳はこれからずっと、ヒカル様のかわいい、かわいいお嫁さんですよ?
そのかわり、いっぱいかわいがってくれないと怒るからね?」
「ありがとう、彩佳。目を閉じてくれ。
人の子は、こういうときに誓いのキスをするらしいな。」
ヒカル様との関係も、キスで始まった。はじまりの濃厚なキス。
目を閉じて夜伽モードに入ったけど、目を閉じた後の風景は目を開いていたときの風景と全く同じ。
そして、短い、優しいキス。
いつものように舌と唾は入れられたけどね。
キスしたら、心が落ち着いた。
むしろ、私の心を落ち着けるためにヒカル様はキスをしてくれたのかな。
「もう少ししたら、仲間のところに戻るといい。
そして、申し訳ないけど、今日の夜伽はこれでおしまいだ。」
え?
「バカかお前。にやけ顔でよだれ垂らしながら、
『ヒカル様だいしゅきー。えへへ。』
なんて寝言言っているところをお前の知り合いが見たら、この上なく厳しい尋問が待ってるからな。
俺の嫁の彩佳にそんな思いはさせたくない。」
私、いつもそんな恥ずかしいことしてたの? 自分に引いてしまう。
またからかわれたのかな? と思ったけど、そんなことしててもおかしくないよね。
それに、俺の嫁って言われて、今更だけど、顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
「そこまで顔を赤くするなよ。戻った時に怪しまれるだろ。
俺は今日はこれで消えるから。
修学旅行から戻ったら、結婚式の夜伽、やろうな。
おやすみ、彩佳。」
頭をぽんぽんってしてくれた。
最後まで気を使ってくれるヒカル様。
私、ヒカル様のお嫁さんになっちゃった。
心からうれしい。
結婚式の夜伽、いままでスルーされてたけど、そりゃそうだよね。
お嫁さん相手じゃないと、結婚式できないもんね。
まだ? まだなの? 今晩も違うの? と思ってた私。まだまだ未熟だね。
それに、キスのおかげかもしれないけど、心も軽くなった。
もう少しここにいて、しれっと何事も無かったかのように部屋に戻ろう。
そういえば、ヒカル様のお嫁さんになっても、人間の男の子とも結婚することになるんだよね。
どういう関係になるんだろう?
もしかして重婚な感じになるのかな?
私は、その人を愛せるのかな?
法律的には問題ないんだろうけど、二人のお嫁さんになるのは、不思議な感じ。
◇ ◇ ◇
翌朝に起きた後に宿から見た景色は、昨日とぜんぜん違って見えた。
夜じゃなくて朝だから、だけではないと思う。
「私はヒカル様のお嫁さん。」
心の中で繰り返してみる。
私自身は今までと変わらないはずなのに、心が軽い。
人間の男の人相手なら一生の決断のはずなのに、ヒカル様相手に即答しちゃった。
「私はヒカル様のお嫁さん。」
考えたら夢みたいな話。
神様と結ばれるって、変な話だよね。
でも、別にかまわない。
だって、これで、ヒカル様とずっと一緒にいられるから。
うれしいな。
一緒にどんなことができるんだろう。
どんなことが楽しめるんだろう。
もしかして夢だったりして?
そんなわけないよね。ずっと幸せにするって言ってくれたもん。
これが私達の現実だよね。
他の人には内緒の、二人で築いていく幸せ。
「私はヒカル様のお嫁さん。」
やだ、にやけ顔がとまらない。家に帰ったら、今晩、いきなり結婚式夜伽?
キャー!
宿の朝ごはんはおいしかった。
よかった、私。別の世界に飛ばされたわけじゃないし、実は死んでました、ってオチもなさそう。昨日までと同じ世界。今までと同じ現実、生まれてきてからほぼ変わること無い常識が通用する、今までと全く同じ世界にいるみたい。
神様と結婚すると殺されてあの世に連れて行かれるとかいうオカルト話も聞くけど、夜伽巫女の場合はそんなことはないようだ。
人としてこの世で生きて、幸せを届けるのが夜伽巫女の仕事だから。
小郡くんが近づいてきて、ほかの人には聞こえないくらい低く小さい声で、私に言った。
「決心したみたいだね。それでよかったと思うよ。」
…………え?
何言ってるのよ?
それに決心って、何よそれ。
よかった、って何よ。
何か知ってるの?
何で知ってるの?
どこまで知ってるの?
……そういえば、ずっと私を監視してたよね。
頭の中がグラングラン揺れる。
乗り物酔いしたみたいに気持ち悪くなる。
私の気持ちは瞬時に暗転した。
ちょっと、何なのよ一体。
これって、昨日までと同じ現実でしょ?
監視されてたのも、この現実の一部なの?
いったい、現実ってなんなのよ?
そもそも、小郡くんは何を知ってるのよ?
どこで何を聞いたのよ?
おかしいよ。おかしすぎるよ。
小郡くんって一体何なの?
そもそも人間なの?
私に何の用があるの?
教えてよ!
何がしたいのか、はっきり言ってよ!
凍る私を助けてくれたのはエリコだった。
「綾音ー? 何してるの?」
「……わかった、今行くー!」
そして私は、最後に小郡くんが言った、私に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの大きさで、自虐的にぼそっとつぶやいたセリフを、しっかりと聞き取っていた。
「俺も昔、通った道だから。」
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