第9話 え、そこに泊まるんですか?

「と、いうところがざっくりとした館内施設かな」

「ありがとう、すごいためになったよ。それにしても思ったよりも広くないんだね、ここ」

「そうだなあ、他のホテルは背が高かったりいろんな施設やらアトラクションが館内にいれてるみたいだけど、うちは老舗の100年越えだからな。それに潮さんがよく『このホテルは遊び場ではなく、あくまで休まるところ』っていってるから、改装することも特にないし」


ひととおりの施設を案内されたのち、先ほどまでいたバックヤードに戻った。蓮くんは部屋にそなえつけてある給湯で紅茶を淹れてくれる。そのティーカップがどう見ても100円均一のものではなく、わったらとんでもないことになりそうな気がするカップであることはこの際気にしないでおく。


「そういうのもコンシェルジュが決めるの?」

「他はどうだか知らないけど、少なくともここじゃあ潮さんが方針を決めてるはずだな。というか、前に支配人が『サーカスとかいれちゃうの、どう!?どう!?』といってるのを一刀両断したのは潮さんだし」


いやホテルにサーカスはいれないだろ。どんな支配人だそれは。

内心ツッコミしてたら「ああでもそれは水都さんや律さんも反対してたかな」と蓮くんは言う。


「律さん?」

「あ、律さんってのはここの清掃・施設管理の担当者だよ。赤坂律さん。潮さんに次ぐ実力者っていえばいいかな。水都さんと同じくらいの発言力がある」

「おおー…それはそれはなかなかの剛の者っぽいね…」

「いやいや律さんは見た目はめっちゃこわいし厳しそうだけど中身は優しくて本当に面倒見がいいんだぜ。見た目はめっちゃこわいけど」


見た目はこわいのは事実なのか。


「律さんにはすぐ紹介されることになると思うよ。コンシェルジュのアシスタントをするなら絶対に関わることになるしな」

「それはそれは。楽しみのようなこわいような」


いただいたお茶を飲む。香ばしさと奥深い渋みが絶妙で、蓮くんがただのロビーボーイではないということがわかる。やばいタメ語とか本当はしちゃダメじゃないこれ?ってレベルの紅茶だ。


「このお茶めっちゃおいしい。なにこれどういうこと。お店ひらけるよ蓮くん」

「ああそれはここのお茶が高級品なのと、さっき言ってた律さんがお茶好きですごい練習したんだよ。俺、律さんに憧れてここに入ったようなものだから」


そういって照れくさそうに笑う姿はまるで恋する乙女のようだった。見てるこっちがきゅんってなる。かわいい。蓮くん見た目は猫タイプのかわいさなのできゅんきゅんが止まらない。こんな顔させる律さんが気になってしかたないよお姉さんは。あたしのほうが年下だけど。


「ああ、もう6時か……意外と時間使うもんだな案内って。お腹空いただろ、厨房からスタッフ用の食事とってくるよ」

「え、スタッフ用の食事とかあるの!?」

「全員分じゃないけど希望者にはでるよ。給料から天引きだしとくに安いわけじゃないから利用者が多いわけではないけど、おいしいからみんな月1では必ず食べてるかな」

「うーわー!アガサホテルの食事が職場で出るとか贅沢すぎるよっ!わたしまさかアガサホテルで2食も1日に食べられるとは思わなかったよ!」

「そんなにいうことか…あれそういえば今日ってこのあとどうするの葵は?どこに泊まるの?」

「あ、それがあたし住み込み希望をしてて、水都さんにお願いしてるところなんだ」

「え?うちに住み込み?あれでもうちには寮もないし、みんな島のスタッフ用の住居街に住んでるんだけど…うちで住み込んでるのなんて…」


訝しげに蓮くんがつぶやいていると、バーンと扉が開いた。驚いてそちらを見やると、とても楽しそうに笑っている水都さんがはいってきた。


「あー水都さん、噂をすればなんとやらですね。あの、葵にこれからご飯食べさせようと思うんですけど、こいつどこに泊まるんですか?」

「あらあらまあまあ、もう名前呼びとはずいぶん仲良くなったのね。よきかなよきかな」


うんうん、と頷いてる水都さん。まあ確かに蓮くんとはだいぶ親しくなった気がする。とはいっても楽園島で知ってるのは潮さんと水都さん、海璃さんと蓮くんしかいないので、相対的に親しくなったという程度だ。


「それで、どうなってるんですか」

「ああうんうん、今日これから葵ちゃんが泊まるところに案内しようと思ってたのよ」

「え、ほんとですか!あたし本当に廊下のすみとかでぜんぜんいいんですけど!」

「いやそれ他のスタッフの精神衛生上よくないだろ」


蓮くんがいい感じにつっこんでくれる。ときめき系男子なのにツッコミもできるとか優秀だな蓮くん。

そこで水都さんがふふん、と笑う。それは美女の笑顔だからと見逃すには、あまりにも、不適で、あまりにも、あからさまにたくらんでます、という笑みだった。


「だいじょーぶ。そんなところに泊めさせなんかしないわよ。葵ちゃんには、このホテルの部屋にとまってもらえます」

「え、アガサホテルの部屋に!?」

「えっ水都さんそれって…!」


うかつにも素直に喜んでしまったあたしは横で蓮くんがびっくり仰天してることに気付けなかった。

気づいたら、そのあとの爆弾発言に心構えもできたろう。


「そこに明日からもずっと住み込みで働いてくれていいわ。文句は誰にも言わせない」

「わーアガサホテルの部屋に泊まれるなんて…!水都さん、女神かなにかですか!?」

「あらあらまあまあ、そんな風に言ってくれるなんて嬉しいわ」


にっこりと笑う水都さんにあたしはつられてにこっと笑ってしまう。

そして水都さんは綺麗な笑顔なまま付け足した。


「ということは、そこ、潮の部屋なんだけど、同居でも大丈夫ってことよね?」

「え?」


綺麗な笑顔にぽかんとしたあたしは、横で蓮くんが「やっぱり」といってうなだれているのを聞いてもやっぱり間抜けにぽかんとしたままだった。

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アガサホテルへようこそ! コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori

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