第4話 顔面偏差値は不合格?
ドン、と壁を叩く音。
髪をぐしゃっとかきあげ、睨みつけるベテランイケメン様。
あまりの変身ぶりにさすがのあたしも身がすくんだ。昔、一度だけカツアゲにあったことがある。巻き舌で猫背にしながら「金がねえんだわ、姉ちゃん金くれねえ?」と聞いてきたゴロツキだ。はむかえばすぐに手が出てきそうな人種。それをあたしは睨み付けてくるそのベテランイケメンさん−−−香坂さんを見ながら思い出した。ちなみにその時のゴロツキは持っていた馬鹿でかく膨らんだ食材入り袋で殴って逃げた。
そしてその思い出を裏切らないように香坂さわはチッと舌打ちした。あの神父のようだった彼が、だ。
「玄関ホールであんな土下座されてこんなん営業妨害だぞこらぁ警察呼ぶか!?」
今にもそこにある椅子を蹴り飛ばしそうな彼を見て、あたしにできることはひとつだった。
土下座だ。
「ご多忙のなかお時間を頂戴したこととこちらのホテル様にご迷惑をおかけしたこと大変申し訳ございません私は根津葵と申しますトーキョー生まれトーキョー育ちの二十歳でございます訳あって父親が借金を負って逃げ全財産を失い根無し草と先日あいなりましたつきましてはこちらのホテルにて住み込みで働かせていてただきたく思う所存であります!」
「だからなんでだっつってんだろてめええええええ」
そこで一発目の平手をくらった。なかなかいいスナップだった。音がスパーンとなるが実際はそこまで痛くない。これは叩き慣れているなとすぐにわかった。
つまりは香坂さんはただのベテランイケメン神父ではなく、ベテランイケメンヤンキーだということだ。
そして二発目、三発目をくらい、四発目のところで水都さんが現れた、
「と、いうわけです」
「なんだよてめえヤンキーってひとのこと玄関口で散々わめいて掴んでおきながらヤンキーってなんだよコラ」
「いやどう考えても今のあなたはただのヤンキーよ。本当にごめんなさいね、このひと外面はいいんだけど性根がひん曲がっているのか裏ではこんな調子で…」
「いえ、大丈夫です雇っていただけるならどんなに根性がねじれ曲がり暴力をふるう最低男だろうが靴を舐めてでも忠誠を誓いますっ!」
「テメエは俺をなんだと持ってるんだクソッタレ!」
いやイケメンだと思ってますけど。
そういえばよくよく考えれば目の前には美青年と美女。なんて目の保養なんだ。そういえばアガサホテルの評価に「スタッフみんなイケてる」っていうのがあったなと思い出す。
と、思い出したところであたしの顔はさあっと青ざめた。
「あっ!?もしかして」
「ああ?なんだ?」
「あたしの顔面偏差値が低いから雇ってもらえないんですか!?」
「だからなんでそうなるんだテメエはああああああ」
「あははははは!!!すごい!すごい発想の持ち主だわこの子!」
怒りでわなわなふるえている潮さんとお腹を抱えて爆笑している水都さん。
顔面偏差値が高い人たちは何をしてもサマになるなあと思わず感心してしまう。
「えーと、まだお腹苦しいんだけど、とりあえず我がホテルでは容姿に関して採用に関わりがる、ということは特にありません。ただ仕事柄、ひとと接することが多いので自然と身だしなみに気をつけるようになるみたいね」
「ああ、そうなんですね、安心しました…」
ほっと胸をなでおろすあたしに、潮さんがぎろっと一睨みする。
「おい、なに安心してるんだ。お前を雇うわけじゃあ…」
「あらあら、いいじゃないの潮」
やっと落ち着いた水都さんがにこっとする。
それに潮さんがぎょっと水都さんの方を見た。
「いいじゃない、あなた丁度手伝いができる助手がほしいっていってたでしょ」
「そ、それは言っちゃあいたが、あれも公開応募じゃなくて他のホテルからいいやつを紹介してもらう予定だったわけだろ…」
「まだどこにも話はしてないし、会計的にも人事部門予算で追加従業員1名追加することは承認済みよ」
「いや、承認済みだからってまさかお前…」
「なによりやる気が大事ってもんじゃなーいー?イチから面接するよりもよっぽど楽だしー」
「俺は反対だぞ!この会社の人事採用権は全て俺に任されているはずだ!」
「それじゃあ試用期間ってことでお試しでいいじゃない。正採用前の研修雇用は総務部の私の管轄のはずよね。私の一存で決められるわよ」
「おまっ……絶対楽しんでるだろ…!」
完全に私は置いてけぼりの会話だった。ぽかんとして二人のやり取りを眺めていると、水都さんがくるっとあたしのほうへ振り返る。
「と、いうわけで。根津葵さん。あなたを1ヶ月の試用期間の間、雇おうと思います」
一瞬何を言われているかわからなかった。あたしはさぞや間抜けな顔をしていたと思う。
遅れて頭が理解して、途端慌てふためいた。
「えっあっうそっほんとですかっ、あの、その、ありがとうございます!」
「いいえ、やる気がある人材はいつだって歓迎してます。よろしくお願いしますね」
差し出された手は女神の手かと思えた。
あたしは泣くのをこらえながらその手を握る。
「給料はもちろん払いますし、住み込みの件もこちらでなんとかします。明日から働き出せるように用意を進めます」
「はっはい!」
「業務内容は香坂潮のアシスタント、まあ助手ね」
その言葉に潮さんの方を見る。潮さんは盛大に不服そうな顔をしながら腕を組んでいるが、先ほどの話の流れの通り文句は言えないらしい。
「いいか、試用期間は総務部の監督だが、正採用にするかは俺の判断だ。俺は絶対にお前を落とす」
「はい!落とされないように誠心誠意頑張ります!」
「だからどこから出てくるんだその自信は…」
「…ええと、脱力されてるところすみません、あの、今更なんですけど…」
「ああん?なんだ?」
脱力しきった潮さんが気怠そうにあたしを見る。脱力しててもマジイケメンだなとか考えつつ、あたしは素朴な疑問を口にした。
「あの、潮さんってどんなお仕事されてる方なんですか?」
瞬間、ふたりともポカンとした顔をした。
その一瞬の後、潮さんは一層脱力し、水都さんは二回目の大爆笑だった。「まさか知らなかったのと水都さんは笑いの大セールだ。
諦めたのか、潮さんは思いっきり聞こえるくらいのため息をはあっとつき、乱れていたジャケットを正し、あたしに向き直った。
その顔はベテランイケメンヤンキーでもベテランイケメン紳士でもない、プロとしての顔だった。
それを見てあたしはなぜか、胸があつくなった気がした。
「−−−私はここのホテルコンシェルジュを担当している、香坂潮と申します。改めて−−−ようこそ、アガサホテルへ」」
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