第3話 押してダメならひたすら押せ!
「は……?」
さすがのベテランイケメンさんもすぐに答えられないようだった。
これは押せばいけるんじゃないか、と無根拠な自信がそこで湧いて出てきたことは否定しない。
あ
「お金も取り柄もありませんがやる気と根性と決心だけはあります!!!むしろ帰るところがないのでここで働くしかないんです!お願いします!」
「えー…お客様、当ホテルへの求人希望でしょうか?大変嬉しい申し出でございますが、ただいま当ホテルでは求人を行っていないため…」
「そうなんですか知りませんでしたでも働かせてください!」
「お客様、まずお立ちになられ…」
「働かせてくださいいいいいいいいい」
額を床につけてまでの土下座をかます20歳乙女の姿がそこにはあった。
ちなみに場所はホテルの入り口。あのアガサホテルの入り口。誰もが憧れて一度は行きたくそして常に満室で予約は1年前に行わなきゃ入れないといわれるアガサホテルの入り口である。
つまり、めちゃくちゃ周りに人がいる。
衆人環視とはこのことかというほど注目を浴びまくっているあたしの土下座姿とベテランイケメンさんである。
そんな中でも困ったような雰囲気を出しつつつも優しくあたしをさとそうとするベテランイケメンさんは本当に神父のような姿であった。
「お客様…先ほども申し上げましたがただいま当ホテルでは求人を行っておらず、大変申し訳ございませんがお心にかなうことは…ひとまずお立ちになられてはくださらないでしょうか?」
「そこをっ!なんとかっ!働かせてくださいっ」
「お客様…」
「お願いします!!!!」
「…お客様」
「お願いします……っ!」
この間ずっと頭を上げていないあたしはベテランイケメンさんの顔は見えないが、おそらくとても困っているだろうというのは予想していた。それに、その上で『こんなに人がいるところでは強固に断ることはできるまい』と計算もしていた。
あたしはここで頭を上げたら負けだと思っていた。意地でも何かしらのアクションをもらえるまで、門前払いされるような真似はされないように、と。
しばしの沈黙。周りのお客さん方が足を止めてこちらを見ているのを感じる。
額から汗が流れる。これ以上の考えなんて何もない。何とか話を聞いてもらうほかない。
ごくん、と生唾を飲んだところで上から声がふってきた。
「……このような場所では話しにくいですから、どうぞこちらにお越しくださいお客様」
やった、と思った。あたしはすぐに顔を上げた。
困ったように笑うイケメンベテランさんがこちらに手を出していた。
天使のような微笑みだった。
だった、のだが。
連れてこられたのはホテルのバックヤード。玄関横にあった『STAFF ONLY』の扉に案内される。そこから廊下がだいぶ続いていたが、扉のすぐ横にあった小部屋に案内された。
中は簡単な机とテーブル、ホワイトボードと立ち鏡くらいでちょっとした会議に使われるようなスペース。
その中に入り、あたしはそこの真ん中に立ち、扉にいたベテランイケメンさんを振り返ったのだ。
彼はにっこりと、それはもう本当に10人いたら10人はくらっときそうなほどの完璧なスマイルを浮かべた。
「私は香坂潮と申します。さて、お客様…」
彼は一瞬息を吸い込み、目をつぶり、
「いったいなんなんだよてめえはああああああ」
神父様がヤンキーに変身した。
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